天国に一番近い木の下

「▽◇△××!!」 誰かが突然意味不明の大声で怒鳴った。
 びっくりして立ち止まったその瞬間、空気を裂くような鈍い音に続いて軽い地響き。我に返るとすぐ脇に大きな椰子の実がゴロリと転がっているのに気づいて目が飛び出そうになり、全身からサーッと血の気が引いていく。
「大丈夫かっ?」飲み物を手にしたカナダ人カップルが、駆け寄ってきた。昨日この宿で初めて顔を合わせて夕食をともにした彼らだが、今朝はいきなり私の命の恩人である。
 パラダイスのように美しい海岸を散歩して、危うくそのまま天国に行ってしまうところだった。よく晴れた南国のビーチ、どこまでも青く抜けるような澄み切った空、小鳥のさえずりと付近で遊ぶ子供たちの声・・・。こんな平和な朝にこんな危険が待ち受けているのだから、世の中いつ何があるかわかったものではない。「ココナツ直撃で邦人死亡」は勘弁願いたい。
 一説によると、ココナツの落下による死亡事故は世界中で年間150件ほどあるそうで、遊泳中のサメによる被害のおよそ10倍にのぼるということだ。古いものになるが「Falling Coconuts Kill More People Than Shark Attacks」「Famous coconut palms often ‘neutered」といった記事を目にするとこの危険性についてあらためて考えさせられる。
 特に背の高い木になるほど、実の付いている部分が視界に入りにくいうえに、落下に加速がついて破壊力も大きく増すのだから恐ろしい。
 その日はどこを歩いても頭上が気になって仕方なかった。のどかな南国の豊かな緑は、時に何をやらかしてくれるかわからない。

コトバそれぞれ 2 ヒンディー語紙はどこにある?

 新聞といえば、ヒンディー紙には他の地元語紙も同様のことと思うが、購買層が違うため全国規模で流通している英字のメジャー紙とはずいぶん違うカラーがあるのは言うまでもない。
 よりローカル色が強く、ときには「主婦がチャパーティー焼いたら表面にオームの文字が・・・」なんていう見出しとともに、脱力記事が掲載されたりするのは楽しい。「以前できたときは家族が食べてしまったけど、縁起がいいから今度はしばらくとっておくつもりなの」という奥さんのコメントもついていてなお微笑ましい。
 子供のころ毎年訪れた祖父の郷里三重県の「吉野熊野新聞」や「南紀新報」にもこんな雰囲気があったな、と少々懐かしくなる。それらを何十年と愛読していた祖母の話では「××さん宅で3日続けて茶柱が立つ!」という感じの記事が掲載されることもしばしばあったという。
 ニュースの精度や質に問題はあっても、庶民の新聞はまたそれで面白い。読むことができれば何語のものでも構わないのだが、インドの地元語ローカル紙で、私が読んでわかるのはヒンディー語紙しかないので仕方ない。
 だがこのヒンディー語紙、タミルナードゥでもケララでも、在住の人たちにはいろいろ入手できる経路や場所などあるのかもしれないが、私のようなヨソ者が探してみてもなかなか手に入らなかった。
 州都のチェンナイでは繁華街の売店でラージャスターン・パトリカー紙を購入できるスタンドはポツポツ存在するが、他ではなかなか見つからなかった。ママラプラムとマドゥライではごくわずかな部数を置いている店があることを確認できたが、後者ではなぜかチェンナイ版ではなくバンガロール版であった。それ以外の街では鉄道駅やバススタンドのような人の出入りの多いところの新聞スタンドで尋ねてみてもサッパリ見つからなかった。
 ところでこのラージャスターン・パトリカー紙、その名の示すとおりラージャスターン州をベースにする地方紙である。わざわざ南インドで販売するならば、同紙より地域色の薄いデーニク・ジャーグランのようなよりグローバル(?)なものではなくて、なぜラージャスターン・パトリカーなのか?とも思うが、とりあえず手に入れば何でもいい。
 ページをめくると南インド発のローカルニュース、そして全国ニュースに加えてラージャスターン州各地域の主な出来事をあつかうページもある。ヒンディー語を母語とする人々向けのメディアであることから、南インドの地域ニュースというよりも、まさにラージャスターン出身者たちの同郷紙といった色合いが濃い。
 使用されている言語だけではなく内容面からも異邦人向けの新聞ということは、日本国外で在住邦人相手に販売される「読売新聞衛星版」みたいなものか?とふと思ったりもする。
アウトレットも置かれている部数もごく限られているが、チェンナイ版、バンガロール版と発行されているからにはそれなりに需要があるのだろう。

