海抜91cmの国土からの移住計画

地球温暖化に関わる様々なニュースを目にする昨今だが、インドのすぐ南の島国から気になる記事を見かけた。タイトルもズバリ『モルジブの新国土構想』である。
Plan for new Maldives homeland (BBC South Asia)
1000以上の島々から成るこの国の『最高地』はわずか海抜2m、国土の標高の『平均』はたったの海抜91cm。すでに20世紀にはこの海域で20cmほど海面が上昇したとされている。今世紀には海面が60?上昇すると言われている。
Wikipedia内にモルジブ首都のマーレを俯瞰する大きな画像が収録されている。水際まで迫る大小の建物や施設、背景のコバルトブルーと近代的なビルのコントラストが映える。だがこれを見てわかるとおり、海面すれすれのごく薄い陸地の上に街が構成されていることがわかる。
国土が海洋に面した極端な低地であるモルジブは、国民の将来を見据えて移住のための代替地を探しはじめたようだ。文化的に近いインドかスリランカで代替地を探しているとか。
現在の人口30万人を数えるモルジブ人たちは、将来『環境難民』となることが危惧されているという。
代替地・・・といってもそう簡単に新たな国土が見つかるものだろうか。候補とされる近隣国にしても、30万人を抱える国家がそっくりそのまま移動して存続していける、人々が居住可能なスペースがどこかに余っているはずはなく、その地域の自国民や産業等を犠牲にしてまでモルジブのために提供してくれることもないだろうから、現実的なアイデアとは思えない。
さりとて今のモルジブに人々が未来永劫暮らしていけるとも考えられないので、モルジブ政府が近隣国を含めた各国政府や国際機関等を通じて外交努力を続けていくしかないのだろう。
同様にツバル、キリバスといった南太平洋の島々から成る国々も同様の問題を抱えており、10年ほど前にツバルは自国が海面上昇により居住不可能となった場合のために近隣のオーストラリアとニュージーランドに自国民移住受け入れを打診した結果、前者は拒否したものの後者は前向きの姿勢を見せた。またキリバスについても国土が海中に没することを前提としたうえで、定住地で自活していくための職業訓練も含めた国外移住支援の要請を先進各国に依頼している。
もちろん温暖化により危機的状況にあるのはここに挙げてみた国々に限ったことではなく、他の多くの島嶼からなる国家はもちろんのこと、海岸に面したデルタ地帯や低地はすべからくそのリスクに直面している。もちろん日本とてその例外ではない。
だが将来国土のほぼすべてが水没し、国家そのものが滅びてしまうほどの極端な状況に置かれている国については、そのほとんどが経済規模が小さなことに加えて、国際的な発言力も大きくない。これらの国々の人々は、今後の自国政府による自助努力の成果について楽観的にはなれないだろう。
これらを遠く離れた南の島国の問題としてではなく、『私たちの問題』として捉えられるかどうか、彼らの未来はこの地球の各地に暮らす私たちみんなの意識のありかたにかかっていると言って間違いないだろう。
冒頭のBBCの記事では読者、主にモルジブの人々からのコメントや意見等を募集している。

King is pinched

1週間近く前の記事だが、ネパール王室についてこんな記事があった。
Nepal ex-king told to pay bills (BBC South Asia)
22ヶ所の宮殿や屋敷の過去数年間にわたる電気料金100万ドル超を11月7日までに期限内に支払わなければ彼らへの電気供給をストップさせるというもの。
元国王は、この膨大な金額を支払うのか、電気を止められるという屈辱に甘んじるのか、それとも何か他の手立てがあるのかどうかわからないが、5月に王室が廃止されてから身分上は普通の『国民』となった元国王とその家族。
最終的な王室廃止に至る過程の中で、王室財産はかなり処分されているはずだが、それでも海外に隠した『埋蔵金』の話もあるし、そもそも王や王族が経営にかかわる有力企業も少なくなかったようだが、そのあたりはどうなっているのだろう。
まだそれなりの財力があるようだが、政治的な権力を失い丸裸になった元国王一族に対する圧力は相当なものだろう。今までのところ、彼自身は国外への亡命は否定しているものの今後どうなるか。
現在与党の座にあるマオイストにしてみても、それと協力関係にある他の勢力にしてみても、王室の廃止により不人気だったギャネンドラ元国王が民間人になったとはいえ、今でも旧王党派や王室にシンパシーを抱く人々が皆無というわけではないし、そこを基盤にして政治活動に乗り出す元王族やその縁者が出てこないとも限らない。
現政権にとっては、後に憂いを残さないために、旧王室のさらなる弱体化を進めたいところではないだろうか。更には本音では国内から退去して欲しい、地理的にも遠い場所に行ってくれればなお幸い・・・といったところかもしれない。今後も様々な形での締め付けは続くことだろう。
政府からさまざまな『弾圧』を受ける旧王族たちは、この国でどこまで持ちこたえることができるのだろうか。

ネパール 革命成就・・・なのか?

