カンパニー(東インド会社)の傭兵生活

 その当時に生きた人たちがこの世から消え去ってしまうと、後世の人々は書き残されたものでその時代の世相を知るしかない。だがそうしたものを後々の人間のために記しておいてくれるのは行政官、文化人、歴史家くらいのものだろう。その他著名人の手記などは何かに掲載されたり、あるいは本となって出版されることもある。
 しかしいつの時代も絶対的多数である市井の人々となると、日々どんな暮らしをしていたのか、何を考えて生きていたのか、なかなかその姿に触れることは容易でなかったりする。世界の長い歴史の中で、庶民の間にあまねく『読み書き』が普及したのは、20世紀になってから(もちろん地域により相当なバラつきがある)であることを思えば、仕方のないことである。
 一般市民というのにはちょっと抵抗があるが、東インド会社が統治下のインドで、ベンガル歩兵連隊に勤務したネイティヴ将校の人生が描かれた本がある。著者にして主人公のスィーター・ラーム・パンデイは、1812年にベンガル歩兵連隊に一兵卒として入隊。48年間という長い軍人生活の中で最後は大尉にまで昇進し、1860年に引退して恩給生活に入る。
 彼は現役時代にグルカ戦争ピンダーリー戦争、バラトプル強襲、アフガン戦争シク戦争へと出征し、クライマックスは1857年の大反乱、とまさにインド近代史を代表する大戦争を次々と経験したことになっている。
 こうした戦闘行為以外にも、当時の世相を示すものがいろいろ描いてあって興味深い。それは街道に出没していたタグの話であったり、威厳に満ちているがインド人兵士たちからしてみると不可解なメンタリティーを持つイギリス人上官たちであったり、怪我による傷病休暇で帰郷した故郷の村の話であったりする。
 この作品は、隠居後に元上官であったJ.T.ノーゲイト中佐に軍隊生活について回想記をしたためるよう勧められたことがきっかけで出来たものだという。パンデイは除隊の翌年に原稿を書き上げ、ノーゲイトはそれを英語に翻訳して当時インド国内で発行されていたある雑誌に連載して好評を得た。その後、新聞に転載されたり本として出版されたりして、世間に広く知られるようになったそうだ。
 だが正直なところ、著者のスィーター・ラーム・パンデイなる人物が果たして実在したのかどうかについてはいろいろ議論のあるところらしい。だがこれが実話であれ創作であれ、今や誰も目にすることのできない19世紀のインドの世相が生き生きと描かれた好著であることには間違いなく、まだ手にしていない方はぜひ一読されることをお勧めいたしたい。
あるインド人傭兵の冒険の人生
シーター ラーム (著),
ジェイムズ ルント (編集),
J. Lunt (原著), 本城 美和子(翻訳)
ISBN: 4303990116
ロージー企画社
From Sepoy to Subedar: Being the Life and Adventures of Subedar Sita Ram, a Native Officer of the Bengal Army, Written and Related by Himself
Sita Ram Pandey (著)
Shoe String Pr Inc
ISBN: 0208011528

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