
2006年7月に初の一眼レフカメラ入門機α100を発売したソニー。コニカミノルタからカメラ事業部を買い取った同社だが、旧来の『α』のブランド名を踏襲し、ミノルタのカメラづくりの路線を継承する実機が発売された安心感からか、カメラ販売店の店頭で、コニカミノルタやその前身のミノルタのカメラやレンズ群がドカドカッと並ぶ様子が見られたのはこの時期であった。
かつてはオートフォーカス機構の開発と発展をリードし、カメラの電子化の先駆者として知られたミノルタだが、皮肉にも21世紀に入ってからはデジタル化の波に出遅れてしまう。苦労して市場に送り出したモデル、α-7 DIGITALや廉価版のα Sweet DIGITALなどは高い評価を受けながらもすでに時遅く、先行二大巨頭のキヤノンとニコンに大きく水を開けられてしまう。
その結果、カメラ事業からの撤退を発表してからというもの、『将来性のない』カメラや関連するコンポーネンツが売れるはずもなく、この部門を買い取ったソニーのカメラとの互換性が確認できるまで、ずっとデッドストック状態だったのだろう。
意欲的な家電メーカーということもあり、何か斬新で思い切ったものを出してくるのかと思いきや、意外なほどオーソドックスな『カメラらしいカメラ』を出してきたことも、『ちゃんとしたカメラメーカーとしてやっていくのだ』という確信を旧ミノルタユーザーたちに与えることになったようだ。
コニカミノルタのカメラ部門が終了したのが2006年3月、それを引き継いだソニーが最初のモデルα100を発売したのが同年7月。もちろん開発の時間がなかったこともあるだろうが、このモデルはコニカミノルタが最後に出したデジタル一眼レフα Sweet DIGITALに多少の改良を加えて『ソニー化』したものだといわれる。
それでもα100発売当初、入門機一機種といくつかのレンズ群だけでは、旧ミノルタユーザーたちを除き、あまり魅力を感じられるものではなかった。そもそも一眼レフは各社マウントの規格等が違い互換性もないため、何かよほどの思い入れでもまない限り、レンズやアクセサリー類について予算範囲や目的などさまざまなニーズに応える幅広い商品群を取り揃えたメーカーのものを購入しようと考えるのが普通だ。
カメラや周辺機器類を特定のメーカーやそれに対応したサードパーティーの製品でそろえることになる。すでにこの時点で『囲い込まれてしまう』ため、後で気になるモデルが他社から出てきても、よほど潤沢に使える資金でもない限り、なかなか手を出しにくいものである。だからキヤノン、ニコンといった世界的なメーカーの商品構成の『規模』は私たちにとって大きな魅力であり、これらのメーカーにとっても貴重な資産である。
ひとたびα100により、旧ミノルタユーザーの支持やその他の人々から『ちゃんとしたカメラメーカー』との認識を得たソニーは、昨年11月には中級機α700を発売して好評を得るとともに、周辺機器についても着実に商品構成の充実させてきている。自社ブランドやカールツァイスの名を冠したレンズ、フラッシュ、縦位置グリップ、アングルファインダー等々、カタログを見ていると『本気度』が伝わってくるようだ。
すでにシグマやタムロンなどのサードパーティーから『コニカミノルタ』マウント用として発売されているレンズ類と合わせれば、一般ユーザーならば特に不安や不都合を感じる人はあまりないのではないだろうか。今後新型ボディの投入も続く。今月にはα100の後継機と思われるα200、3月には中級機と入門機の中間にあたるα350の発売が予定されている。
どれも機能・性能に比して、価格はかなり低く抑えてあり買い得感があること、ボディそのものに手ブレ補正が搭載されていることなどに魅力を感じる人はけっこう多いはず。規格に合うレンズを使用すれば、どのレンズを使用しても効果があるため、キヤノンやニコンのように特定のレンズにこの機構を織り込むより、よっぽどユーザーの立場を考慮した姿勢だと思う。
