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カテゴリー: column

  • あっちでインド、こっちでもインド

    11月15日(木)から20日(火)までの間、東京都杉並区で『日印交流年記念フェア』が開催される。区の所有する公共施設で開かれる小さなイベントのようだが、『日印交流年』事業の認定を受けて行なう行事らしい。
    交流年・・・といっても何か具体的な背景があるわけでもなく、両国の友好と相互理解を旗印に政府が音頭を取っているだけのこと。それでも日印交流年の企画に関わっているミティラー博物館のサイトを覗いてみれば、古典音楽や舞踊など多彩な面々が来日して公演がなされていることがわかる。日本でインドの魅力を広めるため、おそらく一定の効果は上げているのであろうし、そうしたステージを見る機会が広く与えられることに意義があることは間違いない。
    前述の東京都杉並区だけでなく、全国各地で交流年にちなんだイベントが開催されているようだ。検索サイトで『日印交流年』に加えて自治体名を入れてみると、宮城県、愛知県、大阪府、鹿児島県など、各地で開かれた催しにアクセスできる。
    よく知らなかったのだが、あちこちでインドにちなんだイベントがいろいろ開かれているようだ。これで年が明けたら何も無し・・・ではなく、これを機会にインドに対する関心が高まり、いつもどこかで何かしらこうした催しが開かれているのが当たり前といったムードになれば喜ばしい。

  • ディーワーリーとラクシュミー

    すでに多くのメディアで取り上げられているが、ラクシュミーという名の少女の話である。ビハール州のアラーリヤー地区で父シャンブーと母プーナムの間に、4本ずつの手足、結合した2対の脊髄、二人分の神経系統、ふたつの胃などを持って生まれた2歳の少女、ラクシュミー・タートマー。可愛らしく利発そうな表情をしたこの幼児は、これまで立ち上がることも歩くこともできなかった。
    このような姿で生まれてきたのは、彼女が結合双生児であったためだが、本来この世に生を受けていたはずのもう一人は未発達のまま、彼女に身体の一部だけを残すことになってしまった。
    生まれたときにその姿からラクシュミーと名づけられた彼女のことを、村ではまさにそのラクシュミー女神の化身と言う者があるいっぽう、奇異の目で見られるのみならず、見世物小屋の一座から身売りを持ちかけられるなどといったトラブルもあり、人目を避けるようにして暮らしてきた。
    それでもまだ幸運が残されていたのは、彼女の存在がバンガロールのスパルシュ病院関係者の知るところとなったことに加えて、彼女の身体の組織がほぼ左右対称であること、本来彼女の身体であるべき部分に、当人に必要な臓器等が揃っていたことなどがあるという。
    手術にかかる費用は病院持ちとのことだ。おそらく同病院の先端医療技術を世間に知らしめるためという目的もあるにせよ、この手術の実現は関係者たちの温かい善意と熱意あってのことであると信じることにしよう。家族に伴われてバンガロールにやってきたラクシュミーに対し、11月6日に36名の医師たちからなるチームによって、今月6日の朝8時半から翌7日の朝10時まで、実に丸一日以上に及ぶ大手術が行われた。
    手術は無事成功、現在ラクシュミーは集中治療室に収容されているが経過は良好とのこと。退院後は普通の生活を営むことができる見込みだという。
    おりしも世間はディーワーリーのお祝いの時期。ラクシュミー女神に因んで名づけられたこの少女とその家族に対し、同女神からの手厚いご加護がありますように!
    Lakshmi stable after marathon surgery (Deccan Herald)

  • 良き祝祭を!楽しい休暇を!

    ディーワーリー期間中のインドについて、日本の外務省による注意喚起が出ているのだとか。
    思えば2年前、ディーワーリー前の買い物で賑わう商業地域で連続爆破事件が起きたのはまだ記憶に新しいところだ。人々の行き来が多く混雑に紛れて事件を起こしやすかったり、そういう時期だからこそ政府や社会に与えるインパクトが大きかったりするなど、騒ぎを起こす側にもこうした祝祭シーズンをわざわざ選ぶ理由にもなるだろう。
    『テロで何も変えられない』とはいうものの、人々の心に憎悪と猜疑心を植え付ける効果があることは間違いない。これを利用して広い浸透を画策する政治屋たちが、実像のよく見えない『敵』との対立を訴える。そして反撃と排除の標的を手の届くところに暮らす罪なき声なき人々へと巧妙にすり替える。テロという暴力の行使の結果、それを実行する者たちにとってどれほど利するものがあるのかどうかはさておき、間違いなく大きな損害を被るのはその標的となる市民たちだ。
    せっかくの祝祭の季節、惨事のニュースなどではなく、各地のさまざまな楽しい話を耳にしたいものである。
    Happy Diwali !!

