カトマンドゥのナラヤンヒティ宮殿が、本日2月27日(金)から宮殿博物館として一般公開される。
宮殿が博物館として転用される第一段階において、地元紙カーンティプルおよびカトマンドゥ・ポストのウェブ版であるeKantipurの記事によれば、宮殿内の52ある部屋(メディアによっては90室あるのだとも・・・)のうち、19室のみが展示室として開放され、15人ずつ25分間のみ参観可能というから、ちょっと敷居の高い博物館ということになろうか。おそらく政治的に微妙な部分があることから、厳重な警備がなされるのだろう。
この博物館は『シャハ王朝の真の歴史を知る』ための場所として位置づけられているようで、昨年6月に廃止された同王室の栄華をしのぶなどといったものではないようだ。宮中で繰り広げられた陰謀、政治の腐敗、人々に対する圧政などといった負の側面を人々の前に明らかにしたり、2001年にこの宮殿内で発生した殺戮事件の真相にも光を当てることが期待されているようだ。
ただし宮殿建物の転用について、『博物館にするのは簡単かもしれないが、その後の施設の維持はどうやっていくのか?』と、おそらく財政的な部分から行く末を危ぶむ声もあるようだ。
現在、同国政府を率いるマオイスト勢力の意向に沿う形での『王室犯罪史博物館』ないしは『革命運動博物館』といった色合いのものになるのかどうかよくわからないが、近いうちここを訪れる方があれば、ぜひそのご感想をうかがいたいものだ。
Narayanhiti museum (eKantipur.com)
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※『新加坡的印度空間4』は後日掲載します。
カテゴリー: news & media
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ネパール首都の宮殿博物館 本日オープン
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退屈は幸せだ
新聞であれ、テレビであれ、ニュースが退屈なものであるときほど、実は『良い時』なのだと思う。手にとってみて、そこに書かれているものがルーティーンな内容で、退屈のあまりすぐに投げ出してしまうようなときは、少なくとも悪いことは起きていないわけだ。思わず目を見開いてしまうような、かじりついてしまうようなセンセーショナルな報道といえば、たいていが非常に好ましくないものであることが多い。
今日もやはりそうだった。9月26日深夜前後から本日にかけて進行中のムンバイーでの連続テロ事件の報道がそれだ。今日の午後はずっとZEE NEWSやAAJ TAKといったニュース番組にかじりついている。ムンバイー市内のタージ・ホテル、オベロイ・ホテル、ムンバイーCST駅構内等で起きた一連の惨劇。これを書いている現在も、2軒の五ツ星ホテルでは人質の安否が危ぶまれるとともに、コラバ地区のナリマンハウス付近でも銃撃が続いているとか。
すでにタージ・ホテル内だけでも80人もの死者が出ており、363号室にテロリストたちが隠れているらしいなどとアナウンサーは伝えていた。それからしばらくして建物内に治安当局が入り込んで片端からドアを開けて、出るに出られずにいた宿泊客を救出が始まったようだ。
押しても引いても開かないドアの中には犯人たちが潜んでいるのではないかという疑いがあり、そんな部屋のひとつ471号室に突入した治安要員たちが中にいた犯人の一人を銃殺したという。
血なまぐさい事件が画面の向こうでリアルタイムで進行しているという緊迫した状況で、ふと思い出すのは2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロ。
『WTCのツインタワーのひとつに航空機が衝突する事件が起きました』というアナウンスから始まったあの日のニュース。その直後に2機目がもうひとつのタワーに接近して衝突して大きな火花を散らす。そのときテレビの報道番組を見ていた人たちが皆、事件の目撃者となった。手段は違うが、画面の向こうから感じるのは、まさにあのときと同じ空気だ。
それにしても今年はずいぶん多い。後半部分に限っても、これだけの大きなテロが発生している。
10月30日 アッサム東北部 64名死亡
9月30日 インド西部 7名死亡
9月27日 デリー 1人死亡
9月13日 デリー 18名死亡
7月26日 アーメダーバード 49名死亡
7月25日 バンガロール 2人死亡
5月13日 ジャイプルで63名死亡
現在進行中のテロ事件の早急な鎮圧と背後関係等に関する解明を望みたいところだが、それが明らかになったところで、根本的な解決などありえないことが、一番難しいところだ。社会に不安と秩序の乱れを、そしてコミュニティ間に対立や猜疑心を与えることは避けられないだろう。
悲哀と混乱を闇であざ笑う何者かに対して、私たちはかくも無力なのか。底知れぬ悪意を抱く者たちに行為に対して、私たちはただ黙ってそれを受け入れるしかないのだろうか。
あるいはこれを悪魔の仕業とするならば、良き市民たちはそれを神から与えられた試練と受け止めるのしかないのか。
ニュースが退屈であることは、実は幸せであること、ごく何でもない日常がどんなにありがたいことか、改めてしみじみ感じる。
TERROR STRIKES MUMBAI AGAIN, OVER 100 KILLED (ZEE NEWS.COM) -
キリノッチはどうなっているのか?
