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カテゴリー: news & media

  • 中央アジアとボリウッド

    stil photo by The Rising 
     アーミル・カーン主演のインド×イギリス合作映画『The Rising』のロケがタジキスタンで進行中。なぜタジキスタンなのかというと、撮影地の風景が、映画の舞台となる19世紀のアフガニスタンに似ているからだ。
     ブラッド・ピットが出演していた『セブン・イヤーズ・イン・チベット』は、映画の内容に不満な中国当局から撮影許可が下りなかったため、アルゼンチン、モンゴル、カナダで撮影された。このように現地の政治・治安上の理由のため、第三国でロケが行われることはしばしばある。
     ロケ地アーエチーは、アフガニスタン国境から50キロほどのところのある村。昔から両国の間を行き来する人は少なくなかったことだろう。よほどアフガニスタン的雰囲気に満ちたところなのではないかと想像している。 
     下記の記事には「タジキスタンでインド映画が人気」とあるが、やはり旧ソビエト領・中央アジアの国ぐにでも、インド映画は人びとに親しまれているのだろうか。そういえば「タリバーン政権崩壊後のアフガニスタンで映画館が復活!」というニュースを新聞やテレビで見かけたときにも、「映画」とはすなわちインド映画のことであった。 
     以前、中国領・新疆ウイグル自治区を訪れたことがあるが、やはりインド映画はなかなか人気があるようだった。バザールで俳優や女優のブロマイドを目にし、町角でヒンディーポップスを耳にすると、妙に嬉しくなったものだ。
     映画の影響か、パキスタン人が多いせいか知らないが、カシュガルあたりではカタコトのヒンディー語/ウルドゥー語を操るウイグル族の商売人たちがいたりするのにもびっくりした。こうした地域でも好感をもって迎えられるインド映画。やはり地元の人びとの心の琴線に触れるものがあるのかもしれない。 
     日本でも一時インド映画が流行り、いくつかの作品が続いて公開された時期があったが、大多数の観客からは「これまでと違う変わった映画」「突然歌やダンスが出てくる奇妙な作品」といったキワものとして受け止められたのか、どうも定着しなかったようだ。
     ロードショー公開された映画が似たような作品に偏りがちで、「インド映画はどれも同じ」という印象を与えたのかもしれないし、マスコミの扱いが人びとに先入観を刷り込んでしまったのかもしれない。 
     それにしても、かたやインド映画を娯楽としてすんなりと受け入れられる国があれば、日本のように好奇心に満ちた眼差しでジロジロ観察した後、忘却の彼方へと押しやってしまう国もある。

     配給や上映時間の関係など、作品の内容以外にもいろいろワケがあるのかもしれないが、そもそもインド映画が定着するか否かということは、文化的・社会的な奥深い要因とつながりがあるのではないかと思う。 
    完成間近の『The Rising』 タジキスタンで撮影中