  • 登場 GR-DIGITAL II

    GD-DIGITAL II
    リコーのGR-DIGITALは発売以来2年間以上販売されるという、コンパクトデジタルカメラとしては異例の長寿モデルとなった。発売以来、デジタルカメラで唯一無二の28mm単焦点のこのモデルの人気はご存知のとおり。そのGR-DIGITAL今年10月には生産中止となり、どうやら次期モデルが投入されるだろうと聞いていたが、ついに10月30日に後継機GR DIGITAL IIがアナウンスされた。発売日予定日は11月22日だ。今まで同類のカメラは市場に出ておらず、ライバル不在のままで代を継ぐことになった。
    前モデルと比較してびっくりするほど大きく変わったというわけではないようだ。むしろ『マイナーチェンジ』といってもいいかもしれない。昨年10月発売のPowershot G7の後継機として、今年9月から売り出されたG9のときもそうだったが、先代の外観、機能、操作性をほぼそのまま継承し、基本性能を若干向上させたうえでユーティリティー面での充実を図るといった手法は今や珍しくないようだ。おそらくデジタルカメラという商品自体がある程度の成熟期を迎えており、ごく短期間で飛躍的な発展を見ることは今後あまりないのかもしれない。しかし市場に投入される製品のサイクルは相変わらず短いので、現存機種が鮮度を失わないうちに何かしらの改良を施して改めてリリースする必要があるのだろう。

    (さらに…)

  • 雲の上の個室

    Airbus A380
    10月25日、世界に先駆けてシンガポール航空のシンガポール・シドニー間に就航した世界初総二階建てという超大型旅客機、エアバスA380。エコノミー・ビジネス・ファーストと3種類のクラスを用意する仕様の場合は定員555名である。ちなみにジャンボジェットの愛称で親しまれるボーイング747の場合、その最新型の747-8の3クラス仕様で定員467名。A380はその2割増といった具合になる。これが全席エコノミーのみの仕様ならば定員は840名とすることが可能という、これまでの常識を破る巨大機だ。
    もちろんキャパシティを最大限利用して座席を詰め込むだけではなく、ゆとりあるスペースを生かしてデューティーフリーショップ、シャワー室の設置など、各航空会社のアイデア次第でいろんなサービスの提供が可能となる。じきに他の路線にも導入されるだろうし、今後続々納機されていくから他社の便でも利用されるようになってくるのだろう。国際線・国内線とも世界の注目を集めるホットな市場、インドの空にもやがて飛来することになるだろう。
    そんなA380について、シンガポール航空から利用者に対して、こんなビックリなお達しが出たというニュースを目にした。
    ‘No sex, please,’ Singapore Airlines warns A380 passengers (CBC NEWS)
    『え?禁止も何も、飛行機内でそんなことありえない!?』
    通常のエコノミー席を思い描いてしまい訳がわからなかったのだが、同社が就航させたA380には、ビジネス、ファーストといった上級クラスよりも更に上のスイートクラスなる12の個室が用意されているのだということだ。シートを水平に倒せばフルサイズのベッドとなる。隣り合う個室をふたつ合併させることも可能。するとダブルベッドの部屋が出現するということだ。しかしながら壁が防音になっていないのもさることながら、部屋を仕切る壁は人の背丈くらいのところまでしかなく、天井部分がすっぽり開いている。だからそんなことがあると困る、ということらしい。同社のサイトでこのスイートクラスのキャビンの様子が動画でわかりやすく紹介されている。
    飛行機は不特定多数の様々な乗客が利用するため、問題が発生する前に会社側が手を打ったということになるのだろうが、この下世話な話題づくりこそが最新鋭機の最上級クラスの広々とした贅沢な装備をアピールするにはもってこい、と同社の広報関係部署が打ち出した『広告』なのではないかと疑わずにはいられない。
    そう遠くない将来、日印間の路線でこのA380を利用できる機会もあるかと思う。それでも腰を下ろすのはいつものエコノミー席で、目にするものは従来とほとんど変わらず、同じ機内にいながらも、快適なスイートクラスは『雲の上』なのかもしれない。

  • ついに発刊! Lonely PlanetのAfghanistan ?