20080414-MAOIST.png
ネパールの総選挙結果が、事前には思いもよらなかった方向に展開している。
紆余曲折あったが、なんとか今回の選挙に参加することになったネパール共産党マオイスト派である。長年武装闘争を続け、ネパール政界を左右するひとつの重要なカギを握る勢力である。国民のある部分から一定の支持を得ることができるにしても、あくまでも主流派に対する抵抗勢力として、どこまで票を伸ばすことができるかが云々されていた。さらにはその結果が、彼らにとって満足いくものでなければ、選挙の公正さに対する疑いを理由に、再び武闘路線に戻るのではないかという懸念もあった。そもそも今回の選挙の焦点のひとつには、国内の不安定要因の最たるもののひとつであったマオイスト勢力をいかに平和的かつ継続的に政治参加させるかという問題があった。
ところがどうしたことだろう。現時点ですべての結果が出揃ったわけではないが、すでにマオイストが第一党となることは確実な情勢で、開票後かなり早い段階において勝利宣言も出ている。これはまたマオイストたちによる『革命の成就』と表現することもできるだろうか?
政府と対立して武装闘争を展開してきた過激派が、総選挙で過半数にわずか及ばないまでも、堂々たる第一党に選ばれてことを受け、大政党にしてこの国最古の政党であるネパール会議派がマオイストに連立を打診している。力による弾圧という路線から対話と政治参加を促して、武装したマイノリティ集団のマオイストたちを一政党として自らのシステムに取り込もうとしたのはマジョリティ側であったが、総選挙の予想外の結果により、まさに主客転倒となった。
数の論理で堂々と不条理がまかりとおることもある民主主義体制の中、狭い国土ながらもインドと同じく多様性に富む国土の広範な民意のうち、これまで既存政党が吸収できなかった部分を代表し、道理にかなったやりかたで国政に反映させる、必要とあればマジョリティの独走に歯止めをかけるチェック機能としての存在は、諸手を挙げて歓迎されるべきものである。そもそもマオイストたちの中に占めるマイノリティ民族や女性の占める割合は高く、これまであまり省みられることのなかった層の人々の意思を代表しているともいえる。
マオイストたちにしてみれば、国民の総意を結集した選挙で第一党となることで、『政党』として自らの主義主張の正当性についてのお墨付きを得たことになり、これまでの行いは『造反有理』であり、これが社会が払ってきた犠牲についても『革命無罪』ということになってしまうのだろう。政界のどんでん返して、ネパールは今まさに本格的な変革の時期を迎えたことになる。しかし注意しなくてはならないのは、予想外に大量の票がなぜマオイストに流れたかということだ。票のかなりの部分は既存政党への不信任票といえるだろう。しかしだからといって、そのすべてがマオイストたちの方針に諸手を挙げて賛成というわけではないのではないかということは容易に想像できる。選挙前にはマオイスト支持とは予想されなかったカテゴリーの人々のうち、どういう立場の人たちが彼らに票を投じたのか、詳細な分析が出てくるのを待ちたい。
ところで、マオイストたちに政権担当能力はあるのだろうか。彼ら自身、とりあえずは政局に強い影響力を持つ野党陣営の一角を占めて、議会政治の世界で着実に地歩を固めることができれば良かったのではないかと思う。いきなり第一党に躍り出てしまい、最も当惑しているのは他でもないマオイストの幹部たちなのではないかという気がしないでもない。時期尚早ではないだろうか。
これまで農村部や山間部で人々をオルグあるいは強制的に徴用したり、政府に対する武装闘争を展開したりしてきたマオイストたちが、こんどは公平かつ責任ある統治者として、『反動的』あるいは『反革命的』他陣営をも含めた様々な意見をまとめあげる有能な調整者として、これまでとまったく違う役割を担うことになる。こうした経験のない集団が、あまりに過度な期待を背負っていったい何ができるのかは未知数だが、まずはお手並み拝見といったところか。先に勝利宣言を発したプラチャンダ議長は、彼らが第一党となることに対する周辺国ならびに諸外国の懸念を払拭するため、『我々は民主主義を尊重し、諸外国とりわけインドと中国との友好関係を維持していく』との声明を出したことからもうかがえるように、今のところ自分たちの立場についての自覚はあるように見えるのだが。
今回の選挙が、懸念されていたほどの大過なくほぼ平和裏に投票を終了し、政権交代へのプロセスを円滑に進めているように見えることについて、現象的には国民統合の象徴とも民主主義の勝利ともいえるかもしれない。だがその実新たな混乱のはじまりがやってきたのではないかと懸念するのは私だけではないだろう。今度はマオイストを軸とする新たな合従連衡が展開されていくことになると思う。ネパールの『革命』と『闘争』はこれからもまだまだ続く。マオイストが主導することになりそうな新政府、そして新たな憲法起草による新しい国づくりの中で、あまりに性急な変化を志向すれば、かならずや大きな揺り戻しを呼ぶことになるだろう。
目下、革命いまだ成就せず・・・ということになるが、同様の信条のもとに武装闘争を続けるマオイスト勢力を抱えるインドにとっても、ネパールにおけるマオイストをめぐる様々な動きや事態の展開には、今後いろいろ参考になるものが出てくるのではないかという気もする。今後の進展に注目していきたい。
CA Election 2064 Results (kantipuronline.com)
ELECTION COMISSION, NEPAL
マオイスト共産党の選挙シンボル

