ただいまメンテナンス中です…

カテゴリー: news & media

  • Missing ! 大量の爆発物

    ラージャスターン州のドールプルにある公営企業の工場からマディヤ・プラデーシュのサーガルに運ばれる途中だった爆発物と起爆剤を積んだトラックが、今年4月から7月までの間になんと61台も行方不明になっているというニュースがメディアで報じられたのは8月半ばであった。 

    これらは掘削目的で製造・運搬されていたものということだが、トラック61台の積荷は合わせて300トンという大量の爆発性の危険物であり、テロ組織等の手に渡っているのではないかと懸念されていたことは言うまでもない。 

    61 trucks carrying tones of explosives go missing (videos from India) 

    その報道の数日後、行方不明になったトラックのうち4台が発見されたとのニュースが流れたものの積荷は見つかっていない。またトラックを運転していた人々はどこに行ってしまったのだろうか。行方不明の61台のうちの58台は、書面上では目的地であるサーガルに到着しているように偽装されていたとのことだ。 

    4か月のうちに散発的に起きた事件とはいえ、全体でこれほど大掛かりなトラックを蒸発させることができるのは一体どういう犯人たちなのか。これほど沢山の『戦利品』をどこに秘匿できるのかという点から、第一に疑われるのは当の取引関係者たちだ。これが積荷の横流しや架空取引等を繰り返していた結果であるとすれば、金額はともかく扱っていたものが爆発物と起爆剤という国の治安への影響から、歴史に残る経済事件となる可能性がある。 

    300 tonne explosive missing (The Tribune) 

    だがここにきて、事件はとんでもない展開を見せている。行方がわからなくなっているトラックが、なんと『あと102台もある』というのだ。これらも先述のラージャスターン州のドールプルからマディャ・プラデーシュのサーガルならびにアショークナガルに運搬途中に蒸発してしまったものだという。積荷の総量は合わせて850トンに達する見込みだ。 

    163 explosives-laden trucks went missing: MP police (ZEE NEWS) 

    まだ事件の全容や背後関係が明らかになっていないため、現時点でいろいろコメントするのは早計かもしれないが、危機管理という点においてインドという国の足元そのものが脆弱であることを如実に示した事件でもある。 

    今年10月の英連邦大会開催までひと月あまりとなっているが、失踪中の163台のトラックに積まれた危険物の行方が気になるところだ。

  • babajob

    babajob

    babajob.comというサイトがある。要は求職サイトなのだが、地域と職種を選んで進んでいくと連絡先、サラリー、勤務地、勤務時間、必要とされる言語、その他注意事項等が出てくる。

    トップメニューでいくつかの言語の中からひとつを選び、職種や地域ごとに調べることができる。また希望する給与から探すこともできる。

    あるニュースサイトに『非正規雇用者の求人情報サイト』と書かれていたが、これは正しくないだろう。ハウスキーパー、庭師、運転手、料理人、チョーキーダールといった仕事の他に、会計、ITエンジニア、教員などといった専門職の求人もある。 (さらに…)

  • アジア文庫

    東京都千代田区の神田神保町にあるアジア文庫の店主で、同店ウェブサイトの『アジア文庫のレジ裏から』でレジ裏話を発信してこられた大野信一氏が今年1月23日に亡くなられていたことをつい先日知った。
    私はここしばらく同書店を訪れていなかったが、ホームページにあるとおり経営権を内山書店に譲渡し、内山ビル5Fにあった店舗を3Fに移転して営業しているとのことだ。
    本の街、神保町の中でもとりわけ個性的な書店のひとつとして知られてきたアジア文庫は、限られたフロア面積ながらも、アジア関係(中国以外)の専門書店として、一般図書から他ではなかなか手に入らない書籍まで、様々な本を読者たちに提供してきた。
    昔、たまたまこの店を見つけたがゆえに××国に興味を持ったとか、その後××国に住むことになったという、どこかの国や地域と関わるそもそものきっかけとなったという人もあるのではないかと思う。
    慎んで大野信一氏のご冥福をお祈りいたしたい。
    ※彼方のインド 5』は後日掲載します。

