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カテゴリー: news & media

  • ラージャージー国立公園

    AAJ TAKのニュースをつけてみると、火事のニュースが映し出されていた。テレビで放映されたクリップの多くはウェブサイトでも公開されているので、下記リンクをご参照願いたい。
    हरिद्वार के जंगलों में लगी आग
    (AAJ TAK)
    ※ハリドワールのジャングルで森林火災
    ウッタラーカンド州のハリドワールでは、1月14日に始まり、4月28日まで続くクンブ・メーラーが開かれているが、数日前から近隣地域で発生した森林火災が続いており、昨日4月9日には、山の中にあるマーター・チャンディー・デーヴィー寺付近まで接近したとのこと。まだ延焼は続いており、今後の進展が心配されているということだ。
    だが、このニュースには付随するオマケもついていた。ハリドワールの近くにあるラージャージー国立公園で、西洋人たちがギターを弾いて歌っている様子だ。数日前から100人以上の外国人旅行者たちが園内に居ついて自炊しながら、飲めや歌えやの騒ぎを繰り広げているという。
    のどかな情景とは裏腹に『ヒッピー風の外国人たちが違法な『ジャングルに侵入した西洋人たち』『チラムを回しながら大騒ぎ』といった字幕とともに、国立公園での彼らの振る舞いについてのナレーションも流れてくる。
    ウェブ上にアップされている映像にもいくつかモザイク処理がなされている部分があるが、テレビで見たニュースでは、おそらく全裸らしき人物の局部にボカシがかけられたと思われる映像もあった。
    हरिद्वार: राजाजी नेशनल पार्क में घुसे विदेशी (AAJ TAK)
    ※ハリドワール:ラージャージー国立公園に侵入した外国人たち
    当人たちは、屈託のない表情で和やかに過ごしていたり、にこやかにインタビューに応じたりなどしているので、まさかこうした否定的な報道がなされるものとは思わなかったようだ。
    国立公園でこのような形で滞在したり、煮炊きをしたりすることは違法である。警察は彼らを退去させようと試みたものの、うまくいかなかったようだ。この『ヒッピーたち』については、たまたま近くの地域で森林火災が起きたことがきっかけで取り上げられることになったようだ。もちろん彼らが失火でも起こさないかということも懸念もあってのことである。
    昔からゴアをはじめとするインドのいくつかの地域では、こうしたヒッピーまがいの人たちが我がもの顔で振舞うスポットは知られていたが、内陸の国立公園でそんな場所があるとは知らなかった。1月から進行中のクンブ・メーラーがきっかけとなったのであろうことは想像に難くない。
    今の時代、メールアドレスを持たない人はいないし、旅行者の間でも現地のSIMカードを入れた携帯電話は普及している。最初は数人程度の集まりが、『何かオモシロそうなことやってるゾ!』と口コミからネットを通じて情報が広まったり、あるいはどこかのビーチなどで知り合った人と携帯電話で連絡したりといった具合に、ゾロゾロ集まってきたものと思われる。
    集まっている当人たちの脳天気さとは裏腹のメディアの取り上げかたの辛辣さに、ヒマラヤの奥に隠された西洋人ヒッピーたちの解放区という舞台設定の映画Charasを思い出してしまった。彼らは『(地元の人々が)ナイスな人たち』だの『美しい土地だ』などとしゃべっているが、自分たちの感覚がユニバースなものでないことを自覚しなくてはならないだろう。
    ニュース映像では、森林の中にいくばくか景色の開けた部分があるように見受けられたが、具体的にどんな土地なのかはよくわからなかった。100人もの外国人旅行者が集まるということは、それなりに交通のアクセスや食料品・日用品なども手に入るなどといった、そこそこ便が良く、かつ過ごしやすいところなのではないかと想像される。公園当局や地元警察等は、彼らの排除もさることながら、その場所が今後も同様の人たちが集まることを懸念しているのではないのだろうかとも思う。
    だがヒッピーであれ、その対極にある金満ツーリストであれ、外国から訪れる観光客を受け入れるということは、それなりの摩擦が生じるものであることも事実だ。感覚や常識にズレがある人々が次から次へと新たにやってくるのだから、いかに各方面から啓蒙に努めてみたところで、観光業から上がる収益を見込む以上は、俗に『観光公害』と呼ばれる現象が起きることは、ある程度仕方ないともいえるし、今後も似たような事例は続くはずだ。
    程度にもよるが、より深刻な害悪については厳罰で臨むべきであろうし、外国人の側も訪問先の法律についての理解と尊重を求められる。
    たとえば4月に入ってから、中国で覚醒剤の密輸にかかわった日本人に対する極刑の執行について、考えさせられることは多い。
    中国、さらに日本人3人の死刑執行 いずれも麻薬密輸罪 (asahi.com)
    死刑制度の是非、現地での取調べの方法や裁判の進行等に関する不備についての指摘もなされてはいるものの、国ごとに社会の事情は異なり、言うまでもなく独立したひとつの国家である。旅行であれ商用その等であれ、その国を訪れる人は現地の法制度を尊重しなくてはならず、『知らなかった』では済まされない。
    この関係の報道で、外から眺めると麻薬に対して厳格なイメージが定着した中国だが、人々の間でかなり広くいろいろなドラッグが普及しているという背景があり、常用者たちに対する罰則は比較的ゆるく、本人たちの更正を目指す方向に力点が置かれているようだ。
    蛇足ながら、覚醒剤ではないが大麻については、中国にもインドのマナーリー周辺のような地域がある。もちろん中国でも大麻を吸うことは違法であるが、雲南省の大理やその周辺では大麻が沢山自生している。
    昔、大理を訪れたとき、ドミトリーに宿泊している長期滞在の外国人客たちが、摘み取ってきた大麻を部屋の壁に乾燥させては吸引しているのをしばしば見かけた。彼らは『質はともかく、タダなんですよ』などと言う男は、中国で大麻が合法なのか違法なのかも知らなかった。
    今でもそんなおおっぴらなのかどうかは知らないが、聞くところによると大理には大麻が沢山あるという事情はあまり変わらないようだが、近年はそれなりに取り締まりがなされたり、逮捕される外国人なども出てきたりもしているらしい。
    良くも悪くも、ひとたび旅行者たちの間で、彼らを惹きつける魅力(?)が喧伝されてしまうと、それを目的にやってくる人たちが長きに渡って続く。口コミはもちろんのことながら、ガイドブックであれ週刊誌等であれ、ひとたびメディアに取り上げられて話題になると、それを孫引きしたような記事がいろんなものに掲載されて衆人の知るところとなる。
    景気、治安状況に左右されやすいことに加えて、ここが観光業の難しい点のひとつかもしれない。ラージャージー国立公園界隈はヒッピーの解放区ではないし、大理を訪れる人々の多くは大麻が目的というわけではないのだが、そうした風評がさらにこうした人々を引き寄せる誘因となり、こうした人々がそれなりの規模になってくると、彼らを目当てにした商売人たちも集まるようになってくる。
    もっともラージャージー国立公園のほうは、国の管理下にあるエリアであり、先の報道がなされたことから、適切な処置がなされて、こうした滞在の仕方が定着することはないだろう。だが土地の人々にとって思わぬ方向にいってしまっている『観光地』の例は、色々な国で決して少なくない。