    しかしながら1978年以前そうであったように、これといった産業がない同国に治安の安定が訪れれば、観光業が国の基幹を支える重要な産業のひとつとなるべきであることは間違いない。国庫への歳入への貢献、外貨収入はもちろんのこと、同業への諸外国からの投資、関連する様々な業種で人々への雇用をもたらすことが期待される。
    このガイドブックに取り上げられているAfghan Logistic & ToursやGreat Game Travelといった旅行代理店などは、来るべき時代を見据えて着々と準備をしているのだろう。
    ところで在日アフガニスタン大使館のサイトを覗いてみた。これがなかなか頑張っていて好感が持てる。
    同国政府、経済、歴史、文化等々にかかわる様々な記事が和文と英文で用意されており、アフガニスタンを積極的にPRしていこうという姿勢が伝わってくる。駐日大使館が発行するニュースレターもPDF形式で公開されている。新興国においては若くして活躍する外交官、政治家が多いが、このサイトで紹介されている駐日大使もまだ30代後半。日本に赴任する前には駐米全権大使代理という職にあったそうだ。限られた予算の中で、先頭に立って色々前向きに取り組んでいるのではないだろうか。
    サイトには旅行情報も掲載されている。各地の名所、主要都市間の距離を示した一覧表、航空会社やホテル情報へのリンクも含まれている。ここでもやはり国内事情さえ許せば観光業を振興させたいという強い意志を感じずにはいられないだろう。
    ここからリンクが張ってあるアリアナ・アフガン航空だが、首都カーブルからデリー、イスラーマーバード、アルマトイ、テヘラーン、ドゥシャンベといった周辺諸国の主要都市からの便だけではなく、ドイツのフランクフルトへも毎週往復しているとは知らなかった。
    同社によるデリー発カーブル行きは火・土の週2便だが、我らがインディアン・エアラインスはこのルートを火・木・土・日と4便も飛ばしている。デリーを朝9時40分に出て、3時間後の12時40分にカーブルに到着。
    首都だけでもDarul-Aman Palace、Bagh-e-Babul、Kabul Museum、Bala Hissar、Mausoleum of Nadir Shah、
    OMAR Land Mine Museumといった見どころは多いので、比較的安全とされる首都市街地のみに数日滞在してトンボ返りするだけでも充分楽しめるかもしれない。
    私自身は今のところ訪れる予定はないのだが、とりあえずガイドブックを眺めてあれこれ思いを馳せつつ楽しんでいる。アフガニスタンの人々が安心して日々送ることができる未来を願い、そこを気楽に訪れることができる日が近い将来訪れることを祈ることにしよう。
    あまり売れそうにない(?)ながらも、意欲的かつ実際的な旅行案内書が出たおかげで、ページをめくりつつイマジネーションを働かせて脳裏に具体的な風景(・・・といっても想像力の乏しさから頭に浮かぶのはペシャーワル近辺そのままの光景でしかないが)を描き『紙上旅行』楽しむことができるようになっただけでも大きな進歩かもしれない。Lonely Planetに感謝!である。

  • ついに発刊! Lonely PlanetのAfghanistan ?