  • ブンガワン・ソロは永遠に

    インド関係ではなく、突如『インドネシア』ネタで恐縮である。
    16世紀に交易のため渡ってきたポルトガル人たちとの交流にオリジンを持つといわれるインドネシアの大衆音楽クロンチョン。西洋起源の弦楽器(ギター、チェロ、ヴァイオリン等)と管楽器(フルート、クラリネット等)を使うが、言葉がインドネシア語であるのはもちろん、インドネシア的な旋律で演奏するクレオールな音楽だ。
    そのクロンチョンの古典的な名曲で、同国の国民歌とも言うべき『ブンガワン・ソロ』の作者グサン・マルトハルトノが今月20日に亡くなった。享年92歳。
    1940年に作られたこの曲は、当時ラジオが普及し始めたインドネシアで大ヒットした。旧日本軍の慰問関係で同国内各地で演奏していたため、第二次大戦で同国へ出征した日本軍兵士に間でも広く知られ、人気のある曲であったようだが、この国を植民地としたオランダ人在住者たちもそのメロディーに惚れ込んだという。
    やがてその人気は国境を越えて日本にも及ぶ。1948年には松田トシが和訳歌詞でレコードを出している。もっとも当時はインターネットのような情報共有手段もなく作者が誰なのかは知られておらず、グサン・マルトハルトノが作った曲であることが『発見』されたのはかなり後になってのことである。

    現在のインドネシアでも、クロンチョン音楽界を代表する女性歌手スンダリー・スコチョはもちろんのこと、今でも様々な歌手がカヴァーしている名曲だ。今後も長く歌い継がれていくことだろう。

    ブンガワン・ソロの作者が死去 グサン・マルトハルトノ氏 (47 NEWS)
    ※『彼方のインド3』は後日掲載します。

  • KKHの湖

    中国の援助により1966年に着工し、20年後の1986年に全線開通したパーキスターン北部から中国新疆ウイグル自治区へと抜ける国道35号線、通称カラコルム・ハイウェイ(KKH)は、厳しい地理条件のところを通っているため、しばしば崖崩れや落石で不通となるが、今回はこれまでになく深刻である。中パの間の陸路交通手段の途絶以上に現地の多くの方々の人命や財産にかかわる大きなトラブルが発生しているからだ。
    フンザ地区で今年1月に発生した大規模な崖崩れが発生。その際にふたつの村とそこに暮らしていた人々が犠牲となっているが、岩石や土砂がダムを形成し、川が堰き止められたことにより湖が出来上がってしまい、周辺地域の他の村落等が水没するなどの影響を及ぼしている。カラコルム・ハイウェイもこの部分で交通が途絶している。
    Update: Pakistan’s Karakoram Highway Blocked by Major Landslide (Matador Trips)
    現在、湖はコンスタントに成長しているおり、近々決壊することが予想されるなど、非常に危険な状態にあるそうだ。そういう事態となれば、大量の水が土砂とともに鉄砲水のように下流地域の村々を襲うことになるからだ。
    パーキスターンで観光ガイドをされている方のブログ『フェイサル・シャーのパキスタン便り』でもその模様を取り上げており、「5月から雪解け水が増えるから6月から8月までフンザ河の流れがとても激しくなり・・・」とあるように、ますます拡大する湖を前に緊迫した状況がうかがえる。
    今後の進展が気になるところである。
    The water bomb (DAWN.COM)

  • マンガロールで航空機事故

    AAJ TAKニュース画像
    エアインディア・エクスプレスはマンガロール・ドゥバイ間を毎日2往復しているが、本日ドゥバイを午前1時15分に出発して折り返すIX812便が午前6時頃マンガロール空港到着時の着陸失敗により、乗員6名および乗客160名合わせて166人のうち158名が死亡、8名が負傷という痛ましい惨事となった。
    すでにエアインディア・エクスプレスから160名の搭乗者リストが公開されている。ほとんどはUAEないしは他の周辺産油国から戻るインドの人々であったと思われる。
    IX812が滑走路にタッチダウンした時点で、通常の着陸ポイントを200 m越えており、速度もかなり超過していた。このままではオーバーランするとみた機長は、再度離陸を試みたものの間に合わず、離滑走路端にある90 mのマージンを越えた先にある塀ないしは樹木に接触するとともに、機体は斜面に落下した。
    着陸時に速度超過、ブレーキ等が充分動作しなかった理由その他、事故原因の詳細は今後ブラックボックス(この記事を書いている時点ではまだ発見・回収されていない)の解析や現場検証などにより分析を待たなくてはならない。
    事故機を操縦していた機長は、これまでに1万時間の操縦経験を持つ、近年ジェットエアウェイズから移籍した英国籍のセルビア人パイロットである。ドゥバイを午後1時に出て、マンガロールに午後6時15分に到着するIX384とともに、使用する機材はボーイング737-800。以下、事故を起こしたものと同型機の画像である。
    エアインディア・エクスプレスのボーイング737-800機
    マンガロール市の北東方面に位置する空港の俯瞰図は以下のとおり。

