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カテゴリー: news & media

  • インドにとってネパールは『第二のパーキスターン』となるのか?

    しばらく前から、北京に事務局を置く中国政府筋と関係の深い基金によるネパールのルンビニーにおける大規模な開発計画が各メディアによって取り上げられている。

    Nepal to build £1.9 billion ‘Buddhist Mecca’ (The Telegraph)

    China plans to help Nepal develop Buddha’s birthplace at Lumbini (Reuters)

    The Lumbini project: China’s $3bn for Buddhism (ALJAZEERA)

    このことについては、最近では朝日や読売といった日本のメディアによっても書かれており、記事を目にされた方は多いだろう。ちなみにその基金とは、亚太交流与合作基金会である。

    調達予定の資金額は何と30億ドルで、ネパールという国自体の年間の歳入の合計額に比肩するほどのものであるという。上記リンク先のロイターの記事によれば、計画には寺院の建築、道路や空港の建設、コンヴェンション・センター、仏教大学の設置等が含まれるとのことで、これが実行に移されることになれば、今は静かなルンビニーの町の様子が、近い将来には一変していることだろう。

    人類共通の遺産、とりわけアジアにおいて広く信仰されている仏教の聖地が整備されること、観光産業への依存度が高いネパールにおいて、観光資源が開発されること自体は大いに結構なことではあるものの、小国の年間歳入に匹敵するほどの資金を提供しようというプランの背後には、スポンサーである中国の国家的な戦略があることは無視できない。

    ちょうど昨年の今ごろ、ネパールは『中国の時代』を迎えるのか?』と題して、中国によるネパールへの積極的な進出について取り上げてみた。また一昨年には『ネパールにも鉄道の時代がやってくるのか?』として、中国の占領地チベット(中国は西蔵自治区を自称)からの鉄道の延伸計画等について触れてみたが、今度はインド国境から数キロという場所であることに加えて、ネパールでマデースィーと呼ばれる人たち、ネパール南部でインドの隣接する地域同様に、マイティリー、ボージプリー等を母語とする人々が暮らす地域に打って出た。

    インドにとっては国境すぐ向こうに『同族の人々』から成る『親中国の一大拠点』7が出来上がってしまうことを意味する。対外的には、特にインドにとっては大いに憂慮されるものであるが、ネパール政府にとっても、この計画は一方的に利を得るものとはならない可能性もある。

    同国で不利な状況下に置かれているマデースィーの人々の地域である。自治権拡大等を求めての活動が盛んで、中央政府に対する反感の強いマデースィーの人々のエリア。そこに外国による国家の歳入に比肩するほどの投資がなされるというのは尋常なことではない。

    現在までは、インドと中国を両天秤にかけて、うまく利益を引き出しているように見えるネパールだが、将来的には対インド関係においても、また内政面においても、同国が『パーキスターン化』するのではないか?と危惧するのは私だけではないだろう。決して好意的なものばかりではない様々な思いを抱きつつも、ときには関係が冷却したこともあるとはいえ、伝統的には特別な互恵関係にあった『身内』のインドとの対立と緊張、自国内でのさらに新たな摩擦と軋轢といった事柄が生じる可能性を秘めており、それらが現実のものとなる時期もそう遠い将来ではないような気がする。

    中国によるネパールへの数々の援助のオファーは純粋な善隣外交の意志からなされているものではなく、まさに自らの国益のためになされているということに対して大いに警戒するべきなのだが、目下、同国議会の第一党にあるのは、インドと一定の距離を置くいっぽう、中国寄りの姿勢を見せるネパール共産党毛沢東主義派である。

    以前、あるジャーナリストの方に話をうかがった際、手を替え品を替えといった具合に矢継ぎ早に繰り出す援助プロジェクト等のオファーにより、中国側に引き寄せられつつあるネパールのことについて、こんな風に表現されていたのを思い出す。

    『ネパールは、南側のインドという比較的ゆるやかな斜面と北側の中国という急峻な崖の間に位置する国。南側に転がれば怪我は軽いけど、北側の崖に転落したらどうなることか。けれども当人たちはそれがまだよくわかっていないようだ。』

    ネパールの空には、ネパール・インド双方に不幸を呼び込む暗雲が、北の方角からじわじわと押し寄せているように感じている。これが杞憂であればよいのだが・・・。

  • たかがトーピー、されどトーピー

    たかがトーピー、されどトーピー

    イマーム・シャーヒー・サイード(左)と声を交わすナレーンドラ・モーディー(中)

    先日、『アーグラーで爆発』の記事の後半部分で、爆発とはまったく無関係だが、グジャラート州首相のナレーンドラ・モーディーの誕生日に開かれた集会について触れた。その場には従来の取り巻き、関係者や支持者たち以外にも、ムスリムその他の様々なコミュニティを代表する面々も集まっており、ステージで彼に挨拶をする様子がテレビで流れていた。

    その中のひとりの聖職者イマーム・シャーヒー・サイードがモーディーにムスリムのトーピー(帽子、キャップ)を提供しようとして、彼に拒絶されるひとコマがメディアに取り上げられて波紋を呼んでいる。聖職者が右のポケットからトーピーを取り出すと、モーディーが慌てた様子で何か言い訳をしながら、これを拒む様子が繰り返し映し出されていた。トーピーを拒絶した直後、聖職者が差し出したショールのほうは受けている。その模様は以下の動画サイトで閲覧することができる。

    Narendra Modi refuses to wear Muslim skullcap during his fast (News24の映像  Youtube)

    ヒンドゥーであっても、政治スタンスが宗教的にニュートラルで、ムスリムの大きな票田を持つ政党の指導者たちは、ムスリム宗教界その他の要人たちと会見する際、親愛の情を込めてトーピーを提供されると、受けた側もそれに応えて被ってみせて親近感を演出するものだ。サマージワーディー・パーティーのムラーヤム・スィン・ヤーダヴ党首、ジャナタ・ダルのニティーシュ・クマール等々が、そうした格好で写っている写真をメディアでよく目にする。

    中央政界進出に意欲を見せており、具体的には近い将来インドの首相になることを視野に入れているとされるモーディーは、自信の61歳の誕生日の誕生日を機に、友愛と融和をテーマにした集会とそれに続き足かけ三日間の断食を実施し、2002年の暴動の際に裏で糸を引いていたと見る人たちもまだまだ多い、彼の負の側面を払拭して、ムスリムその他様々な宗教関係者たちも同席する中、セキュラーなイメージを演出しようとしていた。

