
『茶の帝国』という書籍を読んだ。英領末期のインド、アッサムで茶園を経営者と結婚した母と、そこで育った息子がひも解く喫茶の世界。舞台はインドに限らず、西洋、中国そして日本と、それぞれの社会でお茶がどのように紹介され、そして人々の生活の中に定着していったか、お茶の効能や喫茶の習慣が文化・経済等に与えた多大な影響へと話が及ぶ。
19世紀前半のアッサムにおけるティー・プランテーション開発ブームの描写もなかなか意味深であった。ヨーロピアン、ベンガーリー、マールワーリーにスィクといった背景の異なる実業家たちが先を争ってなだれこみ、アッサムにおけるこの茶産業の萌芽をみることになる。しかしこの開発競争の意思決定の場には地元アッサムの人々は不在で、それまではなかった新しい産業から得られる収益とその富から生じる社会秩序の形成を担うのは、そうした外来の人々であったことが描かれている。
また社会の底辺を構成する庶民たちについても、資本家たちが競って茶園開発にいそしんだ時期にオリッサ、ベンガルその他から大量の移民たちを労働者として導入したことが更に事情を複雑にしたようだ。ひところよりも大幅に改善したとはいえ、今のアッサム州の不安定な政情の裏に地下水脈のように流れるこうした歴史背景がある。
カテゴリー: reading
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アッサム農園主の妻と息子が描いたアッサムと紅茶の世界
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怖い病
最近、狂犬病について書かれた本を2冊読んだ。以下の2冊である。

書名:ヒトの狂犬病
著者:高山直秀
出版社:時空出版
ISBN:4-88267-029-1 C0047
書名:狂犬病最侵入
著者:神山恒夫
出版社:地人書館
ISBN:978-4-8052-0798-7 C0047
前者は、『忘れられた死の病』というサブタイトルがついていることが示すとおり、1950年代までは、日本国内でも恐ろしくも身近な病気であった狂犬病だが、『撲滅』してから50年になろうとしている現在となっては、その病に怖さを実体験として知る者が少なくなり、正しい知識と警戒心が欠如している現状に警鐘を鳴らす目的で書かれたもののようだ。
後者は、同様のコンセプトのもとに、いつか日本に狂犬病が再上陸したら・・・という想定で様々なシミュレーションを展開している。日本が「狂犬病のない国」という状況は、かなり危うい土台の上にあることが明らかにされている。
どちらも医学専門家(前者は医師、後者は獣医師)によって書かれた書籍で、日本での狂犬病の歴史、現在の狂犬病事情についての海外での豊富な事例なども含まれている。もっと実際的な部分、つまり感染や発病のメカニズム、狂犬病が疑われる動物から咬まれた際のワクチン接種を含めた処置、各国の狂犬病対策の比較等々がわかりやすく説明してある。
別に私や家族が犬に咬まれたわけではないのだが、たまたま手にとってページをめくってみたら、なかなか興味深い記述が多かったため、一気に読み進むこととなったのだ。ただ『興味深い』といっても、発病したら必ず死に至る怖ろしい病気の話であることから、予備知識として仕入れておきたかった。間違っても楽しい内容なんかではあり得ないことは言うまでもないだろう。
以前、狂犬病にかかった犬の様子、同様にこれを発病した人間の状態を捉えた映像を目にしたことがある。特に後者についてはあまりに残酷かつ悲惨な様子がまぶたに焼き付いて離れない。それでもこれまで私自身には『咬まれたら医者に行って何回かワクチン打ってもらえば大丈夫なんだろう』という程度の知識しかなかった。
イヌ以外にもコウモリなどちょっと意外な動物からの感染例が多いこと、ワクチン接種の失敗例(その結果として発病)は少なくないこと、ワクチンにもいくつかのタイプがあり命に関わる副作用の可能性、そして力価つまり効き目にも相当な差があること、国・地域により用いるワクチンや接種方法にかなり広い違いがあること等々、私のような素人にとってはまさに目からウロコの新鮮な情報が多く、万一の場合のためいい勉強になった。
