インドは目下、「政治の季節」を迎えている。今月から6月にかけて、西ベンガル、アッサム、ケーララム、タミルナードゥの各州及び連邦直轄地(UT)のプドゥチェリーでヴィダーン・サバー(州議会)選挙が行われる。
とりわけ注目されているのが西ベンガル州。インド東部でも攻勢を強めているこの地で、長く与党を務めてきたマムター・バナルジー率いるトリナムール・コングレスの追い落としを図るBJPが果たしてこれを成し遂げるのか、あるいはベンガルの民族主義派のトリナムールが再び勝利を重ねるのか。
もともと共産党が1977年から2011年まで与党に君臨してきた「赤い州」であったが、これを追い落としたのがベンガル民族主義政党のトリナムール。極めて鮮やかな「サッター・パリワルタン(政権交代)」で、州政治の潮流が一気に変わった。
ここに来て浸透を図るBJPとは激しく対立しており、ときおり両者の活動家たち同士の暴力的な衝突が起きている。
興味深いのは、もし今回政権交代が実現すると、西ベンガルにおける民族主義的な主張が影をひそめて、中央政権に融和的なマジョリティーに取り込まれる形になることだ。
実は隣接するアッサム州でそのようなことが起きている。
独立以来70年代までは国民会議派が与党にあったが、80年代以降はアッサムの民族主義勢力が台頭。マジョリティーのアッサミーズ以外のボードー族その他も政治勢力を立ち上げ、非常に不安定になった。その後、州議会が機能不全となり、中央による大統領統治が実施されるも、武装勢力化した各民族主義組織による内戦状態と言ってもよい混迷の時代となったのが80年代から90年代初頭。この時期には外国人旅行は入ることが出来なかった。
そして90年代に情勢は落ち着き、国民会議派政権、そして新興の民族主義政党による政権を経て、政権の座は再度国民会議派の手に。それでもやはりアッサムはインドの辺境地域として独自性を持ちながら、やもすればいつ反中央の火の手が上がりかねない不安定な状況が続いていた。
それに終止符を打ったのが、2016年ヴィダーン・サバー選挙で起きた「サッター・パリワルタン(政権交代)」。以来、BJPが政権を担っている。
もちろんBJPの議員たちはすべてアッサムの地元の人たちなのだが、言葉はアッサム語を喋っていても、話す内容はモーディー首相やアミット・シャー内相などと同じ。中央政府のモーディー政権にもアッサム出身の閣僚が複数登用されており、いつの間にかアッサム州が「辺境州のひとつ」から「マジョリティーのひとつ」へとステップアップした感がある。それ以前の「反逆的な地域」としての印象はすっかり影を潜めた。
またBJP言うところの「ダバル・インジャン・サルカール(Double Engine Governance)」により、中央とアッサムの意思決定が一本になるため、様々な開発プログラムやパッケージがどんどん通りやすくなり、地域の発展が加速されているとされる。実は連邦直轄地(UT)のラダックでも同じことが起きている。(ラダックでは昨夏以来、BJPとの関係には複雑なものを含むようになっているけれども)
アッサムと違い、西ベンガルは中央に対して反逆的な風土ではもともとなく、文化的にも政治的にも「マジョリティーの中の核心部のひとつ」といった位置にあるため、BJPが政権与党となれば、ますますのこと、中央との統合、融合が進んでいくのかもしれない。
もうひとつ、規模は小さいが注目されるのは、連邦直轄地(UT)のプドゥチェリー。こちらは投票日が今月9日と早いのだが、地域的にはタミルナードゥの中からえぐり取られた旧仏領地域ではあるものの、与党はDMKやAIADMKではなく、現地政党とBJPによる連立。
ずいぶん長いこと、州への昇格(「昇格」とするのが適当かどうかはわからない。統治の仕方の違いであり、州が上、連邦直轄地が下と単純化できないためだ。)を望む声が強いのだが、まだ実現していない。人口100万人にも及ばない地域ではあるものの、現にスィッキム州は60万人強、ミゾラムは110万人というあたりを見れば、歴史的経緯と人口規模においては相応であるようにも思える。
州への移行に理解を示しているのが、NDA(という政治アライアンス)と対立する国民会議派側の勢力UPA。今回の選挙で、「州への移行」も焦点のひとつとなっているため、プドゥチェリーで「サッター・パリワルタン」が起きる可能性が充分にあるのだ。ただし中央の政権はBJPであるため、「プドゥチェリー州成立」には至らないようにも思える。
それにしても同じタミル系の人々が暮らすプドゥチェリー、旧仏領であったとはいえ、世代は変わるし、プドゥチェリーをインドが実効支配するようになったのは1954年。つまり72年も前のこと。(法的にインドの一部としての統合は1962年)
現在までの間に住民の移動も盛んであり、プドゥチェリーに住んでいるからといって、旧仏領地域の人々の子孫とは限らない。これはゴアでも同様で、今やカトリックは州人口の中ではマイノリティーとなっている。
そんな具合であっても「土地柄」「風土」というものは外部からの移民をも交えて継承されていくものなのだなぁと興味深く思う。
インドという国は何かにつけて実に面白く、好奇心を刺激してくれるため、そこから流れてくるニュースには耳を傾けずにはいられないのである。

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