
観光業の発展は、地元に確実に富をもたらしているようだ。観光客が闊歩するエリアのダーバー(安食堂)主人は30代後半。いまの店を開く前は掃除人をしていたのだという。インド人客が耳にしたら仰天しそうな発言だが、なにはともあれ下積みの暮らしから抜け出して食堂経営者になっているのだから、歓迎すべきことに違いない。
「観光業」は、さほど大がかりなインフラを必要とせず、しかも労働集約的な性格から、特に途上国にとっては、地域振興と雇用創出のために有効な手段となる。実際、現在のオールチャーには、近隣の村落のみならず、ほかの地域や近隣州からも、職を求めてやってきた者が少なくない。
しかし観光産業は、特に技術の蓄積がなされるわけではなく、極めて消費的なものだ。景気や政治動向にも大きく左右されるし、こればかりに依存してしまうのもどうかと思う。

訪問客が増えて、寂れていた遺蹟もメンテナンスされるようになった。現在、補修は急ピッチで進行中で、どの遺跡でも最近補修した部分が一目でわかる。宮殿外の城壁だって「新築」そのものだ。
オールチャーは大きく変わったが、私自身も同様に変わった。当時「Seesh Mahal」に泊まるお金もなかった私が、今回はそのホテルよりもずっと格上のオールチャー・リゾートに滞在しているのだから。
宮殿からの窓の格子を通して、ベトワ河対岸にそびえるチャトルブジ寺院の姿を見て、「これだ!」と思い出した。1989年にここに来たとき、全く同じ場所から、同じ風景をカメラで撮影したのだ。14年以上の時間を経て、まさに同じところに私は両足を置いている。当時の私と今の私が重なり合い、昔と今の風景がオーバーラップする。壮大な宮殿というロケーションがまた良い。甘美な思い出なんか何一つないのに、埃にまみれて汗くさかった青春時代の旅がロマンチックに脳裏に甦ってきた。

▼オールチャーを訪れた人にお薦めの本
「ORCHA AN ODE TO THE BUNELS」
Alok Srivastava / Archaeology, Archives & Museums,Government of Madhya Pradesh
再訪 2 消費社会と旅行ブーム

なぜオールチャーは観光資源に恵まれながらも、90年代に入るまでは寂しい農村だったのか。
それは、この国にある無数の観光地の中から、バイタリティと好奇心に溢れる裕福なミドルクラスにこの地が「開拓」されるまで待たなくてはならなかった、という一言につきると思う。
90年代からの急速な経済成長により、ニューリッチが出現。自由化は市場に多様化と品質の向上をもたらし、本格的な「消費文化」を定着させた。当然ライフスタイルが変化し、人びとの関心は「余暇をいかに楽しむか」ということに向かった。旅行ブームの到来である。彼らはありきたりの場所だけでは飽き足らず、常に目新しいスポットを探し求めるようになった。
オールチャーにも、その機をとらえ観光化を推し進めるべく、本腰を入れてプロモートした仕掛け人がいたはずだ。それは旅行業界か、あるいは州政府だろう。
安旅行者には最低限の情報さえ与えれば充分だ。『ロンリープラネット』『地球の歩き方』のようなガイドブックに掲載されれば向こうから勝手にやってくる。旅人が訪れるようにれば、質素なゲストハウスもポツポツできる。清潔な食事さえもままならない寒村の不便な面も「インドにいるだけでシアワセ」な若いバックパッカーたちにとっては苦にならない。だが彼らはあまりお金を使わないので、地元にとっても行政側にしてみても、あまりオイシイ話ではない。
地元に富をもたらしてくれるリッチなお客を呼ぶとなるとやり方は違ってくる。民間企業、政府関係機関が、きちんとしたレベルのホテルやレストランを整備してはじめて、彼らが家族連れで安心して泊ることができる場所になる。近郊の街から日帰りで訪れるにしても、ちゃんとした清潔なレストランがなければ敬遠されてしまうことだろう。
再訪 1 寒村からリゾートへ
マディヤ・プラデーシュ州北部、オールチャーを再訪した。

前回ここに来たのは1989年。この一帯には、ベトワ河の流れに挟まれた中洲を中心に、壮大な宮殿や巨大な寺院など様ざまな遺蹟群が点在している。しかし、立派な観光資源が豊富にありながら、ほとんど活用されてない。どこまでも広がる乾いた大地の風景の中、お寺やチャトリ(あずま屋)は無残に朽ち果て、遺跡に比べちっぽけで頼りない家いえがバラバラ散在しているのみ。お店といえば、土地の人びとの日用品を扱うごく小さな雑貨屋くらいだった。バスで30分ほどのジャーンスィーの街につづく幹線道路から外れると、村の中には舗装された道はない。風が吹くと砂埃がもうもうと舞い上がる乾季。寂しげな農村風景がただ広がっていた。

