ICパスポート(1)

 タイの知人のパスポートを見せてもらった。従来どおり茶色い表紙にガルーダのイメージがプリントされたものだが、手にとってみるとなんだか別物みたいだ。
 それもそのはず、日本でいうところのICパスポートである。写真、旅券番号、有効期限その他の個人データの入ったページは紙ではなくフレキシブルなプラスチックになっており、カバーには様々な情報が記録された電子チップが埋め込まれている。電子化の際にパスポートの素材も全面的に刷新したのだろう。追記や査証欄といった他ページの紙質も大幅に向上したようだ。携帯メモ帳並みの品質の紙に氏名その他のデータが手書きで記された隣国ミャンマーの旅券とは天地の差だ。
 90年代以降、偽造や変造を防ぐために多くの国々の査証は、それ以前の大きなゴム印等でペタリと押すスタンプ式のものからカラフルなステッカー状のものに変わってきている。昔は種別、発行地、発行日、有効期限くらいしか書かれていなかったものだが、今では所持者の氏名、パスポート番号等に加えて、日本のものように顔写真まで刷り込まれるものも少なくない。やがてこうした査証にも電子記録が施されたり、旧態依然の出入国印についても不正を防止するために何らかの手立てが打たれたりするのではないだろうか。
 ご存知のとおり、日本では2006年3月下旬からICパスポートの申請を受け付けている。これ以降に旅券の取得や更新をした人は、この新しいタイプのものを持っているはずだ。パスポートの電子化は時代の流れであるにしても、もともと日本にとっては取り立ててこれを急ぐ理由もなかったので、これを早期に採用することについて政府は積極的ではなかったようだが、主にアメリカからの外圧に屈した形で導入が決まった部分が大きい。具体的にはアメリカが入国査証の相互免除継続の要件として2005年10月(その後期限を延長して2006年10月となった)までのIC旅券の導入を提示したことである。(旧来のパスポート保持者は、有効期限内はビザなしでアメリカを訪問可能)
 ちなみに現在、同国の査証免除対象国とは、アンドラ、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブルネイ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイスランド、アイルランド、イタリア、日本、リヒテンシュタイン、ルクセンブルグ、モナコ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、サンマリノ、シンガポール、スロベニア、スペイン、スウェーデン、スイス、英国の27ヶ国である。当然のことながら、これらの国々もそれぞれ複数の国々を対象に査証の相互免除の取り決めがあるわけなので、将来的にはこの27ヶ国もまた各々の相手国に同様の条件を提示することもありえよう。こうして『アメリカの意思』が世界の隅々へ浸透していくことになる。自国発の『グローバル・スタンダード』を世界に推し進めるアメリカの強い影響力を示す好例だろう。
 もちろんどの国にとっても出入国の不正行為防止には有効である。電子的に記録されている瞳の虹彩や指紋その他の旅券所持者固有の生態認証情報が、旅券の持参人当人と同一であることを容易に確認できる手段が確立すれば、他人のパスポートによる不正入国を防止する効果は期待できるかもしれない。現実に日本在住の一部の外国人たちにより、自分のパスポートを外見や年齢等が似通った人物に貸して出入国させるような大胆な事例は決して珍しくないようだ。たとえば中国のように、自国民が外国で出入国等にかかわる不正問題を多数発生させている国で、可能な限り早い時期に電子旅券を採用させるよう各国から圧力をかける必要があるだろう。
 欧米や中東産油国ではインド国籍保持者による同様の問題がありそうだが、こちらはすでに旅券の電子化のスタートラインに着いている。
IC旅券の発行を開始しました(外務省)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/passport/ic.html

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