    大きな地図で見る
    同空港は2本の滑走路を持ち、上に示した衛星写真でグレーがかって見える部分はアスファルトで出来た旧来からの第一滑走路、白っぽく見えるものは2006年から使用開始されているコンクリート舗装の第二滑走路だ。今回事故機が着陸したのは後者の滑走路である。
    航空写真ではよくわからないが、空港のロケーションが台地にあり、滑走路の両端のすぐ外がスロープになっている。第一滑走路は長さ1600 mあまりしかなく、加えて高度差が7 mの『斜面状態』てあることから危険な空港として知られていたが、第二滑走路が完成することにより改善され、従来よりも大きな航空機の着陸が可能となっている。
    それでも全長2450 m であり、ほぼ同規模と思われるカリカット空港の滑走路が2900 m 近くあることに比較してかなり見劣りし、悪天候というコンディションが加われば、かなり難易度の高い空港であるとされる。
    つい先日、新しいターミナルビルの運用が開始されるにあたっての式典で、航空大臣が滑走路を延伸させる計画を発表したのは、航空当局はそのリスクを認識していたからだろう。
    エアインディア・エクスプレス以外には、エアインディア、ジェットエアウェイズ、キングフィッシャーといった航空会社が就航している。国際線ルートを持つのはエアインディア・エクスプレスのみ。
    先の述べたとおり、事故原因等については今後当局による分析を待たなくてはならない。しかし近年のインドの主要空港、とりわけローコストなキャリアが急伸して以降、許容量を越える乗客数を捌いている。高まる需要を背景に便数が伸びるが、空港を含めた航空施設という肝心のインフラ部分の整備は常に後手に回っているのが現状だ。
    管制その他運行そのものにかかわる部分、航行の安全にかかわる部分についても、かなり厳しいものがあるであろうことは想像に難くない。
    マンガロール空港はさほどスケジュールの過密な空港ではないのだが、カリカット、コーチン、トリバンドラムといった南インドのアラビア沿岸の空港は、国内線はもとより産油国方面へのフライト(多くの日本人にはあまり縁がないが)の需要が高い。
    このたび事故で亡くなった方々のご冥福をお祈りいたしたい。
    Mangalore: Air India aircraft overshoots runway, 159 dead (The Times of India)
    ※『彼方のインド3』は後日掲載します。