今年後半に入ったあたりから、インドのニュース雑誌その他のメディアでしばしばスリランカの内戦にかかわる情勢が取り上げられる機会が増えたように思う。それはすなわち戦況に大きな転機が生じているためだ。
昨年春にLTTEがコロンボにある国軍施設に空爆を加えた際、世界でも珍しい反政府軍所有の航空機による政府側に対する攻撃として注目を集めたとき以上のものがある。
2000年以降、政府との間の停戦、2003年の和平交渉においては、それまで堅持してきた分離独立を求める姿勢を改め、連邦制を敷くことに合意するなど、後に紆余曲折はあれども、内戦の終焉へと向かうのではないかという観測もあったが、そうはならなかった。
2004年にはLTTE内での分裂により、それまで9,000名を数えるとされた兵力が半減し、相対的に弱体化の様相を見せる中、2005年に現在のマヒンダ・ラージャパクセ大統領就任直後から連続したテロ攻撃をきっかけに内戦が再燃、しばしば報じられているとおり、今の大統領はLTTE掃討について積極的な姿勢で臨むようになっている。
LTTEは、最盛期にはスリランカの北部および東部のかなりの部分を制圧しており、その地域はスリランカ北西部からぐるりと海岸沿いに、彼らの本拠地である国土の北側沿岸地域を経由して、東部海岸地域にまで至っていたものだ。しかし現在ではかなり縮小しており、ジャフナ半島付け根の南側地域を実効支配するのみだ。
近ごろ政府軍が有利に展開を続けていることを背景に、大統領はLTTEを軍事作戦で壊滅させることに意欲と自信を深めているようだ。
大統領は、LTTEとの戦闘状態について、『内戦ではない。テロリストへの掃討作戦である』という発言をしていることからもわかるとおり、従前の和平交渉での相手方当事者としてではなく、『犯罪者』として相対していることから、そこに妥協や交渉の余地はなく、力でもって叩き潰すぞ、というスタンスだ。
いよいよLTTE支配地域の事実上の首都であるキリノッチへの総攻撃も近いとのことで、インディアトゥデイの11月10日号に関連記事が掲載されていた。
Cornering Prabhakaran (India Today)
ところで、この『首都制圧作戦』は、すでに昨日11月23日に開始された模様だ。
S Lanka attack on rebel ‘capital’ (BBC NEWS South Asia)
その情勢については、Daily Mirror他スリランカのメディアによっても伝えられることだろうが、そうした政府側とは対極にあり、LTTE地域の内側からの情報を伝えるTamilNetに加えて、近隣のメディア大国インドからの関連ニュースについても関心を払っていたいところだ。
正直なところ、スリランカの政府軍についても、LTTEについても個人的にはさほど関心がないのだが、こういう大きな軍事作戦が展開していることについては、とても気にかかっている。
後者について強制的に徴用された少年兵の存在もさることながら、同組織による支配地域に住んでいるからといって、すべての住民たちが心の底からLTTE支持というわけでもないだろう。政府に不満を抱きつつも、LTTEに賛成という訳でもない・・・といっても、自分の居住地が彼らの支配下にあれば、その権力に従うほかにないのだ。
もちろん国情、経済状態その他によってその度合いや政治への参加意識はかなり違ってくるにしても、日本人である私たちも含めて、世の中の大多数の人たちにとって、最大の関心ごとといえば自分自身の将来、家族、友人、恋人、学校、仕事、趣味等々いった、自らの身の回りのことだ。