残念ながら、インドはこの病気で命を落とす人々が毎年およそ3万人という世界一の狂犬病大国でもある。自身の身を守るために、またこの国に関する予備知識の一部・・・といっては言いすぎかもしれないが、こうした本を読んでおくのは意味の無いことではないと私は思う。何しろひとたび発病すれば、確実に、しかもほんの数日以内に死に至るとても危険な病気である。 -
コロニアルな辞書
新聞や雑誌はもちろん、インドの書籍などを読んでいて、慣れないうちは『?』と思うような語彙に出会うことはないだろうか。アメリカやイギリスの出版社から出ている辞書における一般的な語彙にないボキャブラリーは、インドの英語を特徴づけるひとつの要素である。
毎日普通に使われているものの中に数詞のlackh, crore等、ストを示すhartaar, bandhといったボキャブラリなどはごく一般的だが特に植民地期に記された文章、その時代について書かれたものなどには、インド独特のコトバが頻出していい味を醸し出している。インド起源ながらも英語語彙として定着したものも多い。bungalow, verandah, jungle, cummer band, khakiなどといったボキャブラリーがそうであることは広く知られている。
そうした英領時代のインド英語語彙を集めた図書がある。
Sahibs, Nabobs and Boxwallahsという本で、A DICTIONARY OF THE WORDS OF ANGLO-INDIAなるサブタイトルが付いている。コトバの意味のみならず、しばしばその起源、派生語、関連語などについても触れられていて興味深い。

インドの英語でよく使われる語彙をよく確認してみるたり、英語に定着したローカルな語彙を見つけてみるのもよいし、すでにほとんど使われなくなった古いボキャブラリーを眺めてみるのもまた愉しい。インド英語の歴史がぎっしりと詰まったクラシカルな一冊。そう頻繁に使うことはないにしても、ときどきページを開いてコロニアルな言葉の世界に遊んでみるのはいかが?
書名:Sahibs, Nabobs and Boxwallah
出版社:Oxford Univ Press
ISBN-10: 0195642236
ISBN-13: 978-0195642230 -
旅の参考書
さて今度の休みにどこを訪れようか?とあれこれ思いをめぐらせるのは愉しい。時間や財懐具合と相談しながら、訪れる場所や交通手段などをいろいろ考えてみる。何しろ見どころの宝庫インドだ。かつてサファーヴィー朝時代のイランのイスファハーンは『世界の半分』と賞賛されていたが、見るべきところの多さと感動の度合い、名所旧跡のみならず現代のインド社会で日々起きている事象についても、興味深い動きや学ぶべきことが実に豊富なことから、『インドこそが世界の半分』だと思っている。
話は旅行に戻る。漠然と『どこに行こうか』と思うにしても、具体的に訪れてみたい場所があるとしても、名所旧跡がひとまとめに図版入りで紹介されている一冊があると、計画を立てるのに役立つだろう。世の中の多くのガイドブックが、こうした見どころに加えて宿泊、食事や交通事情といった実際的なデータを合わせて構成されている。すると誌面や冊子のボリュームの都合で、メジャーどころ以外の画像や図版が入り込む余地はなくなり、出来の良し悪しはあっても、基本的にどれも同じようなところを紹介することになる。
インドの建築物のみに特化したガイドブックがある。1996年に出た『インド建築案内』だ。

大手書店の書棚でしばしば見かけるので、実際にこれをお持ちの方も多いだろう。こういう書物が出回るからには、日本の『旅行文化』もなかなか捨てたものではないと思う。この本では、インド東西南北各地の歴史的建築物から現代建築までが写真入りで網羅されている。建築家である著者が20年間におよぶ旅行や取材を通して編集したもので、287の都市や村における612の建築物が紹介されている。