  • ラシュカレ・タイバが『グローバル化』したらどうなるのか?

    ときどき、アメリカのニュース雑誌NEWS WEEKを手にしてみると、しばしば違和感を覚えずにはいられない。ちょうど中国共産党中央委員会の機関紙人民日報の人民日報の紙面面と共通するものがあるような気がする。
    自由と民主主義を標榜する国から発せられる世界中に流通する民間の週刊誌と、政府による厳しい情報管理がまかり通る国の独裁政党の機関紙が似ていると言うのは奇妙ではあるが、自らが是とするイデオロギーに対する異論を許さないという姿勢ゆえのことかもしれない。
    そのニューズウィークの報道ではあるが、こんな記事を見かけた。すでにひと月以上前のものではあるが。
    The Next Al Qaeda? (NEWS WEEK)
    90年代あたりまではカシミールを主な活動の場として暗躍してきたラシュカレ・タイバ(LeT)だが、今世紀に入ってからは2001年のデリーの国会議事堂襲撃、2005年のデリーでの連続爆破事件、2006年のムンバイーでの列車爆破事件に関わるなど、破壊活動の場を拡大してきていた。
    その中で特筆されるのは言うまでもなく、2008年11月に起きたムンバイーでの大規模なテロ事件であるが、2月にマハーラーシュトラ州のプネーで起きた爆破テロについてもラシュカレ・タイバを名乗った犯行声明が出ている。
    ラシュカレ・タイバとの繋がりでクローズアップされた外国人たち、ともにパーキスターン系で米国籍のディヴィッド・ヘドレー、カナダ籍のタハッウル・フサイン・ラーナーの存在、これまで明らかになっている彼らの足取りや行動の関係等から、このグループについて、それまで認識されていた以上の国際性が取り沙汰されるようになってきている。
    またインドでのラシュカレ・タイバのテロ活動について、2008年11月26日にムンバイーで起きた大規模な攻撃以降、インド以外の第三国の人々をも標的にするようになっている点、彼らにとって米国大使館も標的として浮上してきているということ、他のテログループとの提携なども含めて、他メディアでもしばしば取り上げられていることでもある。つまり彼らの活動が近年とみに広域化・グローバル化しつつあることが懸念されている。
    さらに悪いことに、彼らはパーキスターンでは決して闇の組織というわけではない。長年同国政府、とりわけISIと持ちつ持たれつの繋がりがあったし、地域医療活動などの福祉関係で、それなりに民衆の支持を集めていることもあり、社会的に孤立した組織ではないことには留意が必要だ。
    ラシュカレ・タイバの活動やネットワークの広域化、国際化は憂慮されるところではある。隣国からのテロに苦りきっているインドにとっては、アメリカの大メディアがこうしたテロ組織の脅威を、彼ら自身のセキュリティに関わる問題として扱うことは、好意的に評価できるものだろう。
    しかしながら『民主主義』といっても、その国ごとのカラーや社会的な事情から、それぞれずいぶん異なった様相を呈しているこの世の中。そうしたひとつひとつの国々に主権があり、様々な民意あるいは強権により運営されている。
    武力以外の外交手段を駆使して、ある国を変えようとしても、なかなかうまくいくものではないことはミャンマーの例を見ても明らかだ。あるいは戦争という強硬な手段により政権を崩壊させた後に、新しい国の枠組みを再建へと誘導すれば、民主的かつ公明正大な国が出来上がるというわけではないことは、イラクの有り様を見てもよくわかる。
    現在、パーキスターンで、ラシュカレ・タイバが活動できる土壌を変えることができるのか、といえば、当のパーキスターン自身にも、他のどの国にもできないだろう。
    上記リンクの記事を読んで非常に気になったのは、近い将来、本当にラシュカレ・タイバがテロリストの『グローバル・プレーヤー』として台頭したら、あるいは在外アメリカ公館、ひょっとしたらアメリカ本土でテロ事件を起こしたら、パーキスターンはどのような代償を払わなくてはならないのか、アメリカはどういうアクションを起こすことになるのか、ということである。
    あまりに恐ろしいシナリオが待ち構えているに違いない。

