
ムンバイーのHitler’s Crossと名づけられたスポットが話題になっている。店のロゴにハーケンクロイツがあしらわれているとおり、ナチス時代のドイツのヒトラー総統がテーマとなったレストランだ。店内にはヒトラーの大きなポスターが飾られるとともに、内装はナチスのシンボルマークにある赤、白、黒でまとめられているそうだ。
この命名についてインドのユダヤ人コミュニティからの強い反発が上がっていることを報じるロイター発のニュースがイスラエルの有力紙『HAARETZ』に取り上げられた。
当のレストランのオーナーは『人々に即座に記憶してもらえる名前にしたかった』『ヒトラーを礼賛してなどいない』『ここはただのレストランである』とコメントするとともに、名前を変更することは考えていないという。
遠く海外にまで報じられるほどの批判は当人の予想を超えたものであったのかもしれない。先週開店したばかりの真新しいレストランであるにもかかわらず、良くも悪くも店の名前を広く知られるようにはなった。しかし内外からの批判に加えて地元マハーラーシュトラ州を本拠地とする右翼政党シヴ・セーナーが『コミュニティ間の調和を乱す』(・・・と彼らが言うのも妙だが)として何らかの行動に出ることを示唆している。彼らの組織力と実行力を思えば、ムンバイーではむしろこちらのほうが怖いかもしれない。
ともあれ前途多難が予想されるHitler’s Cross、ここしばらくホットなスポットであることは間違いないだろう。
Mumbai’s ‘Hitler’s cross’ eatery angers Indian Jews (HAARETS.com)
‘Hitler’ in Mumbai Annoys Indian Jews (India Daily)
・・・とここまで書いたところで『Hitler’s Cross』の経営陣が、レストランの名前を変更するとともにヒトラーのポスターを含めてナチスをイメージさせるインテリア類を撤去することに決めたと発表したとのニュースを目にした。
結局のところ地元のユダヤ系コミュニティの抗議に加えてイスラエル政府もこの問題に干渉しようとの姿勢を見せていたことなどもあり、経営者は引き下がることにしたようだ。新しい名前は8月26日にも発表されるとのことだが、ここ数日の間さんざん内外のメディアに取り上げられたことにより、どんな大掛かりな広告を打つよりも効果的な宣伝ができたのではないだろうか。しかもタダで。
ムンバイーのユダヤ系コミュニティやメディアを含めて『Hitler’s Cross』のネーミングについて大騒ぎした人たちはまさに『一杯食わされた』といったところかもしれない。いやはや・・・。
Hitler’s Cross to be renamed (The Hindu)
Climb down by ‘Hitler’ restaurant (BBC South Asia)
カテゴリー: column
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ヒトラーのレストラン
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団塊パイロット、インド進出?
日本ではいよいよ来年度あたりから団塊の世代の人々が定年を迎える退職ブームが訪れる。日本の航空業界もその例にもれず熟練操縦士たちが大勢辞めていくことになる。そんなわけでパイロット不足は何も格安航空会社がフライトを伸ばすインドその他の国々に限ったことではないらしい。
このほど全日空が中心となり、同社から退職するパイロットと米国航空業界などでリストラされた元パイロットたちを集めた操縦士派遣会社が設立された。これで航空会社には機体を操ることのできる人材を補充し、かつ個々の有資格者の雇用をつなぐことができるという、企業と操縦士の双方にとって『渡りに船』の状況を創出したことになる。
でもよくよく考えてみれば航空会社にとっては人件費の削減への期待が高まり、それとは裏腹に現役パイロットたちにとっては雇用条件が大幅に切り下げられることへのおそれにつながる。実はこうした状況は多くの勤め人たちにとっては対岸の火事ではないのだ。まったく違う業界にあってもこうした風潮は回りまわって自分たちの身にも降りかかりかねない問題なのでちょっと気になるところであろう。
それはともかく格安航空会社の台頭などにより需要が逼迫している国々への派遣も計画しているとのことだ。インドの航空機に乗り込む日本人操縦士を見かけたり、日本人機長が機内アナウンスで挨拶をしているのを耳にしたりなんて日は近いのかもしれない。
「パイロット派遣します」 全日空など新会社設立へ (asahi.com) -
世代が変われば世間も変わる
8月15日から一週間経った。
日本においては1945年8月15日の終戦、インドにおいては1947年の同じ日に達成されたイギリスからの独立。今年はそれぞれ61年、59年もの長い時間が経過したことになる。