話はレンズに戻ってしまうが、ソニー製の交換レンズは自社ブランドとカールツァイス・ブランドのものとどちらも、35mmフルサイズ対応のものとAPS-C専用のものが用意されている。言うまでもなく、フルサイズ対応のものは旧ミノルタのデジタル一眼レフはもちろん、フィルム時代のモデルにもそのまま使用できるのだから、昔からミノルタを使っている人にとってうれしいかぎりだろう。
この分野における新参者のソニーにとって、まずしっかりと囲い込むべきは、旧ミノルタのユーザーたちであることから、非常に賢明な配慮だといえる。またAPS-Cセンサー搭載機しか製造していないのに、フルサイズ対応レンズが各種用意しているからには、将来フルサイズのセンサーを搭載したモデルの投入を視野に入れているはずと期待するのが自然かもしれない。
αシリーズにソニーの華やかさやカッコ良さより、むしろ旧ミノルタの質実剛健さやユーザーフレンドリーさを感じてしまい、近ごろとても気にかかっているのがこのαシリーズなのだ。もちろん例によって『このカメラ、インドでいいかも?』というところなのである。もちろんSony Indiaでも扱っており、インド国内で購入可能だ。
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ソニーαシリーズに注目
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サルマーン・カーン 蝋人形館入り

本家ロンドンに加えて、ニューヨーク、ラス・ヴェガス、ワシントンD.C.、
アムステルダム、上海、香港、ベルリンで蝋人形館を運営するマダム・タッソー。
ウェブサイトを眺めていたら、ちょっとサルマーン・カーン似の人形の写真を見かけた。「あれれ?」とよく見てみると、たしかに『Madame Tussauds presents Salman Khan』と書いてある。
すでにアミターブ・バッチャンやアイシュワリヤ・ラーイ他複数のボリウッドスターが蝋人形館入りしており、今年1月15日にサルマーン本人が自身の人形の除幕を行なったのだとか。サルマーンのビデオを含むボリウッド特別サイトまで用意されている。
自国の好景気を背景に、海外旅行を楽しむ人々が増えたインド。昨今ではイギリスを訪れるインド人観光客一人当たりが使う金額も日本人のそれを抜いたという。マダム・タッソーでもインドの人々はお得意さんのようで、トップページから、この蝋人形館の紹介が書かれた5カ国語のPDFファイルにアクセスできるようになっている。
仏・独・西・伊各国の旗に続いてインド国旗があり、ここをクリックするとヒンディーで書かれた文書が開くようになっていることからも、インド人観光客たちの存在感がうかがわれるようだ。
蝋人形を見物するためにわざわざ飛ぶことはないと思うが、ロンドンを訪れることがあれば、ぜひ足を伸ばしてみてはいかがだろう。 -
今宵も楽しく
近年のインドでは、ワイン需要が毎年3割前後の高い伸び率を示している。フランスやイタリアなどをはじめとする欧州産、南北アメリカやオセアニアからの輸入も好調だが、同時に自国産ブランドも着実に成長している。
国内消費を満たすだけではなく、欧州各国を対象に積極的に輸出に乗り出すようにもなっているのだ。日本でもChateau Indageを総代理店として輸入する会社があり、インド料理レストランなどで味わうことができるようになっているようだ。
インドにおけるワインの歴史は古く、インダス文明のころにはすでにブドウを原料にした酒が存在していたといわれる。またインドに進出した欧州の植民地勢力もワインを含む自国の酒文化を持ち込んだ。人の住むところ酒あり、ブドウのあるところワインありといった具合で、アルコールは地上に住む我々人類共通の文化といってもいいかもしれない。
さて、今をときめくインドのワイナリーはといえば、古代から脈々と受け継がれてきたものでなければ、大航海時代の欧州に端を発するものでもない。先述のChateau Indage、Sula Vineyard、Glover Vineyard、Vinsura Vineyardなどいろいろあるのだが総じて新しく、『老舗』といえるChateau Indageにしてみたところで、その歴史わずか25年。
