時代が下るとともに遅くなる列車の意味するところ

indian railways
 堂々とした立派な駅舎、長大なプラットフォーム、乗り降りする利用客以外に駅職員やクーリーその他、ここで働く人々の姿もやたらと多く、牛、ヤギ、犬など様々な動物たちも行き交うインドの鉄道駅。どこに目をやってもとにかく時代がかっており、他の様々な国と比べても、インドの鉄道というのはどこか違う、やたらと味わい深い(?)思いがする。それだけに旅情に満ちているのがインドの汽車旅だ。
 それでもインド国鉄は頑張っている。この国を走る列車の中で、エアコンクラスの車両の割合は増えてきており、首都デリーと遠方の主要都市を結ぶラージダーニー急行、国内の主要都市をつなぐ中距離のシャターブディー急行といった特別急行の本数やそれらが結ぶネットワークも拡大するとともに、サンパルク・クラーンティ急行と呼ばれる長距離高速特急、短距離のジャン・シャターブディー急行といった新しい特別急行の導入がなされた。
 以前はゲージの幅が違う路線が混在することから、直行することができず乗り換えなくてはならないということは珍しくなかったが、従来は狭軌が敷かれていた路線についてもブロードゲージ化が進んだ。ジャイサルメールなどはその好例で、どちらから来てもジョードプルで乗り換える必要があったのだが、今ではデリーから直行することができるようになり、ずいぶんアクセスが良くなった。
 このようにインド国鉄は着実に発展しているのは間違いない。少なくとも新たな施設の導入や運用面ではずいぶん改善されてきていると思う。だがその反面、今の時代にあって技術的な遅れが目立つようになってきているようだ。
 いささか古い記事になるがインディア・トゥデイ3月15日号によれば、1969年にデリー・ハウラー間に導入された最初のラージダーニー急行は、1451キロの距離を17時間で結んでいたという。それから36年が過ぎた今では、18時間かかるようになっている。トゥーファーン・メールという列車にいたっては、1928年に28時間でデリー・ハウラー間を走っていたのだが、現在では36時間かかるようになっているのだという。
 この原因は、停車駅の増加だと書かれていた。ラージダーニー急行の場合、開通当時は途中停車駅わずかひとつだったが今では五つ、トゥーファーン・メールはかつて42の停車駅があったが現在は86駅と大幅に増えているのである。もちろん単に停車駅が増えただけではなく、同じレールの上を走る便数も増えることによる運行ダイヤの過密化したことにも関係があるだろう。停車駅の増加は鉄道システムが充実してきた結果であるし、地方が力をつけてきた証でもある。
 もちろん個々の事例を持ち出せば『遅くなった』例があるにしても、先述の特別急行のネットワークが全国に広がることにより、従前から運行していた急行列車よりも短い時間での移動が可能になっていることは間違いない。
 しかし仕事や生活のペースがかつてよりずっと速くなってきている昨今にあって、同じ列車が数十年前に比較して、より時間がかかるようになっているというのは問題ではある。
 そもそもインドの『特別急行』というものは、車両内の空調や座席や寝台の質を除き、通常の急行列車との本質的な違いといえば停車駅が極端に少なく、優先的に運行させていることだけである。走行性能が特に高いわけではないのだが『あまり止まらず、通過待ちもない』ため、結果的に目的地に着くまでの時間が短いだけのことである。
 また客車定員数に対する大幅な需要過多が常態であることがいまだ解消されていないことから、ラールー・プラサード・ヤーダヴ鉄道大臣が発表した新年度鉄道予算の中に、急行列車の24両編成を標準化することがうたわれているのは、まさにこの輸送力不足に応えたものであるのだが、乗客の利便性という観点からも列車そのものを相当数増発しなくてはならないように思う。
 インドの鉄道チケット販売のオンライン化は進んだが、列車の運行についてはまだまだ昔ながらのマニュアル作業である。『西暦2000年問題』について議論されていたころ、世界各地で金融、運輸、通信その他の分野での混乱の可能性について取り沙汰されていた。 
 もちろんインドのメディアでも自国のさまざまな分野について検証されていたが、列車の往来については、ほぼすべてが現場の人々による手作業なので問題なしという扱いで、拍子抜けさせられたことを記憶している。
 それだけハードの部分での進化が遅れているのがインド国鉄の現状だ。鉄道史に残るような大事故が毎年のように起きていること、その原因が単純な人為的ミスであることが多いのはまさにその問題点をあぶり出しているかのようである。
 現象面だけ眺めているとかなりの速度で変わりつつある国鉄だが、本質的な部分であまり大きな進化は見られない。今後のインド国鉄の課題は本格的な長距離高速鉄道の導入と在来線の運行システムや車両の近代化と効率化および安全性の向上である。この153年の歴史を持つインド最大の『輸送会社』において、外界の急激な変化に比べて変化が遅々としているのは、政府の力を背景にした独占市場であるがゆえのことであろうか。何しろ本来の国家予算とは分離した『鉄道予算』を持つ特別な立場の国営企業である。
 旅客輸送手段として考えてみた場合、鉄道とバスのどちらかを選択できるとすれば、車両や道路の質から見ても特に長距離での移動において前者のほうがはるかに有利であるし、昨今路線拡大を続けているエアー・デカンやスパイス・ジェットといった格安フライトは、鉄道のACクラスを利用する人々をターゲットにしているものの、ネットワークがカバーする目的地の広がりはとうてい鉄道にかなうものではない。
 こうした具合に外圧が少ないことがインド国鉄の近代化を阻んでいるといえるかもしれない。現状のままで充分やっていけるからである。だからこそ『遅々として進む』という昔ながらのインド的速度(?)で進化を続けてきたのだろう。
しかし今後高速道路網の建設や各地で空港の増設が予定されていることから、旅客のみならず貨物輸送の面からも鉄道は大きなチャレンジを受けることになる。余力がある今だからこそできること、しなくてはならないことは沢山あると思う。あるいはインドのさまざまな分野で進んだ変化の波が、国鉄のありかたにもおよぶ日はそう遠くないかもしれない。

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