  • 在印アメリカ大使館ウェブサイトにて

    在印アメリカ大使館は、今月21日からデリーでのテロ発生の可能性を根拠とする注意喚起を出している。
    US warning over India ‘attacks’ (BBC NEWS South Asia)
    インド滞在中ないしはこれからインドに向かおうとしている米国市民に対し、こうしたメッセージが発せられることは時々あり、特に珍しいことではないが、おそらく何がしかの根拠があってのことだろう。
    これを受けて、日本の外務省は海外安全ホームページ内で4月23日付け『最新スポット情報』にて『在インド米国大使館は、首都ニューデリーでテロリストが攻撃を計画している兆候』なる記事をアップロードしており、同国とは情報収集能力において比較にならない開きがあることが見て取れる。
    ところでアメリカ大使館ウェブサイトのArchived Warden Messagesには、セキュリティ等に関して同大使館が発した過去のメッセージを一覧できるようになっているが、インドのヴィザに関して導入された2ヵ月ルールに関して、12月9日、15日、21日、23日と4回に渡って情報を提供している部分が目を引いた。
    テロ事件等は、局地的かつ一過性のものである (運悪く遭遇してしまった場合の危険はともかく)のに対して、広く周知されることなく変更されたヴィザのルールについては、まだそれが広く知れ渡っていない時期に出入国を予定している人たちに、等しく影響を及ぼすものとなる。
    ゆえにこうした情報を大使館が自国市民のために提供するということは歓迎すべきことであるが、私たちを含めてその他の国籍を持つ人々もすぐに参照できるウェブ上に掲載されているのはありがたい。言うまでもなく英語で書かれているがゆえに、国や地域を問わず世界中の人々が参照することができる。
    ともあれ、今後特に何も起きないことを願うが、今年10月3日から14日にかけてデリーで開催されるコモンウェルス・ゲームの時期はどうなのだろうか?とも思う。
    スポーツの試合が開催される施設、選手村、一定水準以上の宿泊施設等をはじめとして高度なセキュリティ対策が敷かれることとは思う。しかし人口1400万人にも及ぶ大都会であり、都市はいつでも誰でも出入り自由な空間であり、治安当局が躍起になってもなかなか目の行き届かないスポット等は少なくない。
    何か起きれば、最終的に責任があるのは行政や治安を司る政府ということになるが、そこで業務に従事する人々だけで安全を守ることができるのか、といえばそうではないだろう。
    日本ではコモンウェルス大会なるものに馴染みがほとんどないが、英連邦という枠内に限られた国々のみ・・・といっても71もの国々が参加する大掛かりなものだ。これまでインドが開催した中で最大のスポーツの大会でもある。
    各種競技に参加する選手たち自身にとっても、これを観戦する市民たちにとっても、『デリーにやってきて良かった!』『デリーで開催して良かった!』と、誰もが感動と喜びを分かち合うことのできる平和なスポーツの祭典となるよう祈りたい。

  • 最高峰への挑戦

    世界最高峰エヴェレストの標高といえば、8,848mであると思っていたが、長きに渡りネパールと中国の間で論争が続いていたようだ。『頂上』についての定義の違いによるものであり、前者は文字通り一番高くなっている部分、雪や氷に包まれた頂がそれであり、後者によれば氷雪の下にある岩石部分こそがエヴェレストの頂であるというもの。
    8848mとは、前者の主張に沿うものであり、中国側の言い分ではそれよりも4mほど低くなるらしい。だがこのほど中国はネパールによる『8848m説』を受け入れたことにより、この論争に終止符を打ったのだという。
    Official height for Everest set (BBC NEWS South Asia)
    だが上記BBCの記事の最後にあるように、US National Geographic Societyの計測によれば、8,850mであるとのことで、まだ『標高8,848m』異論を唱える人たちはいるようだ。
    ところで、エヴェレストといえば、言うまでもなく世界最高峰であるがゆえに、ベースキャンプからの最短時間登頂、最多登頂回数、最高齢登頂等々、数々の記録が話題になる山である。
    偉大な記録の樹立は、人々の大きな喝采と祝福とともにメディアを飾ることになるが、まさに記録とは破られるためにあるという言葉のとおり、更に上を行く人物が出てきて世間を驚かせてくれるものだ。
    こうしている今、新たな記録樹立を狙いネパール入りしているアメリカ人の少年がいる。彼、ジョーダン・ロメロが目指しているのは最年少登頂記録だ。1996年7月12日生まれの13歳である。
    American boy, 13, to attempt Mount Everest climb (ABC News)
    もちろん彼は素人などではなく、近年タンザニアのキリマンジャロ、アルゼンチンのアコンカグア、アラスカのマッキンレーその他の高峰を制してきたキャリアを持つ、極めて早熟なクライマーである。