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コトバそれぞれ 1 聞こえるけど見あたらない

 インドにおいて、ヒンディー語はおよそ4億人といわれる国内最大の話者人口を擁する大言語であるとともに、憲法第343条における「連邦公用語」でもある。
 だが広い国だけあって地域よってはその地位が頼りなく思われることもある。いわゆるヒンディーベルトと呼ばれる地域から外に出ると、その言葉が使用される度合いや通じる程度も地域によってさまざまであるからだ。
 全国各地から人々が集まるムンバイーやアムダーバードのようなコスモポリタン、とりわけ繁華街ではあたかも土地の言葉であるかのように使用されている。ヒンディー語圏から来た人たちが大勢住んでいることもあるだろうし、母語を異にする人々をつなぐ共通言語としての役割も大きい。これらの州の公用語であるマラーティー語にしてもグジャラート語にしても、言語的に同じ系統でヒンディー語と近い関係にあるということもあるだろう。どの社会層の人もよく話すし田舎に行っても通じる相手がいなくて困るということはまずないはずだ。
 だがビハール州からの出稼ぎが多いコルカタはさておき、西ベンガル州全般となるとちょっと事情は違ってくるようでもある。学校教育の中でヒンディー語を教えることについてどのくらい力を入れているか、そして地元の人々自身がヒンディー語を理解することを必要としているかといったことで、地域でのヒンディー語の受容度や通用度がかなり左右されることになるのだろう。

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津波後 これから復旧期とは言うものの・・・

 あの「暗黒の日曜日」からすでにひと月近く経った。災害による応急処置的な救援が必要な時期は過ぎ、これからは被災地の人々の生活の再建へと進む時期へと移っている。
 インドネシアのスマトラ島での救援活動にあたっていたシンガポール軍は、1月21日から撤退をはじめているという。理由はやはり「被災地は復旧期に入った」ことである。
 どこかで大災害が起きるたびに多くのメディアが現地に殺到し、映像や記事が社会のすみずみに届くようになる。被災地への同情を含めた人々の関心は集中するが、ニュースとして鮮度を失うようになると、いつしか話題にものぼらなくなってくる。今回の出来事に心を傷めた人々の胸の内には事件の記憶がしっかりと刻まれているにしても。
 だが被災した当事者たちとなると話は違ってくる。二次災害の危険がある間は避難所に身を寄せていても、配給される食糧でなんとかやりすごしてはいても、その後は当然個々の生活再建へと日々努めなくてはならない。
 肉親を失った人々にとってはどんなに辛い日々だろうか。あの日を境に最愛の家族と二度と会えないなんて想像できるだろうか。彼らの直面する現実とは実に残酷である。
住みかのなくなってしまった人たちも頭を抱えているに違いない。家も家財道具も一朝一夕にしてもそろえたわけではない。親から受け継いだり、これまで稼いできたお金でなんとか買い揃えてきたり、要は長い時間をかけて手にしたものである。それらを「復旧」するのは容易なことではない。
 災害は終わったかもしれないが、人々が歩む生活再建への道のりは長い。財力も体力も人それぞれだが、やはり社会的弱者にとってこの負担はあまりに大きい。 
 しかもインドでの被災者には海岸付近の質素な家屋に住むそうした人々が最も多かったのだ。またその中でもとりわけ両親を失った子供たち、それまで養ってくれていた息子たちを失った老人たちはどうすればいいのだろうか。
 
 こんな記事を目にした。
「生きるため離散 子供施設に海外出稼ぎ 被災地の漁村(朝日新聞)」アンダマン&ニコバールを除く本土でとりわけ被害のひどかったタミルナードゥ州のナガパッティナム地区、津波により一家の稼ぎ手が亡くなった、あるいは生活の糧を得る手段を失ったことにより、一家離散してしまうケースが増えているということである。
 はなはだ酷ではあるが、彼らの奮闘の先には生活の「復旧」が本当にあるのかどうかよくわからない。それでも人々は生き抜かなくてはならない。

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クラーンティ(革命)!

 かつては地域によりブロードゲージ、メーターゲージ、ナローゲージと軌道の幅が異なる路線が混在していたインド国鉄だが、着々と進められてきたゲージ幅の統一(ブロードゲージ化)が進んだことにより、ずいぶん使い勝手がよくなったと思う。昔はいちいち乗り換える必要があったルートでも、今では直通列車が走るようになってきている。たとえばデリー発ジャイサルメール行きの急行などもその一例だ。
 近年着々と進化を遂げているインド国鉄。2002年から新しい特別急行路線を導入している。それは長距離を走るサンパルク・クラーンティと短い距離をカバーするジャン・シャターブディーだ。サンパルク(接続、連絡)のクラーンティ(革命、前進)とは、なんとも大げさなネーミングだが、日本の新幹線やフランスのTGVのような超特急が導入されたわけではもちろんない。
 従来から少ない停車駅とスムースな走行で国内各地を結んできた長距離特別急行ラージダーニーや短距離のシャターブディーのルートと一部重なる部分があるのだが、これらとは少々性格が異なるようである。新しい特別急行にはエアコン無しの二等車も連結しており、鉄道による高速移動の大衆化がはかられている。
 またこの新しい特別急行の路線の一部には、以前メーターゲージ区間であった部分も含まれているようで、前述のブロードゲージ化を進めてきた恩恵のひとつともいえるだろう。

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