日本では毎年マスメディアにより首相をはじめとする政府要人たちの靖国参拝が注目されるが、今年もまたこの時期には太平洋戦争にまつわる特集番組や特別記事などが組まれていた。ちょうど年末に『忠臣蔵』のドラマが放映されるのと同じく、おなじみの年中行事となっている。
だがそうしたもののコンテンツや論調などがゆっくりと、だが確実に変化してきているのは戦争の記憶が風化を示しているのだろう。戦時の具体的な記憶とともに当時の世相や社会背景まで理解している世代、戦後の世の中のありかたと客観的に比較をすることができる人々、となると終戦時に20歳前後になっていた人たちということになろうか。
こうした時代の生き証人たちが社会の表舞台から退場して影響力を失うとともに、年月の経過につれて次々とこの世から去っている。実体験として戦争を語ることのできる人々が残り少なくなってきている。
当時をよく知る最後の世代、仮にそれを『終戦時に20歳前後』という線引きをすれば、彼らすべてが還暦を迎えた1980年代後半あたりにこの世代がほぼ引退、それまで実社会で振るってきた影響力を失った時期と考えてよいだろう。
企業の管理職や役員、役所の幹部職員、あるいは自営業者などとして、下の世代を指導叱責しながらバリバリ働いて実社会を引っ張ってきた彼らが退職し、指揮する相手を持たない一私人となったのだ。すると彼らに頭を押さえつけられていた次の世代が遠慮なくモノを言うようになってくる。
この時期を経てまもなく戦後否定されてきたものを見直そうという動きが高まってきたように思う。それは国旗・国歌問題であり、自衛隊の海外派遣であり、東アジアの近代史への評価である。
旧体制を知る人たちが表舞台から去ることにより、古い時代のカラーが急速に褪せてしまうことは、インドのゴアでもそうだろう。1961年のインド併合以来、リスボンからではなくデリーから支配されることに加えて国内他地域からの人口流入等もあり『インド世代』ないしは『英語世代』が台頭してくることになった。
それでもある時期までは旧時代に教育を受けたポルトガル世代が実社会の中核を担ってきた。その彼らが引退するあたりで後に続くのはすべて『インド世代』であるから、ポルトガル色が急速に失われるのは無理もない話だ。
またインド国内広範囲におけるサフラン勢力の台頭についても、これらと同じような要素が少なからず働いている面もあるのではなかろうか。独立闘争時代の記憶、ガーンディーが直に大衆に語りかけていたころを知る者、イギリス統治の功罪について実体験として知っており、独立後のインドと客観的に比較することのできる世代が社会の表舞台から退場した時期がちょうどターニングポイントであったように思う。
歴史は世代が入れ替わることにより、それまでは人々の『実体験』であったものが、書物で読んだり人に聞いたりして『習う』ものとなり、人から聞いた知識だけが共有されるようになってくる。 しばしば東アジアの国々と日本の間では主に近代史における認識を背景にしばしば摩擦が起きる。 これらの国々では占領時代を忘れないよう歴史教育に力を入れているが、その『歴史』は為政者による作為により事実関係や解釈が変えられてしまうことが往々にしてある。もちろんそれは日本自身を含めてのことだ。
それだけにこれまですごしてきた時代への評価や過去の出来事への言及のありようが変化してきたときには、その背景にあるものについて注意深くモニターしていく必要があるに違いない。 -
Sweet water in Mumbai
ムンバイーで『海水が甘い!』と話題になっていることは数々のメディアで伝えられているところだが、実際のところどんな味がするのだろうか?今ちょうどその水際にいる方があれば、ぜひお話をうかがいたいと思う。本当に『甘い』のかそれとも海水なのに『塩気が感じられない』というのか?
いずれにしてもこのウワサが本当だとすれば海の中で何が起きているのだろうか。こんな大きな話題になっている。このトピックを取り上げる地元マスコミ人たちは味見くらいしているのだろうか?
アラビア海に面したチョウパッティ・ビーチを散策すると、しばしばコンコンと水が湧き出ている(?)様子が見られる。正体を確かめようと砂を掘り起こしてみたことがある。だが予想に反してそこには水道管だか下水管だかがあり、ここから派手に漏水していることがわかってガッカリした。同じ浜辺の別の地点でも波打ち際の砂地から滔々と湧き出る水流が出現している様子に気がついた小学生の息子に『ほら、足元に地下水脈があるんだ』と説明をしている父親の姿に思わず苦笑してしまった。
でもひょっとするとムンバイーの沿岸の海底では本当に大水脈から真水が湧き出ているのだろうか?と思わせるような出来事だ。でも今になって急に水量が増えて『甘くなった』とするならば『ひょっとして近いうちに大きな地震でも?』と不安ならないでもない。それともやっぱり大型の配水管や下水管が破裂して海水の味を大きく変えてしまっているのか?大都会のミステリーの裏に隠された真実やいかに??