    これまで最年少記録といえば、2001年5月に16歳17日で頂上を極めたネパールのシェルパ族のテンバ・ツェリ。それを大幅に下回る年齢での登頂が成功したとしても、後にその記録を塗り替える例はなかなか出てきそうにない。
    登山家としてはあまりに低年齢すぎる子供にこうしたチャレンジをさせることについて、医学面ではもちろんのこと、倫理的に問題であると捉える意見も多い。
    私自身、ジョーダンよりもいくばくか年下の息子を持つ親としては、登頂の成否云々よりも、彼が無事に帰還することを切に願いたい。
    同時期に、インドからは16歳の少年アルン・ヴァジペィーが同じくエヴェレスト山頂を目指しており、こちらもメディアで話題になっているところだ。
    Not eyeing records, says youngest Everest challenger (The Hindu)
    ちなみに女性でエヴェレスト登頂最年少記録を保持しているのはインド人。ヒマーチャル・プラデーシュのマナーリー近郊の村に暮らすディッキー・ドルマが1993年5月に19歳35日で登頂に成功している。

  • ラージャージー国立公園

    AAJ TAKのニュースをつけてみると、火事のニュースが映し出されていた。テレビで放映されたクリップの多くはウェブサイトでも公開されているので、下記リンクをご参照願いたい。
    हरिद्वार के जंगलों में लगी आग
    (AAJ TAK)
    ※ハリドワールのジャングルで森林火災
    ウッタラーカンド州のハリドワールでは、1月14日に始まり、4月28日まで続くクンブ・メーラーが開かれているが、数日前から近隣地域で発生した森林火災が続いており、昨日4月9日には、山の中にあるマーター・チャンディー・デーヴィー寺付近まで接近したとのこと。まだ延焼は続いており、今後の進展が心配されているということだ。
    だが、このニュースには付随するオマケもついていた。ハリドワールの近くにあるラージャージー国立公園で、西洋人たちがギターを弾いて歌っている様子だ。数日前から100人以上の外国人旅行者たちが園内に居ついて自炊しながら、飲めや歌えやの騒ぎを繰り広げているという。
    のどかな情景とは裏腹に『ヒッピー風の外国人たちが違法な『ジャングルに侵入した西洋人たち』『チラムを回しながら大騒ぎ』といった字幕とともに、国立公園での彼らの振る舞いについてのナレーションも流れてくる。
    ウェブ上にアップされている映像にもいくつかモザイク処理がなされている部分があるが、テレビで見たニュースでは、おそらく全裸らしき人物の局部にボカシがかけられたと思われる映像もあった。
    हरिद्वार: राजाजी नेशनल पार्क में घुसे विदेशी (AAJ TAK)
    ※ハリドワール:ラージャージー国立公園に侵入した外国人たち
    当人たちは、屈託のない表情で和やかに過ごしていたり、にこやかにインタビューに応じたりなどしているので、まさかこうした否定的な報道がなされるものとは思わなかったようだ。
    国立公園でこのような形で滞在したり、煮炊きをしたりすることは違法である。警察は彼らを退去させようと試みたものの、うまくいかなかったようだ。この『ヒッピーたち』については、たまたま近くの地域で森林火災が起きたことがきっかけで取り上げられることになったようだ。もちろん彼らが失火でも起こさないかということも懸念もあってのことである。
    昔からゴアをはじめとするインドのいくつかの地域では、こうしたヒッピーまがいの人たちが我がもの顔で振舞うスポットは知られていたが、内陸の国立公園でそんな場所があるとは知らなかった。1月から進行中のクンブ・メーラーがきっかけとなったのであろうことは想像に難くない。
    今の時代、メールアドレスを持たない人はいないし、旅行者の間でも現地のSIMカードを入れた携帯電話は普及している。最初は数人程度の集まりが、『何かオモシロそうなことやってるゾ!』と口コミからネットを通じて情報が広まったり、あるいはどこかのビーチなどで知り合った人と携帯電話で連絡したりといった具合に、ゾロゾロ集まってきたものと思われる。