それ以前からワインと称して造られていた極甘の葡萄酒もあったが、この類は昨今のトレンドとは関係がない。インドで国内消費が伸びており、輸出も盛んになりつつある『今流行りのワイン』の歴史は、まさに始まったばかりと言って差し支えないだろう。
インドのワイナリーは、マハーラーシュトラ、カルナータカ、ゴアなどといった南部に加えて、北部ではパンジャーブやカシミールに点在しており、こうしている今も数年後の初出荷を目指して準備を着々と進める新興のワイナリーがいくつもあるのだろう。
もちろんワイン人気は、インドの好調な経済を背景に、人々の可処分所得の向上していることにより、嗜好品の消費が増えた結果ではあるが、これとあわせてライフスタイルの変化により、飲酒の機会が増えたことがあるのはいうまでもない。特に以前はあまり消費されてこなかったワインについては、それまでカスタマーとしてさほど重視されてこなかった人々が、かなりまとまった規模で消費行動に加わるようになってきたことがあるのではないかと思う。
つまり女性である。酒を飲む場所=男社会であったものだが、都会ではカップルや若者たちのグループで訪れることができるお洒落なスポットが増えたことに加えて、ウイスキーやラムといった『男臭い酒』とは異なり、ワインにはソフトかつ知的なイメージがあるのではないだろうか。そのため女性にはとっつきやすく、男性のほうにしてみても女性に勧めやすいものとなる。
マハーラーシュトラのナーシクで、昨年12月に第2回目となる『India Wine Show』という見本市が開かれた。機会があればぜひ足を伸ばして、インドを代表するワインの数々の味と知識を仕入れたいと思っている。
それではみなさん、楽しいお酒を飲みましょう! -
今春発売 シグマDP1


12月に『シグマDP1はどうなっているのか?』で取り上げてみたシグマが開発中のコンパクトデジタルカメラだが、ようやく発売時期が発表になった。こちらがその内容である。毎年秋にドイツで開かれている写真・映像機器展覧会Photokinaに参考出品されたのが2006年。話題ばかりが先行してかなり待たされたが、その間に同社内ではいろいろ試行錯誤があったに違いない。
レンズメーカーとして定評のある(一眼レフ本体も製造しているが)シグマが渾身の力を込めて世に送り出すコンパクトデジタルカメラはいったいどんなものなのか期待する向きは多いだろう。なにしろコンパクト機としては初のAPS-Cサイズ、つまり入門から中級機までのデジタル一眼レフに搭載されるものと同じサイズであることに加えて、FOVEON X3という珍しいタイプのセンサーが用いられるのだから。
予定されている小売価格は10万円前後らしい。高機能化と価格低下が著しいデジタルカメラ、とりわけコンパクト機の中にあって、正面から競合するモデルがない唯一無二のカメラだけあり、値段も別格といった具合だ。それでもデジタル一眼レフが広く普及するきっかけとなったキヤノンの初代EOS Kiss Digital発売以前には、ミノルタのディマージュやニコンのCoolpixなどといったシリーズの最上位機種には10万円近い値段が付いていたことを思い起こせば、シグマのDP1がこの価格で出るということは充分妥当な線なのかもしれない。
レンズ他の光学製品の専門メーカーから抜群に高級なコンパクト機が出てくることに大いに期待してしまう反面、この分野での実績がないところからの初モノだけに不安もかなりある。発売時期が『今春』と明らかになったものの肝心の期日は提示されておらず、今後もまだ紆余曲折があるのでは?と思わせるものがある。来年度初めくらいには実機を手にすることができるといいのだが。もちろんこのモデルに期待するのは、ひょっとすると『インドで肌身離さず』に最適なカメラではないだろうか?というところである。
シグマ、「DP1」の発売時期と価格を発表 (デジカメWatch)
デジタル一眼レフの要素をコンパクトなボディに収めた新世代の1,400万画素高画質デジタルカメラ「DP1」発表 (シグマ) -
有名は大変なり
