南アジアの大空

1月26日のリパブリック・デイを前に、スパイス・ジェットから『ヤング・インディア』というキャンペーンによる『子供100%オフ』という電子メール広告が入っていた。今年9月30日までのフライトの2歳から12歳までの児童の搭乗者について、1月26日と翌27日にブッキングされたものが対象となるというものであった。大人ひとりにつき子供何人までとは書かれておらず、特定のルートに限定されているわけでもないようだ。幼い子供が複数いる家庭からの予約がかなり集まったのではないだろうか。
俗にLCC(ロー・コスト・キャリア)と呼ばれる格安航空会社、先行していた北米や欧州にやや遅れてアジアで先陣を切ったのはマレーシアを本拠地とするエア・アジアだった。またたく間に国内外にネットワークを広げ、同様の格安路線を展開する新興の他社、タイ航空やシンガポール航空といった既存の大手キャリアもLCCの別会社を立ち上げて追随という動きの中、ASEAN地域に端を発したアジアの空の安値競争は各地に飛び火した。インドもまたその流れの渦中にあることはご存知のとおりだ。
日本では国内線のAIR DOSKYMARK AIRLINESSkynet Asia Airwaysなどの新興会社が立ち上がり、こちらもそうした方向に動いていくのかと思ったのだが、利用者としては残念なことに行政や既存の大会社の壁はなかなか厚いようで、今のところそう極端な安値が提示されることはない。しかしながら国際線の分野では、アジア他地域の複数のLCCの乗り入れが計画されていることから、今後の変化を予想する向きもある。


目下、広島と福岡にフライトを飛ばすバンコク・エアー、関空と中部国際空港へのフライトを持つオーストラリアのジェット・スターといったキャリアが飛来しているが、ASEAN地域やオセアニアなどの地域から日本への飛行は、燃費効率の良い小型機をフルに使いまわすLCCキャリアには機材繰りその他の面からややハードルが高いとも聞く。それでも近い将来、韓国、台湾、中国などといった近隣国からLCCが多数飛来する状況は想像に難くないだろう。首都圏への乗り入れ枠がすでに満杯であるため、多くは様子見といったところなのかもしれないが、羽田空港が国際線に開放される2010年以降、海外のLCCによる日本への乗り入れは本格化するものと予想されている。
話はインドに戻る。いまやインド国内で旅客機を飛ばす『航空会社』の数たるやいくつあるのだろうか。先述のスパイス・ジェット以外にも、チャーター便を得意とする会社、小型機で質の高いサービスを標榜するキャリアなど、新興航空会社は必ずしもLCCに限らず実にさまざまだ。多くは支店網を全国に拡大していくよりも、インターネットでの予約やチケット販売などに力を入れるなどコスト削減に力を注ぎ、より収益率の高い経営を目指しているようだ。
かつてはインディアン・エアラインスのほぼ独占状態、続いてジェット・エアウェイズにエア・サハラといった航空会社が参入してシェアを拡大していったころにはまだまだインドの国内空港はシンプルで、乗客たちの動きものんびりしたものだったが、今や預け荷物のセキュリティ・チェックやチェックインカウンターが林立し、人々が大忙しで行き交っており、時間的にもスペース的にも『とても密度が濃くなった』とつくづく感じる。
少し前までは、格安キャリアのネットワークは大都市などメジャーな路線に限られており、国土の南側や西側といった商業的・工業的に進んだ地域を重点的にカバーしつつも、東部や東北部にはほとんど根を張っておらず地域的な偏りが顕著であったものだが、各社の路線ネットワークの精力的な拡大によりそうした傾向も急速に薄れてきて、既存大手キャリアと合わせて、どこに行くにも便利になったと思う。
新興市場として世界の耳目を集めるインドならではと言えるが、国営航空会社によるモノポリー体制が終わり、民間航空会社が活発な事業展開を見せているのは南アジアの他の国々も同様。国内線・国際線ともにビマーン・バングラーデーシュが独占していたバングラーデーシュでは、Royal Bengal AirlinesUnited Airwaysといった民間航空会社がネットワークを広げている。PIAが君臨するパーキスターンではShaheen Air InternationalAir Blueなどの民間キャリアが足場を築き上げている。ネパールやスリランカでも民間キャリアは頑張っている。
ただし南アジアの民間キャリアのネットワークについて特徴的なことがある。自国内にかなり密度の高いネットワークを構築し、あるいは張り巡らせつつある。さらには中東の産油国方面、欧州とりわけイギリス、加えて東南アジア方面へのルート開拓には熱心な会社は少なくない。だがその割には、南アジア地域に広くネットワークを張ろうというキャリアは少ないのだ。今のところ国境を越えての接続があまり見られず、国家の境目があたかも結界として作用しているかのようにさえ見える。
自国の領土外の南アジア地域で積極的に展開しているのは、デリー、コールカーター、カートマンドゥーにもフライトを飛ばすバングラーデーシュの民間大手GMG Airlines、ネパールのYeti AirlinesCosmic Airのようにデリー便を持つ航空会社、ビハールの仏教聖地ガヤーと南インド二か所に定期便を持つMihin LankaそしてAir Asia LankaやDeccan Lankaなど、スリランカと南インドを結ぶローコストな航空会社が事業を立ち上げる予定があったりするようだが、近隣国への関心はまだまだ薄いように思われる。背景には各国政府の消極的なスタンスに加えて商業的な魅力がいまひとつといったことがあるのだろうが、アセアン地域に比べてSAARCの国々の間での連携や協調の希薄さを象徴しているようだ。
とりわけインドとパーキスターンから周辺国へのフライト数を見た場合、どちらも自国あるいは第三国のキャリアにより、中東、東南アジア、中央アジアといった地域とのアクセスは良好だ。しかし両国の主要都市間の空の接続を眺めてみると、PIAによるデリー・イスラーマーバード便およびラーホール便、ムンバイー・カラーチー便、スリランカン・エアラインスのコロンボ・カラーチー便が途中ムンバイーに寄港する以外には、これといって見当たらないのが現状だ。いずれも毎日飛んでいるわけではなく、南アジアの二大国間の空の往来は閑散としている。
ともあれ経済活動や所得の伸びから市民の可処分所得が増加した。人々や物資の移動が活発になり国内の地方から地方への行き来が以前よりも盛んになり、交通手段も増えたことから、国内どこに行くにも『近くなった』と実感できるようになったのではないだろうか。自国内の地域間における距離は確実に狭まった。次は南アジア総体としての人やモノの流れの緊密化へと向かっていくのだろう。
浮沈の激しい航空業界はともかく、そう考えると今後紆余曲折はあっても、各種交通インフラ整備にかかわる産業は、非常に手堅く確実なのではなかろうか。するとインド株に対する関心が首を持ち上げてくるのであった。

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