亜大陸の片隅で起きていること

 先日、ゴーパール・メノン監督によるドキュメンタリー・フィルム『ナガ物語〜沈黙のかげで』(2003年)を見る機会があった。バングラデシュのタンヴィール・モカメル監督による『コルナフリの涙』とともに、NGOのジュマ・ネットと市民外交センターにより共同上映されたものである。
 どちらも約1時間ほどのドキュメンタリーで、前者はインドのナガランド州における、後者はバングラデシュのチッタゴン丘陵地帯における先住民たちの置かれた立場と弾圧、人権問題や民族対立などを描いた作品だ。
『ナガ物語〜沈黙のかげで』では、インド国籍の者であっても地域外から自由に出入りすることができない状態は、地域の文化や特殊性を守ることにつながったが、外部の目を遮断する効果を持つことにもなったこと、それがゆえにまかり通っている暴力と不条理等が示されていた。ナガランドを含むインド北東部に適用されている国軍特別権限法(Armed Forces Special Powers Act)により、軍が治安上疑わしいと判断した際には令状なしに家宅捜索、逮捕拘束、尋問その他を行なうことができることになっているため、重大な人権侵害が行なわれやすくなる。作品では軍の行為が本来の統治機構である州政府や司法の関与を受けないことから、その暴走ぶりに歯止めが利かない構造になっていることが多くの実例や証言等とともに生々しく描かれている。
 ゴーパール・メノン監督は、他にもグジャラートのゴードラーで起きた列車襲撃事件に端を発する暴動、カシミールで軍の弾圧により犠牲となった人々の現状、津波被災後のありさまなどを描いた作品等々、様々な主題にもとづくドキュメンタリーを制作している。取り扱うテーマがテーマだけに、右翼による襲撃をはじめとする攻撃や脅迫などを受けつつも果敢にインド社会の抱える問題点を人々に提示し続けている。


 また『コルナフリの涙』では、パキスタン時代の1957年から1963年にかけて行なわれたコルナフリ河を堰き止めるダム建設により、カプタイ湖を造ったことに始まるチャクマの人々への抑圧の歴史、チッタゴン丘陵地帯に政策的に送り込まれてくるベンガル人たちの浸透、土地収奪と襲撃事件の連鎖、チャクマたちによる自決権を求めての長い闘いと政府の対応、そして同地域の現状等について描写したものである。
 チャクマの人々を追い立てる存在となっているベンガル人たちにしてみたところで、森林伐採等で巨額の利益を得ている人たちがいる一方、圧倒的多数がとても慎ましい生活を送っており、ましてやその多くは生活に困窮している層である。
 バングラデシュという国自体が、シンガポールやバーレーンといった非常に面積の狭い国を除けば1km² あたりの人口が982 人(2004年現在)と世界で最も稠密な中で、チッタゴン丘陵地帯という人口が希薄な地域に人々が流れ込むのは一見ごく自然な現象でもあることが問題の解決をさらに難しいものとしている。
 歴史に『もし』はありえないのだが、あえてもしバングラデシュがインドの一部であったとすれば、この地域に住むベンガル人たちはもっと条件の良い違う地域へと向ったのではないかと容易に想像できるだろう。また印・パ独立前ある時期まで想定されていたように、ムスリムがマジョリテイを占めないチッタゴン丘陵地帯が、仮にインドに組み込まれていたとすれば、またその状況は現状と大きく違ったものになったことであろうと思われる。数多くの必然の積み重なった結果であるため仕方ないのだが、こうした不幸な巡りあわせもインドとパキスタンの分離における悲劇のひとつの側面であるのかもしれない。
 どちらの作品も短くとも非常に中身の濃いものであった。インドのナガとバングラデシュのチャクマでは置かれた立場はかなり違うが、自らの国を持たない民族の悲哀、『共和国』の中にあっても主流を占める市民たちとは歴史、文化、民族、習慣等どこをとっても相容れない立場の少数民族という立場の弱さ、国際的な関心の薄さはもちろんそれらの国内でもあまり注目されていないため、地元で起きていることに対するチェックが働きにくいことなどは双方に共通している。
 もともと『民主主義』なるものが多数を是とする論理であり、国家権力の三権、つまり立法、司法、行政どれをもその国の主権者である国民の意思を集めたものとなるとすれば、当然数の上で主流を占める人々の文化、宗教、思想などを色濃く反映するものとなる。すると『マイノリティ』にとっては、グループの人口が少ないほどその意見は社会に反映されにくくなる。このシステムの中で生きていくにはマイノリティ側に多大な妥協と同化その他の犠牲を払うことが求められるようになりがちだ。
 豊かな文化と人種のモザイクである広大なインドにおいて、この東北地方もその一翼を成す大切な地域である。この国の他の地方に較べると格段に情報が少なく目が届きにくいことはあるが、インド好きの私たちとしても常に関心を持ち続けていたいものである。

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