インドでもパキスタンでもそうだが、アメリカなど第三国で出版されたニュース雑誌等に両国北部国境地帯の地図が掲載されている場合、「当国政府の主張する国境線を示すものではない」といった意味の但し書きがスタンプで押されているのを目にすることがある。当局により、係争地帯に関する部分についてはかなり厳しいチェックが行われているようだ。
係争地帯とは言うまでもなくカシミール地方のことであるが、インドとパキスタン双方が同地方への主権を主張しており、事実上統治の及ぶ限界となっているLOC(Line of Control)は両国の停戦ラインに過ぎない。つまりインドにはインドなりのカシミール地方の形と大きさがあり、パキスタンや中国にもまた彼らなりの同地方の描きかたがあることになる。
そのためインドで出版された地図中には、中国へと通じるカラコルムハイウェイ沿いのギルギットやフンザといった世界に広く知られるパキスタンの観光名所が非現実的にも「インドの町」となってしまうのと同様、逆にパキスタンで刷られた地図によればスリナガルがパキスタン領というおかしな具合になってしまうのだ。インドのJ&K州には、もうひとつの隣国、中国との間にも係争地帯がある。つまり中印紛争(1959年〜1962年)以降、中国占領下にあるアクサイチンの存在だ。
中国との間には他にも東部で国境問題を抱えているのだが、このJ&K州にかかわる表記の問題から、デリー高等裁判所は中国製の地球儀の玩具輸入禁止を命じることとなったのだろう。中国で印刷される南アジアの地図では、インドの国土は頭頂部のカシミール地方を削った形で描かれる。ここにはインドともパキスタンとも異なる着色をしたうえで、この地域をほぼ南北に分断するLOCを境に、「インド実効支配地域」「パキスタン実効支配地域」と表記されるのだ。単にオモチャとはいえど、インドの将来を担う子供たちに間違った地図を刷り込むわけにはいかないのだろう。
しかし思えばデリーが、イスラマーバードが、あるいは北京が何を主張しようと、誰もが必要とするのは生活の安定と平和だ。関係国「中央」の強固な意志のもとで、住民たちの思いを無視した不毛な駆け引きが続くカシミール。辺境に住む人々にとって、「民主主義」とはただ絵に描いた餅に過ぎないのかもしれない。
デリー最高裁 中国製地球儀玩具輸入禁止を命じる(パキスタン・DAWN紙)
カテゴリー: politics
ソニア、ソニア
今年末に封切される『SONIA, SONIA』という映画を楽しみにしている。米国の雑誌フォーブスによれば、「世界で三番目にパワフルな女性」となった国民会議派総裁のソニア・ガーンディー氏。彼女の生き様が映画化されることになった。
1968年、ラジヴ・ガーンディーと結婚。外国からインドの家庭に嫁入りするだけで大変だと思うが、よりにもよって結婚相手はインド首相の息子である。夫の弟のサンジャイは飛行機事故で他界し、義母インディラも暗殺。やむなくインディアン・エアラインスのパイロットだった夫が政界入りするとき、それに強く反対したという。「いつかひょっとしたら…」と不吉な将来を予感していたのかもしれない。その懸念はやがて現実のものとなってしまった。
流転の人生を宿命づけられている人なのだろうか。彼女の運命は常に表舞台で何かを演じるように定められているようでもある。インド政界の重鎮としてしばらく年月を過ごし、息子ラーフル、あるいは娘プリヤンカーに後を任せて引退…という安寧な未来は気の毒ながら想像できない。
彼女のキャリアは、たとえ自身が望もうと望まざると、いつも第一線を歩むことになっている。それでいて彼女には安泰が訪れることはなく、運命に翻弄され続けている。
メディアから伝えられる情報以外に彼女の人となりを知る由はないが、いったいどういう人物なのだろうか。いわゆる「女傑」タイプとは違い、いつもどこかに哀しさと、それを精一杯振り払おうとする健気さがあるように感じられる。
ヴェラッパさん再選
以前、きまぐれピックアップでもふれた「最高齢のインド現役国会議員」ラーマチャンドラ・ヴェラッパさん。元々は国民会議派だったが、現在ではBJPに所属。総選挙での再選を目指して立候補していた。
その後どうしたのか気になっていたが、調べてみれば見事当選。国会議員の高齢記録をさらに伸ばすことになった。しかし、厳しい選挙戦で体力を消耗したのか、体調を崩し、現在は病院で療養中とのこと。
こんな年齢で、議員という責任ある仕事がまっとうできるのか、と心配に思う人も少なくないだろう。彼が続投できるのは選挙区の人びとからの信頼が厚いためだが、彼にかわる魅力ある人材が出てこないという背景もある。
インディア・トゥデイ誌の懸賞付世論調査の中で、こんな質問を見かけたのを思い出した。
●政治家に65歳定年を設けるべきか?