    だが、モーディーのそうした動きについて、彼の信条の変化(?)を疑う向きの多いマスコミ関係者たちが、トーピーを拒絶する姿を見逃すはずはなかった。メンツを潰されたイマーム・シャーヒー・サイードからのコメントもすぐさまオンエアーされ、BJPと対立するコングレス陣営からは『減量のための断食だったね』といった揶揄も含めて、厳しい批判の声が上がった。

    たかがトーピー・・・と片付けてしまうのは簡単だが、受け容れたショールは誰もがまとうもの(いかにもイスラミックな柄であったが)であるのに対して、あのトーピーはそれ自体がイスラーム教徒を象徴するアイテムである。モーディー自身にとっては、彼をこれまで支えてきた、そして今後も支えて行くことであろうサフラン色のヒンドゥー極右勢力の反感を買うわけにはいかず、計算づくの行為であったはずだ。こうした場で、トーピーを提供する者が出てくるであろうことも充分予測していたことだろう。

    また、彼にトーピーを差し出してみて、それを被ってみても、あるいはこれを拒絶しても、それぞれ異なる立場の人々から批判の声が上がることは必至であるため、敢えてこれを一種の『踏絵』として仕込む陰謀が画策されていたのかもしれない、などと穿った見方もできるかもしれない。

    他の宗教関係者たちと合わせて、ムスリムの様々な代表者たちが集合している中、彼らの祝福や好意を受け入れて過去の確執や反感を水に流す(流してもらう?)姿勢を見せて、これまでの支持者たち以外からの歓心を買おうと試みると同時に、決して彼らに同調するわけではないというスタンスを従来からの確固たる支持層に対してアピールしてみせたことになる。

    現政権がそのまま任期を全うすれば、次回の中央政権の総選挙が実施されることになる2014年までまだ3年ほどある。現在野党として雌伏しているBJPが政権を再び奪取すると仮定すれば、まさに飛ぶ鳥を落とそうかという勢いがあり、地方政治で有能なステーツマンとしての実績とカリスマ性もあるモーディーという看板は魅力的で、現時点では近未来の首相の最有力に位置していることは間違いない。

    モーディーはともかく、1998年から2004年まで中央政権の座にあったBJP自体も、政権始動期に懸念されていたほど極端な方向にはあまり振れることなく、彼らを危惧する声とは裏腹に、意外なまでに穏当な『中道右派』といった様相で政権を運営していた。これはBJPを支えてきた、いわゆるサング・パリワール内での不興を買うことにもなったのだが。

    今後も機会あるごとに、モーディーはこれまで身に滲みついてきたサフラン色を薄めていこうと試みることだろう。そして2014年あるいは今の連立政権が中途で崩壊するようなことがあれば、それよりも早い時期に『第14代インド首相ナレーンドラ・モーディー』が誕生する日が来るかもしれない。だが彼にとって、ムスリムの人々の前で得意げに彼らのトーピーを被ってみせるのは、自身がインドの首相になることよりも難しいように思われる。

    サフラン色の中に緑色(ムスリム)を取り込んでいくのは容易ではない。グジャラートの2002年の大暴動での痛手の記憶はまだまだ風化しておらず、BJPはもとよりモーディーという人物に対する後者の警戒心を解くにはまだ至らないだろう。また前者サフラン勢力の中では後者へのリップサービスに対する反感もある。

    モーディー自身は、このふたつの色を混ぜ合わせて、どんな絵を描いていくことを意図しているのだろうか。極右のイメージと2002年の大暴動への関与に対する疑惑を除けば、金銭面では清廉で有能な為政者であることは、すでに州政治において実証済みだ。経済面での行政手腕については、大いに魅力的で将来性が非常に高い人物であるだけに、その腹の底で何を企図しているのか不安にもなるのは、ムスリムだけではなく、従前から彼を支持してきた層も同様だろう。

    インドの近未来を左右するであろう人物のひとりであるだけに、今後とも彼の動きから目が離せない。

  • 震源地スィッキム M6.8の地震

    ニュース番組आज तक (Aaj Tak)を見ていたら、突然地震の知らせが入ってきたので書いている次第である。地震の発生は午後6時11分、マグニチュード6.8、震源地はスィッキム州都ガントークからおよそ64kmのネパール国境地帯、震源の深さは約10kmと伝えられている。

    ビハール、西ベンガル、アッサムといった周辺州はもちろんのこと、チャッティースガル、U.P.、デリー、ラージャスターン東部でも揺れが観測されるなど、かなり広範囲に及んでいる。現時点ではアッサムの一部で建物にひびが入った程度の被害が伝えられているものの、負傷者等の情報はない。

    コールカーター、パトナーその他で、リポーターによる街の人々にインタヴューの様子がオンエアーされており、突然の揺れでとても驚いたことを各々が語っているが、彼らの話の内容からしても、このあたりではそう大きな被害が出るようなものではなかったことと思う。

    だが肝心の震源地域、スィッキムとネパール東端に及ぶ震源地周辺については、今のところ何の知らせも入っていないようだ。山間の地域ということもあり、どういう状況になっているのか懸念されるところだ。

    スィッキムへの電話が通じなくなっている(回線が停止しているのか、安否確認等の電話が殺到してパンクしているのかは不明)しているとのことだが、いくつかの大きな建物にもたらされた被害についての知らせも、おそらく非公式なルートから入ってきているようだ。州都ガントーク在住のベンガル人知人がいるので、気になって電話してみたが、携帯もランドラインも案の定通じなかった。目下、彼の無事を祈るしかない。

    今後、地震の続報に留意したい。

  • アーグラーで爆発

    9月7日に起きたデリー高等裁判所での爆弾テロの記憶も新しい中、昨日9月17日夕方にアーグラーのジャイ・ホスピタルのレセプション付近で爆発が起き、15名が負傷、うち3名が重体と伝えられている。

    現在までのところ犯行声明等は出ていない。また爆発物や犯行手段が特定されていないためテロと断定されてはいないものの、状況に鑑みて事故ではなく事件としての捜査が続いている。

    Agra blast: City had specific intelligence alert (Rediff.com)

    元々、地域の社会構成等から『センシティヴなエリア』でもあり、20日ほど前から治安当局が警戒していたということではあるが、テロに関わる可能性がある小さなグループが点在しており、そこに出入りする者たちが爆発物を製造していた可能性がある・・・等の噂ともつかない情報と合わせて錯綜している。

    爆発の規模は小さく、混雑したバーザールで起きたわけでもないため、被害の規模は決して大きなものではなかったが、こうした事件が起きるごとに「また彼らが・・・」「たぶんあの人たちが・・・」といった具合に、決して事件には関係のない特定のコミュニティに対する不信感、猜疑心は深まっていくことは否定できない。

