次作も楽しみなジュンパー・ラーヒリー

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映画「The Namesake」の原作となったジュンパー・ラーヒリーの長編小説を読んでみた。イングランド生まれで米国育ちのインド系アメリカ人作家によるこの作品は、映画以上の出来栄えで、実に読みごたえのあるものだった。続いて彼女の文壇デビュー作にして、2000年のピュリツアー賞文学部門の受賞作品でもある短編集も手に取ってみた。
「The Namesake (邦題:その名にちなんで)」においてもそうだったが、短編集「Interpreter of Maladies(邦題:停電の夜に)」でも、在米インド人ないしはインド系米国人が多く取り上げられている。またこれらの登場人物が「インド人」あるいは「インド系」であってもベンガル人なのである。
彼女自身がカルカッタ出身のベンガル人夫婦の間に生まれた娘であることからも、おそらく彼女が描く在米ベンガル人の社会や人間関係は、彼女自身、両親や友人知人その他を含めた身近な人々の実体験や見聞がベースにあることは言うまでもないだろう。
移住した最初の世代の人たちの母国に対する憧憬と愛着、その次の世代として生まれた者たちの生まれ育った「故郷」アメリカと自身の両親や親戚が暮らす「ふるさと」の間で揺れる気持ちやアイデンティティの揺らぎなどを、日常の暮らしの細やかな描写とともに精緻に描き出している。
単にNRIやPOIの人々の暮らしぶりを伝える作品であれば、特に珍しいものでもないだろう。彼女が取り上げる舞台がそうしたものであって、エスニシティにかかわる部分の描写に凝っているわりには、その筆が活写していくのは「インド人」「インド系」といった人種や国籍に縛られるものではなく、地上に住む私たちの人生においてごく普遍的な事象や問題だ。インドやインド系社会といったものに取り立てて関心のない人が手にしたとしても、どこか遠い異国の夢物語ではなく、リアリティに満ち生き生きとした物語として受け取られることだろう。
作品中で、あたかも「主人公」が次々に入れ替わるかのように、ストーリー見渡す視点が頻繁に変更されていくため、ストーリーが立体的かつ多元的で深みのあるものとなっている。著者のリッチなイマジネーション、描写の確かさ、豊かな構成力とともに、まるでとても良くできた映画のスクリーンを目の前にしているかのように一気に読み進んでしまう。
彼女が多く取り上げるテーマは恋愛や結婚。私はその手の小説はまったく好みではないので、これまでほとんど手にしたことがなかったが、たまたま先述の映画の原作を書店で目にしたのでなんとなく購入してみたのだが、意外なまでに気に入ってしまった。
今後もインド系社会を切り口にして、世の中を描いていくのかどうかわからないが、これからがとても楽しみな作家だ。次の作品「Unaccustomed Earth」は、今年4月あたりに出版されるらしく、今からすでに気になっている。
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『The Namesake』
出版社: Mariner Books;
ISBN-10: 0618485228
『その名にちなんで』
翻訳:小川高義
出版社:新潮社
ISBN-10: 4102142126
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『Interpreter of Maladies』
出版社: Mariner Books (1999/6/1)
ISBN-10: 039592720X
『停電の夜に』
翻訳:小川高義
出版社:新潮社
ISBN-10: 4102142118
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「次作も楽しみなジュンパー・ラーヒリー」への2件のフィードバック

  1. ジュンパ・ラヒリですが、私も書店の店頭でインド人らしき著者名ということで手にとって以来、愛読しています。映画も先日見てきましたが、「モンスーンウェディング」のミーラー・ナーイル監督で、鮮やかな映像が美しくて小説の世界がうまく映像化されていたように思います。
    彼女の作品は、日本語でまだあって、季刊誌『考える人』の2007年春号(雑誌コード12305-05)の最後に、同じく小川高義さんの翻訳で「一生に一度」というものが載っています。また、『停電の夜に』は講談社インターナショナルから対訳のものも出ています。(ISBN978-4-7700-4081-7)
    春の新刊も楽しみですね!
    ちなみにそれは和書ですか?
    それが刊行されるまでは、何といっても書籍が一番と私は思っていますが、映画も含め布教活動に勤しみたいです。

  2. 「一生に一度」ぜひ読んでみたいのでさがしてみることにします。
    4月に刊行されるのは英語による原著ですが、いまや知名度が高くて話題性にも富んだ作家なので、日本語訳もすぐに出るのではないかと思います。今度はどんな世界が描かれているのか、とっても楽しみですね!

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