Hundreds drink ‘sweet seawater’ (BBC South Asia) -
ビスミッラー・カーン没す

独立後のインドを代表する伝統音楽家、偉大なるシェナイ奏者ビスミッラー・カーンが自宅のあるバナーラスの病院で心臓発作により息を引き取った。しかし今年3月に90歳の誕生日を迎えた彼だ。まさに大往生である。
現在のビハール州にあった藩王国の宮廷音楽家の家柄に生まれ、わずか6歳にして音楽の道に入ったという。シーア派ムスリムであるとともにヒンドゥー教のサラスワティ女神を敬愛してきた彼はこの亜大陸を占める二大宗教間の友好関係を象徴するかのような存在でもあった。
ご冥福をお祈りいたします。
National mourning for Ustad Bismillah Khan (Times of India) -
インド空のキャンペーン価格
エア・デカンから広告メールが届いた。三周年記念キャンペーンとして同社が運行するさまざまな区間の料金が掲載されている。『格安度』は路線により違う。また同じ区間でも上り下りによって異なっていたり、どちらか一方にしかキャンペーン料金が設定されていないこともあるようだ。
以下、かなり長いが今回のキャンペーン料金一覧である。
………………………………………………………………………
アーメダーバード・チェンナイ 574
アーメダーバード・ハイデラーバード 574
グワーハティー・コルカタ 74
グワーハティー・デリー 999
グワーハティー・バグドグラ 74
ゴア・ムンバイー 499
コーチン・トリバンドラム 1
コーチン・ハイデラーバード 74
コーチン・ムンバイー 574
コインバトール・コーチン 1
コインバトール・チェンナイ 574
コインバトール・ハイデラーバード 74
コルカタ・グワーハティー 74
コルカタ・デリー 499
コルカタ・チェンナイ 1299
コルカタ・ハイデラーバード 499
コルカタ・バンガロール 1999
コルカタ・ポートブレア 1624
コルカタ・ムンバイー 1999
ジャンムー・スリナガル 1
スリナガル・ジャンムー 1
スリナガル・デリー 474
チェンナイ・アーメダーバード 574
チェンナイ・コルカタ 1074
チェンナイ・デリー 1574
チェンナイ・ハイデラーバード 74
チェンナイ・ムンバイー 574
チェンナイ・ポートブレア 1574
デリー・スリナガル 474
デリー・チェンナイ 1599
デリー・ハイデラーバード 999
デリー・パトナー 74
デリー・バンガロール 1774
デリー・ムンバイー 974
トリバンドラム・コーチン 1
トリバンドラム・チェンナイ 74
トリバンドラム・デリー 2074
トリバンドラム・ムンバイー 574
ナーグプル・ムンバイー 74
ハイデラーバード・アーメダーバード 574
ハイデラーバード・コーチン 74
ハイデラーバード・コインバトール 74
ハイデラーバード・コルカタ 499
ハイデラーバード・チェンナイ 74
ハイデラーバード・デリー 999
ハイデラーバード・ムンバイー 74
バグドグラー・グワーハティー 74
バグドグラー・デリー 1999
パトナー・デリー 74
バンガロール・コルカタ 1599
バンガロール・プネー 74
プネー・デリー 999
プネー・バンガロール 74
ポートブレアー・チェンナイ 1574
ポートブレアー・コルカタ 1624
ムンバイー・バンガロール 499
ムンバイー・チェンナイ 999
ムンバイー・コーチン 574
ムンバイー・コインバトール 999
ムンバイー・デリー 999
ムンバイー・ハイデラーバード 74
ムンバイー・コルカタ 1999
ムンバイー・ナーグプル 74
ムンバイー・トリバンドラム 574
※料金表示はいずれもルピー
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トリバンドラム・デリー間の2074ルピーでさえも充分『安いなあ!』と感じるだが、コルカタ・デリー間が499ルピー、チェンナイ・トリバンドラム、バンガロール・プネー、ムンバイー・ハイデラーバードといった区間はなんと74ルピー。さらにスリナガル・ジャンムー、コーチン・トリバンドラム、コインバトール・トリバンドラムの運賃がわずか1ルピーなんていう超ビックリ価格もある。