    日本の主要メディアでも報じられたアンナー・ハザーレーの汚職運動と合わせて、国民会議派を中心とする連立政権にとって不利な状況が続いている。ローク・サバー選挙で2度の敗北、サング・パリワール内での不協和音、BJP党内でのパワーゲーム等の関係もあり、しばらく雌伏を余儀なくされているサフラン勢力が、力を盛り返しつつある様子もうかがえる。こうした中で、ひとつひとつの出来事の積み重ねが近い将来の政局に与える影響は決して小さくないだろう。

    同じ9月17日に、グジャラート州首相のナレーンドラ・モーディーは61歳の誕生日を迎えている。彼の就任前、2001年1月にカッチ地方を襲った大地震からの復興、グジャラートの高い経済成長等、彼の行政手腕は高い評価を得て再選され在任2期目にある。

    彼は、極右的なスタンスの政治家の中で最も人気の高い人物のひとりである。彼の州首相就任後間もない2002年にアヨーディヤーからサバルマティ・エクスプレスで帰還途中のヒンドゥー右翼活動家たちが大勢乗り合わせていた車両が州内のゴードラー駅に停止していたとき、地元のガーンチーと呼ばれるコミュニティのムスリムたちが襲撃し、車両に火を放ったことに端を発したグジャラートの大暴動を抑えることができなかったばかりか、これを陰で大いに煽っていたと信じている人々は今も多い。

    この暴動の際、地元選出の元国会議員でムスリムのエヘサーン・ジャフリーも命を落としている。グジャラート州の国民会議派組織の重鎮であった人物であるのにもかかわらず、本人の度々の要請にもかかわらず警察が動かず、自宅に押し寄せた暴徒に殺害されることとなった。

    余談になるが、ゴードラー駅での列車襲撃事件の際、乗り合わせたほとんどの人たちが亡くなったのは、国鉄の客車車両前後のドア以外からは出入りすることのできない構造が原因であったため、その後はノンACクラス、ACクラスともに車両真ん中の窓からは緊急時に脱出できる造りに改められることとなった。

    グジャラートの大暴動から10年近い歳月が経過し、昨日彼の61歳の誕生日に合わせて開かれた政治集会では、インドのニュース番組でも取り上げられていた。同州の複数のムスリムコミュニテイの代表たちも招待され、ステージでナレーンドラ・モーディーの誕生日を祝福するシーンもあり、彼らとの融和を演出する試みがなされていた。 加えて、彼は昨日から『人々の友愛と融和のため』と称して3日間の断食を実行中である。

    グジャラート州での行政手腕の実績を背景に、上げ潮の勢いのナレーンドラ・モーディーは、イメージチェンジを図るとともに、国政への進出に意欲を見せており、グジャラート州外でも将来のインド首相として期待する層も多い。このところ相次ぐテロと合わせて、何か不安なものを感じずにはいられない9月17日であった。

  • ラージ・タークレー ヒンディーで答える2

    さて、ラージ・タークレーはシヴ・セーナーから飛び出した後も、バール・タークレーに対する敬慕の念を表明しており、自分こそが彼の思想の正当な後継者であると主張していることからも明らかであるように、MNSの政党としてのスタンスはシヴ・セーナーと根本的には大差ないし、支持層の厚い地域もムンバイー市内及び沿岸部という点で共通している。

    違いといえば、党としての規模が小さいことと、それなりに歴史のある『本家』シヴ・セーナーに比べて、幹部や支持者は若年層が多いこと、そして地域主義に加えて『サフラン色』のイメージが濃いシヴ・セーナーに比べるとかなり宗教色が薄いことだ。地元のマラーティーを母語にするムスリムコミュニティの一部からの支持も取り付けていることは特筆すべきだろう。今のところは、マハーラーシュトラ州外に影響力を及ぼすという野心は希薄であるようだ。ゆえに地元『マラーティー主義』に全力を注ぐことができるという強みはある。

    昔は風刺漫画家としても知られていた叔父のバール・タークレー同様、ラージ・タークレー本人も画才には自信があるようで、MNSのウェブサイトで彼の作品を閲覧することができる。

    話は冒頭に戻る。昨日取り上げてみたラージ・タークレーのインタヴューである。

    मोदी के गढ़ में हिंदी भाषी बने राज ठाकरे (AAJTAK)

    彼は、メディアの取材にはたいていマラーティーのみで応じることで知られているだが、8月上旬にグジャラート訪問の際にヒンディーによるかなり長いインタヴューに答えた模様がニュースで流れていた。

    「ラージ・タークレーがヒンディーによる取材に応じています」とリポーターが喋り、彼は最初少々はにかみながらテレビカメラの前に姿を現す。

    彼は、ヒンディーという言葉に対する敵愾心はない。マラーティーを母語とする地元ではマラーティーを使うべきだ。私はグジャラートに来ているが、グジャラーティーは出来ないのでヒンディーを使うことにしているetc.といった具合に、ヒンディーで応じている理由に触れた後、州都ムンバイーを初めとするマハーラーシュトラ各地に労働者たちを送り込んでいる北部州に対する批判を展開している。

    リポーターが「ムンバイーの経済を支えているのは北部の労働者たちではないですか?」と水を向けると『彼らが大挙してやってくるのは、彼らの州に仕事がないからだ。州の経済がまるでなっていないからだ』と応じ、彼らの流入が地元の雇用に悪影響を与えているという従来からの主張に繋がっていく。

    インタヴューの中で、ラージ・タークレーが『ヒンディーは美しい言葉だ』と持ち上げたことを除けば、MNSの従来からの主義主張に照らして目新しいものは特になかったが、それでも『ヒンディーでインタヴューに応じた』こと自体が、地元のマハーラーシュトラではちょっとした波紋を投げかけることになったようだ。 先述のリンク先の放送局以外のメディアに対しても同様にヒンディーで質疑に応じている。

    その結果、ライヴァル関係にあるシヴ・セーナーには『我が党が真のマラーティー主義擁護者である』というアピールをさせる機会を作ってしまった。ラージ・タークレーがヒンディーでメディアのインタヴューに応じたのは、決してこれが初めてではないのだが、比較的最近、州政府の要職に就いた人物が就任式にてヒンディーで宣誓を行なったことに対する激しい批判を行なったこともあり、ちょっとタイミングが悪かったのかもしれない。

    ともあれ、彼がメディアに対して『ヒンディーで答える』こと自体が一種のサプライズであり、他方ではスキャンダルにもなり得るというのが彼の立場である。

    彼自身にとっては、こうした形で必要に応じて、マラーティーを理解しない他州の大衆に対してヒンディーによるMNSの主張を発信していくことは、長期的には決して損なことではないだろう。