バンガロール・オープンを欠場することを決めたサーニャ・ミルザー。テニス界のスターダムに駆け上がり、世界の檜舞台で華々しく戦う彼女に、インド国内ではテニスとは関係のない様々なトラブルがついてまわる。プレーの際のごくあたりまえのテニスウェアについて一部宗教界からクレームがついたり、モスクでの無許可のCM撮影であったりといった、彼女自身の責任ではない事柄で面倒が起きるのは本人にとって心外だろう。
先に開かれたオーストラリアン・オープンへの出場前に撮影された写真が議論を呼ぶことになった。『国家名誉棄損防止法』に反するというもので、下手すると実刑(3年)および罰金に相当する本格的な『罪』に問われることになってしまう。
もともとAFPから配信された写真だが、こちらの記事にもその写真が使用されている。国旗と彼女自身の位置関係が実際どうであったのかよくわからないが、構図的に面白くてナイスなショットだと個人的には思う。言うまでもなくカメラマンが意図して狙ったものであるはず。
撮影された本人は、結果的に国旗に足を向けるポーズになってしまったのは『故意ではない』ことを明らかにしており、こういう画像が出てしまったのは運が悪かったとしか言いようがないが、とにかく有名人だけに勝手に撮られる写真についても、場合によっては本人が釈明の責を負わなくてはならないのはお気の毒。
スポーツ選手に限ったことではないが、とかく世間で広く顔を知られている人というのは、世間の勝手な風評やら批判やらにもお付き合いしなくてはならないのは大変だなあ、と凡庸な我が身を心地よく思う一小市民の私である。
Sania Mirza boycotts Bangalore (Hindustan Times) -
The Great Khaliに仰天

テレビ画面に流れているZEE NEWSをボンヤリ眺めていたら、すごいコワモテの巨漢が登場していた。筋骨たくましく、見るからにタダ者ではない。なんでもアメリカのWWE所属で、グレート・カーリーというリングネームで活躍するインド人、ダリープ・スィン・ラーナーという人物なのだそうだ。背丈はなんと、2メートル20センチもある。
残念なことに、私はプロレスのことはまったくといってよいほど知らず、彼がどういう活躍をしているのか見当もつかなかったが、Youtubeを検索してみると彼の試合の映像がいくつも引っかかってくる。その中のひとつにこういうものがあった。なんだかものすごい迫力である。The Great Khali’s Fan Siteというサイトもあるくらいだから、かなりの人気者なのだろう。
ちなみに日本との間にもなかなか深い縁があり、新日本プロレスに短い期間在籍していたらしいから、プロレスファンの方々はよくごご存知かもしれない。
リングでは荒々しい彼が、里帰りすると信仰心厚い青年となるのだとかで、お寺で坊さんにひざまづいていたり、人々と一緒にバジャンを歌っていたりする様子などがニュースで流れていた。彼の家族はパンジャービーで、現在ヒマーチャル・プラデーシュに在住。
プロレスラーとしてのみならず、なんと俳優としてのキャリアも築いている。2005年のアメリカ映画『The Longest Yard』に出演し、今年2008年公開予定のGet Smartにも登場する。
ふさわしい役どころがあるのかわからないが、いまにボリウッドから声がかかることはないだろうか?風貌も体型もヴジュアリスティックで、映画向きではないだろうか。個人的には、インドに里帰りして筋肉アクション系スターとしての活躍を大いに期待したいと思う。軽く2メートルを超える身長だと、あまりにスケールが大きすぎてスクリーンからはみ出してしまうかもしれないのだが。 -
『中国の餃子』で、ふとインドを想う
中国で製造された餃子の薬物混入事件が日本のメディアで盛んに騒がれている。JTの子会社が輸入した冷凍餃子を食べた3家族の合計10人が中毒症状を訴え、このうち3人が一時重体になっていたというのが事の発端であるのはご存知のとおり。
