バンガロール・オープンを欠場することを決めたサーニャ・ミルザー。テニス界のスターダムに駆け上がり、世界の檜舞台で華々しく戦う彼女に、インド国内ではテニスとは関係のない様々なトラブルがついてまわる。プレーの際のごくあたりまえのテニスウェアについて一部宗教界からクレームがついたり、モスクでの無許可のCM撮影であったりといった、彼女自身の責任ではない事柄で面倒が起きるのは本人にとって心外だろう。
先に開かれたオーストラリアン・オープンへの出場前に撮影された写真が議論を呼ぶことになった。『国家名誉棄損防止法』に反するというもので、下手すると実刑(3年)および罰金に相当する本格的な『罪』に問われることになってしまう。
もともとAFPから配信された写真だが、こちらの記事にもその写真が使用されている。国旗と彼女自身の位置関係が実際どうであったのかよくわからないが、構図的に面白くてナイスなショットだと個人的には思う。言うまでもなくカメラマンが意図して狙ったものであるはず。
撮影された本人は、結果的に国旗に足を向けるポーズになってしまったのは『故意ではない』ことを明らかにしており、こういう画像が出てしまったのは運が悪かったとしか言いようがないが、とにかく有名人だけに勝手に撮られる写真についても、場合によっては本人が釈明の責を負わなくてはならないのはお気の毒。
スポーツ選手に限ったことではないが、とかく世間で広く顔を知られている人というのは、世間の勝手な風評やら批判やらにもお付き合いしなくてはならないのは大変だなあ、と凡庸な我が身を心地よく思う一小市民の私である。
Sania Mirza boycotts Bangalore (Hindustan Times)
カテゴリー: column
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有名は大変なり
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The Great Khaliに仰天

テレビ画面に流れているZEE NEWSをボンヤリ眺めていたら、すごいコワモテの巨漢が登場していた。筋骨たくましく、見るからにタダ者ではない。なんでもアメリカのWWE所属で、グレート・カーリーというリングネームで活躍するインド人、ダリープ・スィン・ラーナーという人物なのだそうだ。背丈はなんと、2メートル20センチもある。
残念なことに、私はプロレスのことはまったくといってよいほど知らず、彼がどういう活躍をしているのか見当もつかなかったが、Youtubeを検索してみると彼の試合の映像がいくつも引っかかってくる。その中のひとつにこういうものがあった。なんだかものすごい迫力である。The Great Khali’s Fan Siteというサイトもあるくらいだから、かなりの人気者なのだろう。
ちなみに日本との間にもなかなか深い縁があり、新日本プロレスに短い期間在籍していたらしいから、プロレスファンの方々はよくごご存知かもしれない。
リングでは荒々しい彼が、里帰りすると信仰心厚い青年となるのだとかで、お寺で坊さんにひざまづいていたり、人々と一緒にバジャンを歌っていたりする様子などがニュースで流れていた。彼の家族はパンジャービーで、現在ヒマーチャル・プラデーシュに在住。
プロレスラーとしてのみならず、なんと俳優としてのキャリアも築いている。2005年のアメリカ映画『The Longest Yard』に出演し、今年2008年公開予定のGet Smartにも登場する。
ふさわしい役どころがあるのかわからないが、いまにボリウッドから声がかかることはないだろうか?風貌も体型もヴジュアリスティックで、映画向きではないだろうか。個人的には、インドに里帰りして筋肉アクション系スターとしての活躍を大いに期待したいと思う。軽く2メートルを超える身長だと、あまりにスケールが大きすぎてスクリーンからはみ出してしまうかもしれないのだが。 -
『中国の餃子』で、ふとインドを想う
中国で製造された餃子の薬物混入事件が日本のメディアで盛んに騒がれている。JTの子会社が輸入した冷凍餃子を食べた3家族の合計10人が中毒症状を訴え、このうち3人が一時重体になっていたというのが事の発端であるのはご存知のとおり。
