ポケットの中のインド

iPod
2001年に最初のモデルが発売されたアップル社のiPod。以前は携帯音楽プレーヤーといえば、ソニーのウォークマン、CDウォークマン、MDウォークマンや他社によるこれらの競合商品が店頭に並んでいたものだが、携帯性、機能性、収録できる曲数、拡張性どれも秀逸で、圧倒的な支持を得てこの分野第一級の定番商品となった。
これまでiPodを手にしたことさえなかった私だが、遅ればせながら私も購入してみたのは、第6世代のiPod Classicである。最近のモデルは動画機能が強化されていることが購入の動機。出先でヒマができたときにインド映画を観るのにどうだろうかと思ったのだ。


店頭で実際に手にするまではiPod touchにしようと思っていた。なぜならこちらは画面サイズ3.5インチ、Classicは2.5インチ。ただでさえ掌サイズの小さな機器だけに、わずか1インチでもその差は大きいはず。
だが2.5インチの小さな画面でも、意外なまでに視認性が良いこと、ハードディスクの容量はClassicのほうが圧倒的に大きなこと(Classic は80GBまたは160GB、touchは8GBまたは16GB)から、沢山の映画を放り込むことができるこちらに決定。
サードパーティーによる機器を購入すれば、テレビ映像をiPodに記録することが可能だ。映画専門チャンネルで録画したものをジャンジャン取り込んで、ポケットの中に小さな映画館が登場。もちろん小さな液晶画面で、3時間くらいある長い映画を通しで見続けるつもりはないのだが、昼食後やちょっと時間が空いたときなどにチマチマと楽しむことにしている。
iPodに録画する映像のソースはZEE CINEMA。あまり新しい映画はないが、70年代から90年代半ばあたりまでの作品満載。若き日のアミターブ・バッチャンの雄姿、デビューしたてのサルマーン・カーン、まだ甘いマスクをしていたサンジャイ・ダット、青年時代のジャッキー・シュロフ、10数年経ってもちっとも変わらないシルパー・シェッティーその他、現役のスターたちの今と見比べてみるのも楽しい。
それにしてもボリウッド映画、90年代初頭から半ばを境に、テーマや作風も相当変わったが、ヒーローやヒロインのコスチュームも今と昔でずいぶん違うことに改めて気付かされる。ヒーローやヒロインのタイプやキャラクターも大きく転換した。
ちょうどこのあたりであった。衛星放送の導入により、外国のポップカルチャーが雪崩を打って入ってくるようになったのは。バザールの若者のファッションにも顕著な変化が現れたのもこのころだ。ケーブルチャンネルの普及がシネマホールに足を運ぶ観衆を減少させ、映画文化を退潮させると本気で心配され、銀幕の大スターたちをも動員して反対運動を繰り広げていたのも90年代初めのことだ。
経済の段階的な対外開放により、インドの地場資本が鍛えられて外来パワーに負けずに頑張っているように、映画の世界もまた外からの影響が強くなるにつれて、ストーリー面、映像面、作品の背後にある思想的な部分でも、大きく磨かれたのが90年代から現在にかけてのことだろう。
素人目に見ても、スクリーンに出てくる仕掛けやセットはずいぶん精巧になったし、ストーリーの中で『タメ』を置くべき部分もきっちりと考慮されるようになったし、そもそも唐突すぎたり無理があったりする展開はあまり見られなくなったように思うがどうだろうか。もちろん映画を見る私自身が変わったということもある。何も考えずにランダムに観ていた昔と違い、今はある程度前もって調べてから選んだ作品や好みのジャンルの作品をチョイスして観ているためそう感じるのかもしれない。
リアルな暴力シーンやあからさまな性描写などが増え、それ以前の『家族みんなで安心して楽しめるインド映画』というイメージは過去のものとなったが、総体として良い作品が増えたと思う。もちろん過去の映画にも名作や秀作は多いし、昔の映画を否定するつもりはまったくない。
そもそも娯楽映画とは、時代ごとの世相や人々の価値観を大きく反映するもの。独自の価値観や文化の中に外界からの影響を速いスピードで大胆に取り入れていったのが、ここ十数年のインドであり、その大衆文化の粋としてのボリウッド映画でもある。ポケットの中の小さな『映画館』に映し出されるボリウッド映画の変遷から、インドという国の転換期が見えてくるようでもあり興味深いものがある。やや大げさにいえば、そこにインド現代史が凝縮されているといってもいいかもしれない。

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