  • 列車の中からインターネット

    列車の中からインターネット
     
     かねてより話題になっていたインド国鉄のインターネット列車がついに実現。まずは6月末から、デリー・アムリトサル間、デリー・ボパール間路線のアッパークラス車両内でサービスを開始するとのことだ。 
     ここ数年、インドの通信環境の急発展には目を見張るばかりだ。国内の都市どこへいっても、インターネットにアクセスするのに不自由を感じることは無くなりつつある。ネットカフェ普及の背景には人びとの購買力不足がある。自前のPCや携帯電話を使ってインターネットに自由にアクセスできる人は、インドの膨大な人口を思えば、ほんの一部にすぎないことは間違いない。 
     たとえ携帯電話の普及率がウナギ昇りでも、いまだ街角には電話屋の姿がある。「仕事の必需品だからね」とタクシー運転手たちが携帯を持つことさえ珍しくない。しかし、それはあくまでも都市部に限ってのことだ。
     日本の場合、ケータイの普及とともに、街角の公衆電話はその存在意義を危うくし、次第に撤去されていった。昔は台風や事故で電車が止まると、公衆電話の前に人びとが長蛇の列を作ったが、そんなもの今では過去の記憶の中の風景となってしまった。
     インドでは携帯の普及が、そのまま電話屋存続の危機につながっているわけではないようだ。高価な機器、割高な通話料金を負担できる消費者はごく一部にすぎず、大多数の人たちはいままでのように電話屋を利用するしかない。
     もともと自宅に固定電話を持つ経済力さえなかった層の人びとが、携帯電話という金食い虫に飛びつくとは考えにくい。現在、携帯電話を利用している人たちの多くは、以前から形は違えど、様ざまな消費生活を楽しんできた層である。 
     そう考えてみると、インドにおいてハイテクの象徴にも見えるネットカフェの普及や列車内のインターネット接続は、まだまだ多くの人びとが自前で通信端末を持てない不便さの裏返しではないかとも思えてくる。
     PCの購入やインターネット接続にかかる費用は、先進国でも途上国でも、他の生活物価ほどの大きな差はないという。つまり、後者の負担はより割高であるということ。先進国とそれ以外の国、また途上国の社会で暮らす人びとの間に立ちふさがるデジタル・デバイドは、まさしく大きな壁なのだ。 
    無線ホットスポットで快適 列車でネット (BBC)

  • ブータンとインド

    bhutanTV 

     ブータンでテレビ放送が始まって5年目。おそらくそれ以前は、ごく一部の道楽人が隣国インドの地上波や衛星放送を受信して楽しむ他なかったのだろう。考えてみてほしい。二十世紀末まで存在しなかったテレビ文化が突然ドカッと流入したのだ。人びとへのインパクトは強烈である。地元コンテンツはまだ未熟で、放送されるのは外国番組が主体ということもカルチャーショックに拍車をかけていることだろう。 
     「テレビ放送」と一口に言っても、技術や経験の蓄積なしに、暗中模索してなんとかなるシロモノではない。業界のコアを占めるのは地元っ子ではなく外国人かもしれない。
     今なお鎖国状態のヒマラヤの小王国で、欧米からやってきたプロフェッショナルたちが大手を振って闊歩する…という光景は想像しにくいが、相互に人の行き来が盛んなインドからということならば納得がいく。 
     非熟練労働者から高度な専門職まで、ブータンで活躍するインド人は多く、学校で教えるインド人教員も少なくないようだ。国策として英語教育に力を注いできたブータンでは、国語以外の授業は英語を通じて行われているというが、この外来の言葉を定着させることができたのは、現場でのインド人教師の活躍あってのことらしい。 

    (さらに…)

  • インドがサッカーW杯で活躍する日

     2006年ドイツで開催されるW杯アジア一次予選・対日本戦で大敗してしまったインドだが、すでに水面下では、次の2010年本大会出場を目指して動き始めている。
     もちろん勝利への第一歩は、若手プレーヤーのレベル向上、未来へ希望をつなぐサッカー少年たちの育成だが、世界第2位の人口(若年者人口では世界一?)という圧倒的なスケールメリットを生かすために、競技人口の拡大が期待されるところ。 
     ヨーロッパの人口をみても、フランスは約6000万人、オランダは約1500万人、スウェーデンやデンマークなどは数百万人足らず、なおかつ高齢者の占める割合が高い。そのような国ぐにが、ワールドカップに繰り返し出場しているのだ。
     サッカー発祥の地イギリスの人口はおよそ5900万人だが、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドのサッカー協会はそれぞれ個別でFIFAに加盟している。おのずと「代表チーム」もその数だけ生まれ、力が分散してしまうにもかかわらず、押しも押されもせぬ欧州の強豪の一角を占めている。一体インドの人口はこれら国ぐにの何カ国分にあたるのだろうか。 
     大きな国が強いわけではない。娯楽、大衆文化として、国民にどれほど強く支持されているかが、「サッカー」というスポーツ文化を支える大きな柱となる。
     競技普及の背景には、気候、文化的背景、伝統、そのほか土地固有の要素が作用する部分は大きい。(ジャマイカのボブスレーみたいな例外はあるが)スリランカのような常夏の国でウィンタースポーツ選手を、サウジアラビアで女性競泳選手を見かける機会はまずない。エジプトに柔道選手はいても、相撲の世界に飛び込む人がいるとは思えない。
     インドにおけるサッカーはどうだろうか。クリケットに圧倒され、競技人口も人気も少ない。普及には地域的な偏りが大きく、全国規模の娯楽というにはほど遠いのが現実だ。
     マナーといい、プレースタイルといい、紳士的雰囲気が漂うクリケットと違い、フィールドを息つく間もなく駆け回るなんて上品じゃないというイメージがあるのかもしれないが、サッカー同様にハードな「ホッケー」も、インドの人気スポーツのひとつだ。
     また、酷暑期のこの国でサッカーなんて、想像しただけで目眩がしそうだが、アラビア半島やアフリカなど非常に暑い地域でも人びとはサッカーに興じている。
     マレーシアのプロサッカーリーグ=Mリーグで活躍するインド系選手やレフェリーは多く、インド文化がサッカー普及を阻んでいるということはあまりなさそう。要はキッカケだろうか? 

