返り討ちのスペシャリスト

インドにはEncounter Specialistと称される警官たちがいる。犯罪捜査の中で、ギャングや凶悪犯と遭遇し、銃等で狙われる中で反撃してこれを仕留めてしまうスペシャリストということになっている。

とりわけ景気が良くなって犯罪が増えたのか、それとも多くの民間テレビニュースチャンネルが勃興して、センセーショナルな報道が過熱していく時代であったためか、90年代半ばから2000年代に入るあたりにかけて、インド各地、特にムンバイを始めとする商取引が盛んで不動産取引も多い地域を中心に、このEncounter Specialistがメディアで大きく取り上げられるようになった。

プラディープ・シャルマー、ダヤー・ナーヤク、プラフル・ボーンスレー、ラヴィンドラ・アングレー等、大きな「エンカウンターでの活躍」があると、ニュース番組等で、まるでスターのような扱いだった。幹部ではない現場の警官がテレビのインタビューで繰り返しフィーチャーされるというのは、それまではなかったことで、とりわけダヤー・ナーヤクはそうした取材に気さくに応じるなどメディアへの露出が大きかったためか、彼をモデルにした「AB  TAK CHHAPPAN (今まで56人」という映画まで制作・公開されたほどだ。

だが、こうした「Specialist」たちが、40人、50人、60人・・・中には100人超と、エンカウンターで被疑者たちを撃ち倒すいっぽうで、そうした本人たちや警官隊には犠牲者がほぼ出ていない不自然さに対して疑問の声も上がるようになった。

実際には、犯人を移送中に郊外の人気のないところで車外に出して殺害していたり、建物内で拘束した後、問答無用で撃っていたことなどが明らかになり、こうした「Encounter Specialist」たちが今度は次々に逮捕されたりクビになったりということが続いた。警察にとって裁判で証言されると都合の悪い人物であったり、政治がらみの依頼によるものも疑われるなど、外から真相を知るのは困難な闇の世界である。

2004年にはグジャラート州で「イシュラト・ジャハーン事件」というのも起きた。警察による当初の発表では、パキスタンのテロ団体との繋がりが疑われたというイシュラト・ジャハーンという女性及び乗用車に同乗していた3名を含めた計4名が警察車両を武器で攻撃し、警官たちはこれを返り討ちにして仕留めたとのことであったが、遺族たちが「テロリストと関係があるはずはないし、武装などしてたはずもない」と訴え出て、長く粘り強い法廷闘争の末、亡くなった4人の無実を勝ち取った。

そうしたこともあり、今では警察による「エンカウンター」については英雄視どころか疑いの目が向けられるようになっているが、こうした疑わしいケースでクビになったはずの警官が、他州の警察でひっそりと復職していることもあるようだ。

かつてのように「50人退治した」「60人退治した」というような英雄譚として特定の「Encounter Specialist」が祭り上げられることはなくなったし、警察も仕留めた警官自身を特定しないようになっているようだ。

それでもまだどこかでこうした「私刑による死刑」を容認する空気はある。映画で逮捕された凶悪犯を証拠不十分で釈放、しかし担当した警官自身はそれが真犯人であることを知っており、義憤から殺害するというようなシーンやこれに類するものが今も散見される。

また2020年にマッディヤ・プラデーシュ警察に逮捕されて、ウッタル・プラデーシュ警察に引き渡され、同州で裁判を受けるはずだったヴィカース・ドゥベーというヤクザがいたのだが、警察による移送中に車両が事故を起こし、その際に警官の銃を奪って撃ちながら逃走しようとしたという、不可解な「エンカウンター」で殺害されるという事件があった際、警察を非難する声とともにこれとは反対に称賛する向きも多かった。こちらも同様に司法への期待感があまりなく、それならば警察が始末をしてくれれば、という感情が下敷きにあるようだ。

同様の「カルチャー」はパキスタンやスリランカなど周辺国にもあり、リンク先の記事にもあるように重篤な人権問題だと非難されている。

 

Explained | Police encounters in India: cases, convictions and court orders (THE HINDU)

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