    マハーラーシュトラの暴れん坊、ラージ・タークレーは、中央政界に強いインパクトを与えることができるような人物ではないし、地元マハーラーシュトラにおいても今後檜舞台に躍り出る政治家であるとも思えないのだが、これまで同様に決して無視することのできない一定の影響力を行使していくはずだ。たとえ本家シヴ・セーナーと決別しても、根強い支持層を持つマラーティー主義を掲げた極右政党の親分である。

    こうした空気の中、昨年1月に『ムンバイー タクシー業界仰天』と題して取り上げてみたように、デモクラティック・フロント(コングレスおよび1999年にコングレスから枝分かれしたナショナリスト・コングレス)政権下のマハーラーシュトラで、タクシーの営業許可に対する条件として『マハーラーシュトラに15年以上居住』『マラーティーの会話と読み書き』などという、シヴ・セーナー/MNSばりのマラーティー優遇策を打ち出したりするようなことが起きる。

    Maharashtra Govt. makes Marathi mandatory to get taxi permits (NEWSTRACK india)

    現在のマハーラーシュトラ州政界は、コングレス+ナショナリスト・コングレスとこれに対抗するシヴ・セーナー+BJPの対立軸で展開しているため、中道の政権にあってもちょっと右寄りのポーズを取る場合もあるのは仕方ない。

    マハーラーシュトラ州政治のメインストリームの中で、本家シヴ・セーナーに対するMNSの居場所はないのかといえば、そうともいえない。上記の二大勢力の次に左翼とダリット勢力があるが、MNSは単独でそれに次ぐ位置にあるからだ。今後の風向き次第では、上位ふたつのどちらかと協調することも考えられる。

    グローバル化が進展していく中でそれに対する地域民族主義が今後どうやってこれに抗っていくのか、どのように折り合いを付けていくのかという点から、とても興味深いものを感じている。

    今後も事あるごとに注目していきたい政治家の一人である。

    <完>

  • ラージ・タークレー ヒンディーで答える1

    ラージ・タークレー ヒンディーで答える1

    デリーのラームリーラー・マイダーンにおいて、社会活動家アンナー・ハザーレーの断食が11日目に入っている。ジャンロークパール法案をめぐる一連の動きが予断を許さない状況になっている中、インド政治がらみながらもこれとは全く関係の無い事柄について触れるのはいささか気が引けるのだが、こちらも個人的にとても気になる人物である。

    ナレーンドラ・モーディーの招きでグジャラート訪問した際のラージ・タークレー

    今月初めのことであったが、マハーラーシュトラ州のMNS (マハーラーシュトラ・ナウニルマーン・セーナー)の党首、ラージ・タークレーがグジャラート州首相のナレーンドラ・モーディーの招きにより9日間グジャラート州を訪れた際、メディアの取材に応じているが、その中でヒンディーによるインタヴューが放送されたこと自体が話題になっていた。

    मोदी के गढ़ में हिंदी भाषी बने राज ठाकरे (AAJTAK)

    元々、彼は極端な地元のマラーティー主義と、州外からやってきて就労する人たち、とりわけ北インドのヒンディー・ベルト地帯から来た人たちに対する排斥を主張し、暴力的な示威行動等も辞さない政党、シヴ・セーナーの幹部で、党創設者であるバール・タークレーの甥であり、バール・タークレーの息子で現在は党を率いているウッダヴ・タークレーのいとこである。シヴ・セーナーの中核にあった人物だ。

    しかしバール・タークレーの高齢化とそれに伴う健康不安から、指導部の世代交代が行なわれる中での党内のお家騒動の中で、一時期州与党にあった時期にマハーラーシュトラ州首相まで務めたことがある大物ナーラーヤン・ラーネーが党を追われて国民会議派に加わるというサプライズな出来事があったが、その年末にはウッダヴ・タークレーとほぼ同格の立場にあったラージ・タークレー自身が同党と袂を分かつという大きな出来事があった。

    翌年3月にラージ・タークレーは、シヴ・セーナー時代の取り巻きを引き連れて現在のMNSを結党している。党がシヴ・セーナーとその分家に当たるMNSに分かれたことにより、相対的にシヴ・セーナーの社会的影響力が減じることに繋がったようだ。

    2003年7月下旬にムンバイー市内で起きた市バスの爆破テロに抗議して実施したムンバイー・バンドの際にはちょうどムンバイーに居合わせて、彼らの実行力(強制力)の凄まじさに驚かされたものだ。その模様については以下をご参照願いたい。

    MUMBAI BANDH !! 大都会ムンバイーがフリーズした日 1

    MUMBAI BANDH !! 大都会ムンバイーがフリーズした日 2

    MUMBAI BANDH !! 大都会ムンバイーがフリーズした日 3

    だがその3年後、2006年7月にムンバイーでシヴ・セーナーが再度試みたバンドは失敗に終わったのは、党が割れたことによる弱体化の表れだろう。その後彼らの地元であるインド最大の商都で、こうした規模のバンドは実行されていない。

    ただし地域主義とともに反共産主義(地元ムンバイーの財界の支援を受けて、60年代後半から70年代にかけて共産党勢力と激しく対立し、共産党傘下の労働運動の影響力を弱体化させた経緯がある)を掲げて1966年に発足したシヴ・セーナーは、時代が下るとともに、マハーラーシュトラ州という地域を越えて大衆にアピールできるヒンドゥー至上主義に傾向してきた経緯がある。

    シヴ・セーナーのシンボルマーク 咆哮するトラ

    中央政界やいくつかの他州の議会にも議席を持ち、国内各地に咆哮するトラのシンボルマークを掲げた支部が存在する。国外においても、彼らの支部というわけではないが、1999年にネパール・シヴ・セーナーという友党が発足している。

    そんなことから、ときに彼らの地元のマハーラーシュトラ州の外で徹底したバンドを決行することもある。2006年7月下旬にはウッタラーカンドの州都デヘラドゥーンでもシヴ・セーナーによる『ラージダーニー・バンド』が決行された。

    事の良し悪しはさておき、デヘラドゥーンの街の規模はムンバイーとは比較にならないほど小さいとはいえ、彼らのホームグラウンドから遠く離れたところにありながらも、見事な(・・・という言葉は適切ではないものの、パーフェクトなバンドであった)統率力で州都の機能を丸一日停止させていた。この日もたまたまその場に居合わせたため、『達人たちのバンド1』及び『達人たちのバンド2』と題した記事をアップしたことがある。