各建築物に関する記述はごく簡単なものだが、とりあえずそういうものの存在を知るきっかけになるという点が重要だ。気になるものがあれば、自分で更に調べてみればよい。私自身、西ベンガル州のテラコッタ建築を見物に行ったときなどおおいに参考にさせてもらったし、バナーラス近郊のジャウンプルのイスラーム建築群も、この本の記事を見ることがなければ訪れることもなかっただろう。
『素晴らしいコンテンツで、しかもフルカラーなのに2800円とは安い!』と購入当時感激したものだが、2003年には英語版も出ている。インドの書店でも見かけたことがある。多少なりとも興味のある方にはぜひお勧めしたい。ただ欲を言えば、著者が取材していた頃にはまだ外国人が足を踏み入れることができなかった北東諸州が含まれて居ないこと。いつかこの地域の写真や記事を加えた『完全版』が出てくることがあればなお嬉しい。
著者の神谷武夫氏のウェブサイトもまた秀逸だ。建築という切り口を通して見たインド、そういう構造物や造形を生み出す背景にある様々な事象や要素について、わかりやすい言葉で解説してあり、英語と韓国語でも閲覧できる。氏の今後ますますのご活躍をお祈りしたい。 -
極小にして秀逸な辞書

使うことはほとんどないけれども、手元にひとつあったらいい。可能な限り小さくて、それでいて充分実用に耐えるものがいい。英和と和英合冊の辞書で何か良いものはないものか?としばしば思っていた。通常、小型辞書といえば、三省堂のコンサイス英和・和英辞典、旺文社のハンディ英和・和英辞典といった、掌くらいの丈の細長いものが頭に浮かぶだろう。それでも厚みや質量からして『文庫本以上、単行本未満』の存在感があるので、特にそれを必須アイテムと考えなければ、旅行や出張といった際にわざわざ荷物に加える気はしないだろう。
もっと小さくて内容が優れたのがあればいいのだが、往々にして極小辞書は内容に乏しいもの。たとえばYOHAN ENGLISH – JAPANESE, JAPANESE – ENGLISH DICTIONARYという、例えはヘンだが体積にしてリコーのデジタルカメラGR DIGITALほどしかないものがある。サイズは魅力的なのだがコンテンツに乏しく、実用に耐えるとは思えない。
やはり先述のコンサイスくらいが限界なのかな?と長年思っていたのだが、このほど優れもののミニ辞書を見つけた。コンサイスと同じく三省堂から出ている。ジェム英和・和英辞典だ。私はその存在すらまったく知らなかったのだが、古くから出ている辞書だそうなので『あぁ、持っているよ』という方も多いのではないかと思う。同社のウェブサイトにはこう紹介されている。
日本で一番小さな本格的実用英和・和英辞典の全面改訂版。
天・地・小口の三方を本金塗り、表紙には最高級の皮革を使用した豪華装丁。
日常生活から海外旅行まで使える内容豊富な珠玉の辞書。贈り物にも最適。
今改訂では、現代生活を反映する活用度の高い語彙を網羅。
英和3万3千項目、和英3万1千項目収録。
サイズはYOHANのものよりもやや小さいくらいなのでさらにびっくり。非常に薄い紙を使用しているものの、スペースの都合上収録語数はそれほど多くはない。しかしながらボキャブラリーが精選されているため、実用度ではひとまわりもふたまわりも大きな版形の辞書に匹敵しそうな印象を受ける。英和部分の紙面が尽きたところから和英のコンテンツが始まるのではなく、どちらもオモテ表紙から始まるようになっている。英和の表紙を見ている状態で、これを表裏・天地さかさまにひっくり返せば和英の表紙となっているのだ。使い勝手も良さそうだ。
初版が出たのは大正14年とか。西暦にして1925年。カーンプルでインド共産党が結成された年である。ちょうど10年前にガーンディーが南アフリカから帰国して、非暴力・非服従運動を展開していた時代である。同年に日本に逃れていたラース・ビハーリー・ボースが日本に帰化したのがこの2年前の1923年。現在販売されているのは1999年に改訂された第7版。
