メディカル・ツーリズム 日本人も視野に

 インドはいまや、格安料金で先端医療を受けることができる人気の国。特に近隣国、中東方面から臓器移植などの大がかりな手術を目的に訪れる人は少なくない。
 昨年パキスタンとの陸路往来が再開されたとき、ラホール―デリー間の最初のバスに乗って両親と一緒にインドへやってきた少女ヌール・ファティマーは、デリーから飛行機でバンガロールへ飛び同市内で入院した。彼女の心臓手術は、印パ関係改善の象徴であったが、同時に医療分野におけるインドの優位性を内外にアピールしたともいえるだろう。
 この国にそうした先端医療がちゃんと存在することは間違いないが、だからといってこの国が「医療先進国」であるとは言えない。あくまでもポイントは「低コスト」であり、対費用の効果が大きいがゆえに注目されるのである。
 インドではひところ臓器売買が社会問題になった。(規制は強まったようだが、多分今でも…)
 倫理的な問題はあるが、切羽詰った患者にとっては貴重なチャンスである。費用さえ準備できれば、ドナーが比較的見つかりやすい現状は否定できない。
 インド政府観光局の日本語パンフレット(2004年9月発行)では、メディカル・ツーリズムに焦点を当て、新しいインドを紹介している。「バンガロール〜ガーデン・オブ・ライフ〜」というタイトルの小冊子には、同市内のマニパル・ホスピタルや、サーガル・アポロ・ホスピタルといった有名大病院の簡単な紹介と連絡先などが記載されている。いよいよジャパン・マネーがターゲットとなりつつあるようだ。
 近年のヒーリング・ブームで、アーユルヴェーダ体験ツアーの広告をよく見かけるようになったが、本格的な近代医療ツアーはまだ耳にしたことがない。だが、この調子だと近い将来、通訳つき医療ツアーも始まるかもしれない。
 多くの日本人にとって、いくら格安で先端医療を受けられたとしても、外国の病院ともなれば、言葉の問題もあり、お国事情もわからない。しかも大きな手術を受けるようなことになれば、なおさら不安は募る。直接コンタクトすることをためらうのが普通だろう。
 すでに政府関係機関がこんな冊子を準備している裏には、利にさといインドのツアーオペレーターたちが、自国の先端医療機関と手をむすび、着々とツアーの準備を進めているのかもしれない。
 普通の旅行と違い、まさに生命にかかわることだし、費用も観光の比ではない。こうした手配でトラブルが起きることのないよう、窓口機関などの整備をインド政府に期待したいところだが、ちょっと(かなり?)危険な匂いを感じるのは私だけだろうか。


 農村地域での医療事情に加え、地方の国立医科大学病院の状況などが、このところ「インディア・トゥデイ誌」に立て続けにリポートされている。こうした記事を読むまでもなく、ごく基礎的な医療にかかわる問題さえ、まだまだ山積しているのが実情だ。インド政府が自国民に対して保障しなくてはならない医療サービさえままならない現状で、この国に在住していない外国人のため、医療に力を入れるとはいかがなものか…と首を傾げたくなるものわかる。
 だが「メディカル・ツーリズム」とは、「福祉」ではなく民間主導による「産業」であり、究極の目的は医療というサービス業で、大きな売上げを得ることにあるとすれば、それもまたアリということだろう。
 考えてみれば、インドが力を入れている「観光の促進」だってそうだ。自国のつつましい庶民の多くは、国内各地へ足を伸ばしての物見遊山なんて考えられないだろう。TATA社製の自動車「インディカ」が欧州向けに輸出されていながらも、街中には筋張った細い背中をひきつらせ、サイクルリクシャーを引く男たちが山ほどいるのだ。医療だって同じようなことさ、と言われれば、黙ってうなずくしかないように思う。
 医療にも平均値のないこの国のあり方は、インドの社会の不平等さを象徴しているようにも思われる。それが同時に社会の懐の深さを作り出している…と無理やり結論づけてしまうつもりはない。ただ、急成長を続けているこの社会で、他の分野と同様に、医療の恩恵を受けることのできる裾野が少しずつ広がっていくことを願いたい。
 何はともあれ元気が一番だ。普段、忘れてしまいがちな健康のありがたさを、あらためてかみしめようと思う。
●参考
「バンガロール 〜ガーデン・オブ・ライフ」作成・発行
インド政府観光局東京事務所
東京都中央区銀座6-5-12アートマスターズ銀座ビル
TEL 03-3571-5196 / 97
e-mail: indtour@blue.ocn.ne.jp

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