インド洋海域から眺めた世界

陸路はもちろん海原を通じてもインドと外界とのコンタクトは続いてきた。かつて徒歩や騎馬などにより遠路はるばるやってきた勢力が、インドにいくつもの王朝を建ててきた。もちろん同じルートをたどって経済活動を行なうことを目的にやってきた人々の流れもあった。同様に、海からも船舶に乗っていくつかの外来勢力がインドを目指してやってきて、支配を確立していった。そして最後にやってきたのがイギリスということになる。もちろん侵略や征服目的といった意図を持たず、商取引やより良い生活条件を求めて渡航してきた人々も多数あった。
インドで先祖の出自をそうした外国からの移住者と認識するコミュニティが多数存在するのと同様に、インドから様々な国々に出て行き定住した人々もまた多い。陸路でたどり着ける地域はもちろんのこと、アラビアやアフリカでもインド系移民たちがコミュニティを形成してしいたり、生活や経済活動等のさまざまな痕跡や影響を残していたりする。
かつて日の沈まない世界帝国として君臨したイギリスの支配下ないしは強い影響下にあった地域が多いことも、こうした活動の拡散に追い風となったようだ。航海技術の発達に加えて、地域間交通がよりマクロ的な視点から発達し整備されるようになったこと、更には経済活動や商取引等にまつわるルール等、ある一定の共通のモノサシが普及していったことなどは、大英帝国とその支配の構図が、一種のインフラとして機能し、人やモノの行き来を促進することになっていったといえるだろう。
インド亜大陸のアラビア海に面した西岸部と海原を通じてつながる中東・アフリカ各地の岸辺をひとつのつながりとして俯瞰したこの図書から、『アラビア海域』というひとつの世界が見えてくるようだ。中東・アフリカ地域のインド系住民たちをDiaspora、つまり経済的理由等で本国から離散した人々と見るか、それとも今なお本国と有機的なつながりを持つインド世界の飛び地と見るのかで見えてくる世界が違ってくる。
さまざまな人々が行き来する海上からその沿岸地域を見渡す視点を与えてくれるこの一冊を手にしてみた。インドをアフガン・イラン方面ないしは、日本・東南アジア方面からという二方向から地続きで眺めてしまいがちな私たちに、海域を通じた第三の視座を与えてくれる一冊である。海原は決して無の空間の広がりではなく、異なる文化圏をつなぎ合わせる広大なネットワークであることを改めて思い起こさせてくれる。
この『インド洋海域世界』は、東は東南アジアから西はアフリカ東海岸までの、人々やモノの移動、文化の伝播や商業ネットワークの構築といった多様な切り口から、地域間で繰り返されてきた重層的なコンタクトの豊富な事例を交えて、異なる地域間からなる『ひとつの世界』が存在してきたことを私たちの目の前に提示してくれる。
インドに軸足を置いてアフリカを眺めてみるのもよし、インドネシアからはるか西のメッカを望んでみるのもよし、ザンジバルの港からオマーンの方角へと目を凝らしてみるのもまたいいだろう。海域世界というマクロな観点から複眼的な視野で眺めた雄大な風景に胸がすくような思いがする。
自然と文化そしてことば インド洋海域世界
書名:自然と文化そしてことば インド洋海域世界
著者:小西正捷他
出版社:言叢社
ISBN-10: 4862090222
ISBN-13: 978-4862090225

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