もしこの辞書を見かけることがあれば、ぜひ手にとってご覧いただきたい。表紙に本革をあしらった高級感ある装丁はもちろんのこと、その極小な版形に納められたコンテンツの秀逸さはまさにGEM(宝石)の名にふさわしい。初版以来、現在にいたるまで83年という長きにわたり世に出回ってきたロングセラー。その歴史は伊達ではない。
書名:ジェム英和・和英辞典
出版元:三省堂
ISBN-10: 4385102392
ISBN-13: 978-4385102399 -
インド洋海域から眺めた世界
陸路はもちろん海原を通じてもインドと外界とのコンタクトは続いてきた。かつて徒歩や騎馬などにより遠路はるばるやってきた勢力が、インドにいくつもの王朝を建ててきた。もちろん同じルートをたどって経済活動を行なうことを目的にやってきた人々の流れもあった。同様に、海からも船舶に乗っていくつかの外来勢力がインドを目指してやってきて、支配を確立していった。そして最後にやってきたのがイギリスということになる。もちろん侵略や征服目的といった意図を持たず、商取引やより良い生活条件を求めて渡航してきた人々も多数あった。
インドで先祖の出自をそうした外国からの移住者と認識するコミュニティが多数存在するのと同様に、インドから様々な国々に出て行き定住した人々もまた多い。陸路でたどり着ける地域はもちろんのこと、アラビアやアフリカでもインド系移民たちがコミュニティを形成してしいたり、生活や経済活動等のさまざまな痕跡や影響を残していたりする。
かつて日の沈まない世界帝国として君臨したイギリスの支配下ないしは強い影響下にあった地域が多いことも、こうした活動の拡散に追い風となったようだ。航海技術の発達に加えて、地域間交通がよりマクロ的な視点から発達し整備されるようになったこと、更には経済活動や商取引等にまつわるルール等、ある一定の共通のモノサシが普及していったことなどは、大英帝国とその支配の構図が、一種のインフラとして機能し、人やモノの行き来を促進することになっていったといえるだろう。
インド亜大陸のアラビア海に面した西岸部と海原を通じてつながる中東・アフリカ各地の岸辺をひとつのつながりとして俯瞰したこの図書から、『アラビア海域』というひとつの世界が見えてくるようだ。中東・アフリカ地域のインド系住民たちをDiaspora、つまり経済的理由等で本国から離散した人々と見るか、それとも今なお本国と有機的なつながりを持つインド世界の飛び地と見るのかで見えてくる世界が違ってくる。
さまざまな人々が行き来する海上からその沿岸地域を見渡す視点を与えてくれるこの一冊を手にしてみた。インドをアフガン・イラン方面ないしは、日本・東南アジア方面からという二方向から地続きで眺めてしまいがちな私たちに、海域を通じた第三の視座を与えてくれる一冊である。海原は決して無の空間の広がりではなく、異なる文化圏をつなぎ合わせる広大なネットワークであることを改めて思い起こさせてくれる。
この『インド洋海域世界』は、東は東南アジアから西はアフリカ東海岸までの、人々やモノの移動、文化の伝播や商業ネットワークの構築といった多様な切り口から、地域間で繰り返されてきた重層的なコンタクトの豊富な事例を交えて、異なる地域間からなる『ひとつの世界』が存在してきたことを私たちの目の前に提示してくれる。
インドに軸足を置いてアフリカを眺めてみるのもよし、インドネシアからはるか西のメッカを望んでみるのもよし、ザンジバルの港からオマーンの方角へと目を凝らしてみるのもまたいいだろう。海域世界というマクロな観点から複眼的な視野で眺めた雄大な風景に胸がすくような思いがする。

書名:自然と文化そしてことば インド洋海域世界
著者:小西正捷他
出版社:言叢社
ISBN-10: 4862090222
ISBN-13: 978-4862090225 -
BBC の存在感
BBC Hindi.comのサイト内で、穀物、果物その他に関連する語彙をワンポイントで教えるLearning English Idiomsというプログラムがある。これまでBean, Bananaなどが出てきていたが、本日現在取り上げられているのは『Fish』だ。