ちなみに1ルピーの運賃に加えて空港税等として875ルピー、また手数料50ルピーがかかってくるため所要金額の合計は926ルピーとなるが、それにしてもこんな格安料金で空を移動できたらうれしいものだ。
上記の料金がキャンペーン期間のすべての座席で適用になるわけではなく、限られた数しか確保されていないのだが、本日同社の予約サイトにアクセスしてみると、一桁や二桁の激安料金の席にもまだかなり空きがあった。
思わず我を忘れてジャンムー・スリナガル間の往復(わずか2ルピー!)の予約を入れてしまいそうになるのだが、 そもそもジャンムーまでノコノコ出かけている時間さえないのだぞ!とはやる気持ちを抑えるのに懸命なもうひとりの自分がいた。
インドの『安い航空会社』の先駆けであるエア・デカンも、後発各社の参入により追われる立場になりつつある。すごい時代になってきた。格安航空各社がたびたび打ち出してくるこうしたキャンペーン料金、うまくタイミングさえ合えばぜひ利用してみたいものである。 -
マナーリーの婿殿たち
インディア・トゥデイの8月2日号に『ガイコクの花婿と土地の花嫁』と題した記事が掲載されていた。外国人旅行者が大勢訪れるヒマーチャル・プラデーシュのマナーリー、とりわけヴァシシュトやマニカランといった長期滞在者の多い地域で、欧米から来たバックパッカー男性と現地の女性との婚姻が増えているとのこと。彼女らはたいてい宿の経営など旅行者相手の仕事にかかわる者の親族であり、あまり高い教育を受けていない人たちが多いとも書かれていた。
地元の行政当局が把握しているのは現在までのところ30件程度。しかしこれらは外国人配偶者が現地に定住することを選び、すでに一年以上滞在している場合のみに限っての話だそうだ。だが他の地域に移動あるいは出国したカップルについては把握していないため、外国人との婚姻の数はもっと多いはずだという。
記事中には地元に定住したカップルたちの実例がいくつか取り上げられていた。当初は旅行者としてやってきた外国の若者たちがヒマーチャル女性と結婚して子供をもうけ、地元の方言や習慣などを身につけて生活していること、長く暮らすにつれて地元の人々にも受け入れられている様子などが描き出されていた。
あるドイツ人男性は宿の主人の娘と結婚し、彼女の親戚の家を借りて彼本人もまた宿を営んでおり、故郷で農業に従事していたオーストラリア人男性はここで結婚してからマナーリーで畑仕事にいそしんでいるという。
通常、欧米人男性との国際結婚といえば都会のミドルクラス以上で学歴も経済的な水準も高く、かつリベラルな家庭環境にある女性であることが多いと思われるのだが、それとは対極の層でこうした事例が増えているということが注目を浴びたのだろう。
もちろん田舎でも観光地にあればそこを訪れた外国人と地元のインドの若者が知り合うきっかけがあるのだから、こういう結婚が増えてきても特に不思議なことではない。記事に取り上げられてはいなかったが、日本人男性でも同様の事例があるかもしれない。
個々のケースについてはおおむね好意的に取り上げられていたが、こうした結婚の動機について『外国人は合法的に長期滞在できるし費用も安い。インド人にとって経済的な援助や外国移住の可能性といったメリットが大きい』と非常に単純化して結論づけてしまっているのが気になった。
そしてこのたび同誌の8月16日号には、この記事に対する読者の反応がふたつ取り上げられていた。他にもいろんな意見があったのではないかと思うのだが、おおむね都会の人々からはこういう風に受け取られるのかもしれない。
『外国の若者がわが国の無学で貧しい女性と結婚する例が増えているという記事を見てとても驚いた。これが麻薬の入手目的だとすればそんな結婚生活は長続きするはずはないだろう』
『外国人がヒマーチャルの女性と結婚して地元の文化にどっぷり浸かって暮らしているということを読んでびっくりした。貧しい地元女性たちにしてみれば貧困と日々のきつい労働から解放されていいのだろうが、外国人たちにしてみれば一体何の得があるというのだろうか。背後に何かよからぬ企みでもなければいいのだが・・・』