聖地

墓廟
パーキスターンのスィンド州ラルカーナー郊外のガリー・クダー・バクシュ村にあるブットー家の墓。墓というよりもまさに廟なのである。先月27日に暗殺されたベーナズィール・ブットーが10月に帰国して墓参した際、またそのわずかふた月あまり後に彼女自身の葬儀が行なわれたときにも、テレビや雑誌などに取り上げられていたが、
ブログ『Farzana Naina』にその写真が数点掲示されている。
水際に臨む好ロケーション、一件古風な建築ながらも細部のデザイン等が省略されているように見えるのは、現代的にアレンジされたものなのか、それともまだ造営途中であるのか。私たちが生きる今の時代に造られた墓廟としては、極めて例外的に壮大なものだ。ブットー家の財力と集金力、そして支持基盤の強固さを感じさせられるとともに、この『大衆政治家』父娘の封建的かつ権威主義的な面をも示しているようだ。廟内にはベーナズィールの父、ズルフィカール・アリー・ブットーの墓が安置されていたが、これに暗殺された娘のものが加えられる。
いつか機会を得て、ぜひこの墓廟を見学してみたいと思う。しかしそこに葬られているのが、今となっては歴史の本の中の記述のみに存在する歴史の彼方の人物ではなく、直に会ったことはなくても、これまで各種メディアで盛んに取り上げられてきた故人の力強く色鮮やかな記憶がまだ生々しいだけに、大きな墓廟の凛としたそのたたずまいから深い悲哀が感じられるようだ。
非業の死を遂げた父ズルフィカールとともに、まだまだ多くのことをやり残したベーナズィールの悔恨や怨嗟の想いが凝縮されたこの建築を目にして、ブットー家ないしはPPPを支持する人たちは、その遺志を継ぐ決意を新たにするのだろう。精神と肉体が消滅し、次第に人々の中から故人の人格や行いといった日常的な部分についての記憶が薄れていくものだ。しかし非人間的な大きさの廟に祀られ、当人たちの表情、感情や体温を感じさせないシンボルと化し、輝かしい業績や政治スタンスのエッセンスのみが昇華されて人々の心に刻まれるようになる。
政治家としてのブットー父娘について、さまざまな意見があるところだが、カリスマ性、魅力と話題に富んだ政治家であったことは誰も否定しないだろう。党の『終身総裁』の観があり、大看板でもあったベーナズィールを失うという大きな痛手を負ったPPPだが、彼女がここに葬られることにより、墓廟は支持者たちにとって『聖地』としての資質をさらに高めることになったに違いない。
ちなみに墓廟とラルカーナーとの大まかな位置関係は以下のとおりである。
ブットー家墓廟位置

王室廃すと・・・

このほど王室の廃止が確定したネパールだが、すでに今会計年度の王室予算配分がゼロとなっており、今年7月に宮殿で行われた国王の60歳の誕生日を祝う式典に同国閣僚や外交団の参加者はなく、集まった支持者も千人ほどでしかなかったとのことだ。
昨年半ばに政府から王室に財産の公開が求められ、これに従わない場合は当局による強制的な執行がなされるという旨の報道があった。同年10月には2001年に殺害されたビレンドラ前国王の私財が国有化されている。今年8月には七つの宮殿を含む王室財産の国有化の決定に加えて、ギャネンドラ国王夫妻とパーラス王子の銀行口座を凍結するなどの措置が取られた。
しかし王室が以前から海外に所有する資産、ギャネンドラ国王即位後に国外に逃避させた前国王の私財など、よくわかっていない部分が多いらしい。国内に所有するその他資産と合わせて、今後も『埋蔵金探し』が続くことだろう。
ギャネンドラ国王は意欲的なビジネスマンの側面を持つ。彼を含む王室のメンバーたちが自国内で、旅行業界に加えて、食品や、タバコ、紅茶、電力などで幅広く投資を行なっており、これらの分野の著名企業の大株主でもある。カトマンズ市内のアンナプルナ・ホテル、旅行代理店のゴルカ・トラベルズ、スーリヤ・タバコ会社などがこうした王室系資本ないしは強い影響下にあることは外国人にも広く知られているところだ。
国家に帰属すべき王室財産と、シャハ家としての私財をどう色分けするのだろうか。かねてより関係者の間で熾烈な駆け引き、取り引き、策略などが展開されてきたことだろう。近・現代史の中で、ロシアの二月革命でのニコライ二世、イランのモハンマド・レザ・シャーのように自国内で発生した革命により王権が剥奪された例、韓国の李朝のように外国(日本)からの侵略により消滅した例はいくつかある。
これらと時代も状況も違うので比較はできないものの、ネパールではこの王室廃止についてどのような処理が進められていくのか、王室無き後この国に住み続ける旧王族たちが実質的にどういう立場になっていくのかなど、かなり興味を引かれるところである。