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ムンバイのコラバで海に面したエリアに使用料金5Rsのキレイな有料トイレができていた。 このあたりを散歩するおのぼりさんたちは多く、たいていはこのあたりで立ちションしていたものため、ちゃんとしたトイレがあるのはいいことだ。 散歩している人たちによると、「確かに良いことだ。だが問題はこれがいつまで維持できるかということだね。」とのこと。 「スワッチ・バーラト」ミッションの関係で、インド各地で村などの家にトイレを作らせたり、街中などでは公衆トイレを整備したりしている。この関係の事業には政府からお金が出ているため、かなりの活況らしい。 だがこのキャンペーンが終わったらどうなるのか、政権交代したらどうなるのかという部分については、まさに神のみぞ知る・・・といったところだ。
インドはどこでもそうだが、こうした蛇腹式の扉のエレベーターが現役活躍中。ムンバイでの宿泊先は、カゴが木製だったのでなおさらのこと、古い映画のスクリーンの中にお邪魔したような気分になり、目の前の風景が白黒ではなくカラーであるのが不思議な思いさえする。
昔ながらのムンバイらしいカフェと軽食の場。夜明け前から営業しているので、早朝の散歩前の腹ごしらえにも最適だ。
今回の宿泊先には朝食が付いているのだが、提供されるのが朝8時からと遅いこと、街中で人々集まっているところで食べたいということもあり、コラバコーズウェイにあるオリンピアへ。ここでの定番は「キーマパウ」文字どおりキーマとふんわり焼き上げた洋式パンのセットだ。お客のたいていがこれを食べている。
メニューを見ていると、「バルク」での注文受付もあるのが面白い。界隈に住んでいて、急に大勢のお客が家に来ることになったりしたら重宝することだろう。
ポルトガルのカタリナ王女が英国王室に輿入れする際、ダウリーとして英国に譲渡されたころ、ボンベイは「7つの島」(及びたくさんの岩礁)であった。 港湾として有望と見られた今のフォート地区に城塞を築いたのは東インド会社。ここに統治の中心としての行政機関や郡駐屯地を置く。 当初は島々は船で結ばれていたのが、次第に埋め立てにより陸地が繋がっていく。 フォート地区からすぐ南にあった島とは、コーズウェイつまり土手で盛り土した道で結ばれるようになった。 ちょうど今のシンガポールとジョホールバルーを結ぶコーズウェイを想像すれば、だいたいそんなイメージかと思う。 やがて両側が埋め立てられて、「コーズウェイ」ではなくなったのだが、そのままそう呼ばれている。 現在のフォート地区には、城塞らしきものは残っていない。この付近には鉄道駅のある「チャーチゲート」その他、ゲートの名のつく地名が残っているが、東インド会社建造によるフォート地区を取り囲む城壁があったころにいくつかあった「ゲート」の名残りだ。 砦も城壁も取り壊されて埋め立てに使われたため、コラバコーズウェイ両側の地下でも掘れば、そうした過去の残骸が出てくることだろう。
一見、高級ブランドのショールームのように見えるのだが、スペイン版のユニクロと言えるZARAの店。こうしたイメージ作りに貢献してくれそうな物件に事欠かないのがインドとはいえ、ムンバイの地価は世界でも上位クラスなので、おそらくZARAはインドにおける旗艦ショップとして大きな投資をしたのだろう。 中を少し歩いてみるとすぐに気がつくのだが、コロニアル建築を改築して利用しているのではなく、「新築」している。 つまり外壁の部分を残して、あとはすべて建て直してあるのだ。 欧州や南米でもこのようなことはとうの昔から行われており、アジアでもシンガポールやマレーシアでは、かなり前から街並み保存のために道路に面した外観だけ残して新築というのはよく行われてきたが、インドではそのようなことはほとんどなされず、英領期の景観が失われていくいっぽうだったが、こうしたことがなされるのは喜ばしい。通りをはさんだ反対側を少し北上したあたりでも、同様のやりかたで工事が進んでいる物件があり、「とりあえず外観は残す」というものが流れとなっていくのかもしれない。 それでもやはり、面の皮だけ残して・・・というのは寂しいものがある。植民地建築の魅力は外壁だけではなく、内装の重厚さや目の届くあらゆる部分に及ぶからだ。