ごく一部の豊かな人々しか『海外観光旅行』することができないインドとは裏腹に、先進国のあらゆる階層の人々にとって物見遊山でインドを訪れることができる。 ひとくちに『外国人』といってもいろいろあるし、価値観もさまざまで経済的に上を上をと目指している人たちばかりでもない。だからなおさらのこと同誌の読者たちにとって『なんだか訳がわからん』ということになるのだろう。
こうした見方をされる部分はあるにしてもこの『ガイコクの花婿』たち、雑音に惑わされることなく良き夫として父親として幸せな家庭を築いて欲しいと思う。 -
世界最古の『会社』
歴史と文物の宝庫インドでは、東西南北どこに行っても由緒ある建物や街並みに出会うことできる。文化の多様性と重層性をヒシヒシと感じさせてくれるこの国は、いつどこを訪れても非常に興味をそそられるものだ。
ところで我らがニッポンの『カイシャ社会』の中には、仰天するほど長寿な企業が存在していることに気がついた。それは起源を江戸時代にまでさかのぼる反物屋や百貨店といった程度の話ではない。なんと紀元578年創業なのだというからびっくり。
イスラーム教の預言者ムハンマドが誕生したのが570年あたりとされるし、インドではアジャンターの石窟がまだ現役の僧院群として機能していた時代だ。玄奘三蔵がインドを訪問したのはさらに50年ほど経ってからだ。
その『歴史的企業』金剛組は総合建設会社だが、特に寺社建築の設計・施工・文化財建造物の復元、修理等を得意としている。会社の沿革をひもとくと実に興味深いものがある。
紀元578年に聖徳太子の命を受けて百済の国から三人の工匠が招かれ、この中のひとり金剛重光なる人物が興した宮大工集団が現在の金剛組のはじまりだという。そして『三人の工匠は仏への帰依の心をこめ、そのもてる技(わざ)のすべてをもって、四天王像をまつる寺院創建のために尽くしました』と同社のウェブサイトにある。四天王寺に続き法隆寺を建設したのだそうだ。
以来日本の寺社建築とともに千四百年という気の遠くなるような長い時間を歩んできたのだから世界遺産みたいなものである。ウィキペディアによれば金剛組は現存する世界最古の企業(ただし株式会社化は1955(昭和30)年)だ。
ただし今年1月に現代の当主である金剛重光氏により、中堅ゼネコン高松建設の子会社としての新たな『金剛組』に営業譲渡して社員の多くを移籍させ、もともとの母体である旧来の金剛組についてはケージー建設と改称したが、7月下旬に自己破産を申請している。
これらの一連の動きにより、今年からは金剛組とそれを千四百年以上もの長きにわたって率いてきた金剛一族との縁は解消されたといえるが、歴史という視点から眺めると日本の会社社会もなかなか捨てたものではないようだ。
ケージー建設:大阪地裁が破産手続き 日本最古の建築会社
(毎日新聞) -
Indigo 発進!
8月4日からインドの空にまた新たなキャリアが進出している。その名もindigo。 同社の求人サイトを眺めてみると、パイロット、客室乗務員、一般職員にセールスエージェント等々あらゆる分野での募集がなされており、いかにもスタートしたばかりの若い会社という感じだ。
近ごろインドを含めて世界各地で急増しているローコストなエアラインで、現在までのところデリー、バンガロール、プネー、グワーハティ、インパールに飛行しており、8月、9月のうちにコルカタ、ハイデラーバード、チェンナイと目的地を増やしていく。その後ムンバイー、ジャンムー、ナーグプル、スリナガルにもネットワーク を広げることが予定されている。昨年のパリ航空ショーで、当時まだ飛行機の運行を開始さえしていなかった同社がエアバスを100機注文して世間の耳目を集めた。
辣腕経営者として知られるCEOブルース・アシュビーは、9年間勤めたUS Airwaysで財務、企画、マーケティングなどにかかわる要職を歴任してきた、そしてこのたび同社の副会長職を辞して(それでもまだ44歳!)indigoに迎えられた。これまで築いてきたキャリアを投げ打って格安航空の新興市場のインドに乗り込む彼の勝算やいかに!?
