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カテゴリー: travel

  • ラーニー・サティー寺院

    ラーニー・サティー寺院

    ムクンドガルを後にして、ジュンジュヌーに向かう。ここで最初に訪れたのはラーニー・サティー寺院。サティー寺院としてはインド最大。
    未亡人が亡くなった夫に殉じて火葬の燃え盛る日の中に見を投げるサティーの因習に繋がる寺院である。

    比較的最近では、1987年にシェカワティ地方のスィーカル地区でサティーを実行した例があり、痛ましい事件として大きなニュースになったようだ。

    Roop Kanwar’s sati greeted with shock across India, Deorala became a place of worship (India Today)

    寺院内のカンティーンの食事は、メニュー毎に価格は決まっているが、寄進とプラサードという建前になっている。

  • ムクンドガル

    ムクンドガル

    ドゥンドロドから少し北に進んだところにあるのがムクンドガル。
    ほぼ向かい合う2軒、ジャガンナート・ラーイ・ガネーリーワーラー・ハヴェリーとシヴ・ダット・ラーイ・ガネーリーワーラー・ハヴェリーを同じ管理人が世話していた。どちらも現在は人が住んでいない。
    どちらも大変面白い意匠であるとともに、保存状態も良好。じっくり楽しめた。

    シェカワティ地方で特徴的なミナレット付きの井戸
  • ドゥンドロドのゴーエンカーの屋敷

    ドゥンドロドのゴーエンカーの屋敷

    ドゥンドロドのゴーエンカー一族のハヴェリーでは「入場券」が用意されていた。外部の人に見せているハヴェリーでも、実はこういうチケットを用意するところは珍しい。

    チケット制になっているのは、ホテルに転用されたタークルの城の隣にあるため、訪問客が多かったがゆえなのかもしれない。城が常時ホテルとして運用されていたのは90年代後半から10年間ほどであったらしい。現在の当主はサファリの営業に凝っていて、ホテルは冬場のみの営業となっているようだ。

    フォート外観
    フォートの内部

    クラシックなサファリ用車両
    こちらは現役のサファリ用車両

    ナワルガルにある博物館として運用されているハヴェリーを除けば、通常は管理人が外からの訪問者に対して、個人的に門を開けるのであって、現地には不在のオーナーが預かり知るところではないからだ。知っていても見て見ぬふりをしてやっているのだろう。訪問者の多いハヴェリーになると、休眠資産なのに、余計なことで税務署に目をつけられると面倒ということもあるかもしれない。こうしたチケットを発行しているからには、売上の中から歩合で管理人に与えているのだろう。

    隣はおなじくゴーエンカーが建てた寺院。シェカワティ地方にゴーエンカー姓の人は沢山いるが、このドゥンドロドのゴーエンカーの一族は、カルカッタに移住してRPG Gropを形成するに至った。創業者ラーム・プラサード・ゴーエンカーの父、ケーシャヴ・プラサード・ゴエンカーも手広く商売で稼いだビジネスマンとして知られているが、そのまた父であり、ラーム・プラサードの祖父、銀行家としても知られたバドリーダース・ゴーエンカーは、まさにこのドゥンドロドの出身である。

    ゴーエンカーの屋敷

    チケット販売して公開しているだけあって、往時の生活感を見せる工夫がいろいろとなされている。

    ハヴェリー屋上からの眺め
  • スィーカル

    スィーカル

    人口24万人弱とシェカワティの中ではかなり大きな町だ。経済活動も盛んなようだが、当然の帰結として、古いタウンシップがかなりの部分が失われており、シェカワティのいわゆる「屋敷町」がすでに体裁を成していない。

    新しく建て直した建築物の中に、ところどころハヴェリーが点在しているという感じだ。きちんと保存活動がなされる前に経済活動が盛んになるとこうなってしまう。その意味で、ファテープル、ラームガルなどのように時間がそのまま凍結したような町は貴重であるという思いを新たにした。