    (さらに…)

  • オペレーション・ブルースターから20年

    Photo by Swadesh Talwar/Indian Express 
     1984年6月、パンジャーブ州アムリトサルにあるスィク教総本山、ゴールデンテンプルにスィク教徒たちが立て籠もった。彼らは独立国カーリスターンを求める過激派、軍の部隊が突入して多数の死傷者を出した。
     このオペレーション・ブルースターという作戦を強行したことで、同年10月、インディラ・ガーンディー首相は暗殺されることになった。犯人が彼女自身のボディーガードだったことから、反スィク暴動が発生、3000人近くの犠牲者を出した。
     その後も政治的暴力とテロの悪循環な連鎖が続き、パキスタンの関与や、欧米先進国在住のスィクコミュニティからの資金流入についても取り沙汰されるなど、事件は州を超えて国家的な大問題となった。 
     事件当時、パンジャーブ州の治安悪化のため、外国人の立ち入りが制限されるようになり、インドからパキスタンへ陸路で旅するバックパッカーたちは、政府によるパンジャーブ入域許可書を取得した上、毎月3のつく日(3日、13日、23日に)に運行している国境行き専用バスを利用しなくてはならなかった。 
     80年代末、ようやく許可書が不要となってからも、州内の道路を日没後走行するのは非常に危険であるとされた。アムリトサル市内各所に土嚢を積んだトーチカがあり、配置されている兵士たちはライフルを腰だめに構え、非常に緊張した雰囲気であった。 
     しかし、92年のパンジャーブ州議会選挙後、事態は急速に収拾へ向かった。 
     現在、パンジャーブ州の平和な様子を見ると、そんな過去のことなど想像もつかないが、当時を知る地元の人びとにとって、あの事件はつい昨日のことのように生々しく思い出されるはずだ。 
     首都デリーで首相暗殺の報復暴動によって命を落とし、家財を失ったスィク教徒の家族たち、パンジャーブ州で混乱の時代を生きた人たちにとって、インドの新首相マンモーハン・スィン氏がスィク教徒であるということは、彼が同郷(氏の故郷は現在パキスタン領だが)の人間である以上の大きな意味があるのかもしれない。 


    ●関連リンク
    「あのとき」を振り返って (BBC)
    ゴールデンテンプル事件 人々の記憶 (BBC)
    イギリス在住スィク教徒たちの想い (BBC)

    OPERATION BLUESTAR 1984 : 事件の概要(AllAboutSikhs.com)