  • 大いなる落日

    Jyoti Basu
    一昨日、アジアを代表する歴史的な共産主義者、インド共産党マルクス主義派の伝説的指導者ジョーティ・バスが95年の生涯を閉じた。
    1914年7月に医者の家に生まれる。ソビエトのタシケントでインド共産党が結成される6年前のことである。ベンガルの中流家庭の子弟として育った後、イギリスに渡って法学の勉強を志した彼は、当時新しいイデオロギーであった共産主義の思想に出会う。
    1940年に弁護士の資格を得るとともに帰国。以降、彼がインド共産党の活動家としてのキャリアを歩み始めた時代は、植民地期末にインドにおける共産党が非合法化されていた時代と重なる。共産党が禁を解かれてからも数々の弾圧に耐えつつ同志たちとインドにおける階級闘争ならびにイギリスの植民地支配に対する闘いを続けた。
    本来、共産党の支持基盤となりえる労働者層の人口が膨大なインドにおいて、一時は国民会議派に次ぐ大きな勢力を持つにいたったこともある共産党である。しかし左派勢力並びに党内における対立や抗争を経てきたインドの共産主義活動は、1964年に大きな転機を迎えることとなる。インド共産党 (CPI)と袂を分かち、インド共産党マルクス主義派 (CPI-M)が旗揚げすることとなった。
    その1964年といえば、ジョーティ・バスがインド共産党マルクス主義派の政治局員となった年でもある。一月17日に彼が亡くなった彼は、この政治局創設時の最後の存命者であった。
    1967年の州議会選挙で躍進したインド共産党マルクス主義派は、連立政権の一角として浮上、ジョーティ・バスは州副首相となるが、わずか8カ月で政権は瓦解。続く1969年には、連立政権の第一党となり、1971年まで再び同じく州副首相の地位を占めることとなった。
    その後、1977年の州議会選挙において、インド共産党マルクス主義派が初めて議席の過半数を得ることにより共産党政権が打ち立てられる。1957年に普通選挙による世界初の共産党政権を樹立させたケーララ州とともに、民主的な手法により選出された世界でも稀な共産党政権であるとともに、世界で最も長く選挙を通じて改選され続けている共産党政権でもある。
    ジョーティ・バスは、1977年から2000年まで、23年間の長きに渡って西ベンガル州首相を務めた後に次代のリーダーたちに禅譲している。あまりに長く最高指導者の立場にあった彼の功罪や西ベンガル州で記録的な長期政権を運営してきた共産党マルクス主義派についてはいろいろ議論のあるところではあり、近年は西ベンガル州におけるインド共産党マルクス主義派の威光にも陰りが見えてきている。
    それでも民主主義というシステムの中で、つまり民衆の総意の中での共産主義という思想を定着させてきたことは肯定的に評価されるべきであるし、大衆の総意を結集して世の中を変えていくことにより、政治に対する人々の参加意識を高めてきた大きな功績があったことは間違いないだろう。
    ジョーティ・バスの逝去は、インドの大地に沈む真っ赤な夕陽のようでもある。
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    jyotibasu.net
    ※ダーラーヴィー?は後日掲載します。

  • NANOの日本上陸地は福岡!