政治云々についてはそれを仕事にしているのでない限り、自分や家族のことよりも、国や地域の政治が優先、寝ても覚めても政治のことで頭が一杯なんてことは普通ありえないだろう。
そもそも人々がまともに暮らしていくために政府や政治というものがあるはずだ。その『政府』による武装集団、つまり軍隊が自国民の町を襲う、『政治』が人々の平和な暮らしやその命までをも奪うという事態が進行中であることについて、またこの『内政問題』について各国政府が黙認していることを非常に残念に思う。 -
海抜91cmの国土からの移住計画
地球温暖化に関わる様々なニュースを目にする昨今だが、インドのすぐ南の島国から気になる記事を見かけた。タイトルもズバリ『モルジブの新国土構想』である。
Plan for new Maldives homeland (BBC South Asia)
1000以上の島々から成るこの国の『最高地』はわずか海抜2m、国土の標高の『平均』はたったの海抜91cm。すでに20世紀にはこの海域で20cmほど海面が上昇したとされている。今世紀には海面が60?上昇すると言われている。
Wikipedia内にモルジブ首都のマーレを俯瞰する大きな画像が収録されている。水際まで迫る大小の建物や施設、背景のコバルトブルーと近代的なビルのコントラストが映える。だがこれを見てわかるとおり、海面すれすれのごく薄い陸地の上に街が構成されていることがわかる。
国土が海洋に面した極端な低地であるモルジブは、国民の将来を見据えて移住のための代替地を探しはじめたようだ。文化的に近いインドかスリランカで代替地を探しているとか。
現在の人口30万人を数えるモルジブ人たちは、将来『環境難民』となることが危惧されているという。
代替地・・・といってもそう簡単に新たな国土が見つかるものだろうか。候補とされる近隣国にしても、30万人を抱える国家がそっくりそのまま移動して存続していける、人々が居住可能なスペースがどこかに余っているはずはなく、その地域の自国民や産業等を犠牲にしてまでモルジブのために提供してくれることもないだろうから、現実的なアイデアとは思えない。
さりとて今のモルジブに人々が未来永劫暮らしていけるとも考えられないので、モルジブ政府が近隣国を含めた各国政府や国際機関等を通じて外交努力を続けていくしかないのだろう。
同様にツバル、キリバスといった南太平洋の島々から成る国々も同様の問題を抱えており、10年ほど前にツバルは自国が海面上昇により居住不可能となった場合のために近隣のオーストラリアとニュージーランドに自国民移住受け入れを打診した結果、前者は拒否したものの後者は前向きの姿勢を見せた。またキリバスについても国土が海中に没することを前提としたうえで、定住地で自活していくための職業訓練も含めた国外移住支援の要請を先進各国に依頼している。
もちろん温暖化により危機的状況にあるのはここに挙げてみた国々に限ったことではなく、他の多くの島嶼からなる国家はもちろんのこと、海岸に面したデルタ地帯や低地はすべからくそのリスクに直面している。もちろん日本とてその例外ではない。
だが将来国土のほぼすべてが水没し、国家そのものが滅びてしまうほどの極端な状況に置かれている国については、そのほとんどが経済規模が小さなことに加えて、国際的な発言力も大きくない。これらの国々の人々は、今後の自国政府による自助努力の成果について楽観的にはなれないだろう。