いつも“Hello ! I’m a very interesting and an intelligent man….”で語り始めるややエキセントリックな表情のアナウンサーが、魚に関するイディオムをユーモアたっぷりに視聴者に教えている。ごく数分程度のプログラムだが、ネットに接続するついでに覗いてみるとなかなか楽しい。なお、BBC World Serviceのサイト上にはLearning Englishというページも設けられており、ここには豊かなコンテンツが用意されている。
それにしてもウェブ版のBBC、世界中で33ケ語によるニュースを提供しており、うちアラビア語は北アフリカと中東、ポルトガル語もアフリカと南米といった具合に別々のニュースサイトが用意されている。どの言語においても文字、画像、音声等による最新ニュースや旬なトピックが満載だ。南アジアのみ挙げてみても、ウルドゥー、ヒンディー、ベンガーリー、ネーパーリー、タミル、シンハーリー、と6ケ語で、それぞれの言葉が使用される地域の関心ごとを中心に、ニュースが構成されている。またこれらに加えて、英語によるアフリカ、南北アメリカ、アジア・パシフィック、ヨーロッパ、中東、南アジア、そしてイギリスといった各地域ごとのニュースサイトもあり、どれも豊かな情報量を誇る。
近年、イギリス政府の対イラク政策について批判的な報道から、自国政府と対立するスタンスも話題になったことからもわかるとおり、BBCの報道の中立性、コンテンツそのものの信頼性について評価が高いことは言うまでもない。中国やミャンマーをはじめ、自国の報道が政府の厳しい管理下にあり、非常に偏重したニュースしか流れないような国において、外国発の自国語によるニュースに触れる手段さえ持っていれば、『ホントはどうなっているのか』を知る大きな助けとなることだろう。質・量ともに、BBC World Serviceの圧倒的な存在感には脱帽である。 -
インドビジネス情報誌創刊1年

昨年、プレ創刊号としての4月号、正式な創刊号となる8月号を発刊し、以来日本における稀有なインドビジネス誌として隔月発行されているIndia Business Today。
インドにおける経済トレンドの大勢、政治トピック、インドでの日系企業の動き、日本におけるインド企業や著名人の動向に加えて、インドの歴史文化にかかわる事柄も取り上げている。誌面40ページ余りとごく限られたスペースではあるものの、日本人ビジネスマンのうちこれまで同国とあまりかかわりを持たなかった人であっても、経済活動という視点を中心にインドを多角的に眺めることができるよう努力がなされているようだ。
なお発行元のコネックス・アジア・ネットワークは、India Business Today以外に月刊誌『Korea Business Today』『Vietnam Business Today』『Dubai Business Today』と隔月刊誌『ASEAN Business Today』『China Business Today』『Macau HongKong Business Today』といったアジア他地域に関する経済誌も出しているが、どれも先述のIndia Business Today創刊と同時期にスタートしたものである。
マーケティングを中核事業とする企業によって設立された子会社による出版事業だが、同社の姉妹誌はもちろんのこと、とりわけIndia Business Todayには、今の『元気なインド』を日本に伝えてもらうべく、今後ますますの活躍と発展を期待したい。 -
起源はひとつ カタチはいろいろ
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華麗なるインド系文字(編著:町田和彦、出版:白水社)という本がある。
この本の冒頭に『現在、南アジアと東南アジアで使用されているほとんどの文字は、歴史的にはたった一つの文字に起源をたどれる同系統の文字です。この根源の文字はインドで生まれたブラーフミー文字で、紀元前3世紀にまで遡ることができます』とある。こうした文字が伝播した地域のひろがりに、インドの圧倒的な大きさと影響力を感じずにはいられないだろう。