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    12月11日(金)から14日(月)まで、4日間に渡って開催される福岡国際モーターショーに、TATAから発売されている10万ルピーの自家用車NANOが展示される。
    日本で発売される予定はないし、そもそもインドで販売されている仕様では、日本国内で登録することはできない。
    しかしながら、大都市圏を除けば、公共の交通機関のサービスがまばらで、自家用車無しでは生活していけない地域は少なくない。デフレ時代の日本では、従来の軽自動車よりも更に安いクルマの需要は出てくるのではないだろうか。
    また新興国(・・・というコトバは好きではないが、いわゆる経済紙等で表現されるところの新たに経済面で勃興しつつある国々という意味での)における自家用車に対する潜在的なニーズを広く掘り起こすであろうTATAの世界戦略車について、当初は先進諸国の自動車メーカーの間では否定的な見方も少なくなかった。
    しかし、今ではルノーと日産がインドのバジャージと組んで、同様の価格帯での格安自家用車の開発を宣言しているなど、他社によるライバル車の投入の動きもある。
    NANO単独ではなく、追随するメーカーが出てくることにより、自家用車の新しいカテゴリーが創出されることになりそうだ。
    NANOは、TATAが世界の並み居る自動車メーカーを向こうに示して見せた『コロンブスの卵』であったといえる。
    しかしながら、インドを含めて道路事情、道路行政が良好とはいえない国々で、クルマの販売がかつてなく急伸することになると、どうなるのか?という不安は否定できない。

  • 史上最悪の産業事故から四半世紀

    昔からボーパールで生活している、ある一定の年齢層以上の人々にとって、12月3日という日付には特別な意味があるはずだ。
    今年もその日がやってきた。1984年の12月3日の零時過ぎに、マディヤ・プラデーシュ州ボーパール市のユニオン・カーバイド社の工場で起きた、史上最悪といわれる産業事故である。
    ONE NIGHT IN BHOPAL (BBC NEWS South Asia)
    その晩、同工場から有毒ガスが市内に流出した。イソシアン酸メチルと呼ばれる肺の組織を破壊する猛毒である。事故が起きた夜半のうちに50万人近くの人々が多かれ少なかれそのガスに晒され、2千人以上が命を落としたとされるとともに、その後これが原因となって死亡した人々の数は2万5千人に及ぶという。
    また命を落とすには至らなかったものの、深刻な健康被害を受けた人々の数は、20万人とも30万人とも言われているとともに、今なお引き摺る後遺症に悩んでいたり、精神を病んでいたりする人々もある。彼らの中でガンを発症する率が極めて高いことも指摘されているとともに、出生する赤ん坊たちの中に先天的な奇形が多く見られるという。
    1969年開業時には地元の工業化の進展と大きな雇用機会をもたらすものとして、またここで生産される有用な殺虫剤の普及は社会に貢献するものとされていたことなどもあり、歓迎されていた工場である。
    事故の原因については、今なおいろいろ議論のあるところだが、ユニオン・カーバイド社が主張していた『アメリカ本国と同じ安全基準』が実際には適用されておらず、ずさんな管理がなされていたことが背景にあるようだ。また従前より、工場内部からも事故の可能性を危惧する声が一部から上がっていたらしい。
    1989年に、事故の遺族たちとの示談が成立し、彼らに対する補償問題は解決したものとされているが、工場地の重度に汚染されている状態、そこから敷地外への有害物質の漏出が現在も続いており、今なお付近の人々に対する健康被害が継続しているとされるが、これについての責任の所在が確定していないため、何の対応策も取られていない。
    同工場は事件後閉鎖されているが、ボーパールの駅から北方面2キロ弱の地点にある。Google Earthなどで確認していただけるとよくわかるが、この工場自体が市街地内にあり、しかも人口稠密な地域にごく近いことも大きな被害を呼ぶことになった。