この餃子の製造元である中国河北省にある天洋食品厂から様々な冷凍食品を輸入していた日本企業各社が、一斉に該当製品の自主回収に乗り出した。厚生労働省も天洋食品厂から食品類を輸入していた19社に対し、餃子以外の製品についても検査するようにと指示するなど、本格的に調査に乗り出している。中国の同企業から仕入れている食品産業各社、ファミリーレストランなどの外食産業、学校給食なども中国産品の取り扱いを自粛したりするなど、この『毒物騒ぎ』がさらに大きな波紋を呼ぶことになりそうだ。
ご存知のとおり、今回の毒物成分はメタミドホスという有機リン系の農薬で、日本では使用が許可されていないものだという。これがどうして食品に混入してしまったのか?今後の原因究明が待たれるところだ。また被害に遭われた方々の早期の回復を願うとともに、今後同様の事件が続くことのないようにしっかりとした防止策を取って欲しい。まさに命にかかわる問題である。
しかし、である。ジェイティフーズ、加ト吉、味の素冷凍食品、マルハ、日本ハムなどといった日本を代表する食品産業を相手に卸していた中国企業ともなれば、相当な事業規模を持つとともに品質管理も厳重で社会的な信用も高かったはず。それなのにどうしてこんなことが起きたのだろう。
もちろん工場側が意図的に薬物を仕込むなどということはありえないはず。また偶発的な事故という線もどうなのだろうか?もしかすると、勤務先の工場に恨みを持つ一個人による故意の仕業だろうか?あるいは地元の対立する企業、ひょっとすると中国国外のアンチ中国勢力かなにかが、同食品厂のラインで働く従業員を買収して刺客に仕立てたのか?などといろいろ想像してしまう。今後の成り行きに注目したい。 -
南アジアの大空
1月26日のリパブリック・デイを前に、スパイス・ジェットから『ヤング・インディア』というキャンペーンによる『子供100%オフ』という電子メール広告が入っていた。今年9月30日までのフライトの2歳から12歳までの児童の搭乗者について、1月26日と翌27日にブッキングされたものが対象となるというものであった。大人ひとりにつき子供何人までとは書かれておらず、特定のルートに限定されているわけでもないようだ。幼い子供が複数いる家庭からの予約がかなり集まったのではないだろうか。
俗にLCC(ロー・コスト・キャリア)と呼ばれる格安航空会社、先行していた北米や欧州にやや遅れてアジアで先陣を切ったのはマレーシアを本拠地とするエア・アジアだった。またたく間に国内外にネットワークを広げ、同様の格安路線を展開する新興の他社、タイ航空やシンガポール航空といった既存の大手キャリアもLCCの別会社を立ち上げて追随という動きの中、ASEAN地域に端を発したアジアの空の安値競争は各地に飛び火した。インドもまたその流れの渦中にあることはご存知のとおりだ。
日本では国内線のAIR DO、SKYMARK AIRLINES、Skynet Asia Airwaysなどの新興会社が立ち上がり、こちらもそうした方向に動いていくのかと思ったのだが、利用者としては残念なことに行政や既存の大会社の壁はなかなか厚いようで、今のところそう極端な安値が提示されることはない。しかしながら国際線の分野では、アジア他地域の複数のLCCの乗り入れが計画されていることから、今後の変化を予想する向きもある。 -
みんなで観よう『明るいシナリオ』
『パーキスターンでボリウッド映画解禁へ?』という話題は、以前から幾度もメディアに浮上しては足踏み状態が続いている。それでも現政権下でMughal-E-Azam、Taj Mahal、awarapanなどが上映され、最近ではDhan Dhana Dhan Goalが公開されるなど、内容を吟味して限られた作品数での上映とはいえ、それなりの進展を見せていることは評価できる。
しかしながら諸外国、インドから海を越えた先の東南アジアや中東、はるかに遠くアフリカなどでも広く親しまれているインドの娯楽映画。もちろんその他の地域、欧米や日本を含めた東アジアなどでも注目される作品は少なくない。そこにくると、すぐ隣のパーキスターンの映画館での上映は原則禁止という状況は非常にさみしい。 1965年の第二次印パ戦争以来、パーキスターンにおいてインドの映画の上映は基本的にご法度となっている。 -
インド映画を屋外に持ち出そう!