    古いものがきちんと保存されているわけではないので、これからシェカワティ訪問を考えている人は、ここをスキップしてしまってよいだろう。

    こうした保存状態良好な屋敷も存在するものの、スィーカルにおいてその数は実に少ない。
    フレスコ画が描かれていた過去をしのばせる一角
    景気は良い町らしく、ジャイナ教寺院は見事だった。
    シェカワティ地域では、独創的なデザインのオートリクシャーが見られる。多くは細い路地を通りながら「ミニバス的」な乗り合いとして利用されている。
  • ターリー定期券

    ターリー定期券

    バスでローハルガルを後にして、スィーカルに到着。バススタンドに面した新築のホテル内にあるレストランに入る。
    なんと、ここでは「ターリー定期券」なるものが設定されている。ひと月3500Rs支払えば、何回来ていくら食べてもOKというシステム。ここのターリーは簡素だが味はよかった。この町に単身赴任していて、住居がごく近いというような一定の条件が揃っている人にとっては、なかなか魅力的かもしれない。

    「ターリー定期券」月3,500Rs
  • シェカワティ地域にある聖地、ローハールガル。

    シェカワティ地域にある聖地、ローハールガル。

    ゴリャーナー(Golyana)でバスを降りて、ここから先はシェアジープを乗り継ぎロールガルへ。

    背後が禿山であることを除けば、あたかもヒマラヤの山中にあるかのようなたたずまい。ちょっと涼しげな眺めではあるものの、ラージャスターンの丘陵地にあるため気温は高い。沐浴はしていないが、湧き水は冷たくて心地よいのか、それとも熱せられた大地から出てくる水は、まるで温泉状態なのかは確認していない。

    「CCTVで監視されています」という表示。田舎聖地にあっても、そういう時代のようだ。

    しかしながら、雨季乾季を問わずこんこんと湧き出て、霊験あらたかとされる泉、スーリヤクンドを囲むガート、それをさらにぐるりと取り囲む寺院の雰囲気は良好。周囲は門前町になっており、ダラムサラ(巡礼宿)などもいくつかあるようだ。

    たしかこのあたりはアラーワリー山脈の支脈ではなかっただろうか。北デリーのリッジあたりからハリヤーナー州を通ってラージャスターンを縦に抜ける山脈。一番高い頂はヒルステーションとして知られるマウント・アーブー。

    このあたりの山々(連なる丘陵と言うべきか?)は、かつて深い森であった時代もあるという。近代以降の森林伐採が大きな理由のようなので、そのあたりまでは、今とは異なる風景が広がっていたようだ。

    誰もが自由に利用できる「飲料水」
    ローハルガルからゴリャーナーに戻る道すがらにあるチェータン・ダース・キー・バオリーという階段井戸。
  • ナワルガルからローハルガルヘ

    ナワルガルからローハルガルヘ

    ナワルガルにはムスリムもけっこう多いので、こうした墓地がある。
    ちゃんとしたバススタンドではなく、この屋敷の少し先にある雑貨屋の軒先がバスの始発点となっていた。

    ナワルガルは方面によってバススタンドが異なり、これまたバススタンドに見えないバススタンドもあるので、慣れないとよくわからない。マーケットで人に尋ねてわかったのは、ローハルガル(Lohargal)へは「ウダイプルワーティー」(ウダイプルとは無関係)という町に行くバスに乗り、途中でゴリャーナー(Golyana)というところで降りて乗り換えるということだ。
    距離は大したことないのだが、道路が良くないため思いのほか時間はかかるらしい。