    大きな地図で見る
    線路西側にかつての工場施設が錆び付き、荒れ果てた姿で亡霊のように姿を現す。かつて大事故を起こした建物が、当時そのまま放置されていることが示すように、事件は今なお続いている。
    この事故は、発生直後からマスコミやノンフィクションなどでいろいろ取り上げられてきたが、比較的近年になってからも映画や小説の題材となっている。
    1999年には、この事故を題材にしたヒンディー映画『Bhopal Express』がリリースされているので、観たことがある人も少なくないだろう。
    The City of JoyFreedom at Midnightなど、インドを題材にした作品も複数手がけてきたドミニク・ラピエールがハビエル・モローとともに著した作品『Five Past Midnight in Bhopal』を世に送り出したのは2002年。
    20091203-five past.jpg
    日本で同書は『ボーパール午前零時五分』というタイトルで発売された。
    事故に関して、以下のようなビデオならびに写真のサイトもある。
    Twenty Years Without Justice : Bhopal Chemical Disaster (STRATEGIC VIDEO)
    Bhopal Gas Tragedy (Photos by Raghu Rai)
    汚染が継続していることを警告する住民側とこれを否定する行政の姿勢を伝える報道もある。
    Bhopal site ‘not leaking toxins’ (BBC NEWS South Asia)
    事故発生からすでに四半世紀が過ぎたことになるが、今なお健康被害等が続いていることについて目をつぶるべきではないし、彼らの救済や汚染状態の調査と適切な対策がないがしろにされてしまっているこの事件を風化させてしまってはならない。
    だが、事故の規模があまりに大きなものであったがゆえに『誰がその費用を負担するのか?』という問いに対して、『誰も負担できないし、負担しない』状態が続く限り、被害者たちの苦悩は続くことだろう。たまたまそこに居合わせたがゆえに事故に巻き込まれた罪無き人々に対するあまりに酷い仕打ちである。

  • ダライ・ラマ14世訪日 3

    チベットやウイグルをはじめとする、中国国内の少数民族問題はともかく、総人口の92%を占める漢民族にしてみたところで、マイノリティのそれとは次元が違うものの、思想的に『抑圧されている』ことは同様だ。
    たとえば天安門事件の例などその典型だ。もう20年も前、1989年6月に起きた騒乱だが、政府に対して声高に異議を唱えた市民たちの運動は、権力による巨大な暴力により叩き潰された。通信手段が発達した現在、当時と同じような手法で人々に弾圧を加えることはできないかといえば、そうでもないことは、昨年の春先のチベット自治区、今年の新疆ウイグル自治区での出来事を見ても明らかだ。
    幸い、経済成長著しい中国で、人々はより豊かな暮らしを求めて邁進しており、日々稼ぐことに忙しい。どこの国にあっても、人々の最大の関心ごとは自分たち自身のことだ。それは進学であったり、就職・起業であったり、月々の稼ぎのことであったりするだろう。結婚して子供をもうければ、息子や娘の教育のことであったりもするだろう。
    これもひとえに経済という、世の中の歯車がきちんと回転し、安定した収入で自らの生活を充足することができ、さらに欲を言えば昨日よりも今日、今年よりも来年がさらにその質を高めていくことができるであろうという、明るい展望があればうれしいものだ。
    そうした成長の路線に自分たち自身も加わっているという手ごたえがさえあれば、多少の問題は転がっていても、政府の手腕を評価こそしても、反旗を翻したり、あわよくば転覆を企図しようなどということはないだろう。
    天安門事件からすでに20年経過した。1989年に生まれた赤ん坊が、今年20歳の誕生日を迎える。長い年月である。事件の前後あたりに生まれた子供、当時幼子であった世代が、すでに両親の元を巣立ち、国内での進学・就職、あるいは国外に留学したり、仕事を得るために出国したりするようになった。
    こうした人々の多くは、いやほとんどは、天安門事件についてほとんど何も知らされていない。せいぜい『北京で何か大きな騒ぎがあったとは聞いている』といった程度だ。もちろん学校でそんなことを教えるはずもないが。家庭でも親たちの世代は『あんなことに関心持つとろくなことがない』と身をもって体感しているがために、敢えて自分の子供にそんなことを話したりすることがほとんどないのも無理はない。
    子供たちが、変に政治に関心を持って、せっかくの将来をフイにしてしまうようなことになって欲しくない。ちゃんと勉強に専念して、卒業してからしっかり働けば、それなりにいい暮らしができるようになるのだから・・・。そう期待できる、あるいは確信できる社会がある。いい時代になった、に違いない。
    だが敢えて自分たちの社会の抱える矛盾に人々の関心が及ぶのをことさら避ける体制、そうした事柄に関心を抱かない市民たちが、自分たちの暮らす街や地方から遠く離れた西の果てで何が起きているのか、とりたてて興味を持つこともない。ただ昔々、人民解放軍の手によって、チベットは、チベット人たちは『解放された』のだと信じている。事の本質はここにあると私は思う。
    ダライ・ラマが各国への外遊を続けても、亡命政府が国際社会に対して支持を訴え続けても、その声は中国に暮らす13億の人々の耳には届かない。報道の自由はなく、私たちの感覚で言うところの『世論』が存在しない国である。
    かくして時間の経過とともに、チベット本土が中国の不可分の領土の一部であることの既成事実化がさらに進む。チベット本土と亡命社会との絆も薄れるとともに、チベットへの漢族の入植が進む。やがて『西蔵自治区』人口のマジョリティを占めるのは外来の人々となる。時代が下るとともに、多数派の彼らこそがこの地域の主人公、彼らの文化こそがチベットの文化ということになりかねない。
    もはや押しも押されもせぬ21世紀の大国。右肩上がりの経済力と群を抜く軍事力を背景に、近年ますます発言力を増す磐石の体制の中国を前に、亡命チベット人たちの声は消え入らんばかりに弱々しいことが不憫でならない。