    今年8月に出ることになっていたLonely Planetの『Afghanistan』について取り上げたが、果たして出版そのものが遅れたのか、それとも予想以上の好調な売れ行き(?)となったのか判らないが、10月中旬になってようやく手に入った。初版だけあり全部で244ページ、同社のガイドブックとしてはかなり薄手だが、同社のガイドブックすべてに共通するレイアウトでまとめてあり機能的だ。
    ただ他の国々のガイドブックと違う点もいくつかある。巻頭に『Authors』として、取材・執筆チームの面々のプロフィールが写真入りで出ているのが常だが、この本にはそれがない。従来とは違う手法で編集なされたのではないかと思われる。
    これまた最初のほうの『Itineraries』で挙げられているモデルルートは北部のみだ。カンダハールを含む南部については、暑季の気候の過酷さはもちろんのこと、北部に比べて見どころがそれほど多くはないということもあるようだが、それ以上に治安面での問題が理由らしい。そのため『カンダハール市外への旅行は勧めない』とも書かれている。
    ロンリープラネットのどのガイドブックにもあるように、『Women Travellers』『Travellers with Disabilities』『Gay & Lesbian Travellers』など、それぞれのカテゴリーの旅行者たちについてのアドバイスを含む記事を見かけるが、さすがに『Travel with Children』といった呑気な記述はない。
    アフガニスタンの見どころや旅行事情について、断片的な情報はいくらでも手に入るものの、史跡へのアクセス、街歩き地図、地域間の移動手段、宿泊情報その他諸々の旅に関わる事柄を上手にまとめた一冊が『いつものガイドブック』のシリーズから発刊されたのはちょっとうれしい。
    現在までのところ、有名どころから案内書が出たとはいえ、アフガニスタン旅行がブームになるとは思えないが、治安維持関係、NGO、ジャーナリスト等として同地に赴く人々による需要はかなりあるのではないだろうか。
    もともと旅行するための本なので、多くの人々にとってその目的に役立てて欲しいものだが、周辺国でこのガイドブックを見つけたバックパッカーたちによるアフガニスタン訪問が急増、その結果彼らの失踪が相次いで、せっかくの意欲作が『禁断の書』として知られるようになった・・・という不幸な展開も頭の片隅に浮かぶようでやや気になる。

  • 続 劇場『雑踏』 2

    さて、翌朝二日酔いで痛む頭を抱えて目覚めた私であった。前日は食事の後、宿の一階で彼らの与太話の続きに耳を傾けつつ、宿で知り合った人々とメコンウイスキーを飲んでいるうちに深夜になっていた。
    ともあれ、この日は記念すべき初めての海外街歩きである。宿の一階で遅い朝食を済ませてから外に出る。すでに時計は11時を差しており、陽射しは強くジワジワと汗ばんでくる。小路を抜けて大通りに出ようかというところで女性が地図を手にしてキョロキョロしている。
    「すみません!」と遠慮がちに声をかけてきたのは、当時の私よりもかなり年上の女性。
    年のころ30前後くらいだろうか。きちんとした身なりの感じの良い女性だった。
    「あの・・・この場所にブティックがあったのを知りませんか?」
    彼女は以前この場所を訪れて気に入った店があったのだという。どう見ても住宅街の中の通りに過ぎないのだが、タイ国鉄のターミナスであるホアランポーン駅も至近距離にあるので、まあそういうのがあってもおかしくないだろう。
    「土地の者じゃないのでわからないです」
    そう私が返事をすると、彼女はバッグから取り出した地図とメモ帳とを見比べながら腑に落ちない表情。
    彼女はシンガポールから旅行しに来たのだという。適当な世間話をしつつ、「暑い日差しの中でも何だから」と近くの店に誘って飲み物を注文した。
    少し欧州系が混じったようにも見える風貌でやや大柄な美人、しかも明るくてとても感じの良い人だ。彼女は学生時代から旅行が好きで、近隣の国々によく足を延ばしていたという。「その中でもタイは特に好き」とのことで、結婚してからもときどきこうやって訪れているのだそうだ。「ご主人は?」と尋ねると「仕事が忙しいし、旅行嫌いだからたいていひとり旅になってしまう」とのこと。かなり裕福な人のようで、宿泊先も日本語のガイドブックにも出ているリッチなホテルだ。
    今日はどうするつもりなのかと聞けば、「特に決めてないけど、もしよかったら一緒にどう?」ときた。きれいな女性と一緒に街を散歩できるとあれば、断る理由などどこにもない。すでに正午近くになっていた。トゥクトゥクで少し走った先にちょっと小ぎれいな店があり、そこで彼女と昼食。