    集まっている当人たちの脳天気さとは裏腹のメディアの取り上げかたの辛辣さに、ヒマラヤの奥に隠された西洋人ヒッピーたちの解放区という舞台設定の映画Charasを思い出してしまった。彼らは『(地元の人々が)ナイスな人たち』だの『美しい土地だ』などとしゃべっているが、自分たちの感覚がユニバースなものでないことを自覚しなくてはならないだろう。
    ニュース映像では、森林の中にいくばくか景色の開けた部分があるように見受けられたが、具体的にどんな土地なのかはよくわからなかった。100人もの外国人旅行者が集まるということは、それなりに交通のアクセスや食料品・日用品なども手に入るなどといった、そこそこ便が良く、かつ過ごしやすいところなのではないかと想像される。公園当局や地元警察等は、彼らの排除もさることながら、その場所が今後も同様の人たちが集まることを懸念しているのではないのだろうかとも思う。
    だがヒッピーであれ、その対極にある金満ツーリストであれ、外国から訪れる観光客を受け入れるということは、それなりの摩擦が生じるものであることも事実だ。感覚や常識にズレがある人々が次から次へと新たにやってくるのだから、いかに各方面から啓蒙に努めてみたところで、観光業から上がる収益を見込む以上は、俗に『観光公害』と呼ばれる現象が起きることは、ある程度仕方ないともいえるし、今後も似たような事例は続くはずだ。
    程度にもよるが、より深刻な害悪については厳罰で臨むべきであろうし、外国人の側も訪問先の法律についての理解と尊重を求められる。
    たとえば4月に入ってから、中国で覚醒剤の密輸にかかわった日本人に対する極刑の執行について、考えさせられることは多い。
    中国、さらに日本人3人の死刑執行 いずれも麻薬密輸罪 (asahi.com)
    死刑制度の是非、現地での取調べの方法や裁判の進行等に関する不備についての指摘もなされてはいるものの、国ごとに社会の事情は異なり、言うまでもなく独立したひとつの国家である。旅行であれ商用その等であれ、その国を訪れる人は現地の法制度を尊重しなくてはならず、『知らなかった』では済まされない。
    この関係の報道で、外から眺めると麻薬に対して厳格なイメージが定着した中国だが、人々の間でかなり広くいろいろなドラッグが普及しているという背景があり、常用者たちに対する罰則は比較的ゆるく、本人たちの更正を目指す方向に力点が置かれているようだ。
    蛇足ながら、覚醒剤ではないが大麻については、中国にもインドのマナーリー周辺のような地域がある。もちろん中国でも大麻を吸うことは違法であるが、雲南省の大理やその周辺では大麻が沢山自生している。
    昔、大理を訪れたとき、ドミトリーに宿泊している長期滞在の外国人客たちが、摘み取ってきた大麻を部屋の壁に乾燥させては吸引しているのをしばしば見かけた。彼らは『質はともかく、タダなんですよ』などと言う男は、中国で大麻が合法なのか違法なのかも知らなかった。
    今でもそんなおおっぴらなのかどうかは知らないが、聞くところによると大理には大麻が沢山あるという事情はあまり変わらないようだが、近年はそれなりに取り締まりがなされたり、逮捕される外国人なども出てきたりもしているらしい。
    良くも悪くも、ひとたび旅行者たちの間で、彼らを惹きつける魅力(?)が喧伝されてしまうと、それを目的にやってくる人たちが長きに渡って続く。口コミはもちろんのことながら、ガイドブックであれ週刊誌等であれ、ひとたびメディアに取り上げられて話題になると、それを孫引きしたような記事がいろんなものに掲載されて衆人の知るところとなる。
    景気、治安状況に左右されやすいことに加えて、ここが観光業の難しい点のひとつかもしれない。ラージャージー国立公園界隈はヒッピーの解放区ではないし、大理を訪れる人々の多くは大麻が目的というわけではないのだが、そうした風評がさらにこうした人々を引き寄せる誘因となり、こうした人々がそれなりの規模になってくると、彼らを目当てにした商売人たちも集まるようになってくる。
    もっともラージャージー国立公園のほうは、国の管理下にあるエリアであり、先の報道がなされたことから、適切な処置がなされて、こうした滞在の仕方が定着することはないだろう。だが土地の人々にとって思わぬ方向にいってしまっている『観光地』の例は、色々な国で決して少なくない。

  • ラシュカレ・タイバが『グローバル化』したらどうなるのか?

