近年のインドのニュースで、恋愛のもつれに起因する凄惨な事件をよく目にするなあ、とは思っていたが、インディア・トゥデイ6月25日号によれば、国内で発生する殺人の三大動機のひとつだそうだ。特にパンジャーブ、デリー、グジャラート、マハーラーシュトラ、アーンドラ・プラデーシュにおいては、殺人事件における最も大きな割合を占める原因が男女関係であるとも記されている。
同誌英語版では、6月23日号にこの内容の記事『Crimes of Passion』が掲載されている。近年の男女間のトラブル、恋人同士、夫婦間、不倫等を発端とする事例の数々を提示したうえで、その背景にある社会的な要因を探る努力がなされている。詳しくはP.38からP.45までの記事内容を参照いただきたいと思う。大局的に価値観やライフスタイルのありかたなどで、旧来の価値観と新しい世代のそれとの間の齟齬が大きく、それらが衝突を起こしているがため、というステレオタイプなまとめかたがなされるのではないかと思ったが、そうではなかった。
社会的にも経済的にも独立して着実に地位向上を目指す女性たちが増えている昨今、強くなり進歩的になった女性とそれについていけず男性主導型の考えに固執する男性たちとの間の摩擦が主要な要因であるとし、今を性革命の時代とすれば一歩も二歩も先んじているのは女性であり、男性たちは後塵を拝していると指摘する部分が新鮮だった。
政治であれ、コミュニティーであれ、従来力関係に変化が生じたときには新たな秩序を組み上げるにあたり、自らをより有利なポジションに置くために、積極的なパワーゲームが展開されるものだ。中世の王家などで、後継者を定めずに支配者が没した際の世継ぎをめぐる熾烈な争いなどもその典型だろう。
だがたとえ男女のありかたが変わっていっても、人の数だけ出会いはあり、恋愛はひとつひとつ中身が違う。しょせん生まれも育ちも違う他人同士が好き合うのだから、楽しいこともあれば、互いに理解しがたく堪忍袋の緒が切れることもあるだろう。いつの時代にあっても、男女の仲は睦まじくも難しいもの。
しかしながら人間として越えてはならない一線を踏み外してしまった人たちの事例とその背景にあるものの分析は、今の世相を考えるうえで示唆に富むものであった。
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愛が凶器に変わるとき
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E-タバコ
嫌煙権と言うコトバが生まれたのは30年くらい前のことだという。もちろんその背景には、世間でタバコの害について認知が進んだことが背景にある。非喫煙者の副流煙による間接喫煙を原因とする健康被害にあいたくないという、ごくまっとうな意見が静かにしかし着実に浸透し、分煙化が進んでいくことになった。
確かに古い映画、ドラマ、報道番組などを目にすると、事務所内がタバコの煙でもうもうとたちこめていたり、デスク上の灰皿がてんこ盛りになっていたりして、画面から匂ってくることはないとはいえ、今とはずいぶん違う雰囲気を感じる。
当初は交通機関や多くの人々が利用するスペース等に『禁煙車両』『禁煙コーナー』といったものが設けられ、煙がくることを望まない人が特別にしつらえた環境下でそれを避けることが可能となったが、その後さらに喫煙規制が進んだ結果、『喫煙車両』『喫煙所』という形で、タバコを吸う人たちを特定の場所に囲い込むことになる。つまりスタンダードな立場が喫煙者から非喫煙者たちのほうに移ったわけで、地道に進められていった喫煙規制運動の勝利といえる。
もちろんこれは日本に限ったことではなく、世界中でほぼ共通の現象であり、特に規制の進んでいる地域に比べて、日本では人々の所得水準に比してまだまだタバコの小売価格が安いが、喫煙率も同様に比較的高い水準にあるのもそのためだろう。
日本のメディアのウェブサイトに、以下のような記事があった。