    <続く>

  • 美しすぎる大臣の訪印

    美しすぎる大臣の訪印

    7/27にインドのクリシュナ外相と会談したパーキスターン外相ヒナー・ラッバーニー・カル氏

    今年2月に『美しすぎる大臣?』として取り上げたヒナー・ラッバーニー・カル氏。ちょうどその時に同国の内閣改造時にパーキスターンの外務副大臣に相当する職に抜擢されており、ひょっとしたら将来大化けするかも?と思ったのだが、意外にもその日は早くやってきた。

    しばらく空席になっていた外務大臣の職に任命されたのが7月19日。翌日20日には就任の宣誓を行なっている。同国初の女性の外務大臣であるとともに、34歳と最年少での就任だ。パーキスターンのリベラルな顔として、今後しばらく目にする機会が多いことだろう。

    就任直後に彼女はPTVの独占インタヴューに応じている。華やかな見た目に似合わず、落ち着いた低い声と自身に満ちた口調でシャープに応対している。演説もかなり上手いのではないかと思われる。

    PPP Hina Rabbani Khar Sworn In As Foreign Minister

    7月27日にデリーに到着し、45歳年上のインドのS.M.クリシュナ外相と会談。その後マンモーハン・スィン首相、ソーニアー・ガーンディー国民会議派総裁、BJPの重鎮L.K.アードヴァーニー、スシマー・スワラージ等とも会談している。

    また在デリーのパーキスターン・ハイコミッション(大使館に相当)では、インドのカシミール地方で分離活動をしている指導者たちとも面会をしている。

    今回のパーキスターン外相のインド訪問において、特に大きな成果があったわけではなく、かといって何か深刻な摩擦が発生したということもない。両国側とも粛々と日程をこなして、7月29日にはパーキスターンの指導者が訪印する際のお決まりのコースのひとつになっているアジメールのダルガーに参詣した後にパーキスターンに帰国している。

    インドのメディアでは、印パ外相会談について、あるいはインドの他の指導者等との会談についての報道はもとより、スタイリッシュで若くて美しく、身分の高いパーキスターン人としてセレブ的な扱いもしていたのがとりわけ新鮮であった。日刊紙を複数購入して関係記事目にしてみると、彼女の『美』に関するものがずいぶん多い。インターネット上にもそうした調子の記事等がいくつも出ている。ヒナー・ラッバーニー・カル氏には、『重厚なオジサン政治家』にはあり得ない、グラビア的な輝きとヴィジュアルな魅力がある。

    Hina Rabbani Khar’s date with India (NDTV Photos)

    彼女のファッションについての話題も沢山見受けられた。日刊紙上では、イギリスのケンブリッジ公爵夫人キャサリン(ウィリアム王子夫人)よりもセンスが上、などと書いている記事も見かけた。

    Hina Rabbani Khar fashion statement

    Meet Pak’s youngest and stylist foreign minister, Hina Rabbani Khar

    年齢的にも閣僚クラスとしては異例の抜擢であり、インド側としても彼女が突然、今年2月にパーキスターンの外務副大臣相当職にされてからようやく、『ヒナーってどんな人?』と云々されるようになった。これまで全くノーマークの人物である。

    これまでにない若い世代の大臣であることによるしがらみの無さ、類まれな美貌とファッションセンスと相まって、インドでは好意的に迎えられるとともに、隣国との間の友好的なムードを醸し出す効果があったといえるだろう。

    だが、出自が大地主層にして政治エリート家族の一員ということはあるものの、パーキスターン政界という、極めてマスキュリンな社会の中で若くしてめきめきと頭角を現してきたヒナー・ラッバーニー・カル氏は、ただのセレブではないし、無垢なお嬢様でもなければ、世間知らずのお姫様でもない。自分の父親かそれ以上の年齢の大物たちを相手に堂々と渡り合うことができる女傑なのだから、とりわけインドのメディアは鼻の下を伸ばしている場合ではない。

    彼女の姿に、故ベーナズィール・ブットー氏の面影が見える気がするのは私だけではないだろう。今後の大きなポテンシャルを感じる。

  • 実は押収されていた!? クリケットW杯トロフィー

    クリケットのワールドカップにて、準々決勝で強敵オーストラリアを倒し、準決勝ではライバルのパーキスターンに勝って波に乗るインド代表チームは、4月2日にムンバイーで開催された決勝戦では見事スリランカを下して優勝を飾って国民を歓喜させたが、彼らが手にした優勝トロフィーの背後には、ちょっとビックリの珍事があったようだ。
     
    インドの税関、クリケットW杯トロフィーを押収 (AFP BB News)

    なんと当のトロフィーがムンバイーの税関に押収されており、決勝戦のスタジアムでインド代表が抱え上げたものはオリジナルではなかったとのことだ。
     
    サッカーのW杯でもそうだが、盗難や紛失などといった不測の事態に備えて、本物と寸分違わないレプリカが用意されているという話は耳にしたことがある。今回は税関という想定外の敵が現れたものの、あらかじめ用意しておいた非常手段により、優秀チームに手渡すトロフィーがないという最悪の事態を逃れることができた。
     
    記事はインド税関職員たちの腐敗行為に触れているが、もちろん主催者側の落ち度がなかったわけではないだろう。時価13万ドルという非常に高額な品物の通関の際の法規上の手続きや規定等に関する調査や準備を怠っていたことの証であるため、脇の甘さを指摘されるべき部分もあろう。
     
    ともあれインド代表チームの活躍を称えたい。そして大会を支えてきた主催者側の方々についても、インド・バーングラーデーシュ・スリランカの3か国での調整等もさぞ大変であったことと思う。『お疲れ様でした!』とその労苦をねぎらいたい気持ちである。

  • 地震・津波そして原発 1

    地震・津波そして原発 1

    このたびの地震による災害により亡くなられた方々にお悔やみ申し上げるとともに、被害に遭われた方々の一日も早い回復と被災地の復興を切に願いたい。 

    未曾有の災害を引き起こした巨大地震、震源地は東北地方の沖合であったことから、言うまでもなく地震そのものによる建物の倒壊等の被害はさほどでもなかったようだが、その後この地域の太平洋沿岸を襲った大津波が主たる原因である。もちろんそれを引き起こしたのが、複数の震源地が連動する形で起きた巨大地震だ。 

    地震発生当初は、電話等の通信手段の途絶、交通の遮断等により、被災地の様子がよくわからなかったものの、やがて現地から刻々と伝えられる情報から、地震大国日本であってもこれまで経験したことのない規模の災害であることがわかってくるまで時間はかからなかった。 

    被災前の福島第一原子力発電所

    そのあたりまでは被災地の状況、被害者の現況等々に集中的にスポットが当たっていたのだが、まもなく福島県の原子力発電所が危機的状況であることが明らかになるにつれ、こちらに軸足を移した報道が多くなってきた。 

