中国本土からの旅行者

久々に訪れたネパールでも、中国からやってくる旅行者の多さに驚かされた。
また、日本で近年喧伝されているイメージとは正反対のこなれた感じの人たちもまた実に多いことにも。
本日、チトワン国立公園と隣接する町、サウラハーで多くの中国本土の旅行者たちを見かけたり、話をしたりしたが、知的かつ都会的でスマート、人柄も良さそうで、英語もちゃんと話すことができる若者たちが沢山いた。とかく好印象だった。
おそらく、声が大きくて騒々しい『爆買い』の人たちとは違う層ということになるのだろう。
まぁ、大きな国なので、旅行者もいろんな人たちがいる。ネパールでもツアーバスを借り切って移動している団体さんなどは、相当うるさいのだろう。

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チトワン国立公園2

ジャングルウォーク

早起きしてチトワン国立公園のジャングルウォークに参加。参加、といっても、私以外にカナダから来た若い男性がいるだけなのだが、安全面への考慮からガイドが2人付くことになっている。

まずはこの船で河を進んで水鳥を観察

船着場の対岸にアリゲーターの姿

河で洗濯する人々

川、草原、深いジャングルと変化に富む国立公園を徒歩で行くのは楽しい。様々な水鳥を含めた鳥類、ワニ、サイ、何種類かの鹿などを観察することが出来た。

ガイドのひとりは、地元先住民のタールー族で、動物の生態に詳しいだけではなく、彼の民族や村の話も聞くことも出来たのは幸運である。

トラの足跡

サイ

水際では、トラの足跡をいくつか見つけることも出来たが、歩いている最中にトラとばったり遭遇することがあったらそれはそれで困るかもしれない。ガイドたちが手にしている棍棒が威力を発揮することを願うしかない。

ちなみに英語のjungleは、英語の語彙を構成する三大要素であるローマン系、ノーマンフレンチ系、アングロサクソン系のいずれでもなく、インド亜大陸のजंगल(jangal)からの借用語。他にも、大航海時代から植民地期に至るまで、もともとの英語には無かった概念や事象などを表す語彙が南アジアのボキャブラリーから吸収されているのだが、jungleについても、それまで英語で抱えていた『森林』を意味する語彙では表現出来ない奥深さと、畏れがあったのではないかと想像したりする。

徒歩で歩くのは愉しいのだが、危険な野獣に遭遇して窮地に陥ることはないのか?ということがときどき頭の中をよぎる。そういうケースは皆無というわけではないようだが、これまでの経験値で危険は少なく、動物たちをそこそこ近くで眺めることが出来るコースが選択されているのだろう。それでもやはりちょっと気になるが。

ジープサファリ

宿に戻って昼食を済ませた後、今度はジープサファリに参加した。ひとつのグループ単位が10人ほどのようで、他のところで申し込んだ人たちと合流して1台のジープで回る。

だが当然、公園内の未舗装ではあるが、道路を走ることとなる。両側はジャングルであったり、深い藪であったりする。そのため動物はあまり見ることができなかった。何種類かの鳥、ハヌマーンラングール、アカゲザル、牛くらいある大きな鹿、クロコダイルくらいだろうか。

最後のほうで訪れた大きな沼には、ずいぶんたくさんのクロコダイルが日向ぼっこしていた。気持ち良さそうだが、非常に危険なワニ。すぐそばではワイルドボアが水際で草を食んでいたが、こういうのが餌食になるのだろう。

クロコダイル

国立公園内のワニのブリーディングセンター外にいたのは、ベンガルタイガー・・・ではなくネコ。人が来ると、とりわけスナック菓子の袋をもっていると、足元にまとわりついてねだる。気品のある顔立ちで美しいネコだった。

ワニのブリーディングセンター

午前中のジャングルウォークを100とすれば、午後のジープサファリは30点の赤点レベルであった。森林や灌木など、視界を遮るものが少ないロケーションでの場合と異なり、森林地域でのジープサファリはこれまであまり楽しめたことはない。大型の獣が道のすぐ近くに潜んでいたとしても、往々にして獣自身はこちらの動きをつぶさに観察しているものの、ジープ側からは見つけることが出来ず、というパターンとなる。

〈完〉

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チトワン国立公園1

ジャナクプルから早朝のバスで出発。カトマンズ行きの便だが、ナーラーヤンガルを経由する迂回ルート。国境と並行して平原部を走り、いくつかの河を超えるが、いずれもこの時期には水がほとんど流れていない。雨季には、広い川床となっている部分の端いっぱいまで水が来るらしいことは、そうした流れの跡から見て取ることができる。

