ヤンゴンのインドなエリア 2

インド人地区
モスク
ひとたび足を踏み入れると、コロニアルな建物+林立するモスク+亜大陸系の顔=インドのどこかで見たような空間・・・が広がっているのだ。
街のあちこちで目にする黄金色の仏塔を持つパゴダと優しい顔をした仏様からなる世界とは打って変わり、アザーンの呼びかけが流れる街中を立派なあごひげをたくわえたオジサンや黒いブルカーを被った年齢不詳の女性が行き交う。次のブロックの辻では巨木のたもとにしつらえた祠にヒンドウーのカラフルな神像。『ああこんなところにインドが・・・』と思わず立ち止っているとプージャーリーが出てきて喜捨を求めるといった具合である。
祠
ミャンマーの総人口5300万人のうちインド系の占める割合はわずか2%というが、地域的な偏りが著しいようで、ヤンゴン、パテイン、マウルミャイン、シットウェーといった港町の商業地区に多いようだ。そしてヤンゴンのこの地区における彼らのプレゼンスの大きさときたら、まるでインドの飛び地であるかのような気がするくらいである。


見た目はかなりインドなのだが、耳に入ってくる音声はほとんどビルマ語ばかり。人々にヒンディーは通じるのかどうかやや疑問に思ったがそれは杞憂であった。幾人かに声をかけてみて、北インド系で中高年層以上の人ならば多かれ少なかれヒンディーを理解し、しゃべることができることがわかった。だが若年層となるとかなり通じる度合いは低くなる傾向があるように感じられた。
インドにおける英語の地位の高さとは裏腹に、ミャンマーでは特に1962年のクーデター以降、教育その他の分野における国粋化すなわちビルマ語化が強力に推し進められた(これは多民族国家ミャンマーでビルマ族以外の人々との軋轢を悪化させる原因のひとつにもなった)ことの帰結として、旧イギリス領としては意外なほど英語の通用度は低い。
そのためエリアはインド人街に限定されるものの、またインド系とはいえ幾世代にも渡りミャンマーに住んでいるため、母語はすでにビルマ語となっている(そのためビルマ語訛りである)にもかかわらず、ヒンディー語の利便性はかなり高く、それをインド人でもインド系ミャンマー人でもない外国人が理解することで大いに歓迎されるのは印象的であった。インド本国の都会ではあまりない現象ではないだろうか。
ヒンドゥーの人は『ヒンディー』と呼び、ムスリムの人はそれを『ウルドゥー』と称しているが、普段はビルマ語で生活する彼らにとって、この地に渡ってきた先祖の言葉とは民族的、宗教的アイデンティティのひとつであるのだろう。通りすがりに出会った知人と最初の挨拶はヒンディー/ウルドゥーで、そこから先はビルマ語といった場面をしばしば目にした。
かなり混血が進んでいる人も少なくないようだ。風貌からはインド系とはわからなくなっていることもしばしばだが、北インド系コミュニティで育った人であれば当然のたしなみとして身につけていることが多いようだ。これもやはり『ある程度以上の年齢の人は』という条件付きではあるが。北インド系の人々の中にあって、最も人口規模が大きいのは先祖がU.P.から来た人たちであるから、個人差はあれども父祖のコトバをそれなりに大切にしているようである。ところで彼らの言うU.P.とは現在のウッタル・プラデーシュではなく、地域は重なるがもっと広かった英領時代のUnited Provincesのことである。
このあたりに住むインド系の人であれば、掃除、洗濯や路上でタバコのバラ売りといった下働きの人でも、多くの場合ある程度ヒンディー語をしゃべることができるようだ。そうした人たちは大都会の真ん中にいても外国人と話す機会など滅多にないこともあってか、せきを切ったようにしゃべりまくる人も少なくない。
インド系といっても、やはりタミルナードゥなど南のほうから先祖がやってきた人たちの場合、ヒンディー/ウルドウーを理解しない人が多いようだ。『自分たちの言葉』ではないからなのだろう。
タミル寺院
1962年のクーデター以前、つまり国内全体の各方面・分野において『ビルマ化』『ビルマ語化』が推し進められる前には、ヒンディー、ウルドゥー、タミル、テルグ等といったインド諸語による雑誌等の出版活動が行われていたそうだ。ミャンマーの言語政策がどうなっているのかよく知らないのだが、おそらくマイノリティ、とりわけインド系や中国系といった外来民族に対する締め付けとマジョリティであるビルマ族への同化がより強く求められるようになってきた結果、次第に『民族の言葉』が退潮していく方向になっているのではないか、そのため若年層はあまり先祖の言葉を理解しないようになってきているのではないかと私は想像している。もちろん世代が新しくなるごとに居住地への同化は自然に進んでいくものではあるが。
ヤンゴンのインド人地区で、ヒンディー/ウルドゥーを話す人は多いとはいえ、あくまでも日常会話が通用するだけであり、読み書きはできない人が大半のようだ。学校では習わないし読み物も出回っていない。話し言葉として生存しているものの、文語としての役割はすでに終えてしまっている状態のようだ。そのため概ね口語としても運用力は高くないことが多いようだが、これを理解する人が上から下まで幅広く存在することは特筆に値する。
ところで『ヒンディー映画圏』内にあるミャンマー。インド系でなくとも人々はムンバイーからやってくる娯楽映画を高く評価しているインド人地区を出てもシネマ・ホールの多くで、少し前のボリウッド映画を鑑賞できるのがうれしい。
 
 
〈続く〉

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