  • ラージダーニー急行 マオイストが占拠

    20091027-apharan.jpg
    今月21日にマトゥラーで起きた列車同士の衝突事故、同じく23日にはムンバイー郊外のターネーで、走行中の列車に送水管が落下したことによる事故と、鉄道関係の惨事がニュース映像となって流れたばかりである。
    今日は、夕方テレビのニュースを眺めていると、『Breaking News』のテロップとともに、今度はマオイストと見られる一団により、ブバーネシュワル発デリー行きのラージダーニー急行が長時間停められているという速報が流れてきた。
    場所は西ベンガル州のミドナプル地区。ジャールカンド州境に近いところである。複数の男たち、一説には100名ほどの群集が、赤い旗を手にして列車を停止させ、乗客の人々を人質にしているとの報せに仰天した。
    その時点では、彼らが本当にマオイストであるかどうかの確認は取れていないようで、この地域のマオイストのリーダーは関与を否定しているという説も流れていた。それでも犯行グループは、現在収監されているマオイスト指導者、チャトラダール・マハトーの釈放を要求しているとのことで、やはりマオイストのある派閥に属する者たちによる実力行使であると見られるとのことだ。
    これを書いている今時点で、事件発生から5時間経過した。すでに車両は警察当局のコントロール下に置かれている。犯人グループたちにより、携帯電話を取り上げられた者は複数あったようだが、幸いにして負傷者等は発生していない模様。テレビカメラに映し出されたラージダーニー急行の車体には、前述のチャトラダール・マハトーの解放を要求するメッセージが赤い文字で大書きされている。
    Maoists stop Bhubaneswar Rajdhani Exp, driver missing (ZEE NEWS)
    Rajdhani blockade over, ‘pro-Naxal’ group takes claim (India Today)
    マオイスト、あるいはインドの武闘派極左勢力発祥の地である西ベンガル北部のナクサルバリにちなんで、ナクサルあるいはナクサライトと呼ばれる赤い地下組織は、西ベンガル以外でも、チャッティースガル、オリッサ、ジャールカンド、ビハール、アーンドラ・プラデーシュ、マハーラーシュトラなどで盛んに活動しており、事実上の『解放区』となっている地域さえある。
    部族や寒村の貧困層といった、開発や近年の経済成長の恩恵とは縁遠い人々を主な基盤としており、そうした地域のアクセスの悪さや行政組織の不備等が、彼らの活動を利している部分もある。
    そうした発展から取り残された地域の警察組織の脆弱さ、個々の警察官たちが治安要員としての資質や経験に乏しく、実戦の中で切磋琢磨してきたマオイストの戦闘員たちとまともに対峙することができないという行政側の当事者能力の欠如も指摘されているところだ。
    近年、とみにマオイストたちの活動の拡大が顕著であることから、国内の治安に対する大きな脅威であるとして、中央政府が対決姿勢を鮮明にしているところだ。しかし中央の政治家たちがいくら声を荒げてみたところで、都市部を離れて人口が希薄、ひいては警備もほとんど存在しない公道や鉄路の上で散発する事件に対して、当局はあまりに無力であるように見える。
    マオイスト、ナクサルと一口でいっても、その中には様々な志向の集団が内在していることだろうが、ネパールで内戦を続けた末に、合法的な政党と化し、一度は政権を担うまで至り、今も同国政治の行方を担う一大勢力である『マオイスト』が、彼ら自身の頭の片隅にはあるだろう。
    果たして中央ならびに各州の政府が、地域社会と力を合わせてこうした暴力組織を駆逐する方向に進むことができるのか、あるいは今後ますます犠牲者を出すとともに自らの勢力を拡大していくのか、気がかりなところである。

