英領インドに旅する 1 案内書を手にして

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 旅行ガイドブックも時代を経るとそれなりに歴史的価値が出てくる。1979年に起きたイスラム革命前のイランについた書かれたもののページをめくってみると、「物価の高いイラン」節約旅行するためのアイデアあり、「高給のイランで仕事にありつく」ためのヒントあり。遺跡や歴史的名所などの見どころは今も同じでも、時代が移れば旅行事情はずいぶん変わるものだ。
 さて、時代はるか遡った1920年代の南インド鉄道旅行ガイドブックである。当時2ルピー8アンナの「Illustrated Guide to the South Indian Railway」というタイトルのこの本は、南インド鉄道会社の沿線ガイドということになっているが、今でいうロンリープラネット社の「SOUTH INDIA」に相当する包括的な地域ガイドとみなしてよいだろう。
 なにしろ民間航空機による定期便運行が始まる前で、自動車による大量輸送システムも充分に発達していなかった時代、当時盛んであった船舶による移動は沿岸部に限られる。当時「モーター・バス(今でいうバス)」の運行区間は長くても60数キロ程度であったため、旅行の移動手段の王道はやはり鉄道であったからだ。
 もちろん沿線ガイドであるがゆえに、現在のガイドブックにはまず紹介されていない非常にマイナーな土地についての記述もあるので、意外な穴場を見つける手助けにもなるかもしれない。


 地図が掲載されておらず、宿泊や交通費のおおよその料金さえも提示されていないため、気ままに一人旅を楽しむのには使いにくいように思われるが、現代の「バックパッカー」のような節約放浪型旅行者は出現していない。旅行というものの概念自体も今と違っていて、読み手はよほど余裕のある人たちだったのだろうか。
 一世紀近く昔に書かれたものなので、現在とは事情がまったく違うのはもちろんだ。「ラメースワラムの人口7582人。多くはバラモンである」「コーチン暮らすユダヤ人にはWhite JewsとBlack Jewsがあり、それぞれ別々のシナゴーグを使用している」とある。 現在のロンリープラネットのガイドブックで「worth missing just to encourage its closure」と酷評されているマドラスの水族館は「これぞ世界最高!」と賞賛されている。 「電気による照明がなされている寺院」「カーンチープラムには水道が通じている」といった記述から察すると、地方ではまだそれらが珍しかったのだろう。
 当時の行政関係機関による案内書であるため、各地の歴史背景にかかわる記述の多くは宗主国イギリスが関与したものに限られるが、特に南インドにおける在地勢力やフランスとの抗争についての記述には力が入っており、この地域における英国植民地史を概観するのに都合が良い。
(続く)
書名:Illustrated Guide to the South Indian Railway
ISBN:8120618890
出版:ASIAN EDUCATIONAL SERVICES

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