先日、『ポケットの中のインド』を書いたばかりだが、音楽を聴く以上に『出先で映画観たい』という動機でせっかく購入したiPodを手放してしまった。音楽の取り込みや再生などの部分では何ら問題なかったのだが、動画の扱いに大きな問題があったからだ。購入後のごく数回はうまく機能したようなのだが、ほどなく具合がおかしくなってしまった。テレビ等と接続して映像や音声を取り込む機器をつなぎ、マニュアルどおりの手順で操作してみたのだが、どうもうまくいかない。
メーカーのサポートに幾度となく問い合わせて、そのたびに丁寧な回答をもらっていたのだが症状は改善せず。録画された映像をパソコン上で試しに再生しようとするとエラーが生じ、機器専用のソフトウェアでiPodに同期させるiTunesにアップロードしようとすると、その映像ファイルがどこかに消滅してしまう。もともとこうしたモノには弱いのでお手上げである。
販売店に相談したところ、購入後半月経過していたにもかかわらず『iPodと周辺機器と両方返品・返金賜りますよ』との親切な返事をいただき、すぐに店舗に持ち込んで手続きをすることにした。ただ代金だけ戻してもらうのでは所期の望み『屋外ときどき映画』が実現できない。他のメーカーの類似品を買い求めても、やはり同様のトラブルが発生しては困る。よりシンプルに、外付機器やパソコンと同期させるという手間なしに使えるPMP機器はないものか?と相談。店の方は各メーカーの機器をひととおり見比べたうえで、ある商品を勧めてくれた。 -
聖地

パーキスターンのスィンド州ラルカーナー郊外のガリー・クダー・バクシュ村にあるブットー家の墓。墓というよりもまさに廟なのである。先月27日に暗殺されたベーナズィール・ブットーが10月に帰国して墓参した際、またそのわずかふた月あまり後に彼女自身の葬儀が行なわれたときにも、テレビや雑誌などに取り上げられていたが、
ブログ『Farzana Naina』にその写真が数点掲示されている。
水際に臨む好ロケーション、一件古風な建築ながらも細部のデザイン等が省略されているように見えるのは、現代的にアレンジされたものなのか、それともまだ造営途中であるのか。私たちが生きる今の時代に造られた墓廟としては、極めて例外的に壮大なものだ。ブットー家の財力と集金力、そして支持基盤の強固さを感じさせられるとともに、この『大衆政治家』父娘の封建的かつ権威主義的な面をも示しているようだ。廟内にはベーナズィールの父、ズルフィカール・アリー・ブットーの墓が安置されていたが、これに暗殺された娘のものが加えられる。
いつか機会を得て、ぜひこの墓廟を見学してみたいと思う。しかしそこに葬られているのが、今となっては歴史の本の中の記述のみに存在する歴史の彼方の人物ではなく、直に会ったことはなくても、これまで各種メディアで盛んに取り上げられてきた故人の力強く色鮮やかな記憶がまだ生々しいだけに、大きな墓廟の凛としたそのたたずまいから深い悲哀が感じられるようだ。
非業の死を遂げた父ズルフィカールとともに、まだまだ多くのことをやり残したベーナズィールの悔恨や怨嗟の想いが凝縮されたこの建築を目にして、ブットー家ないしはPPPを支持する人たちは、その遺志を継ぐ決意を新たにするのだろう。精神と肉体が消滅し、次第に人々の中から故人の人格や行いといった日常的な部分についての記憶が薄れていくものだ。しかし非人間的な大きさの廟に祀られ、当人たちの表情、感情や体温を感じさせないシンボルと化し、輝かしい業績や政治スタンスのエッセンスのみが昇華されて人々の心に刻まれるようになる。
政治家としてのブットー父娘について、さまざまな意見があるところだが、カリスマ性、魅力と話題に富んだ政治家であったことは誰も否定しないだろう。党の『終身総裁』の観があり、大看板でもあったベーナズィールを失うという大きな痛手を負ったPPPだが、彼女がここに葬られることにより、墓廟は支持者たちにとって『聖地』としての資質をさらに高めることになったに違いない。