この餃子の製造元である中国河北省にある天洋食品厂から様々な冷凍食品を輸入していた日本企業各社が、一斉に該当製品の自主回収に乗り出した。厚生労働省も天洋食品厂から食品類を輸入していた19社に対し、餃子以外の製品についても検査するようにと指示するなど、本格的に調査に乗り出している。中国の同企業から仕入れている食品産業各社、ファミリーレストランなどの外食産業、学校給食なども中国産品の取り扱いを自粛したりするなど、この『毒物騒ぎ』がさらに大きな波紋を呼ぶことになりそうだ。
ご存知のとおり、今回の毒物成分はメタミドホスという有機リン系の農薬で、日本では使用が許可されていないものだという。これがどうして食品に混入してしまったのか?今後の原因究明が待たれるところだ。また被害に遭われた方々の早期の回復を願うとともに、今後同様の事件が続くことのないようにしっかりとした防止策を取って欲しい。まさに命にかかわる問題である。
しかし、である。ジェイティフーズ、加ト吉、味の素冷凍食品、マルハ、日本ハムなどといった日本を代表する食品産業を相手に卸していた中国企業ともなれば、相当な事業規模を持つとともに品質管理も厳重で社会的な信用も高かったはず。それなのにどうしてこんなことが起きたのだろう。
もちろん工場側が意図的に薬物を仕込むなどということはありえないはず。また偶発的な事故という線もどうなのだろうか?もしかすると、勤務先の工場に恨みを持つ一個人による故意の仕業だろうか?あるいは地元の対立する企業、ひょっとすると中国国外のアンチ中国勢力かなにかが、同食品厂のラインで働く従業員を買収して刺客に仕立てたのか?などといろいろ想像してしまう。今後の成り行きに注目したい。 -
南アジアの大空
1月26日のリパブリック・デイを前に、スパイス・ジェットから『ヤング・インディア』というキャンペーンによる『子供100%オフ』という電子メール広告が入っていた。今年9月30日までのフライトの2歳から12歳までの児童の搭乗者について、1月26日と翌27日にブッキングされたものが対象となるというものであった。大人ひとりにつき子供何人までとは書かれておらず、特定のルートに限定されているわけでもないようだ。幼い子供が複数いる家庭からの予約がかなり集まったのではないだろうか。
俗にLCC(ロー・コスト・キャリア)と呼ばれる格安航空会社、先行していた北米や欧州にやや遅れてアジアで先陣を切ったのはマレーシアを本拠地とするエア・アジアだった。またたく間に国内外にネットワークを広げ、同様の格安路線を展開する新興の他社、タイ航空やシンガポール航空といった既存の大手キャリアもLCCの別会社を立ち上げて追随という動きの中、ASEAN地域に端を発したアジアの空の安値競争は各地に飛び火した。インドもまたその流れの渦中にあることはご存知のとおりだ。
日本では国内線のAIR DO、SKYMARK AIRLINES、Skynet Asia Airwaysなどの新興会社が立ち上がり、こちらもそうした方向に動いていくのかと思ったのだが、利用者としては残念なことに行政や既存の大会社の壁はなかなか厚いようで、今のところそう極端な安値が提示されることはない。しかしながら国際線の分野では、アジア他地域の複数のLCCの乗り入れが計画されていることから、今後の変化を予想する向きもある。 -
みんなで観よう『明るいシナリオ』
『パーキスターンでボリウッド映画解禁へ?』という話題は、以前から幾度もメディアに浮上しては足踏み状態が続いている。それでも現政権下でMughal-E-Azam、Taj Mahal、awarapanなどが上映され、最近ではDhan Dhana Dhan Goalが公開されるなど、内容を吟味して限られた作品数での上映とはいえ、それなりの進展を見せていることは評価できる。
しかしながら諸外国、インドから海を越えた先の東南アジアや中東、はるかに遠くアフリカなどでも広く親しまれているインドの娯楽映画。もちろんその他の地域、欧米や日本を含めた東アジアなどでも注目される作品は少なくない。そこにくると、すぐ隣のパーキスターンの映画館での上映は原則禁止という状況は非常にさみしい。 1965年の第二次印パ戦争以来、パーキスターンにおいてインドの映画の上映は基本的にご法度となっている。 -
インド映画を屋外に持ち出そう!