    やや押さえたトーンで伝えていた日本国内のメディアと違い、とりわけ日本国外のメディアの中でとりわけ影響力の大きなものが率直な意見を述べると、原発事故関係の報道は一気に加熱した。 

    日本語による報道でも『東日本大震災』であったり『東北・関東大震災」であったりと一定していないが、海外への伝わり方は報道や単なる伝聞を含めてさらに混乱している模様。メディアといっても、その質や信頼性は様々であるため、流言蜚語の類も少なからず見られた。インターネットの掲示板等による伝聞ともなるとなおさらのことだ。とりわけ地震発生直後、そして原発の異常が伝えられた直後には、ずいぶん飛躍した噂の類が広く流布したケースもあったようだ。 

    そんなわけで、ある国々では日本の東北地方太平洋沿岸で起きた地震と津波の災害について『東京に大津波来襲、市街地大半壊滅状態』とか、原子力発電所の建屋の中で水素爆発が起きたことについて、日本国外では『自衛隊基地に格納されていた水素爆弾の破裂により大惨事』といった、事実と異なる認識をした人も少なくないことに気がついた。その後、様々なソースから現状が伝えられることにより、そうした明らかに誤りである伝聞を信じている人はほとんどいなくなっているはずだが。 

    確かに地震の規模や津波被害、そして大地震が連鎖するかのように長野県、静岡県で異なる震源による大きな揺れを記録するなど不穏な状況にあるが、それよりもかなり高いレベルの放射能漏出と、立て続けにあまりにも多くの不安材料が表出したことが重く受け止められているようだ。これに対する各国の対応、在日外国人たちの反応も素早かった。

    在京のドイツ大使館が機能の大半を大阪・神戸の領事館に一時的に移転させたように、西日本の都市に大使館業務を『疎開』させた国はすでにいくつもある。また在日の自国民に退去勧告を出したり、帰国のためのチャーター便を用意したりした国も多い。アラブ首長国連邦、サウジアラビア、タイ等から政府派遣留学生として日本に来ている学生たちにも早々に帰国指示が出て、多くはすでに自国に戻っている。 

    外資系企業では、社員を国外や西日本方面に退避させたり、自宅勤務させたりしているところもかなり出てきている。また日本に出稼ぎに来ている外国人たちについても、相当数が急いで出国したり、今後速やかに帰国することを予定したりしているようだ。そうした人々の多くは、チケット代金に糸目を付けず、席が確保できるならば何でもと買い求めるケースも少なくないと伝えられることから、彼らの緊張感がうかがわれる。 

    もちろん放射能漏れに対する認識や考え方による相違はある。だが一昨年の新型インフルエンザ流行初期における日本国内の激しい動揺ぶりを思い起こせば、もし同様の事故が他国で起きたとすれば、日本政府はその土地に在留する邦人たちに対する『速やかな国外退去』へと動くことは間違いない。ただ今回はその事故が日本国内で起きた。それがゆえに逃げようにも行く先がないため、抑制した反応をするしかないというのが正直なところだろう。 

    これまで『安全である』とされてきた日本。国土や周辺地域に多数の活断層を抱える地震の巣のような面があるため、ときおり大きな地震が発生して局地的に相当規模の被害を出すことは珍しくなかった。それでも今回のように外国人住民たちが大挙して国外へ脱出するような『危険な状態』と認識されるようなことが起きるなどとは、想像しがたいものであった。

    現在、様々な国々で日本から輸出される食品について、放射能汚染の検査が実施されるようになっている。

    Radiation checks stepped up on Japanese food imports (asahi.com) 

    同様に日本から到着する旅客についても同様にチェックがなされるようになっているところが多い。そうした中でやはり検出される放射線レベルが高い乗客が見つかっている。 

    Radiation trace found on Japan air passengers to S.Korea (REUTERS) 

    Tokyo passengers trigger off radiation detectors at Chicago airport (YAHOO ! NEWS)

    今のところ公衆衛生に支障を来たすような数値が検出された乗客の存在は認められていないものの、そうしたケースが生じた場合にどういう対応がなされるのかはよくわからない。 

    インドでもすでにデリーならびにチェンナイの国際空港にて、日本からの乗客や荷物に対する放射線のモニターが開始されている。 

    Radiation counter opens at airport but yet to hear a bleep (THE TIMES OF INDIA) 

    そうした中、ムンバイーの国際空港はこれに関する対応が遅れていることを憂慮する記事もあった。

    Is city exposed to radiation? (MID DAY) 

    被爆した人物と接触することにより、どれほどの影響があるのかはよくわからないが、人の行き来はさておき、今後は世界各地で日本製品・産品に対する買い控え等の影響が出ることは想像に難くない。 また日本から帰国したインド人の談話を掲載したメディアもある。

    Nightmare in Tokyo: Indians tell tales of horror (Hindustan Times) 

    またフェイスブック等でも、このたびの一連の騒動の中で帰国あるいは第三国へに出た人たちによるコメント等が書き込まれているのを目にすることができる。

    今回の一連の騒動を受けて、各国で原子力発電事業そのものを見直そうという動きさえ出ている。インドでも同様の懸念の声が一部から上がっている。 

    Japan nuclear meltdown raises concerns in India (ZEE NEWS)

    原子力発電所における地震や津波による被災と同様に懸念されるのは、テロあるいは他国による攻撃といった人為的なファクターだろう。たとえそれにより最悪の事態を引き起こすことがなくても、その国のイメージを著しく損ない、大きな社会不安を引き起こす。 

    2001年にアメリカで起きた同時多発テロでの標的がツインタワーやペンタゴンではなく、原子力発電所であったとすれば、また違った次元の恐怖を引き起こすことになったはずだ。

    <続く>

    ※サートパダー2は後日掲載します。

  • キングコブラの生態

    キングコブラの生態

    先日、インドで放送されているナショナル・ジオグラフィック・チャンネルにて、キングコブラを取り上げた番組を見た。

    体長最大5.5mにもなる大型種であるとともに、象をも倒すといわれる最強の毒蛇であり、30年も生きる長寿のヘビでもある。南アジア、東南アジアそして中国南部あたりにまで広く棲息しているが、最も棲息数が集中していると言われるのがインド南西部の西ガーツ山脈。風光明媚で降雨や多様な植生に恵まれた土地だが、同時にヘビの仲間たちにとっても好ましい環境であるらしい。

    番組の前半部で、そうした地域のある民家にキングコブラが侵入し、一家が大慌てで逃げ出すところからストーリーが展開していく。家の人はキングコブラの保護と生態の研究をしているARRS (アグンベー・レインフォレスト・リサーチ・ステーション)に電話で連絡して、これを捕獲しに来てもらう。

