スィルプル仏教遺跡訪問

タクシーでスィルプルを訪問することにした。ここには5世紀から12世紀にかけて栄えた仏教遺跡がある。バスでも行けなくはないようだが、ずいぶん時間がかかるようだ。

本日の運転手はアジャイという若い男性だが感じはよかった。10歳のときに父親が亡くなり母子家庭で育った。学校も中途でやめなくてはならなかったとのことだが、今はそれなりに仕事が回ってくることから、育ててくれた母親に楽をさせてあげることができているという。インドでは初対面でもそんな身の上話を耳にすることは多い。

クルマは国道53号線を進んでいく。高架にはなっていないが事実上の高速道路だ。片側二車線のスムースな道路が延々と続いている。見事だ。昔のインドとはずいぶん違う。ただし危ないのは道路によく牛や水牛が出ていること。

ここではティーワルデーヴ寺院を始めとして、ラーマ寺院、ラクシュマン寺院、スラング・ティーラーその他、いくつもの仏教寺院跡があるのだが、ほとんどが基壇しかないものであるため往時については想像に任せるしかない。一部復元してあるものもあり、石柱が立っているものもあるとはいえ、ほとんどドルメンを眺めるようなものとなってしまう。

だが一部には手をかけて修復された寺院もあり、これらを訪れると往時の姿を想像できるような気がしてくる。

入場料を取るのはラーマ寺院のみでインド人は25Rs、外国人は300Rsと書かれている。25Rsを出して「切符1枚」と言うと、そのまま買える。切符切りのゲートでは「見た感じ外国人かと思いました。アッサムからですか?」と笑う係員。

ラクシュマン寺院に併設されている博物館には、展示物について何の説明の表示もないのは残念である。

スィルプルに限ったことではないのだが、インドでは今でも、それまでは知られていなかったものが次々に発見されている。このスィルプルについても、ここで仏教が栄えたこと、いくつかの寺院跡は昔から知られていたのだが、2004年から2005年にかけての発掘により新たに発見された遺構が相当あるそうだ。

しかしながら、遺跡に関する看板の大半がヒンディー語で書かれていることから、これを読めない人(インド人にも決して少なくない)が訪れたとしたら、大変不親切であると感じることだろう。

それはさておき、彫刻類は実に素晴らしいものがふんだんに残されており、実に見ごたえがあった。こうしたものについて詳しく知りたいと思っても、何の説明さえもなかったのは残念だ。

ところどころで、こうしたガイドを標榜する人物の連絡先が貼られているのだが、専門的知識を持つ者なのかどうかはまったく不明だ。

スィルプルに来るときに一度国道53号線で渡った河だが、蛇行しているためスィルプルの村のすぐ裏手にも流れている。だがほとんど干上がっていることから、雨季には河床が流れで一杯になると言われても、にわかに信じがたい。

乾季のマハーナディー(という河)

かつて仏教が栄えたこの地域だが、現代においても寒村にこれほど多くのヒンドゥー寺院が林立しているのは、なかなか壮観でもある。


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