これらを遠く離れた南の島国の問題としてではなく、『私たちの問題』として捉えられるかどうか、彼らの未来はこの地球の各地に暮らす私たちみんなの意識のありかたにかかっていると言って間違いないだろう。
冒頭のBBCの記事では読者、主にモルジブの人々からのコメントや意見等を募集している。 -
荒松雄先生亡くなられる
インド史・南アジア史専攻の歴史学者、荒松雄先生が亡くなった。
インド中世史における数々の著作ととともに、新谷識のペンネームで推理小説も出版するなど、インドを専門とする大家であるとともに、小説家としても広く知られた方であった。
ご冥福をお祈りします。
東大名誉教授・南アジア史 荒松雄さん死去 (asahi.com) -
Daughter of the Eastを悼む

なんということだ。ついに起きてしまった。多くの人々が恐れていたことが。
過激派による警告を受け、10月18日の帰国前から身辺の危険に関する懸念を口にしていた。まさにそのとおりに帰国当日のカラーチーでのパレードで、この国でこれまでに起きた中でも最大規模のテロが発生し、ブットー自身は難を逃れたものの140人もが亡くなる大惨事となった。その際当局が供するセキュリティの不備等について、批判の声が上がっていた。このたび、まさに同様の事件が今度はラーワルピンディーでの遊説後に再発し、来年1月に予定される選挙の趨勢を握る重要人物が永遠に帰らぬ人となってしまった。 -
ディーワーリーとラクシュミー
すでに多くのメディアで取り上げられているが、ラクシュミーという名の少女の話である。ビハール州のアラーリヤー地区で父シャンブーと母プーナムの間に、4本ずつの手足、結合した2対の脊髄、二人分の神経系統、ふたつの胃などを持って生まれた2歳の少女、ラクシュミー・タートマー。可愛らしく利発そうな表情をしたこの幼児は、これまで立ち上がることも歩くこともできなかった。
このような姿で生まれてきたのは、彼女が結合双生児であったためだが、本来この世に生を受けていたはずのもう一人は未発達のまま、彼女に身体の一部だけを残すことになってしまった。
生まれたときにその姿からラクシュミーと名づけられた彼女のことを、村ではまさにそのラクシュミー女神の化身と言う者があるいっぽう、奇異の目で見られるのみならず、見世物小屋の一座から身売りを持ちかけられるなどといったトラブルもあり、人目を避けるようにして暮らしてきた。
それでもまだ幸運が残されていたのは、彼女の存在がバンガロールのスパルシュ病院関係者の知るところとなったことに加えて、彼女の身体の組織がほぼ左右対称であること、本来彼女の身体であるべき部分に、当人に必要な臓器等が揃っていたことなどがあるという。
手術にかかる費用は病院持ちとのことだ。おそらく同病院の先端医療技術を世間に知らしめるためという目的もあるにせよ、この手術の実現は関係者たちの温かい善意と熱意あってのことであると信じることにしよう。家族に伴われてバンガロールにやってきたラクシュミーに対し、11月6日に36名の医師たちからなるチームによって、今月6日の朝8時半から翌7日の朝10時まで、実に丸一日以上に及ぶ大手術が行われた。
手術は無事成功、現在ラクシュミーは集中治療室に収容されているが経過は良好とのこと。退院後は普通の生活を営むことができる見込みだという。
おりしも世間はディーワーリーのお祝いの時期。ラクシュミー女神に因んで名づけられたこの少女とその家族に対し、同女神からの手厚いご加護がありますように!