    この組織については、この団体のウェブサイトがあるのでご参照願いたい。

    ARRS (Agumbe Rainforest Reserch Station)
    上記のウェブサイト上で、ARRS NEWSKing Cobra ArticlesKing Cobra diariesといった項目にて、彼らの活動やその日常等を世間に広く発信している。またQuestion & Answersでは、キングコブラ飼育者(主に動物園か?)その他からの質問に対して回答している。

    この番組では、ARRSが世界で初めてキングコブラに電波発信器を取り付けて追跡することに成功したことを取り上げている。捕獲したオスとメスにそれぞれ麻酔をかけて電波を発信する装置を埋め込む手術を施した後にこれを再び野山に放す。これらの動きを追うことにより、これまであまりよくわかっていなかったキングコブラの生態を調査しようという試みである。

    加えて人里近いところに棲み着いていたコブラを人間の生活圏から離れた場所に放した場合、果たして新しい環境に居つくのか、それとも元々居た場所に戻ってしまうかについて知るという目的もあるとのことだ。つまり捕獲してから、住民に害を及ぼさない場所に移すというリロケーション行為自体が意味のないこととなる可能性もあるらしい。

    そう懸念されるにはもっともな理由があるようだ。人口の増加に伴って人々の生活圏が広がるに従い、水田等の耕作地も増える。するとその地域では人々が生産する穀物を求めて集まり繁殖するネズミが増える。ネズミを主な獲物とするラットスネークという無毒のヘビもそのエリアで数を増やすことにつながる。だが体長が最大2.5mにもなるラットスネークの天敵はキングコブラであるとのこと。前者は後者の好物であるのだ。

    キングコブラの体内に埋め込んだ発信器は2年間に渡って、その個体がいる場所を発信するとともに体温の情報も伝える機能を持っているが、電波は自体微小なものであるようだ。そのためアンテナを持ったボランティアたちがジャングル内を徒歩で分け入り、ヘビから発信されるシグナルを拾い続ける様子も取り上げられている。ひとたびシグナルが途切れて追跡を継続できなくなってしまうと、その時点でプロジェクトが失敗となってしまうのだ。

    映像で眺めても、キングコブラの存在感には圧倒的なものがある。サイズはもとより、鎌首を持ち上げたときのおどろおどろしい姿、他のヘビも捕獲して食べてしまう獰猛さ、加えて水場での泳ぎの巧みさにも驚かされる。水上をしなやかに滑るようにして高速で進んでいく。

    この猛毒ヘビの移動範囲は非常に広く、それはまさに懸念されたとおりであったそうだ。とりわけオスのほうは7か月で75キロも移動していたというから驚きだ。つまり捕獲したキングコブラのリロケーションにはあまり意味がなかったということになる。

    繁殖期のキングコブラの求愛行為、交尾等も取り上げられている。そしてオスが他のオスに縄張りを奪われて追放されるという出来事が続くのだが、すでに体内に卵を宿しており、新たにやってきたオスにとって思い通りにならないメスがこれに噛まれて死ぬという凄惨な映像もあった。

    一般的にコブラは他のヘビや同種のコブラの毒に対する耐性があると考えられているようだが、オスは相手を執拗に噛んで大量の毒を注入(キングコブラは相手に与える毒の量を自身で調節できる)させていた。死んだメスはARRSで解剖され、17個の卵を持っていたことが確認されたという。

    他のキングコブラのメスによる巣作りの様子も取り上げられていた。表面がクシャッとした感じの卵が孵化して出てくる小さなヘビたちの姿が映し出される。赤ちゃんということもあってか、生まれたての顔はなかなか可愛かったりする。だがすでにこの時点で非常に強い毒を持っているのだという。

    それでも身体が小さいうちは、肉食の鳥類や他のヘビ類の餌食となってしまうか餌をうまく捕食できずに死んでしまうため、無事に成長して大人になることができる個体はごく一部だそうだ。

    とても興味深い番組であったのでindo.toで取り上げてみたいと思ったが、その番組をフルに見られる動画がネット上に存在しないと話にならない。そこでYoutubeで探してみると、まさにその動画がアップロードされていた。

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 1

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 2

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 3

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 4

    この番組はすでにインドの他のチャンネルでも放送されているようで、News 9 TVによる同じ映像もあった。こちらは英語版である。

    THE KING OF KARNATAKA 1

    THE KING OF KARNATAKA 2

    THE KING OF KARNATAKA 3

    上記のリンク先に限ったことではないが、ウェブ上に出回るこうしたテレビ番組からの動画は往々にして著作権上の問題をはらんでいるものだが、同時にそれを目にする機会を逃してしまった人たちや放送される地域外の人々に貴重な『知る機会』を与えるものである。エンターテインメントを除いたこうした『堅い』内容のプログラムについては、二次利用できるようにより社会に還元される部分も大きいのではないかと思う。

    蛇足ながらコブラ関係でこんな動画もあった。

    Leopard Cub Vs King Cobra

    やんちゃな幼い豹がキングコブラをからかう様子だが、このヘビの怖さを知らないので無邪気なものだが、画面で見ているこちらはハラハラさせられてしまう。

    ※プリー 4は後日掲載します。

  • 休業補償

     今月19日からクリケットのワールドカップが開催される。

    ICC Cricket World Cup 2011 

    前回2007年はカリブ海の8ケ国による開催であったが、今回はインド・スリランカ・バーングラーデーシュの三国での共同開催となる。 

    サッカーの場合は、2002年の日韓共同開催の後にも先にも同時に複数の国がホストとなっての開催はないが、クリケットの場合は1987年の印・パ共同開催にはじまり、以降7回の大会すべてが隣接する国々による共同開催となっている。

    そうした大きなスポーツの大会の際、行政にとって一番の問題となるのは治安維持に加えて、開催地周辺での風紀の維持ということになるだろう。 

    今回のクリケットのワールドカップのホスト国のひとつ、バーングラーデーシュにかかわる以下のようなニュースが目に付いた。 

    Bangladesh city to pay beggars during cricket World Cup (BBC NEWS SOUTH ASIA) 

    同国のチッタゴン市では、300名ほどの身体に障害のある乞食たちに対して、大会期間中1日当たり2米ドル相当の『休業補償』を与えて、しばらくお休みしてもらうことにしているのだとか。また主都ダーカーでは、ワールドカップ期間中は彼らに福祉施設に収容する予定であるとも。 

    人道上の問題については言うまでもないが、現実問題として物乞いの人たちが開催地周辺に大挙して流入ということも予想できるし、スムースな大会運営を期するうえでも、そうした措置にはやむを得ない部分もあると思う。 

    ところでインドではどうなのだろう?とふと思ったりもする。それに昨年10月に開催されたCWGのときには何かそうした措置はあったのだろうか? 