ムンバイCST駅から出ている郊外電車に乗り、Dockyard Road駅で下車して徒歩5分程度のところにある。 建物に入ったところにあるドアをノックしたら出てきたのはここで間借りしているインド人男性たち。ここで何か質問しても彼らは何もわからないので、階段で上階へ行こう。 大声で呼ぶと、ここの世話人をしている老夫婦のどちらかが出てきてくれる。簡単に自己紹介して、寺院を拝観したい旨伝えると、もうひとつ上の階にある寺院の扉のカギを貸してくれる。 老夫婦どちらも流暢なヒンディーを話すが、おそらく英語も多少できることだろう。彼らによると、今ではムンバイ在住の華人はとても少なくなっているが、かつて小さな中華街があったカマーティプラーあたりにいくばくかのインド華人たちが暮らしているとのことだ。
カルカッタ同様、重厚な植民地建築以外にも愉快なアールデコが楽しめるのも良い。フォート、コラバ地区からチャーチゲート界隈を経てマリーンドライブに至るエリアに多く見ることができる。 マリーンドライブ沿いには、アールデコ建築に入っているホテルもいくつかある。 そうした中のひとつ、Krishna Mahalという建物の上層部にBentley Hotelという中級宿泊施設がある。内装はすっかり今風の感じに仕上げてある。そのため室内ではアールデコ建築のムードを楽しむことはできないものの、アラビア海に面した部屋を取れば、夕刻には素晴らしい眺めを満喫できることだろう。 オフシーズンには宿泊予約サイトでけっこう安い料金で出ているかもしれない。 ムンバイのアールデコ建築については、いくつか解説書が出ているが、入手しやすいところでは以下の書籍をお勧めしたい。
書名:Bombay Art Deco Architecture 著者:Navin Ramani 出版社:Lustre ISBN-10: 8174364471 ISBN-13: 978-8174364470
このありたはムスリム地区だけあって、バッジやウムラーなどのイスラーム巡礼を取り扱う旅行代理店が多い。
ミナーラー・マスジッドの外側にはテナントとしてお菓子屋が入っている。売られている甘いものはどれも美味しそうだ。このモスクの中には聖者廟もあった。
ドングリー地区に近いこの界隈は、赤線地帯のすぐ近くのバイクラー地区と並んで、インド国内や周辺国で暗躍するムンバイヤクザの大物たちの故郷。
ダヴード・イブラーヒムやチョーター・シャキール等の巨頭もこのあたりで育っている。近い将来の「ドン」もやはりこのあたりから出るのだろうか?フセイン・ザイディによるノンフィクションのムンバイヤクザストーリーを愛読する私にとって、ひとつの聖地である。
ビンディー・バーザール地区の一角にはシーア派イラン系の人が多い地域もある。イラーニー・マスジッド(またの名をムガル・マスジッド)があるあたりがそうだ。
敬愛する植民地作家ラドヤード・キプリングの生誕地を訪問した。 CST駅からすぐ近くにある。Sir J. J. School of Artという美術学校キャンパス内にある。まさにここであの大作家が生まれて子供時代を過ごしたのだな・・・という感慨に耽りたくなるが、目の前にある屋敷はこのキャンパスの学長の屋敷として再建されたものであると聞く。 現在修復作業進行中で、完成後はキプリング博物館になるとのこと。
一般的にはネコが人にかまってもらえず、ネコも人に積極的に関わらないインドだが、南ムンバイにはなぜか野ネコが多い。野犬と同じくらいの数がいるのではないだろうか。 しかも一瞬、目を合わせると、すぐに駆け寄ってきて足元でトグロを巻くようにグルグル、スリスリしてくるネコが多いのは特徴的だ。