  • ダライ・ラマ14世訪日 2

    残念なことではあるが、おそらくチベットはこのままの状態でさらに時代は下り、やがてダライ・ラマがこの世を去るときがやってくる。後継者問題、誰がチベット亡命社会を率いることになるかという問題が生じる。
    亡命市民たちも同様だ。在外チベット人社会、とりわけその大半が集中するインドにおいても、世代交代が進んでいく。やがて亡命者社会の中核を担う人々のほとんどが『祖国チベットでの生活』『逃避行と亡命先での定着過程』を体験していない世代となるどころか、亡命第一世代もごくごく稀な存在となる日がくる。
    日本で鮮明な戦争体験を持つ世代、従軍した経験を持つ世代が次々に鬼籍に入るようになっている。年を追うごとに、戦争を自らの体験として記憶する世代が姿を消している。すると、反戦・平和思想がかけがえのないものである、憲法第九条は、不戦の誓いとして私たちが世界に誇るべきものであるといった『常識』に異を唱える声とともに、先の戦争を再評価しようという動きが次第に広がりつつある。
    チベットにおいては祖国、日本においては太平洋戦争と、前者においては祖国、後者においては戦争に対する、どちらも実体験を持たず、見聞による知識のみの人々が、それらのテーマについて、今後どういう扱いをしていくのだろうか。おそらくこれらを実際に体験した世代とはずいぶん異なる考え方をするのではないかと思われる。
    もちろん時代が下ってからも、チベットからインド方面への亡命者の流れは細々と続いているとはいえ、数十年に渡って定住しているコミュニティのイニシャチブを新参者の少数派が握るということは、よほどのことがない限りあり得ないことだろう。
    かくして刻々と年月は経過していき、中国・台湾がそうであるように、韓国・北朝鮮もまたそうであるように、もともと同国人のはずであっても異なる体制下に暮らすことが長年固定化されると、お互いに『同胞・・・でも限りなく外国人』という存在になってくる。
    仮に、中国政府が奇跡的に態度の軟化を見せて、ダライ・ラマが中国に対して求め続けている『高度な自治』が実現されたとしても、これまで経過して長い長い時間という大きなハードルは越えがたいものがある。
    このままの状態のまま、あと一世代分くらいの時が経てば、在インドのチベット亡命社会は、事実上『例外的に無国籍のインドの少数民族』となってしまうのではないだろうか。いつかは祖国に帰還することを望んでいても、緊急避難的にテント生活でもしているのならともかく、すでに長年に渡って居住国に確固たる生活の基盤を築き、複数世代定着してきた後に、地縁・血縁も希薄になった父祖の故郷に戻ってうまくいくとは思えない。
    仮に思い切って『帰国』してみたところで、これまで生活してきた場所とはまったく勝手の違う環境で苦労するだろうし、『文化の違い』から地元の人々との摩擦も必ず起きるだろう。
    いつか確実に、亡命社会のありかたそのものを考え直すべきときが確実にやってくるはずだ。それはコミュニティ全体のことでもあり、それを構成する個々人の問題でもあるのだが、同時に難民として彼らを受け入れているインドもまた、彼らの立場について真摯に再考しなければならないことになるだろう。
    チベットの立場に関して、ひとつの大きな困難な障害は、広大な国土と膨大な人口を抱える占領国、中国国内に声が届かないことだ。そもそも言論の自由のない国なので、私たちの考えるような世論は存在しえない。報道の自由もなく、厳しい検閲と言論統制がまかりとおっていることだ。
    中国の人々に、チベット問題について認識を深めてもらい、中国内の世論の動きによって、この問題が解決・・・とまではいかなくとも、自らが改善の方向へと動き出すことがあれば良いのだが、残念なことにそういうシステムにはなっていない。

  • ダライ・ラマ14世訪日 1

    来週、ダライ・ラマ14世の来日が予定されている。1990年代おわりから、ほぼ毎年日本に来るようになっているが、今回もまた各地で法話・講演が行なわれる。
    現在来日中の世界ウイグル会議議長のラビヤ・カーディル氏がダライ・ラマとの会談を希望しているとされる。
    日本政府に対する中国側の圧力もあり、ダライ・ラマ14世の訪日は政治目的ではないことになっているものの、チベットとウイグルという長年北京が手を焼いてきた『反体制派の巨頭』が顔を合わせるかもしれないことから、中国はかなり神経を尖らせていることだろう。
    北京の横槍に屈して日本政府がこうした動きに対して干渉したり、あるいは先のオリンピックの聖火リレーのときのように、在日中国大使館が動員した人々が示威活動のようなことを行なったり、モメごとを起こしたりといったことがないよう望みたい。
    ところで、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のサイトを眺めていると、チベット亡命政府によるインターネットTVを視聴できるようになっていることに気がついた。
    おなじく亡命政府により、中国語で書かれたチベット問題啓蒙サイトもあるが、前者と合わせて中国国内からは、まずアクセスできないことだろう。
    1989年にダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞してから、それまで比較的静かだった彼の居住地にしてチベット亡命政府が置かれているダラムサラが、それ以前と比べて飛躍的に世界の耳目を集めるようになり、世界中から訪れるメディアや人々の数がケタ違いに増えた。
    同時に、インターネットの普及により、ダラムサラその他のチベット亡命社会から、広く世界に発信できるようになったことで、チベット問題に少しでも関心のある人に対して、たとえどこに住んでいる人であろうとアピールできるようにもなっている。
    各国の人々の間で、チベットに関する知識が広がり、問題に関する認識も深まることは、国際社会から中国当局への外圧につながっていることは疑いの余地はないだろう。しかしながら中国には、それを跳ね返す政治力と国際社会における強い発言力がある。
    そのためダライ・ラマのノーベル平和賞受賞時にまで遡っても、当時に比べて現在のチベット情勢が改善されたという認識はどこにもないだろう。時代が下るとともに、物質的には豊かになり、生活水準は向上しているとしても、チベットの置かれた立場、チベット人たちに対する処遇は変わることがない。