以前は格安航空会社の乗り入れ先が主要都市プラス南西部に大きく偏っており、東部や東北部となるとほとんど従来から運行している大手キャリア(インディアン、ジェットエアウェイズ等)の独占市場のように見えたものだが、近ごろはローコストな航空会社の進出が目立つようになってきている。インドの空の便がようやく全国規模での大競争時代に入りつつあると言ってよいだろう。
インドにおける格安航空会社の先駆け、エア・デカンは現在国内57地点をつなぐまでに成長しており、同じ区間を移動する際の料金が競合する鉄道のアッパークラスと乗客を分け合う状態がすでに現実のものとなっている。
航空会社が乱立する中、空の便をハンドリングするキャパシティ、パイロットの不足はもちろんのこと、そんなに多くの同業者たちが共存していけるのかという疑問も提示されているものの、今後のインドは着実に『狭くなっていく』のだろう。 -
電気が停まった
お盆で行き交う人々の姿が普段より少ない8月14日の朝、私は地下鉄で東京の都心近くを移動中だった。7時半過ぎに到着した駅構内で電気が消えているのを不審に思ったそのとき、車内アナウンスがあった。
『停電のため停止します』
車内がどよめく。無理もない東京で停電なんて滅多にないことだし、それが原因で電車が動かなくなるなんて。この時点でドアが開いて乗り込んでくる人たちはあっても降りる人はいなかった。車内は電気が点いているしエアコンも作動していた。待機用の電源で動かしているのだろう。
しばらくしてから再び車内放送が入る。
『ただいま東京メトロ、東急線、小田急線、都営地下鉄などで運行を停止しています』
続いてバスに振替輸送をするとの案内が流れると乗客たちの多くが下車して出口へと向かう。
地上に出るとあちこちから消防車や救急車といった緊急車両のサイレンの音が響く。見渡せば警官たちが多数配置されている。いったい何が起きたのだろうか。
たずねてみると『私たちも今駆けつけたばかりでよくわからないんですよ』と制服姿の一人が応える。
『首都圏の広域で停電しているらしい・・・』そんな会話がどこからか聞こえてくる。こんな晴れわたった好天の朝になぜ?と誰もが思うだろう。一目でそれとわかる腕章を付けた報道関係者がカメラを抱えて地下鉄構内へと降りていく姿が見えた。
ここで誰かがふざけて『テロが起きたぞ!』とでも叫べば、そのままデマが流布してしまいそうな雰囲気があった。
振替輸送先を行なうと案内がなされていたバスだが、停留所ではすでに数百メートルの行列。来るバスはすべてすし詰めの満員で、停車することなくそのまま通過していく。
あ、そういえば・・・と携帯電話を取り出す。購入してからほとんど使っていないがワンゼグ放送受信機能が付いていたことを思い出した。
ちょうど今の停電の状況を報じているところだった。旧江戸川にかかる送電線を航行中のクレーン船が傷つけたことが原因だとわかったのはもうしばらく後のこと。この時点ではメディアも停電の理由がよくわかっていなかったが、とりあえずテロが起きたわけではないようだ。 携帯電話で受信中のテレビニュースによれば、すでに電車のいくつかの路線は復旧しているという。ここの路線もそろそろ動き出すかもしれない。
そういえば数年前にはニューヨークの大停電があった。あのときはずいぶん長いこと送電がストップしていて相当な混乱があったと聞く。その事件後、ニューヨークに『停電先進国』インドから専門家が招かれて『停電発生時や復旧後に想定されるトラブルやその対処法を含む危機管理を伝授』というニュースのように、はるか彼方に消え去っていた記憶が次第によみがえってくる。
首都圏やそれに準じる地域でもでも小さな停電がしばしば起きて、田舎では一日の送電時間が制限されているところも珍しくないインド。高価な家電製品やPCなどを使用するところではバックアップ用の電源や自家発電機などが必須。また物事が『あるべき状態』にないこと、イレギュラーなことがしばしば起きるためもあってか、停電程度の異常事態については柔軟に対応できるのかもしれない。
そういえば2001年にカーンプルを中心にデリー、ラージャスターン、UPなどを含む広大なエリアで重要施設や地点を除く大部分の地域で数日間に渡る大停電が起きたように、ごくまれだが広域かつ長時間にわたる停電が起きることもある。その最中、人々は不便を我慢し、不平を漏らしつつも何とかうまくやり過ごしているようであった。
そんなとりとめもないことをボンヤリ考えながら長蛇の列の中でバスを待っていると、警察官が大声で叫びながらやってくる。『ただいま地下鉄が復旧しました』
人々は額に浮く汗を拭いながらゾロゾロと地下鉄の入口へと吸い込まれていく。
今日の停電はそれほど時間かけずに復旧したが、もし本当にテロのような事件や大地震のような災害により長い時間送電がなかったら、私たちはどんな対応ができたのだろうか。少なくともそうした不測の事態が発生した場合について考えさせてくれる機会になったのではないだろうか。 -
近ごろのテロ事件、テロ未遂事件に思う
イギリスで摘発されたアメリカ行き旅客機同時多発爆破テロ未遂事件発覚後、ロンドンからの飛行機乗客たちが手荷物の機内持ち込みを禁止され、パスポートとわずかな身の回り品のみが入った透明なビニール袋を手にしているニュース映像を見て思った。『ついにここまできたのか』と。
犯行に使われようとしたのが液体の爆発物であったことからあらゆる液体類が機内持ち込み禁止となった。ペットボトルに入った飲料類からはじまり、子供の飲み薬やコンタクトレンズの洗浄液もダメ。ガラス瓶にはいった香水や酒類も当然持ち込めないことになってしまうためバカンスシーズンの向こうも、お盆の出国ラッシュの日本でもまた空港の免税店にとっては大打撃となっているようだ.