Lakshmi stable after marathon surgery (Deccan Herald) -
メディアって・・・

昨年7月、ハリヤナー州のクルクシェートラ近くで、プリンスという子供が深い穴に落ち込んでしまったとき、軍までもが出動して大掛かりな救助活動が行なわれた。
『A nation’s prayers save Prince』(Rediff.com)
多くのテレビチャンネルがインド全国にその進捗状況をつぶさにライヴでリポートしていたので記憶している方も多いだろう。
関係者の努力と親族の祈りの甲斐あって、プリンス・クマール少年は無事保護された。
蓋が外れてポッカリと口を開けたマンホール、工事のため深い穴が開いたままで放置されている道路、カバー無しの深い側溝等々、子供たちにとって危険な状況がいかに多く放置されているかということについてもテレビで大いに議論されていた。結局、非難されるべきはこうした状況を許している行政当局だ!というスタンスで様々な事例が取り上げられていた。少年やその家族たちにとっては大変な災難だったわけだが、こういう機会にこうした問題点をみんなで認識すること、行政当局に猛省を促すことは大いに意義あることだろう。
私自身も洪水の際、蓋無しのマンホールに落ち込んで危うく死にかけたことがある。たまたま非常に運が悪かった人間がこういう目に遭うというわけではなく、前触れもなく突然誰にでも降りかかってもおかしくない災厄だ。
あんなに大騒ぎしたにもかかわらず同様の事件で命を落とす例は続く。今日の午後はこんなZEEニュースでこんな報道がなされているのを目にした。
『ガーズィヤーバードのムスリムが多数派を占める地区、公衆便所を作る工事が進んでいた場所でモハンマド少年が穴に落ち込み救助活動が進行中』
13歳の男の子が落ちてから軍が出動して救助活動が始まるまで4時間以上もの時間が経過していること、少なくとも私がニュースを点けた時点では酸素ボンベその他、この類の事故の救助活動に提供されるべき装備が何も用意されていないとのことである。
またこの穴については、数ヶ月前から住民たちにより『このままではいつ事故が起きてもおかしくない』と当局に対する苦情が寄せられていたということだ。
同ニュースは、視聴者に『同様の危険な箇所が身近にあればぜひご連絡を!』と電話による情報提供を呼びかけている。
画面にモハンマドの父親の姿が映った。やせて小柄な男性である。向けられたマイクに対して不安で緊張した様子で訥々と語り始める。
ひとしきり彼が話した後、リポーターが彼に放った質問に耳を疑った。
『子供が穴に落ちたのは朝9時。やっと救助活動が始まったのは午後1時。そして今や午後4時半になりました。それでもモハンマドはあなたの元に戻ってくると思いますか?』
父親の表情は急変、見る見るうちに涙があふれ言葉にもならない状態になってしまう。号泣する男の様子をライヴカメラは映し続ける。
行政当局によるこれらの危険な箇所の放置と事故発生後のお粗末な対応を声高に非難するのは社会の公器としてのメディアの役目であるとしても、親族の不安をいたずらに煽りたてて悲嘆に暮れる様を映像までをも作り出す姿勢には大いに疑問を抱かずにはいられない。不幸にして事故にあった少年とその家族こそが被害者であり、ニュース映像演出の具などであってはならないはずだ。たとえその涙が視聴者の間に問題提起する内容のものであったとしても、事故当事者の心情を察するに忍びない。当事者の苦悩に追い討ちをかける取材方法は報道を口実にした暴力である。もちろんこうした事例はインドのメディアに限ったことではなく、他国でも大きな事件、事故、災害時などで同様の報道を目にする機会は少なくない。現場に急行したリポーターたちが、被害者たちに遠慮会釈のない質問を浴びせるのは当然の権利だと言わんばかりに。
こうして書いている今も、ポンプで溝内の水を抜き、救出作業が進行中だ。事故が起きたマンホール下の溝の中では酸素が不足しており、ガス(メタンガス?)濃度が高い危険な状態にあることが伝えられている。
少年が無事救出されることを祈るしかない。現場からリポートを続ける商業メディアについては、公権力を批判するとともに自らの報道の姿勢について自省と自制が必要なことを認識したうえで、思慮深く質の高い報道を心がけて欲しいものだと思う。 -
NHK BS放送で海外製作のドキュメンタリー続々
本日2月4日から『シリーズ 目覚めるインド』と題して、アメリカ、香港、イギリス、デンマーク、フランスといった国々で製作されたドキュメンタリー番組が放送される。先日NHK地上波でドキュメンタリー『インドの衝撃』が放送されたのに続き、近ごろ急にインド関係番組が増えてきているようである。放送予定は以下のとおり。