  • 日本完勝 インドも頑張った

    FIFAワールドカップ・日本対インド戦/photo by Indianfootball.com
     去る6月9日、2006年にドイツで開催されるW杯アジア一次予選グループ3の日本対インド戦が行われた。埼玉スタジアムにぜひ足を運んで観戦したかったのだが、思い立った時にはすでにチケットは完売。注目度の低いゲームなので試合開始直前に当日券を買って悠々と入場できるだろう…という読みは甘かった。予選とはいえ、世界へつながる大切な試合。出場する選手たちと同様、ファンがチケットを得るのもまた真剣勝負だった—-。
     そんなわけでTV観戦することになったのだが、国際試合独特のあの雰囲気はスタジアムでなければ味わうことができない。
     極めてレベルの高い試合であっても、トヨタカップ(インターコンチネルカップ)ならば、純粋に世界最高水準のサッカーを楽しみに来ている人たちが多い。日の丸とは関係のない外国同士の対戦ということもあって実にニュートラルな姿勢である。
     これが自国代表の国際試合となると様相が一変する。試合前の両国国歌演奏とともに「国のメンツをかけた戦い」のような雰囲気が立ち昇り、はっきりとテンションが上がってくる。誰もがウルトラ愛国者になって、ピッチの上の日本代表選手のプレーに一喜一憂する。自陣ゴール前でのピンチに息を呑み、自国選手が
    ゴールを決めたとたん、スタンドは一瞬にして沸騰。自国チームに熱い想いを抱く。
     スポーツの国際試合で瞬間沸騰する即席ナショナリズムとは不思議なものだ。互いに見ず知らずの群衆が、「同じ国籍」というごく曖昧なつながりを軸に、心をひとつにして熱く盛り上がるなんて、スポーツ以外に考えられるだろうか。日本のようにほぼ国籍=民族の国もあれば、様々な人種や言葉が同居している国も多いのだから。
     —-試合は7対0で日本の完勝。インドにとっては残念だが、圧倒的な技量の差は仕方ない。総当たり戦のトーナメントで他国と勝ち点で並んだ場合、得失点差がものを言うので更に追加点を加える動機がある。とはいえ、出場機会の少なかった選手を試す機会、そして個人記録(主に得点記録)を築くための消化時間と言えないこともない。負けているほうにしてみれば試合を続けるモチベーションも低く、絶望感と恥辱に耐えながらタイムアップの笛が鳴るのを待つことになる。
     サッカーでは3〜4点も差が開けば、逆転されることはまずあり得ない。決められた時間までプレーを続けることに意義があるのか疑問だが、野球やボクシングように、大きな得点差を理由に試合を打ち切るルールは存在しないのだから厳しいものだ。
     インドもなかなか頑張った。守りをがっちり固めつつ、カウンター攻撃を狙うという戦法に終始するだろうという大方の予想を裏切り、キックオフ後しばらくは果敢に攻める姿勢を見せた。この試合で最初のシュートはインド側によるものだった。そこまでは「インドもなかなかやるじゃないか」と思ったのだが…。
     海の向こうのインドでも、やはりサッカーファンたちがテレビの前に集まって声を張り上げていたのだろうか。9月8日、インド・カルカッタで行なわれる次の試合では、一矢報いようとインド代表チームも頑張ってくるはずだ。開催地のクラブチーム「イースト・ベンガル」に所属するインド代表選手は多い。面白い試合が期待できるかもしれない。この試合をスタジアムで生に観戦できる方々がうらやましい。


    ●関連リンク
    Kahkashaan:メヘンディー掲示板「インド戦 ご報告」
    会場に足を運び、インドチームのサポーターとなった日本人によるちょっと寂しい報告。青い群集の中でサリー、やってほしかったなぁ。
    これでインディア「6/10 サッカーW杯予選 インド×日本」
    デリーからのリポート。現地での反応は…TV中継もなかった!?

  • インド代表チームがやってくる!