対応する母音字、子音字、数字のひとつひとつが、ブラーフミー、デーヴァナーガリー、グルムキー、グジャラーティー、ベンガーリー、オリヤー、シンハラ、チベット、ビルマ、ラーオ、タイ、クメール、テルグ、カンナダ、マラヤーラム、タミルの各文字にて、発音記号と書き順を並べてあり、カタチをいろいろ見比べてみると面白い。
またインド諸語の文字それぞれの音について、ざっと一覧できるのもまた便利かつ楽しく、せめて文字だけでも、これら全てを覚えることができたらどうだろうか?なんてあまり役に立ちそうにないことを夢想してみたりする。各言語を専門家による、それぞれの文字の概説なども巻末に書かれておりこちらもまた興味深い。
起源はひとつといえども、さまざまなコトバを使う人々がそれぞれ伝達手段として、それぞれ独自に発展されていった『文字』の豊かな背景に思いを馳せると、本を手にしたまま時が経つのを忘れてしまいそうだ。文字マニアならずとも、ぜひオススメしたい一冊である。
『華麗なるインド系文字』
町田和彦編著
白水社
ISBN-13: 978-4560005552 -
ちょっと昔のインド
1967年に初版が発行された『インド・パキスタンの経済』という本を手にしてみた。これは1964年に刊行されたMarie-Simone Renouの『L’economie de l’inde』の和訳。当時のインドと東西パーキスターンをあわせて『インド』という地域としてとらえ、英領時代末期1960年代初めにかけての亜大陸の経済を概観したものである。
分離からまだ年月の浅い時期に書かれたものであることもあり、もともと相互補完の関係にあった地域がふたつの対立する新しい国に分かれたことによる損失にもスポットを当てている。現在インドの穀倉地帯として知られるパンジャーブ州だが、分離前のインドでは現在のパーキスターン側のパンジャーブやその周辺こそが穀倉地帯であったようだ。それゆえに緑の革命前にはインドで食糧が相当不足していたにもかかわらず、パーキスターンでは年に50〜70万トン前後の余剰小麦が生じていたそうだ。
当時の第一次産品については、茶、米、小麦等々についての言及はともかく、特に目を引くのが『アヘンについていえば、これは中国に対する輸出禁止(一九〇七年)および一般的輸出禁止(一九三五年)、さらには国内における消費制限によりその栽培が阻害された。したがって、こんにちのケシの栽培は、とるに足りぬ状態となっている』とあるが、『第一次産品と工業中心地』として示された図の中には、タバコ、茶、ゴムなどといった品目とともに『アヘン』の記述があり、収穫がなされていた地域はビハール西部とU.P.東部にまたがる地域が示されている。
また当時の映画産業について『製作フィルム総延長およびその投資額において世界第三位にある。また劇場数は、インド二千五百、パーキスターン五百、撮影所は、インド六十、パキスタン七を数える』とある。1947年の分離は、ヒンディー語映画の重要な市場を奪うことになったのだという。つまりパーキスターン側となったエリアによるヒンディー語作品に対する需要は、全体の5割にもなっていたと記されている。
現在では世界最大級の国営企業としてどっしりとした存在感を示すインド国鉄。しかし19世紀半ばに建設が始まって以来、当時の政府が民間会社に委託してそれに対する補助金を支出していたもので、他に藩王国運営の鉄道などもあり、統一された事業体とはいえなかった。今ではブロードゲージに統一されつつあるものの、いまだに四つの異なる幅の軌道(ブロードゲージ、メーターゲージ、に加えてふたつの異なるナローゲージ)が混在し、効率的な運行を妨げる状況が長く問題となってきた。それがゆえに昨今のインド国鉄ではブロードゲージ化が着々と進められている。そもそもこうした場当たり的な敷設がなされたことの背景には、『国鉄』としての全国を縦横にまとめるネットワークとしての一貫したポリシーが欠如していたことを示している。この本によると、複数の民間会社が運営してきた鉄道の国有化が行われ、ひとつの事業体としてまとまることになったのは1954年のことだ。
