MUMBAI BANDH !! 大都会ムンバイがフリーズした日 3

バンド翌日の新聞には、電車を止めて機関車前に陣取っていたり、停車させた車両にナイフでタイヤに切り付けている活動家たちの様子が写真入りで報じられていたが、シンボルカラーであるサフラン色のサリーを着た女性活動家の姿もかなり多いのには驚かされる。

外国人旅行者数人が空港からタクシー(白タク?)をシェアして乗って市内に向かったところ、道路封鎖に遭って停車されられてフロントガラスが叩き割られて運転手が暴行を受けたという出来事も報じられていた。リスクを自覚していたであろうドライバーはともかくとして、インドに到着したばかりの旅行者は『なんと恐ろしいところなのだ!』と、さぞ肝をつぶしたことだろう。営業車のみならず、バンドの時間帯に敢えて走行していた自家用車も同様の被害を蒙ったものが少なくないらしい。

『バンド』という手法はインドの政治舞台での伝統的な抗議行動の手法であるとともに、例えば中国などで政権党以外の勢力によってこうした類の行動が行なわれるなどということはあり得ないので、やはりインドには政治の自由があるということになるのかもしれない。

この運動が市民ひとりひとりの自発的意思によるものならば、まさに『民主国家インド』を象徴する出来事なのかもしれない。しかし特定の政党の呼びかけによる一種のパワーゲームへの参加が、市民個々の意思による賛否を問わず強制されている現実はファシズムそのもので、非協力者に対する物理的、肉体的な制裁にいたっては犯罪以外の何物でもない。

静かで往来を気にすることなく街歩きが楽しめるものの、実に不気味な空気をはらんでいた。普段、あれほど溢れかえっている混雑を一掃してしまい、政府機関さえも閉鎖させてしまうほどの力を持っている集団がこの土地に存在するのだから。

この日、ムンバイの街は見事なまでにフリーズしていた。バンドの首謀者側から見れば大成功であり、『誰がムンバイの支配者か』ということを市民に改めて知らしめたことになるのだろう。
これも翌日の新聞で知ったのだが、公安当局の努力のため当初危惧されていた『マイノリティ地区での衝突』は回避されたようである。またムスリム支持者の多い社会党をはじめとする左翼政党も今回のバンドに対する積極的な支持を表明していた。

ムスリム支持者の多い社会党も極右政党シヴ・セーナーのバンドに相乗りすることを表明

バンド終了時刻は午後6時とされているが、それより1時間ほど前から様子をうかがいつつ扉を開ける店がチラホラ出てきた。そして夕暮れどきには、これまでムンバイの街が『死んでいた』のがまるでウソのように、生気が甦ってきたのだ。インド随一の大都会を舞台にした壮大な規模でありながら不気味なまでにサイレントな政治ショーはひとまず終わった。

店先のスピーカーから大音響でインドポップスが流れ、真っ直ぐに歩くことのできないほどの雑踏が心地よく、ノドや眼を刺すような排ガスが芳しい香りにさえ感じられてしまうから不思議なものだ。 このときばかりは、『都会は騒々しくて賑やかなほうがいい』と思った。

<完>

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