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  • 続 劇場『雑踏』 1

    しばらく前に、The Trainという映画を観た。
    妻子とともにバンコク在住、広告会社に勤める演じる主人公ヴィシャール・ディクシト(イムラーン・ハーシミー)が、通勤時にBTS車内で知り合った人妻ローマー・カプール(ギーター・バスラー)と恋に落ち、連れ込んだホテルの客室でふたりは暴漢に襲われる。ヴィシャールが殴打されて気絶している間にローマーは暴行されてしまう。
    その後、ヴィシャールの連絡先や家族構成などを知ったトニーという名の犯人にたびたび金を要求される。ドナーさえ現れれば、すぐにでも臓器移植を必要とする一人娘のため夫婦で蓄えてきた貯金にまで手を出すことになってしまう。
    しかしここにきて、実は不倫相手のローマーという名は彼女が勤めていた職場の別人のもので、しかも彼女と暴漢はグルで同様の手口で様々な男たちから現金を巻きあげる常習犯であることが判明し、ヴィシャールは娘の手術費用と妻から失った信用を回復すべく立ち上がるというもの。
    イムラーン・ハーシミーがよく出演する不倫のもの映画のひとつで、半月もすれば観たことさえも記憶からキレイに消え去ってしまう程度のものではあった。近年インド映画の撮影でよく利用されるタイだが、街中の色彩豊かな盛り場風景はこういう作品中でなかなかサマになってカッコいいと改めて感じ入った次第である。同時に、その場限りではなくこのようにして後から後から脅されるような目に遭ったら恐ろしいなぁと思っていたら、昔初めて海外旅行に出たときの記憶が、ふとよみがえってきた。

    (さらに…)

  • 素敵な図版満載のガイドブック

    EYEWITNESS INDIA
    『これはなかなかいいよ』
    手にとって薦めてくれたのはインドに長く暮らす親友L君だった。彼にはいつも何かと世話になっている。
    イギリス系の出版社DK (Dorling Kindersley)から出ているEYEWITNESS TRAVEL GUIDESというシリーズのINDIAという本である。表紙のデザインは凡庸だが、ひとたびページを開いてみれば、他の多くのガイドブックとの違いは明らか。エントリーされている土地の多さでは、LP(ロンリープラネット)のINDIAに匹敵する。しかしこれとはまったく性格が違う本なのだ。

    (さらに…)

  • 名車の系譜 2

    ミニ
    ミニ
    兄の子
    ところで『ミニ』といえば、世界で最もポピュラーなイギリス車であることに誰も異論はないだろう。1959年から2000年にかけて、40年以上の長きに渡り数々のマイナーチェンジを繰り返しつつ、ヴァン、ピックアップ、モーク(あまり知られていないが軍用のジープのようなタイプ)そしてスポーツカーとしてのミニ・クーパーと様々なバリエーションの車種を世に送り出してきた。
    ミニのジープ仕様は主に軍用
    このミニに、どこかインドのアンバサダーの面影を感じる人も少なくないと思う。それもそのはず、モーリス社のオックスフォード・シリーズ?のインド版が現在のアンバサダーだが、先述のベイビー・ヒンドゥスターンの本家モーリス版であるマイナーをデザインした<アレクス・イグノスィス(Sir Alexander Arnold Constantine Issigonis)が、同じくモーリス社のミニ・マイナーとして開発したのがこのミニなのだ。そんなわけでアンバサダーことオックスフォード・シリーズ?から見れば、兄の子つまり甥にあたる。
    ともに長く親しまれたイギリス発のクルマ
    イギリスのモーリスとは、もともと自転車を製造していた創業者が1910年に設立した会社で、イギリスの自動車産業を代表する企業にまで成長した。1952年には長年ライバルであったオースティン・モーターと合併してBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)となる。その後1967年からはBLMC(ブリティッシュ・レイランド・モーター・コーポレーション)の傘下企業となる。そして1994年からはBMW社により買収されて以降、これまで保有してきたブランドをめぐる合従連衡の動きの中、これらの一部が独立したり切り売りされたりといった変遷があったが、もともとモーリスが開発した『ミニ』ブランドは、現在もBMWの手中にある。
    オックスフォード・シリーズ?とミニ、どちらもイギリス発の最も長い期間親しまれたクルマとして人々の記憶に残ることだろう。
    やはり血は争えない?
    現在も生産が続くアンバサダーと、フルモデルチェンジする前のミニに共通する面影があるように、2001年に出たアンバサダーの新型モデルAVIGO(従来のモデルと並行して生産)とフルモデルチェンジ以降のミニのデザインの方向性もずいぶん近いように感じる。ああいうカタチのクルマをモダナイズすると似た感じになってしまうのかどうかわからないのだが、今や相互の行き来や縁もなくなってしまったとはいえ、やはり『近親者』であるがゆえのことかもしれない。
    新型アンバサダー AVIGO
    フルモデルチェンジ後のミニ
    〈完〉

  • 名車の系譜 1

    Morris Oxford Series?