航空事業については、カラーチー・ボンベイ間に最初の郵便航路が開設されたが、当時の航空機の航続可能距離等の制約などから、おそらく最大の商都よりも地理的に西側にある街のほうが有利だったのだろう。国際線網はカラーチーを中心として欧州や中東各地を結ぶ路線が開設されたのだとか。
一橋大学の黒崎教授による『パキスタン切手のたのしみ』によれば、1947年8月に独立したばかりのパーキスターンの郵便切手は、英領インドのものに『PAKISTAN』と加刷した間に合わせのもので、パーキスターンのものとして正規に印刷されたものが出たのは翌48年の7月であったとのことだ。郵政のみならず、インドとパーキスターンの分離独立から翌48年7月のステート・バンク・オブ・パーキスターン設立までのほぼ1年間に渡り、リザーブ・バンク・オブ・インディアがパーキスターンの中央銀行の役割を果たしていた。
企業や組織などが合併したり、分割したりというだけでも、その渦中にある人は忙殺されてしまうとともに、業務の中でいろいろ齟齬やトラブルが生じたりするものだ。国の主権の移譲と分割というはるかに大きな動きの中で、これを取りまとめる当事者たちはさぞ苦労したことと思う。しかもその最中に戦争(1947年から49年までの第1次印パ戦争 )まで行なってしまったのだから、まさに動乱という言葉こそがふさわしい時代である。
新書版のサイズで、広い範囲にわたりテーマごとに独立前後のインド経済の概略が簡潔に書かれており、手軽でしかも興味深い一冊であった。ウェブサイト『日本の古本屋』を通じて入手できるようだし、日本各地の図書館などでも借りることができるようだ。特に経済に関心はなくても、ちょっと昔のインドの世相に触れることができるオススメの一冊だ。
『インド・パキスタンの経済』(マリー・シモーヌ・ルヌー著・黒沢一晃訳)白水社
ASIN: B000JA7FPE -
ePaper, eMagazine
数年前からThe Times of IndiaやHindustantimesなどといった新聞は、通常のウェブ版に加えてePaperと称し、紙媒体の内容をそのままの形で用意している。もちろん過去にさかのぼって紙面を探すことも可能だ。なお後者については無料のID登録を済ませれば、毎朝読者自身のメールアカウントに『Mornig dispatch』として当日のePaperが届いて便利。
『消費期限』がわずか一日と短い新聞に比べて、ニュース雑誌等は紙媒体のコンテンツを惜しげなくネット上に公開することについては積極的でなかったようだ。少し前まで、India Todayのウェブサイトは、定期購読者のみID等を入力することにより主要コンテンツを閲覧できるようになっていたものだが、最近は大きく様変わりしたようだ。現在、メインの記事はひととおりウェブ上で見ることができるようになっている。
読者からのフィードバックをウェブ上で受け付けるとともに、各記事の末尾には閲覧者自身が五段階の評価を付けることができるようになっている。インディア・トゥデイ側としては『情報公開』を今後の誌面づくりのためのマーケティングに大いに活用しようという姿勢に転換したのだろうか。
ウェブ版をそのまま斜め読みするのもいいのだが、最新号からバックナンバーまで、市販されたそのままのものを『eMagazine』として、表紙や広告等を含めて全ページ閲覧することもできる。文字サイズが二段階にしか調節できず、拡大してみても実際の印刷物よりもかなり文字が小さくて見づらいという向きには、まるごとPDFとしてダウンロードすることもできる。


こうしたサービスが、India Todayの英語版、ヒンディー語版ともに利用できることに加えて、同じ版元から出ているMoney Today、 Business Today、SIMPLY DELHI、 SIMPLY CHENNAIなども同様だ。