●国会または州議会の議員に選出されるのを、
五期以内に制限するべきか?
●大臣(首相を含む)を務めることのできるのを、
二期までに制限するべきか?
インドは総人口の54%が25歳以下という若者の国だが、国会議員の平均年齢は55歳以上で、中央政府閣僚ともなると平均61歳を超えるという。
社会の年齢構成に見合った政治の若返りも必要だが、言うまでもなく高齢者も社会の大切な一部である。一世紀近く生きてなお、社会の第一線で活躍しようというのだから実に頼もしいおじいさんだ。
政権が中途で解散することがなければ今回の任期は5年。5年後には、ヴェラッパさんは99歳。こんな型破りな人がいるのもまたインドらしい。
●ヴェラッパさんの近況
記事によって年齢が違うのは、「やっぱり」という感じ。
▼心配無用!ワシは元気だ (The Hindu)
▼Good day? bad day (BBC)
インドの新しい顔
すったもんだの末、ようやくインドの新しい首相が決まった。インドの新しい顔となったマンモーハン・スィン氏は、1990年代初めに国民会議派=ナラシマ・ラオ政権で財務大臣を担当。91年の経済危機を乗り越えて、その後の成長へと続く改革の道を切り拓いた。当時のラオ首相の最大の功績は、彼をこのポストに起用したことだとまで言われる。
1932年、現在パキスタン領内にあるパンジャーブ州西部生まれ。パンジャーブ大学、オックスフォード大学、ケンブリッジ両大学で学んだ後、国内いくつかの大学で教えた経済学者であるとともに、中央銀行総裁をしていたこともある。
パキスタンのムシャラフ大統領(インドのデリー生まれ)とともに、南アジアの両大国のリーダーの生まれ故郷は、そろって国境の反対側ということになる。このふたつの国の血のつながりの濃さを象徴しているようだ。
マンモーハン・スィン氏はインドで初めてのスィク教徒(非ヒンドゥー教徒としても最初)の首相でもある。彼によって「名前の綴りにRが含まれる人物は首相になれない」という謎めいたジンクスは破られた。
過去のインド首相で、自身がこれほど経済に明るい人物がいただろうか。どこから見ても異色な新リーダー。会議派政府を閣外協力する左派との関係の舵取りが難しいと思われるが、今後の手腕に多くの人びとが期待しているに違いない。
最後に笑うのは誰?
今回の選挙結果が、インド経済に大きな波紋を広げている。大勢判明直後の大幅下落にとどまらず、週明け月曜日には、過去129年間で最大の暴落を記録してしまったインドの株式市場。好景気の波に乗ってきたインド経済に急ブレーキがかかり、新政権は発足前から面目丸つぶれである。
一連の出来事で、いまをときめく財閥オーナーたちにも大きな被害が及んでいる。昨年度の長者番付トップで、リライアンス・グループを率いるアンバニー兄弟にいたっては、なんと594億Rs(約1490億円)もの損失が推測されている。
だが、こうした財力ありあまるお大尽たちはともかく、本当にスッカラカンになってしまって頭を抱える市民も少なくないだろう。
予想外の勝利を収めた国民会議派は、強い逆風を受けてのスタートとなる。アテにしていた諸々の左翼政党の取り込みは不調。第一党の国民会議派、野党に転落したBJPに次ぎ、三番目の議席数を確保したマルクス主義共産党は、政権に直接参加せず閣外協力に留まることを表明している。イデオロギー的なものはもちろん、再来年に控える西ベンガル州選挙(国民会議派が最大のライバルとなる)の都合もあるようだが、会議派に対して自分たちの価値を吊り上げようという意図も見え隠れする。
同党をはじめとする左翼陣営は、国営企業民営化プログラム(この中には政府が所有する銀行、航空会社のエア・インディア、インディアン・エアラインスも含まれる)に一様に反対しており、今後はこの第三勢力の動きが政局の重要なカギ、…いや政権の存続をも左右するようになるのかもしれない。
単独で過半数を確保できなかった国民会議派にとっては気が重い問題ばかりだ。ただでさえ軋轢の大きい寄り合い所帯の連立政権。閣外からの「協力」と同時に大きな「圧力」もかかってくることを覚悟しなくてはならない。
今回の総選挙の結果、最後に笑うのは誰だかはっきりするまで、もうしばらく時間がかかるようである。
▼財閥主たちはいくら損した? (Times of India)