     6月9日の夕方、埼玉スタジアムジャナ・ガナ・マナと君が代が流れることになる。ご存知「2006 FIFAワールドカップ」のアジア一次予選グル−プ3のトップをめぐり、二勝無敗で独走する日本と、一勝一敗で三位につけているインドが対戦。試合の様子は夜7時からテレビ朝日系列で生中継される予定だ。
    W杯インド代表チーム
     FIFAランキングでは、格上のシンガポール(110位)を下す頑張りを見せたインド(139位)。アジアでは韓国と並ぶ強豪・日本(25位)との実力差は計り知れないが、W杯本大会出場常連国となりつつある日本チームを相手に、インドがどれだけのプレーを見せてくれるか期待したい。
     何を隠そう昔はサッカー小僧だった私。間違っても、日本の引き分けや負けといった大失態は期待しないが、往年のインドファンとしては、インドが記録的な得点差で負けるなどという悲しい試合は見たくない…複雑な心境である。
     試合内容とともに気になるのはスタジアムの観客席の様子。はるばる母国の代表チームがやってきても、クリケットとは違い、インドにおいてサッカー人気は特定地域に偏っている。頼みの綱は、IT系プロフェッショナルを中心とした在日カンナダ人(カルナータカ州出身)たちだが、あいにく試合は平日の夜。忙しい彼らが会場まで足を運ぶだろうか?インド代表ゲームシャツを身にまとい、三色の国旗をはためかせて熱く応援するインド人の姿を見れるのか?
     この試合の後、9月8日に今度はカルカッタでインド側が日本代表を迎え撃つことになる。インドのホームゲームで、しかもサッカーが人気の西ベンガル州都だ。どんな盛り上がりを見せてくれることだろうか。 ともあれ、6月9日と9月8日の両日、日印サッカーファンはスタジアムに集合!


    ●関連サイト
    THE INDIAN NATIONAL TEAM
    ステファン・コンスタンティン監督のWEBサイト
    Kahkashaan:メヘンディー掲示板
    「インドも応援。アジア第1次予選」「観戦前に選手を知る。(続き)」ふたつのスレッドで話題。選手の顔と名前をチェック。
    スターとして 先駆者として―インド主将ブティア(読売新聞)
    サッカーリンク集 「さっかりん」
    日本国内ではインド代表チームの情報はほんと少ないようだ。
    パキスタン・インドにおけるサッカーボールの生産と児童労働
    日本のサッカボールもインド製!? ボールにまつわるちょっと暗い話。

  • ヴェラッパさん再選

    photo by www.globalaging.org
     以前、きまぐれピックアップでもふれた「最高齢のインド現役国会議員」ラーマチャンドラ・ヴェラッパさん。元々は国民会議派だったが、現在ではBJPに所属。総選挙での再選を目指して立候補していた。
     その後どうしたのか気になっていたが、調べてみれば見事当選。国会議員の高齢記録をさらに伸ばすことになった。しかし、厳しい選挙戦で体力を消耗したのか、体調を崩し、現在は病院で療養中とのこと。
     こんな年齢で、議員という責任ある仕事がまっとうできるのか、と心配に思う人も少なくないだろう。彼が続投できるのは選挙区の人びとからの信頼が厚いためだが、彼にかわる魅力ある人材が出てこないという背景もある。
     インディア・トゥデイ誌の懸賞付世論調査の中で、こんな質問を見かけたのを思い出した。
    ●政治家に65歳定年を設けるべきか?
    ●国会または州議会の議員に選出されるのを、
     五期以内に制限するべきか?
    ●大臣(首相を含む)を務めることのできるのを、
     二期までに制限するべきか?
     インドは総人口の54%が25歳以下という若者の国だが、国会議員の平均年齢は55歳以上で、中央政府閣僚ともなると平均61歳を超えるという。
     社会の年齢構成に見合った政治の若返りも必要だが、言うまでもなく高齢者も社会の大切な一部である。一世紀近く生きてなお、社会の第一線で活躍しようというのだから実に頼もしいおじいさんだ。
     政権が中途で解散することがなければ今回の任期は5年。5年後には、ヴェラッパさんは99歳。こんな型破りな人がいるのもまたインドらしい。


    ●ヴェラッパさんの近況
    記事によって年齢が違うのは、「やっぱり」という感じ。
    心配無用!ワシは元気だ (The Hindu)
    Good day? bad day (BBC)

  • 寄港地から格安フライトはいかが?