近年、ウェブ上で豊富な情報提供がなされるようになったことに加えて、すでにニューズウィーク等で同じようなサービスは提供されているものの、インドの雑誌による『eMagazine』という試みも面白い。今後、THE WEEKやFrontlineといった他のニュース雑誌もこの動きに追随してくれるとありがたい。 -
次作も楽しみなジュンパー・ラーヒリー

映画「The Namesake」の原作となったジュンパー・ラーヒリーの長編小説を読んでみた。イングランド生まれで米国育ちのインド系アメリカ人作家によるこの作品は、映画以上の出来栄えで、実に読みごたえのあるものだった。続いて彼女の文壇デビュー作にして、2000年のピュリツアー賞文学部門の受賞作品でもある短編集も手に取ってみた。
「The Namesake (邦題:その名にちなんで)」においてもそうだったが、短編集「Interpreter of Maladies(邦題:停電の夜に)」でも、在米インド人ないしはインド系米国人が多く取り上げられている。またこれらの登場人物が「インド人」あるいは「インド系」であってもベンガル人なのである。
彼女自身がカルカッタ出身のベンガル人夫婦の間に生まれた娘であることからも、おそらく彼女が描く在米ベンガル人の社会や人間関係は、彼女自身、両親や友人知人その他を含めた身近な人々の実体験や見聞がベースにあることは言うまでもないだろう。
移住した最初の世代の人たちの母国に対する憧憬と愛着、その次の世代として生まれた者たちの生まれ育った「故郷」アメリカと自身の両親や親戚が暮らす「ふるさと」の間で揺れる気持ちやアイデンティティの揺らぎなどを、日常の暮らしの細やかな描写とともに精緻に描き出している。
単にNRIやPOIの人々の暮らしぶりを伝える作品であれば、特に珍しいものでもないだろう。彼女が取り上げる舞台がそうしたものであって、エスニシティにかかわる部分の描写に凝っているわりには、その筆が活写していくのは「インド人」「インド系」といった人種や国籍に縛られるものではなく、地上に住む私たちの人生においてごく普遍的な事象や問題だ。インドやインド系社会といったものに取り立てて関心のない人が手にしたとしても、どこか遠い異国の夢物語ではなく、リアリティに満ち生き生きとした物語として受け取られることだろう。
作品中で、あたかも「主人公」が次々に入れ替わるかのように、ストーリー見渡す視点が頻繁に変更されていくため、ストーリーが立体的かつ多元的で深みのあるものとなっている。著者のリッチなイマジネーション、描写の確かさ、豊かな構成力とともに、まるでとても良くできた映画のスクリーンを目の前にしているかのように一気に読み進んでしまう。
彼女が多く取り上げるテーマは恋愛や結婚。私はその手の小説はまったく好みではないので、これまでほとんど手にしたことがなかったが、たまたま先述の映画の原作を書店で目にしたのでなんとなく購入してみたのだが、意外なまでに気に入ってしまった。
今後もインド系社会を切り口にして、世の中を描いていくのかどうかわからないが、これからがとても楽しみな作家だ。次の作品「Unaccustomed Earth」は、今年4月あたりに出版されるらしく、今からすでに気になっている。
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『The Namesake』
出版社: Mariner Books;
ISBN-10: 0618485228
『その名にちなんで』
翻訳:小川高義
出版社:新潮社
ISBN-10: 4102142126
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『Interpreter of Maladies』
出版社: Mariner Books (1999/6/1)
ISBN-10: 039592720X
『停電の夜に』
翻訳:小川高義
出版社:新潮社
ISBN-10: 4102142118
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