午前11時ごろ、少し早めのランチ休憩を取ったダーバーのあたりからは丘陵地となり、その背後に山脈が見える。

ランチ休憩先

サウラハーの少し手前にあるラトナナガルでバスを下車してミニバスに乗り換えるが、すでに通路まで満員であるうえに、天井が私の背よりも低いので、大変窮屈な姿勢となる。

あとひと息でサウラハーの町に着く。

幸い、最終目的地のサウラハーはここから15分程度。あまり広がりのない町だが、かなり良さそうなホテル、ちょっとアップマーケットなレストラン、両替屋やATMもある。さすが世界的に良く知られた国立公園訪問のベースとなる場所だけのことはある。

このあたりではハチミツが特産とのことだが、本日の宿泊先では、部屋すぐ隣の建物の窓辺に生きたサンプルが見られるという、これまた幸運なロケーションだ。蜂が『クマのプーさん』に出て来そうな見事な巣を築いており、忙しく働いている様子を眺めることが出来る。

翌日朝のジャングルウォークと午後のジープサファリを予約すると、食事以外にはすることがない町だが、さすがに国内外から大勢の観光客が訪れるところだけあって、いろいろ美味しいものには事欠かない。昼から夕方近くにかけて、数軒ハシゴして食べ歩いてみた。

米を潰したカジャのセット

左上はタースという水牛の焼肉

水牛のビリヤーニー


〈続く〉

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ジャナクプル3 鉄道談義

全面改修中のジャナクプル鉄道は、今も休業中。すでに狭軌の軌道は撤去されており、土埃を立てて、しかしのんびりと、広軌のレールを敷く下準備がなされている。軌道を敷くことになる広い畦道状の部分は、高く盛り土がなされており、しばらく徒歩で進んでみると、橋梁を建設するための作業が進行中。

山積みされた鉄道建設資材

盛り土された土手のようになっている。ここにレールが敷かれる予定。

旧ジャナクプル鉄道時代の機関車が打ち捨てられている。

こちらは旧ジャナクプル鉄道時代の客車

旧駅舎は現在も建っており、閉鎖されているのだが、なぜか駅舎入口のキオスクだけは開いており、新聞、雑誌や袋菓子などを販売している。

旧駅舎。休業中だが左手のキオスクは営業していた。

「狭軌の軌道を広軌へと交換が終われば、最新型の大型車両(広軌となるので)がこの鉄路を疾走するのさ!路線ももう少し先まで伸びる予定だしね。お客の需要次第だが、インドのジャイナガルへ往復する本数も増える。まさに本格的な鉄路の時代が到来しようとしているのだ!」と熱く語るキオスクの年配男性は、鉄分濃厚。鉄道旅客の往来に彼の稼ぎがかかっているので、当然のことではあるが。

駅舎の裏側に出てみると、ゆったりとチャーイを飲んでいる3人連れがいた。ひょっとして、路線休業中でヒマな?鉄道マンかと思い声をかけてみると、鉄道建設を請け負っているインドのコンタラクターの人たち。私も席を勧められ、チャーイを頂きながらしばらく話を伺う。

鉄道建設に関わるコントラクター

この時点から完成まで18か月の予定で、駅舎はジャナクプルを象徴する美しいお寺、ジャーナキー・マンディルを模したデザインとなるのだとか。

ジャナクプルは終着駅ではなく、ここから少し先にあるクルターというところとなるのだそうだ。工事のフェーズ2も計画されており、クルターから25kmほど先のバールディーバースまで延伸されること。さらにはフェーズ3にて、バールディーバースからビールガンジへの路線とシリグリーへ抜ける路線を建設するというプランもあるとのこと。

コントラクターの方によると、「もっとも、フェーズ2の後はいつになるか、どうなるかまだわかりませんけどね・・・。」とのことだが。

ともあれ、土埃が舞う工事現場で、想像力たくましくすれば、真新しい機関車に牽引される新生ジャナクプル鉄道の真新しい列車が、カラフルに飾り立てられた駅舎に入線してくる姿が瞼に浮かぶようだ。

さて、こちらは現在までのジャナクプル駅。終着駅の割にはこじんまりしているが、背後に市街地はなく、駅舎手前からStation Rd.が始まり、いきなり賑やかな商業地区となっている。インドとの間を行き来する玄関口として機能してきた歴史を感じさせてくれるものだ。

ステーションロードは鉄道駅へと至るジャナクプルのメインストリート

街中からステーションロードを通って行きつく旧ジャナクプル駅

旧駅舎の脇は野菜市場

バスよりも運賃が安く、インドから品物を大量に仕入れて運ぶ商売道具の人たちにも使い勝手は良かったらしい。

以前、グジャラートのジャームナガルで、鉄道駅がしばらく前に郊外へ移転され、市街地の駅が廃止となったエリアを散策したことがある。

鉄道から乗り降りする人たちを相手にしていたホテルや食堂など、ほとんどが空き家となり、屋根が抜け落ちた旧駅舎同様に、駅前商店街がゴーストタウン化している様を見て、さもありなんと思った。こうした旅客相手の商売人たちはバスターミナル周辺に移動したらしい。