    Air Asia
     妙チクリンな料金でキャンペーンを打っている航空会社があるとは聞いていたが、いくらなんでもこんなに安いとは!
     タイやマレーシアを中心に、空のネットワークを広げているエア・アジア。限られた座席数とはいえ、バンコク―ナコンラチャシマー間をたった9バーツ(1バーツ=約3円)で乗せてくれるオドロキのキャンペーンを打ち出している。バンコク市内を走るエアコンバス並みの料金で、そんな遠くまで連れて行ってくれるとは!
     それ以外に、マレーシアのクアラルンプルからペナンまで、9.99リンギット(1リンギット=約30円)というチケットもある。どちらも空港税や保険その他500円ほどプラスアルファになるが、それにしても驚愕の安さだ。
     日本で働いている私としては、目下、お金よりも時間が欲しくてたまらないが、インド帰りに、バンコクやクアラルンプルに立ち寄る人は少なくないだろう。この超格安の便を利用された方があれば、ぜひお話をうかがいたいものだ。
     それにしてもいまだ割高なインド国内の空の便。価格競争の波がやってくるのはいつの日のことだろうか?

  • 「圧力鍋」と「造反有理」

    cooker bomb
     「インドからネパールへの圧力鍋の持ち込みはご法度」という決まりがあることをご存知だろうか。たかが圧力鍋とあなどってはいけない。取り締まりはかなり厳しく、禁を破ったものは警察に拘束されることもある。
     禁止の理由は治安対策。「鍋が危険物?」と首をかしげる向きもあるかもしれないが、大量の火薬と組み合わせることで、圧力鍋は強力な時限爆弾に簡単に変身する。これらは、ネパール各地で頻発しているマオイスト(毛沢東主義者)のテロに頻用されているのだ。
     調理器具の販売業者にとってはとんだトバッチリ。高地で煮炊きするために持ち込んだ道具に難クセつけられて困惑する外国の登山隊もあるようだ。
     圧力鍋はガスコンロとともに、インド・ネパール主婦たちの家事の負担を軽減してきた。家庭でも食堂でも、あの「シューシュー」という音が聞こえてくると、条件反射的に「さあ、ご飯だ!」とお腹がグウと鳴る。アットホームな温もりを感じさせる生活音のひとつである。
     家族団らん、あるいは仲間たちとの食卓に並ぶ、おいしい料理を作ってくれるはずの調理具が、こともあろうか、多数の人々の命を殺めるとは想像するだけでも恐ろしい。
     いまや世界のほとんどの国で、「共産主義」や「革命」というボキャブラリーが歴史的用語となってしまった感もあるが、ヒマラヤ山脈の一角ではいまでも現実味を持って受け止められている。
     マオイストの活動に加わる人びとの中には、少数民族と女性が多い。被抑圧者たちの切羽詰った状況が団結力を生み、暴力によって恐怖を煽り、服従させることによって勢力を拡大する。「政権は銃口から生まれる」という毛沢東の人民戦争論を忠実に実践しているのだ。
     狭いながらも民族ゴッタ煮状態のネパールは、現在、内側から相当な圧力がかかっている。今後、うまく蒸気を逃がすことができるのか、それとも破裂してしまうのか予測がつきかねる。
     隣国インドでも、規模は小さいがナクサライトのような左翼過激派を抱えている。地続きで相互に人びとの往来が盛んな両国。国境をはさんだインド側でも過激思想や違法な武器の蔓延といった心配もある。
     ネパールで事業、あるいは投資を行うインド人たちが、マオイストの強請りや攻撃の対象になっているため、状況次第では両国の関係にもヒビが入りかねない。今後の成り行きが気になるところだ。
     政府が治安対策を強化したところで、反乱を生む土壌は変わらないだろう。なにしろ毛沢東語録によると世の中は「造反有理」なのだから。