    綴りが間違っている行先表示板
    過積載の車両。今にも破裂しそうだ。
  • 靴底が抜けた

    靴底が抜けた

    困ったことに靴が壊れた。
    半砂漠の土壌のシェカワティー地方の暑さのためらしいが、歩いていたら靴底が抜けてしまった。接着剤部分が糸を引いている。気温は46度くらいだが、路上はそれよりもかなり高いはず。貼り合わせ部分が溶解してこうなったのではないかと思う。履いているのは、古くなったので外履きに転用したフットサルシューズ。
    ちょうどうまい具合に、目の前が靴の修理屋であった。「これはインドア用のシューズでしょう?この気温だとダメなんです。接着し直しただけだと、また剥がれてしまうのは目に見えているので縫い合わせしておきます。」と店の人は言う。
    さすがにこういう気温なので、彼は路上で商っているわけではなく、ちゃんと店舗を構えた修理屋さん。壊れた靴やサンダルを直すだけではなく、新品の履物も多数販売している。傍らに新聞や小説類も積んであるので、日常的に読書をする習慣のある修理屋さんらしい。こういう人は珍しい。道理で、この辺で履いている人はいなさそうな「インドアシューズ」に関する知識もあるということなのかもしれない。

  • 砂漠の風景

    砂漠の風景

    シェカワティー地方で町を出ると延々と続く砂漠の風景。
    鉄道による大量輸送の時代の到来まで、ラクダの隊商が行き交っていた大地。

  • 小ぶりなハヴェリーもいい感じ

    小ぶりなハヴェリーもいい感じ

    ナワルガルはシェカワティー地域の中心地のひとつだけあって、美しいハヴェーリーのある風景には事欠かない。
    小ぶりながらも落ち着いた佇まい、保存状態も良好な屋敷の前でしばし足を止め、思わず見入ってしまう。
    この地域特有のミナレット付きの井戸の姿もいい。デリー首都圏やハリヤナー州から地理的に近いにもかかわらず、19世紀にインドに旅しているような気がしてくる。

  • Kamal Morarka Haveli Museum

    Kamal Morarka Haveli Museum

    1990年代後半に修復工事を終えて博物館として公開されるようになったハヴェーリー。
    先日取り上げたDr. Ramnath A. Podar Haveli Museumとともに、この地域の美しいフレスコ画で飾り立てられたハヴェーリーの存在を世の中に知らしめて、現在のように貴重な文化遺産として認識させる大きな力のひとつとなった。
    シェカワティー地方独自のこうしたフレスコ画だが、面白いのはこの地域の人々が共有する伝統であるかといえば、そういうわけではなく、バニヤーカーストの人たちの間に広まった様式であり、一部の例外を除けば、他の有力なコミュニティの人々もこうした絵で飾り立てた館を競って建てたのかといえば、そういうわけではないことだ。
    同じ地域に暮らしながらも、ときにほとんど交わることのない伝統を持つ「複数の社会」が重層的に共存しているのがインドらしいところである。

    Kamal Morarka Haveli Museum

  • Dr. Ramnath A. Podar Haveli Museum

    Dr. Ramnath A. Podar Haveli Museum

    ここは改修して公開されるようになったハヴェリーのパイオニアで、まさにこの施設によって、シェカワティーの屋敷群が貴重な文化遺産として認知され、現在に至っていると言える。

    シェカワティーのハヴェリーの中には、この土地固有の様式のものと洋館風のものがあるが、これは1階(日本式に言えば2階)が従来のスタイル、そこから上は洋風館風になっている。

    その部分は1920年代以降に建て増しされたとのことで、各地にある洋館風のハヴェリーもだいたいその頃に出来たものらしい。そうした様式が流行したこと、それに応えることが出来る職人が出てきたことなどが背景にあるようだ。

    上階は洋館風

    このハヴェリーの所有者、ポーダルのコミュニティは、各種基金を運営しており、それらによって病院や学校などを経営しているため、シェカワティー地域のあちこちの町で、ポーダルなんとかと名付けられたそれらを目にするのだが、彼らの活動はインドの他地域はもとより、世界各地に及んでいる。

    Dr. Ramnath A Podar Haveli Museum