当然、放ってはおけない。
ネコが居て・・・ 目が合うと・・・ 駆け寄ってきて・・・ 足元に飛び込んでくる。
日本のネコと比べて毛足がとても短くスリムなネコたちだが、日本の極めて低温で期間も長い冬を経験すると、もしかして毛足がモコモコに長くなるのだろうか?とふと思ったりする。
可愛いのだが、野犬と同じく、もし噛まれることがあったら、それなりの対処が必要となるため、特にかまったりしないつもりではいるのだが、目線がバチバチッと合うと、足元でゴシゴシとしつこいまでに絡み付いてきて、さらには仰向けになって「遊んで、遊んで」をしてくるネコが大変多い環境は、ネコ好きにとってはたまらない。
結局、放っておけるはずがない。
遊んで遊んで! 遊んで遊んで! 見ていて気持ちの良い大あくび
世界中でネコたちを撮影している動物写真家の岩合光昭さんの作品で、ムンバイでの写真の記憶はない。ぜひともこの地域で野ネコたちと交流してもらいたいものだ。
ここで「南ムンバイ」と書いたのには理由がある。 空港があるサンタクルーズ地区やそのさらに北となると、かなり普通のインドの街となるため、コラバやフォートのような地域とはかなり環境が異なると思われるからだ。
ムンバイのコラバ地区。このあたりにある建物の多くは19世紀後半から20世紀はじめあたりに建てられているが、取り壊されるよりも修復して使われているのが嬉しい。 建物には、おそらく当初のオーナーの名前を冠したままと思われるものもあれば、そうでないものもある。 また、現在は居宅として使用されているものの他に、まるごとホテルとして転用されているものや、中をいくつかに分けて店舗として、あるいはアパートとして転用されているのもある。
「修復」で面白いのは、オリジナルの形に新しく直すことに限らず、まったく違う側面を加えるやりかたも実施されていることだ。下の写真を見てもらえばわかるのだが、ひとつの建物なのだが、右と左がまるで別々の建築物のようになっている。もちろん手前右側が新しくリフォームされた部分だ。こうした技を披露できるのは、やはり植民地建築の豊かな遺産に富んだインドの都市部ならではのことだろう。 手前と向こうで別の建物のように見える。
コラバにあるユダヤ教施設ナリーマンハウスの中にはコーシャル・ムンバイというレストランがあることを知った。だだしその日は土曜日、つまりサバース(ユダヤ教の安息日)であるため、どうかと思い電話してみたが誰も出ない。まあ近いので行ってみることにした。
ムスリム地区にあるこのユダヤ教施設。昔からユダヤ人が多かったコラバだが同じくユダヤ人コミュニティの存在で知られたフォート地区、バイクラー地区と異なり、ここにシナゴーグが建てられたことはない。別名チャダードハウスとしても知られるこの施設には、世界各地から来るユダヤ系の人たちのための宿泊施設も有している。
だいぶ前に前を通りかかったときの記憶とは、佇まいがずいぶん違っているのは、2011年のムンバイ同時多発テロが背景にある。VT駅、レオポルドカフェ、トライデントホテル、タージマハルホテルなどとともに、あの事件の舞台となったひとつの施設だ。テロリストたちがナリーマンハウスに立てこもり、ここを取り仕切るユダヤ教司祭家族、宿泊者等多数が殺害されている。タージマハルホテル同様、ナリーマンハウスにも、デリーから出動した特殊部隊が突入し、事件発生50数時間後に制圧された。
そんないわくつきの施設となってしまったが上に、今も非常に厳しいセキュリティ体制が敷かれている。ここに入っている「コーシャル・ムンバイ」は、日曜から金曜までの午前9時半から午後9時まで(金曜日のみ午後1時半まで)の営業であることはわかった。
Kosher Mumbai (CHADAD OF INDIA)