    ▼関連リンク
    ・圧力鍋爆弾テロ:
    Army claim 18 Maoist killed
    Violence in Nepal escalates
    Youth shot dead, bomb blasts rock valley
    ・日本人の日記から:
    ポカラ空港「圧力鍋持ち込み」でモメる(Osaka Alpine Club)

  • インドの新しい顔

    マンモーハン・スィン新首相 / photo by rediff.com
     すったもんだの末、ようやくインドの新しい首相が決まった。インドの新しい顔となったマンモーハン・スィン氏は、1990年代初めに国民会議派=ナラシマ・ラオ政権で財務大臣を担当。91年の経済危機を乗り越えて、その後の成長へと続く改革の道を切り拓いた。当時のラオ首相の最大の功績は、彼をこのポストに起用したことだとまで言われる。
     1932年、現在パキスタン領内にあるパンジャーブ州西部生まれ。パンジャーブ大学、オックスフォード大学、ケンブリッジ両大学で学んだ後、国内いくつかの大学で教えた経済学者であるとともに、中央銀行総裁をしていたこともある。
     パキスタンのムシャラフ大統領(インドのデリー生まれ)とともに、南アジアの両大国のリーダーの生まれ故郷は、そろって国境の反対側ということになる。このふたつの国の血のつながりの濃さを象徴しているようだ。
     マンモーハン・スィン氏はインドで初めてのスィク教徒(非ヒンドゥー教徒としても最初)の首相でもある。彼によって「名前の綴りにRが含まれる人物は首相になれない」という謎めいたジンクスは破られた。
     過去のインド首相で、自身がこれほど経済に明るい人物がいただろうか。どこから見ても異色な新リーダー。会議派政府を閣外協力する左派との関係の舵取りが難しいと思われるが、今後の手腕に多くの人びとが期待しているに違いない。

  • 最後に笑うのは誰?

     今回の選挙結果が、インド経済に大きな波紋を広げている。大勢判明直後の大幅下落にとどまらず、週明け月曜日には、過去129年間で最大の暴落を記録してしまったインドの株式市場。好景気の波に乗ってきたインド経済に急ブレーキがかかり、新政権は発足前から面目丸つぶれである。
     一連の出来事で、いまをときめく財閥オーナーたちにも大きな被害が及んでいる。昨年度の長者番付トップで、リライアンス・グループを率いるアンバニー兄弟にいたっては、なんと594億Rs(約1490億円)もの損失が推測されている。
     だが、こうした財力ありあまるお大尽たちはともかく、本当にスッカラカンになってしまって頭を抱える市民も少なくないだろう。
     予想外の勝利を収めた国民会議派は、強い逆風を受けてのスタートとなる。アテにしていた諸々の左翼政党の取り込みは不調。第一党の国民会議派、野党に転落したBJPに次ぎ、三番目の議席数を確保したマルクス主義共産党は、政権に直接参加せず閣外協力に留まることを表明している。イデオロギー的なものはもちろん、再来年に控える西ベンガル州選挙(国民会議派が最大のライバルとなる)の都合もあるようだが、会議派に対して自分たちの価値を吊り上げようという意図も見え隠れする。
     同党をはじめとする左翼陣営は、国営企業民営化プログラム(この中には政府が所有する銀行、航空会社のエア・インディア、インディアン・エアラインスも含まれる)に一様に反対しており、今後はこの第三勢力の動きが政局の重要なカギ、…いや政権の存続をも左右するようになるのかもしれない。
     単独で過半数を確保できなかった国民会議派にとっては気が重い問題ばかりだ。ただでさえ軋轢の大きい寄り合い所帯の連立政権。閣外からの「協力」と同時に大きな「圧力」もかかってくることを覚悟しなくてはならない。
     今回の総選挙の結果、最後に笑うのは誰だかはっきりするまで、もうしばらく時間がかかるようである。
    財閥主たちはいくら損した? (Times of India)