ちなみに墓廟とラルカーナーとの大まかな位置関係は以下のとおりである。

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次作も楽しみなジュンパー・ラーヒリー

映画「The Namesake」の原作となったジュンパー・ラーヒリーの長編小説を読んでみた。イングランド生まれで米国育ちのインド系アメリカ人作家によるこの作品は、映画以上の出来栄えで、実に読みごたえのあるものだった。続いて彼女の文壇デビュー作にして、2000年のピュリツアー賞文学部門の受賞作品でもある短編集も手に取ってみた。
「The Namesake (邦題:その名にちなんで)」においてもそうだったが、短編集「Interpreter of Maladies(邦題:停電の夜に)」でも、在米インド人ないしはインド系米国人が多く取り上げられている。またこれらの登場人物が「インド人」あるいは「インド系」であってもベンガル人なのである。
彼女自身がカルカッタ出身のベンガル人夫婦の間に生まれた娘であることからも、おそらく彼女が描く在米ベンガル人の社会や人間関係は、彼女自身、両親や友人知人その他を含めた身近な人々の実体験や見聞がベースにあることは言うまでもないだろう。
移住した最初の世代の人たちの母国に対する憧憬と愛着、その次の世代として生まれた者たちの生まれ育った「故郷」アメリカと自身の両親や親戚が暮らす「ふるさと」の間で揺れる気持ちやアイデンティティの揺らぎなどを、日常の暮らしの細やかな描写とともに精緻に描き出している。
単にNRIやPOIの人々の暮らしぶりを伝える作品であれば、特に珍しいものでもないだろう。彼女が取り上げる舞台がそうしたものであって、エスニシティにかかわる部分の描写に凝っているわりには、その筆が活写していくのは「インド人」「インド系」といった人種や国籍に縛られるものではなく、地上に住む私たちの人生においてごく普遍的な事象や問題だ。インドやインド系社会といったものに取り立てて関心のない人が手にしたとしても、どこか遠い異国の夢物語ではなく、リアリティに満ち生き生きとした物語として受け取られることだろう。
作品中で、あたかも「主人公」が次々に入れ替わるかのように、ストーリー見渡す視点が頻繁に変更されていくため、ストーリーが立体的かつ多元的で深みのあるものとなっている。著者のリッチなイマジネーション、描写の確かさ、豊かな構成力とともに、まるでとても良くできた映画のスクリーンを目の前にしているかのように一気に読み進んでしまう。
彼女が多く取り上げるテーマは恋愛や結婚。私はその手の小説はまったく好みではないので、これまでほとんど手にしたことがなかったが、たまたま先述の映画の原作を書店で目にしたのでなんとなく購入してみたのだが、意外なまでに気に入ってしまった。
今後もインド系社会を切り口にして、世の中を描いていくのかどうかわからないが、これからがとても楽しみな作家だ。次の作品「Unaccustomed Earth」は、今年4月あたりに出版されるらしく、今からすでに気になっている。
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『The Namesake』
出版社: Mariner Books;
ISBN-10: 0618485228
『その名にちなんで』
翻訳:小川高義
出版社:新潮社
ISBN-10: 4102142126
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『Interpreter of Maladies』
出版社: Mariner Books (1999/6/1)
ISBN-10: 039592720X
『停電の夜に』
翻訳:小川高義
出版社:新潮社
ISBN-10: 4102142118
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