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2月4日(日)
午後10:10〜午後11:00(50分) ノンストップ! インディアンドリーム
午後11:10〜翌日午前0:00(50分) 密着 ボリウッドスターの日々
2月5日(月)
午後9:10〜午後10:00(50分) 潜入 新薬開発の舞台裏
2月6日(火)
午後9:10〜午後10:00(50分) 綿花地帯からの告発
2月7日(水)
午後9:10〜午後10:00(50分) ガンジーの“道”をたどる
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なお2月4日(日)にはBSハイビジョンでアジア自然紀行『ヒマラヤに吠(ほ)えるオオカミ〜インド・カシミール』という番組もオンエアーされる。 -
NHK スペシャル『インドの衝撃』
1月28日(日)から三夜連続でインド特集。昨日放送の『わき上がる頭脳パワー』に続き、本日29日は第二部『11億の消費パワー』が、そして最後30日には『台頭する政治大国』といった題目が与えられている。
躍進するIT産業と優れた頭脳、第三位以下を大きく引き離しての中国に次ぐ世界で二番目の巨大な人口を背景とした圧倒的な市場規模と人々の意識の変化による消費ブーム、国際政治の舞台において大きな存在感を示す大国ぶりと内政面で抱える様々な課題などといった切口から現代インドの姿が紹介される。
日本で放送される『インド特集』における番組制作者たちのアングルが『ロマン』『歴史』といったものからより現実的なものへとシフトしてきているものの、『近ごろインドは・・・らしい』『今どきのインド人は・・・である』といった具合に巷で言われている紋切型のイメージを追認させる形で作られているものが多いことについてはあまり変化がないように感じる。
もちろん今の日本にとってインドに対する最大の関心ごとといえば(観光を除けば)経済とその背後にある政治ということになるのだから、まさにその需要に応えたものであるとは言えるだろう。 -
日本でインド系放送の輪広がる

昨年から日本で東京のMOLA TVと大阪のHUMTUM TVがインド、パーキスターン、バングラーデーシュのテレビ番組をウェブ上で配信するサービス(番組配信事業において両社は提携関係にあり、契約パッケージ内容・料金ともに同一)を行なっており、この一年ほどで取り扱いチャンネル数が次第に増えてきた。
当初はヒンディー番組のみであったが、今ではパンジャービー、グジャラーティー、マラーティー、ベンガーリー、ウルドゥーと放送言語のバリエーションも広がっている。BTV(バングラーデーシュ)、PTV(パーキスターン)に加えて、南アジアのさらに他の国の放送をラインナップに加える予定もあるのだ。各現地語による放送番組をそのままウェブ上で流す、いわばケーブルテレビのインターネット版といえるだろう。
この盛況を受けて、新たな会社がこの業界に新たに参入する動きが出てきている。IP電話を利用した安いプリペイドカード国際電話の取り扱い、国際線航空券の販売、自動車の輸出などを手がける株式会社ユアチョイスコーポレーションである。
この手のサービスの広がりはADSLや光ケーブルによる大容量回線の普及を背景にしたものであることはいうまでもない。ZEE TV等の各放送局により国ごとに指定の番組配信取扱業者があり、これらの業者が番組を流すのは日本国内のみであること、番組で使用されるのはどれも現地の言葉であるため顧客の大部分が日本在住の南アジア系の人々であるため、日本における彼らの人口規模の相当な拡大が感じられる。
契約者の大部分を占める南アジア系世帯の中で、番組視聴時間が最も長いのは主婦であるといわれる。在日の南アジア系の人々の中に占める勤労者は男性が圧倒的に多い。彼らは日中ずっと仕事で出払っており夕方の帰宅時間も決して早くはない。そのためあまりテレビを見る時間はない。だが夫の赴任についてきた奥さんたちの多くは専業主婦で小さな子供がいるケースも多いので家にいる時間が長くなる。そのためこうしたサービスが必要とされるのだ。結局のところネット経由のインド系テレビ番組の普及のカギを握るのは主婦らと小さな子供たちなのかもしれない。
80年代末のバブルの頃から日本の街角では南アジア系の人々の姿が急増したのだが、当時は短期滞在において日本との間に査証の相互免除の取り決めがあったパーキスターン、バングラーデーシュ(そしてイラン)の人たちが工場や建築現場などで働いていたが、ほとんど例外なく単身で日本に来ていた。