また起爆装置に転用可能とされる携帯電話やモバイルPCなども持ち込み禁止となったという。ビジネスマンたちはとても困るだろう。それにパソコンのような精密機械を機内預け荷物というのは非常に不安でもあるだろう。こういう状態が続くようならば、今後世界を股にかけて行き来する人たちの間では、床に放り出しても壊れないようなタフなノートパソコンが求められるようになるのだろうか。
それにしても飛行機にほとんど手ぶらで搭乗しなくてはならない時代がやってこようとは、かつて誰が想像しただろうか。それでも今後まだまだアッと驚くような仕掛けで攻撃を企てる者が出てくることだろう。上着の中に爆発物を仕込むという事件が起きてジャケット類の機内持ち込みが禁止となったり、カツラの中に危険物を隠し持つ輩が出てきて長髪の乗客は厳重にチェックされるようになったりということもあり得ないことではないだろう。
今回の事件について空港のセキュリティ担当者の関与も取り沙汰されているようだ。テロリストたちはこうした保安関係者たちに加えて整備士、あるいは大胆にも客室乗務員や操縦士たちといった部分にも浸透を図るのかもしれない。
また容疑者グループのメンバーたちの所属するコミュニティや人種に偏りがあるため。今後は一見して風貌や容姿が違うとともにこうした事件に関わった前例のない国籍・人種の人々の取り込みに力を入れるということも考えられるだろうか。
このところ空の旅への不安は高まるいっぽうだが、同時にムスリムというコミュニティ、ムスリムである個人、ムスリム人口の多い国への漠然としたあるいはあからさまな偏見や敵対感情などが高まっている様子。
このところ反ムスリム勢力による『Not all muslims are terrorists, but all terrorists are muslims』とのメッセージが現実感と説得力を持って非ムスリム人々の心に響くようになってしまっている現状はとても心配だ。不信と憎悪とそれへの反発と対立。それらは過激分子のさらなる先鋭化へとつながるのだろう。
来る8月15日はインドの独立記念日。当局により例年厳しい警戒が敷かれるのがこの時期だが今年はいっそう厳重なものとなりそうだ。アメリカは在デリーの同国大使館を通じ、インドの独立記念日前後にデリーとムンバイーでのテロが計画されているとして警戒を呼びかけているからだ。これがただの杞憂に終わるといいのだが。
しかしこの時期何も起きなかったからといってテロの脅威と縁が切れるわけではない。大事件が発生したり、危険が予測されたりしているようなときには警戒が厳しくなる。だがそうした体制を敷くのには手間ヒマも費用もかかるし、往々にして通常の市民生活を圧迫する部分もあるため恒久的に続けられるものではない。犯人側にとっては警備がゆるんだあたりが再び狙い目ということになる。
また保安要員その他の数量的限界もある。ムンバイーで起きた郊外電車の連続爆破テロ直後にはデリーの鉄道駅ではものものしい警戒網が敷かれており、プラットフォームに立ち入る際には厳しいセキュリティチェックがなされていた。いかにも外国人然とした私自身もカバンも開けて中身を調べられた。列車内にも制服の警官その他(おそらく私服も)配置されており、一晩中車両間を行き来しては乗客の様子や乗降口の戸締まりなどを確認していた。またこうした保安要員が昔ながらの大ぶりなライフルではなく、小回りの利く拳銃を持っていたのは現実的な対応だと感じた。
だが首都その他の主要都市を出る際にはそれなりの対策がなされていても、地方都市から首都行きの列車に乗り込む際にはそうしたことは一切なかったし、駅で警戒する要員さえも配備されていなかった。車両の中では武装した保安要員が目を光らせてはいたが。
そんなわけで悪意を持った人物にとって地方発の上り列車で首都が近づいたあたりで何かしでかすのは簡単なことなのかもしれない。いずれにしても大時代的なおおらかな造りのインドの駅舎には日々数え切れないほど様々な人々が出入りしている。こうした環境で空港並みのセキュリティを実現できるはずはない。インド国鉄側のせめてもの対応として所持する切符と本人のIDを照合できなければ乗車できないなどという日が来るのかもしれない。
また空港のセキュリティといっても国によって様々だ。そうした国から自国へと向かうインド機を攻撃することを企てる連中もあるかもしれない。手荷物に関して厳しくなってきたとはいえ、相変わらずインド人乗客たちはかなり大きな荷物を抱えて機内へ入っていく傾向がある。チェックの甘い空港でそうした人々に紛れ込むのはそう難しいことではないように思う。なんとも嫌な時代になったものだ。 -
買ってはいけない??