先日、『ポケットの中のインド』を書いたばかりだが、音楽を聴く以上に『出先で映画観たい』という動機でせっかく購入したiPodを手放してしまった。音楽の取り込みや再生などの部分では何ら問題なかったのだが、動画の扱いに大きな問題があったからだ。購入後のごく数回はうまく機能したようなのだが、ほどなく具合がおかしくなってしまった。テレビ等と接続して映像や音声を取り込む機器をつなぎ、マニュアルどおりの手順で操作してみたのだが、どうもうまくいかない。
メーカーのサポートに幾度となく問い合わせて、そのたびに丁寧な回答をもらっていたのだが症状は改善せず。録画された映像をパソコン上で試しに再生しようとするとエラーが生じ、機器専用のソフトウェアでiPodに同期させるiTunesにアップロードしようとすると、その映像ファイルがどこかに消滅してしまう。もともとこうしたモノには弱いのでお手上げである。
販売店に相談したところ、購入後半月経過していたにもかかわらず『iPodと周辺機器と両方返品・返金賜りますよ』との親切な返事をいただき、すぐに店舗に持ち込んで手続きをすることにした。ただ代金だけ戻してもらうのでは所期の望み『屋外ときどき映画』が実現できない。他のメーカーの類似品を買い求めても、やはり同様のトラブルが発生しては困る。よりシンプルに、外付機器やパソコンと同期させるという手間なしに使えるPMP機器はないものか?と相談。店の方は各メーカーの機器をひととおり見比べたうえで、ある商品を勧めてくれた。 -
聖地

パーキスターンのスィンド州ラルカーナー郊外のガリー・クダー・バクシュ村にあるブットー家の墓。墓というよりもまさに廟なのである。先月27日に暗殺されたベーナズィール・ブットーが10月に帰国して墓参した際、またそのわずかふた月あまり後に彼女自身の葬儀が行なわれたときにも、テレビや雑誌などに取り上げられていたが、
ブログ『Farzana Naina』にその写真が数点掲示されている。
水際に臨む好ロケーション、一件古風な建築ながらも細部のデザイン等が省略されているように見えるのは、現代的にアレンジされたものなのか、それともまだ造営途中であるのか。私たちが生きる今の時代に造られた墓廟としては、極めて例外的に壮大なものだ。ブットー家の財力と集金力、そして支持基盤の強固さを感じさせられるとともに、この『大衆政治家』父娘の封建的かつ権威主義的な面をも示しているようだ。廟内にはベーナズィールの父、ズルフィカール・アリー・ブットーの墓が安置されていたが、これに暗殺された娘のものが加えられる。
いつか機会を得て、ぜひこの墓廟を見学してみたいと思う。しかしそこに葬られているのが、今となっては歴史の本の中の記述のみに存在する歴史の彼方の人物ではなく、直に会ったことはなくても、これまで各種メディアで盛んに取り上げられてきた故人の力強く色鮮やかな記憶がまだ生々しいだけに、大きな墓廟の凛としたそのたたずまいから深い悲哀が感じられるようだ。
非業の死を遂げた父ズルフィカールとともに、まだまだ多くのことをやり残したベーナズィールの悔恨や怨嗟の想いが凝縮されたこの建築を目にして、ブットー家ないしはPPPを支持する人たちは、その遺志を継ぐ決意を新たにするのだろう。精神と肉体が消滅し、次第に人々の中から故人の人格や行いといった日常的な部分についての記憶が薄れていくものだ。しかし非人間的な大きさの廟に祀られ、当人たちの表情、感情や体温を感じさせないシンボルと化し、輝かしい業績や政治スタンスのエッセンスのみが昇華されて人々の心に刻まれるようになる。
政治家としてのブットー父娘について、さまざまな意見があるところだが、カリスマ性、魅力と話題に富んだ政治家であったことは誰も否定しないだろう。党の『終身総裁』の観があり、大看板でもあったベーナズィールを失うという大きな痛手を負ったPPPだが、彼女がここに葬られることにより、墓廟は支持者たちにとって『聖地』としての資質をさらに高めることになったに違いない。
ちなみに墓廟とラルカーナーとの大まかな位置関係は以下のとおりである。

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次作も楽しみなジュンパー・ラーヒリー

映画「The Namesake」の原作となったジュンパー・ラーヒリーの長編小説を読んでみた。イングランド生まれで米国育ちのインド系アメリカ人作家によるこの作品は、映画以上の出来栄えで、実に読みごたえのあるものだった。続いて彼女の文壇デビュー作にして、2000年のピュリツアー賞文学部門の受賞作品でもある短編集も手に取ってみた。