89年当時の「ロンリー・プラネット」はこの村を”undiscovered gem”と表現していた。それほど訪れる人が少なかったということだ。ラームラージャー寺院のダラムシャーラー(巡礼宿)を除けば、宮殿内に入っている州政府経営ホテル「Seesh Mahal」が当時唯一の宿泊施設。私も探し歩いてみたが、安ホテルやゲストハウスの類は見つけることはできなかった。そういえば、このホテル内のレストランでよく冷えたコーラを飲んだ記憶がある。私がなぜ割高な飲み物を注文したかと言うと、他に飲み物を売っている場所が見当たらなかったからだ。一泊の予算が1〜3ドル程度の金欠旅行者だった私は、結局日帰りでジャーンスィーへ戻った。
自殺率世界ワースト1
「10万人あたり14.5人、男性は女性の約3倍」。気が重くなる話題だが、これは世界の「自殺の平均値」だそうだ。男性は10.9人、女性は3.6人。男女平等とはいうものの、平たくならしてみると総じて男性のほうにかかるストレスが大きいのか、あるいは女性のほうが逆境に強いということなのか。
この統計、南インドでは10万人あたり女性148人、男性58人という非常に高い数字になっている。男性は世界平均の5.3倍、女性はなんと41.1倍というのはにわかに信じられない。記事には詳しく触れられていないが、背景にはどんな原因が潜んでいるのだろうか?
ロンリープラネット「INDIA」

ついに「LONELY PALNET」日本語版が発行された。
この本は、ご存知のとおり、オーストラリアに本社があるLONELY PLANET PUBLICATIONS社のガイドブックを翻訳したもの。日本での版元メディアファクトリーからは、これまでイギリス、カリフォルニアなど欧米諸国、タイ、トルコ、バリにベトナム…と発行されてきたが、ついに真打登場(?)である。
目下、店頭に並ぶ日本語版はまだ12タイトルと少ないが、今後ますます拡充されていくことだろう。
オリジナルの英語版のほうは、世界の様ざまな国をカバーしているが、それだけではない。たとえば、インド関係だけでも、実に多彩なラインナップだ。メインとなる「India」以外に「North India」「South India」、ディープな山歩きガイド「Trekking in the Indian Himalaya」、都市ガイド「Delhi」「Goa」「Mumbai」、地域ガイド「Rajasthan」。ヒンディー語・ウルドゥー語、ベンガル語のフレーズブック、地図帳「India & Bangladesh RoadAtlas」、さらには旅行記まで刊行されている。
読者の国籍が多岐にわたり、年齢層も若者から中高年までと幅広いため、1981年の初版発行から幾度も改訂を重ねてきたインド編。情報の蓄積量、旅行者が求めるツボをきちんと押さえた編集はスゴイのひとことに尽きる。
対象となる国、執筆陣によって若干のカラーの違いはあるが、ほぼ統一されたフォーマットで構成されているため、文字ばかりギュ〜ッと詰まっていても、とても読みやすいつくりになっている。
いままで日本語で発行されてきたガイドブックといえば、一目で内容が把握できるようヴィジュアル面に重きが置かれていたが、ロンリープラネットによる「圧倒的な質と量」は新鮮な驚きをもって迎えられることだろう。
ただ、一部の業種をのぞき、日本で働く人々の休暇期間は限られている。大学生か専業バックパッカー(?)でないかぎり、これほど本格的なものに手を出すのだろうか…と少し心配にもなる。
ともあれ与えられた情報を取捨選択するのは読者自身。新しいガイドブックを手に、これまで想像もしなかった「何か」に触れることができるかもしれない。インドでの新しい発見や楽しい出会いなど、みなさんの貴重な体験やご感想をぜひお聞かせ願いたい。
▼インド ロンリープラネットの自由旅行ガイド10
サリナ・シンほか多数共著
[メディアファクトリー刊/A5判/2004年/3200円]
日本では「ロンプラ」の愛称で親しまれ、世界中のバックパッカー必須のガイドブック『Lonely Planet』のインド編邦訳版がついに登場!聖地を巡り、アーショラムでスピリチュアル体験。宮殿ホテルでマハーラージャ気分。市場攻略、アーユルヴェーダ。ヒマラヤを望む北部から、南はケーララの海岸まで、インドを満喫するデータ&ガイドブック。 (ISBN:4840108668)
この本をオンライン書店で購入→ bk1|Amazon|Indo.to楽天ブックス