    ときどき、アメリカのニュース雑誌NEWS WEEKを手にしてみると、しばしば違和感を覚えずにはいられない。ちょうど中国共産党中央委員会の機関紙人民日報の人民日報の紙面面と共通するものがあるような気がする。
    自由と民主主義を標榜する国から発せられる世界中に流通する民間の週刊誌と、政府による厳しい情報管理がまかり通る国の独裁政党の機関紙が似ていると言うのは奇妙ではあるが、自らが是とするイデオロギーに対する異論を許さないという姿勢ゆえのことかもしれない。
    そのニューズウィークの報道ではあるが、こんな記事を見かけた。すでにひと月以上前のものではあるが。
    The Next Al Qaeda? (NEWS WEEK)
    90年代あたりまではカシミールを主な活動の場として暗躍してきたラシュカレ・タイバ(LeT)だが、今世紀に入ってからは2001年のデリーの国会議事堂襲撃、2005年のデリーでの連続爆破事件、2006年のムンバイーでの列車爆破事件に関わるなど、破壊活動の場を拡大してきていた。
    その中で特筆されるのは言うまでもなく、2008年11月に起きたムンバイーでの大規模なテロ事件であるが、2月にマハーラーシュトラ州のプネーで起きた爆破テロについてもラシュカレ・タイバを名乗った犯行声明が出ている。
    ラシュカレ・タイバとの繋がりでクローズアップされた外国人たち、ともにパーキスターン系で米国籍のディヴィッド・ヘドレー、カナダ籍のタハッウル・フサイン・ラーナーの存在、これまで明らかになっている彼らの足取りや行動の関係等から、このグループについて、それまで認識されていた以上の国際性が取り沙汰されるようになってきている。
    またインドでのラシュカレ・タイバのテロ活動について、2008年11月26日にムンバイーで起きた大規模な攻撃以降、インド以外の第三国の人々をも標的にするようになっている点、彼らにとって米国大使館も標的として浮上してきているということ、他のテログループとの提携なども含めて、他メディアでもしばしば取り上げられていることでもある。つまり彼らの活動が近年とみに広域化・グローバル化しつつあることが懸念されている。
    さらに悪いことに、彼らはパーキスターンでは決して闇の組織というわけではない。長年同国政府、とりわけISIと持ちつ持たれつの繋がりがあったし、地域医療活動などの福祉関係で、それなりに民衆の支持を集めていることもあり、社会的に孤立した組織ではないことには留意が必要だ。
    ラシュカレ・タイバの活動やネットワークの広域化、国際化は憂慮されるところではある。隣国からのテロに苦りきっているインドにとっては、アメリカの大メディアがこうしたテロ組織の脅威を、彼ら自身のセキュリティに関わる問題として扱うことは、好意的に評価できるものだろう。
    しかしながら『民主主義』といっても、その国ごとのカラーや社会的な事情から、それぞれずいぶん異なった様相を呈しているこの世の中。そうしたひとつひとつの国々に主権があり、様々な民意あるいは強権により運営されている。
    武力以外の外交手段を駆使して、ある国を変えようとしても、なかなかうまくいくものではないことはミャンマーの例を見ても明らかだ。あるいは戦争という強硬な手段により政権を崩壊させた後に、新しい国の枠組みを再建へと誘導すれば、民主的かつ公明正大な国が出来上がるというわけではないことは、イラクの有り様を見てもよくわかる。
    現在、パーキスターンで、ラシュカレ・タイバが活動できる土壌を変えることができるのか、といえば、当のパーキスターン自身にも、他のどの国にもできないだろう。
    上記リンクの記事を読んで非常に気になったのは、近い将来、本当にラシュカレ・タイバがテロリストの『グローバル・プレーヤー』として台頭したら、あるいは在外アメリカ公館、ひょっとしたらアメリカ本土でテロ事件を起こしたら、パーキスターンはどのような代償を払わなくてはならないのか、アメリカはどういうアクションを起こすことになるのか、ということである。
    あまりに恐ろしいシナリオが待ち構えているに違いない。