「The Namesake (邦題:その名にちなんで)」においてもそうだったが、短編集「Interpreter of Maladies(邦題:停電の夜に)」でも、在米インド人ないしはインド系米国人が多く取り上げられている。またこれらの登場人物が「インド人」あるいは「インド系」であってもベンガル人なのである。
彼女自身がカルカッタ出身のベンガル人夫婦の間に生まれた娘であることからも、おそらく彼女が描く在米ベンガル人の社会や人間関係は、彼女自身、両親や友人知人その他を含めた身近な人々の実体験や見聞がベースにあることは言うまでもないだろう。
移住した最初の世代の人たちの母国に対する憧憬と愛着、その次の世代として生まれた者たちの生まれ育った「故郷」アメリカと自身の両親や親戚が暮らす「ふるさと」の間で揺れる気持ちやアイデンティティの揺らぎなどを、日常の暮らしの細やかな描写とともに精緻に描き出している。
単にNRIやPOIの人々の暮らしぶりを伝える作品であれば、特に珍しいものでもないだろう。彼女が取り上げる舞台がそうしたものであって、エスニシティにかかわる部分の描写に凝っているわりには、その筆が活写していくのは「インド人」「インド系」といった人種や国籍に縛られるものではなく、地上に住む私たちの人生においてごく普遍的な事象や問題だ。インドやインド系社会といったものに取り立てて関心のない人が手にしたとしても、どこか遠い異国の夢物語ではなく、リアリティに満ち生き生きとした物語として受け取られることだろう。
作品中で、あたかも「主人公」が次々に入れ替わるかのように、ストーリー見渡す視点が頻繁に変更されていくため、ストーリーが立体的かつ多元的で深みのあるものとなっている。著者のリッチなイマジネーション、描写の確かさ、豊かな構成力とともに、まるでとても良くできた映画のスクリーンを目の前にしているかのように一気に読み進んでしまう。
彼女が多く取り上げるテーマは恋愛や結婚。私はその手の小説はまったく好みではないので、これまでほとんど手にしたことがなかったが、たまたま先述の映画の原作を書店で目にしたのでなんとなく購入してみたのだが、意外なまでに気に入ってしまった。
今後もインド系社会を切り口にして、世の中を描いていくのかどうかわからないが、これからがとても楽しみな作家だ。次の作品「Unaccustomed Earth」は、今年4月あたりに出版されるらしく、今からすでに気になっている。
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『The Namesake』
出版社: Mariner Books;
ISBN-10: 0618485228
『その名にちなんで』
翻訳:小川高義
出版社:新潮社
ISBN-10: 4102142126
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『Interpreter of Maladies』
出版社: Mariner Books (1999/6/1)
ISBN-10: 039592720X
『停電の夜に』
翻訳:小川高義
出版社:新潮社
ISBN-10: 4102142118
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ポケットの中のインド

2001年に最初のモデルが発売されたアップル社のiPod。以前は携帯音楽プレーヤーといえば、ソニーのウォークマン、CDウォークマン、MDウォークマンや他社によるこれらの競合商品が店頭に並んでいたものだが、携帯性、機能性、収録できる曲数、拡張性どれも秀逸で、圧倒的な支持を得てこの分野第一級の定番商品となった。
これまでiPodを手にしたことさえなかった私だが、遅ればせながら私も購入してみたのは、第6世代のiPod Classicである。最近のモデルは動画機能が強化されていることが購入の動機。出先でヒマができたときにインド映画を観るのにどうだろうかと思ったのだ。 -
1,00,000 Rsの格安国民車 “NANO”

フォードからイギリスの高級車ブランド、ジャガーとランドローバーを買収交渉中のターター・モータース。およびこのたび正式発表となった価格10万ルピー車の開発も進めている。最高級クラスのブランド車から、これまで自家用車が高嶺の花だった層の人々をターゲットとする格安車まで、従来生産している他の自家用タイプのクルマ、バスやトラックといった大型商用車をも含め、実に幅広いレンジのさまざまなモデルが揃う総合自動車メーカーとなる。
