ミャウー 1

ミャンマーのMPTのレンタルSIMを入れたスマホは、ヤンゴンを出てからまったくネット接続が出来ておらず通話専用となっていたのだが、朝早く起きて操作してみると、かなり不安定ながらも3Gで繋がることが判った。おそらくユーザー数に対する回線の容量が常時不足する状態にあり、利用者が少ない時間帯のみ通じるという具合になるのだろう。

ミャウー行きの船からの眺め

船内はこんな具合

 

これからスィットウェからミャウー(Mrauk-U)に行く船に乗る。政府系の公社を含めて複数の船会社が運航しており、どれも毎日出ているわけではない。それぞれ往路・復路(往路の翌日が復路)の曜日が決まっているのだが、概ね毎日どこかしらの会社が船を出しているようだ。

午前6時前に船着き場に到着、カラーダーン河に繋がる運河に係留してある船に乗船したあたりで朝日が昇ってきた。もっと小さな船を想像していたが、荷物とともに大量の貨物も運搬することができる大きな船である。

出発!

カラーダーン河に繋がる水路を進む

ようやく河に出る。

 

午前7時の定刻に船は出発。少し進んだ先でカラーダーン河に出る。ちょうどここは河口部に位置しているため、河というよりも海の眺めといったほうがいい。停泊しているいくつかの大型船の姿があり、中小の船影が目の前を行き来している。

向こうの船は巡視艇のようである。

竹を組んだ筏

魚を獲るための仕掛け?

 

筏に編まれた大量の竹材が河下に向かう様子、魚を採るための仕掛け、岸部で孝之式住居が並ぶ村落やお寺の眺めなどを楽しみながら船上のゆったりとした時間を楽しむことができる。水量豊富な平地を流れる河だけに、海原のような景色を眺めているのも束の間、遡上していくにつれて、次から次へと他の河川との合流点があり、これらを通過するたびに河幅は見る見るうちに細くなっていく。水面と陸地の高さにほとんど差がないため、雨季の眺めは今とはずいぶん違うことだろう。

水面と大地に高低差がほとんどない。

 

昼寝中の乗客

モンスーン期には河幅はもっと広くなっているであろうし、もともとあった土地が削られたり、他の土地が新しく形成されたりという具合に、岸部の形状も継続して変化していくはずだ。河の流れも少しずつコースを変えていることと思う。そして氾濫しては流れを変えているのだろう。ときにサイクロンが来たりすると、流域は劇的に変化するはず。

集落

大きな建物も見える。

途中の村から乗船する人々

川面の風景

しばらくうとうとして目を覚ますと、もはや同じサイズの船が行き違いできるような幅ではなくなっている。このあたりまで来ると、同じ大きさの船が擦れ違うことはできない。蛇行しながら流れる川筋の先はブラインドコーナーになっていて、船は汽笛をけたたましく鳴らしながら航行を続けていく。向こうから船が来たら衝突してしまうからだ。

観光客が増えるにつれて船は増便していくのだろうが、すぐに限界が来ることは目に見えている。やがては陸路でのバスも外国人に許可する日が来るのではなかろうか。スィットウェとミャウーの間はバスも走っているものの、外国人は乗車することが許されていない。しかしながら、こういう場所に来て、水際の様子を水面から眺めることなしでいるのはもったいないので、陸路での移動が可能となっても、やはりここは船旅を選びたいものだ。

船内の売店で買った袋菓子はバーングラーデーシュ製

ミャウーの近くまで来ると川幅はとても狭くなる。

すっかり川幅は狭くなり、こんな大きな船が航行して座礁しないのか?と思うほどになってきたあたりで集落が見えてきた。そこがミャウーの船着場であった。ちょうど正午であったので、スィットウェから5時間ほどの船旅であった。

ミャウーの船着場

〈続く〉

This entry was posted in column, greater india, heritage, society, travel. Bookmark the permalink.