90年代初頭にペプシコーラがインド市場に進出、続いてコカコーラ両社が参入(同社は1977年に撤退するまでインドで操業していたため正確には再参入)したことにより、それ以前のインドに君臨していた二大コーラCampa ColaとThumbs Up(こちらはコカコーラに吸収されて同社ブランドのひとつとなっている)による支配体制があっけなく崩壊した。
いまでは外資系の両社がインドのソフトドリンク市場の8割のシェアを占めるようになっている。外来のソフトドリンクが売り上げを大幅に伸ばしたからだけではない。コカコーラはThumbs Upだけではなく人気商品MaazaやLimcaさえも傘下に収めてしまったため、地場ブランドで外資系ソフトドリンクに対抗できる商品がほぼ消滅してしまったのも一因だ。
3年前のちょうど今ごろ、これらアメリカ系企業の製品をはじめ、地元資本のメーカーによる清涼飲料水やミネラルウォーターの中にEU基準の30〜36倍も上回る殺虫剤(農薬)成分が含まれているらしいとのニュースがメディア等によって取り上げられて問題になっていた。
今年もつい先日(8月2日)にデリーにある非政府組織Centre for Science and Environment (CSE) が発表したレポートを受けて、インド国内で販売されるソフトドリンクの安全性について波紋が広がっている。
CSEによれば、やはり殺虫剤(農薬)成分が3〜5種類程度検出されたとのことで、その濃度はインド政府の定めるところの基準を24倍も上回っているといい、これらの製品を長期間にわたって消費することによりガンの発生、神経や免疫システムへの悪影響、奇形児の発生などが危惧されると警告している。
これを受けてラージャスターン、グジャラート、マディヤ・プラデーシュ、チャッティースガルの四州では学校や役所での販売を禁止することになった。続いてアーンドラ・プラデーシュでは公立病院での販売を禁止、カルナータカでは学校や病院から半径100メートル以内の地域での販売を禁止といった措置を打ち出したが、ケララ州ではコカコーラ・ペプシコーラ製品の製造と販売を全面禁止という厳しい態度に出ることになる。
もとより両社が製造過程で意図的に有害物質を混入させているわけではなく、清涼飲料水を製造するための主原料となる水の源泉が汚染されていることが原因であるとみられている。その意味では外資・地場資本を問わずソフトドリンク製造業(加えてミネラルウォーターは言うに及ばずビール醸造なども)そのものが成り立たなくなるという声も取りざたされていたのは3年前のことである。あのときは何となく政治的に幕引きがなされてしまったが、今回の『リターンマッチ』ではどういう決着がつくのか注目したい。
一連の騒ぎは消費者問題であるとともにさらに大きな環境問題でもある。各メーカーが高いコストと引き換えに『安全である』とされる源泉から取水して製造した飲料類だ。これらに基準を大きく上回る農薬成分が含まれているとするならば、蛇口をひねれば出てくる水道水はどうなるのだろう?
素人考えに過ぎないが、残留農薬の浸透によりこうした水源までが汚染されてしまう土壌で生産されたインド産の野菜、米、小麦などの農作物はことさら危険ということになるのではなかろうか?という疑問を抱くのは私だけではないだろう。なんだか『外資ソフトドリンク叩き』をしている場合ではないような気がする。

State bans Coke, Pepsi (Kaumudi Online)
Indian state bans Pepsi and Coke (BBC South Asia)
Soft Drinks are Completely Safe (Coca-Cola India)