デリーで開催されている2008 Auto Expoで、そのターター・モータースの格安小型車NANOが目玉となっている。エアコン、パワーウィンドウ、パワーステアリングなしのシンプルな造り(エアコンは別途装備可能)のこのクルマがどうして注目を浴びるのかといえば、インドのみならず世界各地で爆発的に普及するかもしれない潜在力を秘めた世界戦略車であるからだ。
今年後半から発売される予定のNANOは、どこか既視感をおぼえるクルマだ。そう、日本の軽自動車を思わせるものがある。全長3.1m、幅1.5m、高さ1.6m。排気量624ccで33馬力の4ドア車。後にディーゼルエンジンの車種も投入する予定とか。おそらく日本独自の軽自動車やクルマ社会における位置づけなどを非常に深く研究したうえで開発されたものではないかと思う。これを『インド版軽自動車』と言ってしまっては新鮮味がなくなってしまうが、NANOの武器はその超低価格ぶりにある。たったのエーク・ラーク(10万)Rsなのだ。 -
テロで変わるもの
1978年に第一回大会が開催され、『パリダカ』の名前で日本でも親しまれてきたダカール・ラリー。いくつもの国境を越えて、非常に条件の悪いルートを走破するこの過酷な競技の映像を目にすれば、モーターファンならずとも大きな驚きと感動をおぼえるとともに、出場者たちに大きな拍手を送りたくなることだろう。
そのダカール・ラリーは今月開催されるはずであったのが、まさに直前になって主催者より中止の発表があったのはご存知のとおり。すでに各種メディアで報じられているとおり、原因は治安面での不安、つまりテロの標的となる可能性があるとのことだ。
主催団体ASOのコメントにもあるように、社会的影響や経済的損失を考慮したうえでも、中止を決断しなくてはならないところまで追い込まれたとのことだが、これは尋常なことではない。フランスの諜報機関筋が具体的なテロ計画の情報が把握したことがこの判断につながった理由のひとつだというが、テロ組織がASO自身に直接脅しをかけていたのかもしれない。
今後もコースとなる北アフリカ地域での治安状況に不安はつきまとうことから、来年以降のラリー大会開催について他地域も視野に入れているようで、すでに南米を視察したとのことだ。
インドでは、首都デリーで『1月15日からIDの携帯義務化』の動きが議論を呼んでいる。ここでいうIDとは、運転免許証、有権者登録証、配給証、学生証、勤務先の職員証、外国人の場合はパスポートや外国人登録証等々など。IDとして認められるものの範囲が広いのでなんとかなるかといえば、そうでもないのがインフォーマルセクターで働く人々であり、さまざまな形で首都に入ってきて社会の底辺を成す移民の人々でもある。
この件について様々な反論や反響が報じられている。そういうものを常時携帯することを強制することは民主的でないという声があるとともに、総人口のおよそ半数が身分を証明するものを何ら持ち合わせていないと推定されるこの国で、突然このようなものを身につけろというのは実際的ではないという批判、そして電子データ入りの統一された身分証明証を発行して携帯させるべきであるという意見もある。 -
手ブレ補正機能が欲しい
高倍率のズームの良いところは、それ一本でとりあえず何でもできること。しかも手ブレ補正付きとなればなおさら。旅行先はもちろん、休日に界隈を散歩なんていうときにも手軽で便利。目的や状況に合わせてレンズ交換できることがメリットの一眼レフカメラなので、オールマイティなズームレンズ一本ですべて撮っているという人はまずいないだろう。でもお気に入りのいくつかのレンズに合わせて、こうした応用の効くレンズは誰もが持っているはず。ズームはさておき『手ブレ補正はヘタな奴が欲しがる』なんていう人を見受けるが、これはとんでもない偏見だ。
もともとブレを生じやすい焦点距離の長い望遠レンズに使われる機能である。これがいつごろからか普及タイプのコンパクトデジタルカメラによく手ブレ補正が搭載されるようになった。当初はなぜスナップ用のこうしたカメラにそんな機能が必要なのだろうかと怪訝に感じたこともある。だがこれには消費者側に問題?というか、ユーザーからの求めがあったのだ。カメラがデジタル化し小型化も進んだ。機器の価格も安くなったので、日常的にカメラを持ち歩く人が増えた。するとユーザーにもいろんな人たちが出てくる。