さて、話はジャナクプルに戻る。鉄道は数年来運行しておらず、開通するのはまだ先であるため、やはりステーションロードは、駅前に近くなるほど、元気がないように見える。
〈完〉

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ジャナクプル2 ミティラー画の村

毎日、新聞くらい目を通さないと気分が良くないので、いくつかのニューススタンドを回ったが、やはりネパール語紙しかないようだ。地元の英字あるいはヒンディー紙は見当たらない。前者は田舎町なので需要が少ないということに尽きるが、インドから国境を越えて毎日運ばれてくるHindustan紙はあるのだが、ネパールに滞在しているのでネパールのニュースを読みたい。

カトマンズで発行されているヒンディーによる月刊ニュース雑誌「Himalini」は見かけたが、ネパールのタライ地域で印刷されているLok Matという週刊新聞はあるとのことだが、あいにく品切れであった。その他、ページがやたらと少ないタブロイド版で地元のマイティリー語新聞がある。

そんな具合で、見た目はインドと変わらない空間とはいえ、ニュース関係の出版活動については、ネパール語以外のものは盛んではないようだ。

本日は、オートリクシャーをチャーターして近郊を巡る。運転手はヒンディー語映画の俳優、ナスィールッディーン・シャーに似た風貌の初老男性。この町で走るオートの大半は電動になっており、E-RICKSAA(E-リクサー)と呼ばれる。「リクシャー」ではなく、「リクサー」なのだ。

ナスィールッディーン・シャーみたいな風貌の運転手

プルガマー村

手始めに町を出てしばらく進んだところにあるプルガマー村へ。ミティラー画で知られているこの地方、家の壁に描かれた絵を見たかった。村に着いてから、そうした家がないかと何やら仲間たちと話し込んでいる若者に尋ねてみたところ、『あるかなぁ?』ということで、付近で一番物知りだとかいう人物の家へ連れて行ってくれた。

村一番の物知りだとかいう方のお宅

その人物は、地域のマイクロファイナンスの仕事をしているのだとか。この方の家の中庭で伺った話によると、『昔はみんなやっていたけどねぇ。ちょうどディーパーワリーあたりの頃に女性たちがそうやって飾り立てていた。今は現金収入の手段として描く人が多くなったね。』とのこと。また、これまでなかったモノや習慣が村に入ってくるのは、いわゆるグローバル化の側面だが、元々他の地域ではやらないことを自分たちもやらなくなってしまうという面もあるね、とも。

まぁ、世の中そんなもんだろう。

それでもフラフラ散策してみると、全くないというわけではなかった。見聞きするそれよりもかなりシンプルではあるのだが、アートとしてのミティラー画ではなく、実際に生活の中で描かれる絵を目にすることが出来てよかった。

壁に絵が描かれた家

村の親子

次に訪れたのはクワー村。ここの村もミティラー画が家の壁に描かれているかといえば、事情はプルガマー村と同じような具合であったが、国内外で広く知られているJWDC(Janakpur Women’s Development Centre)というNGOの活動本拠地である。

クワー村

クワー村で壁に絵が描かれていた家

もともとは祝祭の時期に家を飾り立てるためのものであったミティラー画を女性たちの現金収入とそれに伴う社会地位向上を図るために設立された団体。近郊の村から通いでやってくる女性たちがミティラー画の手法で描いたり、刺繍をしたりしている。

JWDCでは、そうした人たちを作業員ではなく、アーティストと位置づけており、工房にお邪魔してお話を伺い、実に快活な方々が多く、ここで生み出される手工芸品には、彼女たちの積極的な創意工夫が生かされているのだろうなぁ、と想像したりする。

ミティラー画といえば、国境をまたがってインドのビハール州にも広がるミティラー地方だが、ここのスタッフの方からこんな説明があった。

「サンプルとして、ここにビハールで作製された絵があるんですけど、私たちのものと見較べて下さい。ビハールのものは線使いが細かくて、色付けも豪華な感じでしょう。こちら側では線が太くて力強く、描き方もシンプルなのです。」

そう言われて眺めてみると、私のような素人目にも確かにスタイルがかなり異なるのが明らかであった。

絵の撮影は遠慮してくれとのことで、ここにそれらをアップすることは出来ないのだが、同じミティラー画でも地域にごとの特徴があるらしい。

インドのビハール州のマドゥバニー界隈では、世界的に有名になったミティラー画のアーティストが多数いるが、とにかく絵を買えとしつこく言い寄ってくる人がいろいろいて閉口した記憶があるのだが、ここジャナクプルあたりでは、そのような商売人に出会うことはなかった。インド側でのほうがずいぶん大々的に産業化されているということなのだろうか。

〈続く〉

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