  • 嵐と水害

    1959年に大きな被害をもたらした『伊勢湾台風並み』の大型台風が日本に接近しているのだそうだ。
    「伊勢湾」並み台風18号、近畿の一部暴風域に (YOMIURI ONLINE)
    台風18号あすにも近畿上陸 伊勢湾台風並み (産經関西)
    伊勢湾台風並みというのはいささかオーバーな表現かもしれないが、控えめな表現でもここ10年で最大の台風ということになっているようだ。また予想されるコースが50年前の伊勢湾台風のものと重なることからも、とりわけ当時被害が甚大であった名古屋近郊南部に広がる干拓地を含む低地での高潮による被害も懸念されているようだ。
    台風18号、東海あす朝直撃も 風速過去10年で最大 (中日新聞)
    今後、台風の進路となることが予想されている各地で明日、学校を休校する決定が相次いでいる。相当強い風雨となることを懸念してのことである。
    気象予報士の森田正光氏らによる『チーム森田の”天気で斬る”』によれば、最大瞬間風速58.9メートル(観測史上3位)で、最大風速39.1メートル(観測史上5位)とのことである。最低気圧955.9ヘクトパスカル。これは、本日未明に台風18号が約70キロまで接近した南大東島で観測された数値であるそうだ。

    (さらに…)

  • ラオスの刑務所で

    インドとはまったく関係のない話で恐縮ではあるが、滞在先のバンコクで手にした英字紙Bangkok Postにショッキングな記事が出ていた。
    『妊娠中の英国女性に銃殺刑迫る』
    ラオスで麻薬密輸容疑で逮捕されたナイジェリア出身の英国籍女性が、昨年8月にラオス首都のヴィエンチャン空港からタイのバンコクへと出国しようとしていたところ、686gのヘロイン所持していたため逮捕され、近々判決が出ることになっているのだという。
    現在、ラオスではヘロインを500g以上所持していると極刑に相当することになっており、近く開かれる法廷で有罪となれば、銃殺刑に処せられることになるのだそうだ。 だが彼女は妊娠中。今年9月に出産予定だという。
    在ラオスの英国大使館は、彼女が拘禁されるようになって数ヶ月経つまで、それを知らなかったという。その後毎月20分だけ大使館の担当者との面会が、ラオス当局者の立会いのもとで認められているだけとのことだ。
    1988年生まれのSamantha Orobator Oghagbonは現在20歳。第三者のために運ぶことを強要されたと主張しているという。
    彼女は昨年7月に休暇でオランダ、タイを訪れた後にラオスに行き、ここから8月6日に空港から出国しようとしたところで逮捕されて以来、彼女は女性刑務所に収監されている。ここは囚人たちへの虐待ぶりの酷さで悪名高いところであるらしい。
    本人はヘロイン所持の事実を認めているとはいえ、それが死刑に相当するものであること、また彼女が妊娠中であり、産まれてくる予定の子供には何の罪もないこと、また出産予定時期からして、その妊娠とは明らかに刑務所に収監されて以降のものであり、刑務所のスタッフによる暴行の結果であるらしいことが取り沙汰されていることなど、非常に考えさせられるものがある。
    目下、在ラオスのイギリス大使館を通じた外交努力が続けられており、また今月7日にラオスとイギリスの間で、犯罪者の引渡しに関する協定が結ばれたことから、この女性が極刑を逃れてイギリスに移送され、自国で服役できる可能性も開けてきたようではあるが、近々下りる予定の判決がとても気にかかるところである。
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  • ジェイド・グーディー亡くなる

    先日から危篤状態にあった、イギリスのリアリティーショーのスター、ジェイド・グーディーが亡くなった。享年27歳。ご冥福をお祈りしたい。
    Reality TV star Jade Goody dies (BBC NEWS)
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    彼女の命を奪った病、子宮頸ガンは、よく知られているとおり、ヒト・パピローマ・ウイルス(HPV)への感染が大きな原因であるとされる。
    他のガンに比べて、若年層の患者が多いことも特徴だが、日本ではこの病についての検診の受診率が低いことも問題とされている。
    現在では、HPVへの感染に対する予防ワクチンという、有効な手立てがあるが、少なくとも日本ではまだそれは普及していない。しかし今年中には承認される見込みらしい。
    性交渉未経験の10代前半の女児を対象とする公費負担による接種を求める声が高いという。