    ※『コールカーターのダヴィデの星 2』は後日掲載します。

  • ニュース、報道、メディア・・・

     活字中毒・・・というわけでもないが、いつも手元に何かしら読み物がないと落ち着かない。小説でもノンフィクションでもいいのだが。加えて日々の出来事に目を通さないと何だかスッキリしない。日常の暮らしの中でも旅行先でも目覚めてから一番にすることといえば、新聞を広げながら朝食を取ること。 

    朝起きてすぐに手に入らなければ、近くのマーケットに散歩がてら出かけて新聞売りを見つける。あるいは早い時間帯から鉄道、バスその他で移動する際には、駅やバススタンドで、まず最初に買うのはスナック類ではなく新聞だ。                                                                                                          

    全国規模のメディアで広大なインドの政治、社会、経済等の様々なニュースを目にするとともに、ローカルな新聞も押さえておきたい。広域紙には出ない地元の出来事がいろいろ掲載されているので、数日間読み続けると今そこで話題になっているらしいことについておおよそ検討がつくようになってくる。 

    往々にして退屈な記事が多いことも事実だが、例えばモンスーン期に激しい雨が降り続いているときにヒマーラヤ地方を旅行する際、あるいは付近で洪水その他の天変地異が起きている場合など、参考になることはとても多い。 

    また政治関係も同様だ。アッサム等の北東州を訪れた際には、ULFA (United Liberation Front of Asom)やNNC(Naga National Council)をはじめとする各地の分離活動を行う組織にかかわる記事をいろいろ目にすることができて興味深いものがあった。北東州関係については、コールカーターあたりであっても、地理的に北東州に近いこともあり、そのあたりに関するニュースはその他の地域よりも格段に豊富だ。 

    南インド、とりわけタミルナードゥやケーララあたりでは、新聞をはじめとするヒンディーによる印刷物はほとんど見当たらないものの、都市圏以外でも英字紙が豊富なのはありがたい。だいぶ前のことになるが、2005年12月のスマトラ沖地震による津波災害の際にちょうど南インドの沿岸部にいたため、いろいろ参考になった。 

    各地でメディアの活動が盛んであることは言うまでもないが、報道の自由度が高く周辺各国とは大きな開きがある。人々の『知る権利』が尊重されているからこそ『読むに値する新聞』が豊富であることはありがたい。 

    もちろん新聞といっても様々なので、報道の質についてはいろいろあり、それは報じる側、読み手側の双方のスタンス、加えてこう言っては大変失礼かと思うが、それらの質の問題もあることは否定できないのだが。もちろんそれこれは読み手自身がメディアを選択すればいい。 

    報道の自由は必ずしも手放しで称賛できるものとは限らず、報道機関とて大きな資本によるいわば『営利事業』であるがゆえに、ニュースの『売り手』の事情が紙面に現れることがあってもおかしくない。また近年の民間放送局による視聴率を意識してのセンセーショナルな報道(興味本位の犯罪特集番組、ヤラセや捏造ニュース)や視聴者からの携帯電話のSMSによる人気投票的なマーケティング手法等、ちょっと良識を疑いたくなる面も否定できない。 

    これを玉石混淆とまで言うつもりはないが、そうした様々なソースから流れるニュースを人々が個々の意志と良識で取捨選択できる状況は健全であると私は思う。 

    ともかく新聞をはじめとするメディアにより、人々は国、地域や社会の動きを知り、自身の頭でそれを理解する。私たち外国人も同様にそれにあずかることができる。これはとても大切なことだ。ミャンマーや中国のようにメディアやネット環境にも大きな制約のある国々と比べるのは極端に過ぎるかもしれないが、インドという世界最大の民主主義システムの根幹にあるのは、活発で自由度がとても高い報道の存在であるといって間違いないだろう。 

    政府により、報道に関する制約が厳格な国々以外に、現地のアンダーワールドな部分からの圧力により、メディア自身が事前に『自己検閲』をしてしまう国もある。たとえばメキシコのように政府と拮抗する勢力である麻薬カルテルによる報復への恐れから、これらの組織に関する分野は報じられないようになっているようだ。既存のメディアでは伝えられない『空白地帯』を一人の匿名の大学生(・・・ということになっている)によるBLOG DEL NARCOというブログが情報を流しているという状況は決して肯定できるものではないだろう。 

    ブログ運営者のもとに、多数の発信者たちから連日大量の情報が写真や動画とともに届けられ、これらを編集したり裏を取ったりすることなく、そのまま掲載しているとのことだ。血なまぐさい内容が大半で、凄惨な画像も含まれている。 

    すべてスペイン語で書かれているが、ブラウザにGoogleツールバーがインストールしてあれば、日本語に自動翻訳したものを読むことができる。いささかぎこちない和文となるものの、おおよその内容を掴むことはできるだろう。 

    もちろんインドを含めた各国のメディアにおいても、報道する側の身の安全という点から世の中に伝えることが難しい事柄は存在するであろうことは否定できないし、もちろん日本もその例外ではないのだが、こうした出所のよくわからないソースによる情報を日々綴ったブログが、本来それらを伝えるべき報道機関に取って代わってしまうという状況はとても危うい。 

    話はインドに戻る。

    報道の本質にかかわる事柄ではないのだが、インドの外にある国々からしてみると、現地の各メディアによる各分野における英語によるニュース配信を大量に入手できることについても大きなメリットがある。とりわけインターネットが普及してからは、その感がさらに強まっている。 

    全国ニュースからかなりローカルなものまで、各地のメディアによる立ち位置の異なるソースから手に入れることができるという点で、とりわけ非英語圏の国々に比べて非常に『オープンソースな国』という印象を与えることだろう。 

    世にいう『グローバル化』とともにインターネットによる情報通信の普及と進化の過程の中で、これまで以上に英語が突出した存在感を示すようになっていることから『英語支配』の趨勢に対して主に非英語圏から危惧する声が上がっているが、インド自身はその英語による豊富な情報発信量から得ているメリットについては計り知れないものがあると思われる。 

    もちろん英語による情報のみでインドという国を理解できるとは思えないし、カバーされる範囲にも限界がある。それでも英語という広く普遍性を持つ言語によるソースが非常に豊富であるという点から、私たち外国人にとっても非常に利するものは大きいといえるだろう。報道の自由度の高さと合わせて、インドのメディアは自国内のみならず国外に対しても、非常に公益性が高いとも言えるのではないだろうか。