    インドを代表するクルマ
    各国のメーカーが参入してきてホットなクルマ市場となって久しいが、今でもこの国の道路でインドらしさを主張しているのが、現在もまだ多く走っているクラシカルな形をしたクルマたちの存在だろう。その中の代表格といえば言うまでもなくアンバサダーだ。パーキスターン、バングラーデーシュなど周辺各国では、それぞれ近接地域のインド国内とよく似た眺めが広がっているが、街中の看板の中に見られる文字が違ったり、企業名が馴染みのないものであったりといったことと同時に、このアンバサダーの姿が普遍的に見られるかどうかが、インドと『異国』の眺めの違いを特徴づけるひとつの要素となっていることは言ってもよいのではないだろうか。
    記録的な長寿モデル
    冒頭に登場した写真、チラリと眺めてインドのアンバサダーにしてはグリルの形状が違うな?と気づかれたことだろう。実はこれはイギリスのモーリス社が1956年から59年にかけて製造していたオックスフォード・シリーズⅢというモデル。このクルマの『インド版』がヒンドゥスターン・モータースにより現在も生産が続くアンバサダーである。本国でとうの昔に生産が中止となり、クラシックカーとして人気のクルマである。
    しかし海の向こうのインドでは生産開始から現時点まで、なんと50年間も『現行モデル』として親しまれている非常に稀有な長寿モデルとなっている。
    もちろんその間、幾度も細部の仕様の変更が重ねられており、心臓部にあたるエンジンは生産開始当初のものとは違うもの(日本のいすゞが設計)が搭載されており、本家のオリジナル『オックスフォード・シリーズⅢ』と比べて内装にプラスチック部品が多用されるようになっている。内装は日本の20年くらい前の大衆車や商用車のそれみたいな調子でいまひとつだ。この部分についてはやはりインドにおける『実用車』なので、あまりに多くを期待するわけにはいかないのだろう。加えて独自のいろんなバージョンのラインナップもあることから、50年前のものとまったく同一とは言い難いが、それでも一度もフルモデルチェンジを行うことなく製造されてきた単一モデルであることは間違いない。
    モーリスがインドに送り出した三代目
    アンバサダーの製造メーカーであるヒンドゥスターン・モータースは、インドがまだ英領であった第二次大戦中に設立された会社だ。当時のイギリス自動車産業を代表するモーリス社と深いつながりがあった。
    モーリスが本国で1938年から48年にかけて製造していたモーリス・テン・シリーズMというモデルは、記念すべきインド初の国産車ランドマスターとして1942年に生産開始された。
    Morris Ten Series M
    このモデルを引き継いで出てきたのが1950年代初頭からモーリス・オックスフォード・マイナーのインド版ベイビー・ヒンドゥスターンだ。
    Morris Oxford Minor
    イギリス本国では1948年から54年にかけて造られていたモデルである。このモデルは今でもごくたまに現役で路上を走っていたり、展示されていたりするのを目にすることがある。これは1957年にインドで現地生産が始まったモーリス・オックスフォード・シリーズⅢに取って替わられることになる。まさにこのモデルこそが、今私たちが目にしている「アンバサダー」である。
    Morris Oxford Series ?
    Morris Oxford Series ?の運転席

    『新車で購入できる』ヴィンテージカー
    アンバサダーのオリジナルであるモーリスのオックスフォード・シリーズⅢ自体が人気のヴィンテージカーのひとつであることはもちろんのこと、こんな大昔のモデルを新品で買うことができるというメリットに魅かれる人は少なくないらしい。インド国外で、日本を含めた諸外国にも少なからずファンがいるようで、そうした人たちが愛車(つまりアンバサダー)について語るサイトも散見される。

    現在製造されているクルマとはいえ、もともとの設計が古いこと、生産体制や品質管理の問題もあってか故障・トラブルが頻発してなかなか大変らしい。このクルマを扱い慣れた修理屋や部品類の豊富な供給があるインド国内ならともかく、外国に持ち出してこれを乗り回すとなると、相応の覚悟とメカニカルな知識等が要求されるようだ。
    だが、今でも生産されているクルマであるため、手間暇さえかければあらゆる純正パーツを手に入れることができるという安心感はあるだろう。
    〈続く〉