やがて日本の景気の悪化とヴィザ取得の義務付けと審査の厳格化により、彼らの数は次第に減少していくのとちょうど入れ替わるように増えてきたのがIT関連の業界で働くインド人エンジニアたち。やはり彼らもまた比較的若い年齢層の人たちが多いが、前者と大きく違うのは合法的な在留資格を持ち、いわゆる3Kの職場とはまったく違う環境での業務に従事するエリート的な立場であることはもちろんのこと。しかし日本での生活面でも大きく違う面がある。若い層が多いことから単身者も決して少なくないものの、奥さんや子供を伴って来ている人が非常に多いことである。日中多くの時間を家の中で過ごすことが多い彼らにとってこそ母国の放送がリアルタイムで受信できることのメリットは大きい。
もちろんインドだけではなく、東南アジアや南米など各国の放送がネット経由で流れるようになっている昨今。在日の外国人等を相手に小さな会社が番組のパッケージを細々と切り売りする状況にも変化が現れるのではなかろうか。大手通信系会社が一手に複数の国々からなる大量のチャンネルを扱おうと試みることがあるかもしれないし、各国での大容量通信回線の普及が進めば、外国のそうした業者が日本国内に拠点を構えることなく、直接切り込んで来ることもあるのかもしれない。
いうまでもなく、現在インド系テレビプログラムを日本国内で配信する業者たちは、各放送局と正規の契約を交わしたエージェントであり、放送されるコンテンツについては著作権等の関係も含めて法的に守られていることから、他社が勝手な真似をすることは許されない。それでも第三者によるプログラムの二次利用や再配信、そして『海賊放送局』など、いろいろ出てきそうな予感はする。
かつて海外のテレビ放送受信といえば、巨大なパラボラアンテナを設置して海外のテレビ局による衛星放送を受信なんていう大掛かりでマニアックなものであったが、ここのところ急速に手軽で簡単なものになってきている。時代はずいぶん変わったものだとつくづく思う。こと通信や放送について、世界は本当に小さくなったものだとつくづく思う。 -
ハインリヒ・ハラー氏逝去
1月7日、オーストリアのハインリヒ・ハラー氏(Heinrich Harrer)が93歳で亡くなった。相当な高齢者となっていた彼は、山登りをやめてからずいぶん長い時間が経っているのに、やはり山屋はいくつになっても「登山家」と表現されるものらしい。
多才な彼はスキーヤー(1936年ドイツで開催の冬季オリンピック代表として選出されたものの、事情によりオーストリアのスキーチームがボイコットしたため参加できず)としても活躍しており、またゴルファーとしても鳴らした。1950年代後半には、オーストリアのアマチュアチャンピオンに輝いたほどの腕前であった。
スポーツ以外でも活躍分野は広く、地理学者として知られるとともに、作家としても20冊の本を著している。その中の一冊がかの有名な「Seven Years in Tibet」だ。
1938年、彼の祖国オーストリアがドイツに併合された結果、現在パキスタン領内となっているヒマラヤの秀峰ナンガーパルヴァト遠征に「ドイツ隊員」として参加したハラーは、翌39年に第二次世界大戦が勃発すると、当時のイギリス植民地当局に「敵性外国人」として捕まってしまう。
当時の国籍が「ドイツ」であっただけではなく、後年自身が「あれは間違いであった」と回顧しているように、彼はナチス党の親衛隊メンバーとして名を連ねてもいた。
1944年に収容所を脱出して、同僚とともに実に21ヶ月もかけてチベット潜入に成功。彼は当時まだ少年であったダライラマに会い、家庭教師役を任されることになる。
1950年に起きた中国によるチベットに侵攻後は母国に戻り、チベットでの体験や見聞などを「Seven Years in Tibet」としてまとめる。これは48もの言語に翻訳され、300万部を超えるベストセラーとなり、世界各国で愛読されるようになる。この本は、現在でもネパールやインドのヒマラヤ地域で、観光客向けの書店店頭に必ず並ぶ「定番」図書だ。
97年には映画化され、ブラッド・ピット主演で南米のアンデス地帯で撮影されたが、これを映画館でご覧になった方も多いことだろう。
このハインリヒ・ハラーという人は、雄大なヒマラヤのみならず、英領時代のインド、そして中国による占領前の独立チベットをも身をもって知る人であった。この機会に今一度、彼の本の扉を開いて彼が見聞した世界を垣間見てみるのもいいかもしれない。
訃報:ハインリヒ・ハラーさん93歳=登山家(毎日新聞)