  • 大いなる落日

    Jyoti Basu
    一昨日、アジアを代表する歴史的な共産主義者、インド共産党マルクス主義派の伝説的指導者ジョーティ・バスが95年の生涯を閉じた。
    1914年7月に医者の家に生まれる。ソビエトのタシケントでインド共産党が結成される6年前のことである。ベンガルの中流家庭の子弟として育った後、イギリスに渡って法学の勉強を志した彼は、当時新しいイデオロギーであった共産主義の思想に出会う。
    1940年に弁護士の資格を得るとともに帰国。以降、彼がインド共産党の活動家としてのキャリアを歩み始めた時代は、植民地期末にインドにおける共産党が非合法化されていた時代と重なる。共産党が禁を解かれてからも数々の弾圧に耐えつつ同志たちとインドにおける階級闘争ならびにイギリスの植民地支配に対する闘いを続けた。
    本来、共産党の支持基盤となりえる労働者層の人口が膨大なインドにおいて、一時は国民会議派に次ぐ大きな勢力を持つにいたったこともある共産党である。しかし左派勢力並びに党内における対立や抗争を経てきたインドの共産主義活動は、1964年に大きな転機を迎えることとなる。インド共産党 (CPI)と袂を分かち、インド共産党マルクス主義派 (CPI-M)が旗揚げすることとなった。
    その1964年といえば、ジョーティ・バスがインド共産党マルクス主義派の政治局員となった年でもある。一月17日に彼が亡くなった彼は、この政治局創設時の最後の存命者であった。
    1967年の州議会選挙で躍進したインド共産党マルクス主義派は、連立政権の一角として浮上、ジョーティ・バスは州副首相となるが、わずか8カ月で政権は瓦解。続く1969年には、連立政権の第一党となり、1971年まで再び同じく州副首相の地位を占めることとなった。
    その後、1977年の州議会選挙において、インド共産党マルクス主義派が初めて議席の過半数を得ることにより共産党政権が打ち立てられる。1957年に普通選挙による世界初の共産党政権を樹立させたケーララ州とともに、民主的な手法により選出された世界でも稀な共産党政権であるとともに、世界で最も長く選挙を通じて改選され続けている共産党政権でもある。
    ジョーティ・バスは、1977年から2000年まで、23年間の長きに渡って西ベンガル州首相を務めた後に次代のリーダーたちに禅譲している。あまりに長く最高指導者の立場にあった彼の功罪や西ベンガル州で記録的な長期政権を運営してきた共産党マルクス主義派についてはいろいろ議論のあるところではあり、近年は西ベンガル州におけるインド共産党マルクス主義派の威光にも陰りが見えてきている。
    それでも民主主義というシステムの中で、つまり民衆の総意の中での共産主義という思想を定着させてきたことは肯定的に評価されるべきであるし、大衆の総意を結集して世の中を変えていくことにより、政治に対する人々の参加意識を高めてきた大きな功績があったことは間違いないだろう。
    ジョーティ・バスの逝去は、インドの大地に沈む真っ赤な夕陽のようでもある。
    20100119-redflag.jpg
    jyotibasu.net
    ※ダーラーヴィー?は後日掲載します。

  • NANOの日本上陸地は福岡!

    null
    12月11日(金)から14日(月)まで、4日間に渡って開催される福岡国際モーターショーに、TATAから発売されている10万ルピーの自家用車NANOが展示される。
    日本で発売される予定はないし、そもそもインドで販売されている仕様では、日本国内で登録することはできない。
    しかしながら、大都市圏を除けば、公共の交通機関のサービスがまばらで、自家用車無しでは生活していけない地域は少なくない。デフレ時代の日本では、従来の軽自動車よりも更に安いクルマの需要は出てくるのではないだろうか。
    また新興国(・・・というコトバは好きではないが、いわゆる経済紙等で表現されるところの新たに経済面で勃興しつつある国々という意味での)における自家用車に対する潜在的なニーズを広く掘り起こすであろうTATAの世界戦略車について、当初は先進諸国の自動車メーカーの間では否定的な見方も少なくなかった。
    しかし、今ではルノーと日産がインドのバジャージと組んで、同様の価格帯での格安自家用車の開発を宣言しているなど、他社によるライバル車の投入の動きもある。
    NANO単独ではなく、追随するメーカーが出てくることにより、自家用車の新しいカテゴリーが創出されることになりそうだ。
    NANOは、TATAが世界の並み居る自動車メーカーを向こうに示して見せた『コロンブスの卵』であったといえる。
    しかしながら、インドを含めて道路事情、道路行政が良好とはいえない国々で、クルマの販売がかつてなく急伸することになると、どうなるのか?という不安は否定できない。