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世界のたばこ事情
価格水準 先進国の中では低め
(北海道新聞)
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そういえば、インドもそうだが諸物価に比してタバコが高い国々では、しばしば10本入りパッケージが売られている。あまりにお金がかかるので「やめよう」と思いつつも、『この小さい一箱で終わりにしよう』なんて手を出してはそのままズルズル・・・という姿や、禁煙3日目あたりの人が『ちょっとだけ、この小さなパッケージだけ・・・』なんて妥協しては元の木阿弥なんていう人の姿が目に浮かぶようだ。
だが一本ずつのバラ売りというのは、それ以上に注意を要する存在である。やめるつもりでも日に数回禁煙を『いとも簡単に中断』できるし、『スパッとやめたぜ』などと公言しつつも、ポケットからコインを出して一本買っていたりする。それでも箱で購入していないので、禁煙の誓いに負けたなんていう気がせず、『オレはタバコやめた』という自信が揺るがないのが不思議だ。しかし手元にあるタバコの数を制限できるので、節煙になることは間違いないが。
現在の私自身はといえば、喫煙者とも非喫煙者ともいいがたいものがある。たとえばどこかで酒を飲むときはタバコが欲しくなって吸うし、自宅をしばらく離れて旅行するときには一時解禁ということにしている。もちろん帰宅するとスパッとやめているつもりだ・・・とはいえ、やはり未練が残っているので完全にタバコから縁が切れたとは言い難い。
ところで『オレは止めないぞ』と喫煙意思の固い人たちも決して少なくはない。そういう人たちは、禁煙時代の飛行機での移動、とりわけ国際線の利用となるとかなり困るらしい。ターミナルビルの外で吸いだめしてみたところで、出発2時間ほど前にチェックインし、目的地にもよるが概ね長いフライト時間、到着してからも行列しての入国手続きや両替等を済ませ、ようやく外に出てからタバコに点火。『やれやれ、これだから飛行機は嫌だなあ』といった具合なのだそうだ。
何かと便利なモノが次から次へと出現して、あの手この手で消費者の懐をうかがうこの世の中、そういう人にピッタリ(?)な商品がすでに出ているようだ。電子タバコなる代物で、その名もSUPER SMOKER。どんな味なのかよくわからないが、どうせならもうひと捻り加えて、世界的にメジャーな銘柄のテイストを選択できるようにすると、かなり好評を得るのではないかと思ったりもする。
電子タバコ「Super Smoker」がヘビースモーカーの命を救う!? (MSMデジタルライフ) -
解禁から2年 東京の店頭にインド産マンゴーは並ぶのか?
2年前からインドからのマンゴー輸入が解禁となっているが、なぜか日本国内・・・というか少なくとも東京都内の店頭ではトンと見かけず、あるのは『メキシコ産』『フィリピン産』『タイ産』といった従来どおりのラインナップ。いったいどこで売られているのだろうか・・・と不思議に思っているところだ。でもよくよく目を凝らすと、加工品の類はそれなりに出回っていることに気がつくこのごろ。
あるスーパーでマンゴージャムなるものを見かけた。ごく普通の小さな瓶入りのもので、価格は1480円とある。どんなものかと興味を引かれたが、ちょっと高すぎて手が出ない。その横に並ぶのはマンゴージュースで200ml入り350円。インド料理レストランと食料品輸入とを行なう日本の会社が手がけているもので、同社は他にもインドからその他のマンゴー加工製品や蜂蜜なども扱っているようだ。
ジュース、ジャム、缶詰といった具合になってしまうと、どれも同じような味になってしまうので、やっぱり期待したいのは生の果実がドカンと大量に入ってくること。インドのマンゴーを、日常的にアメ横あたりでダミ声のオジサンが台車で叩き売りするくらいになってくれるとうれしいのだが。品種豊富な中で、好みもいろいろかと思うが、とりあえず生果実がふんだんに入ってくることがあれば、何であっても御の字である。
マンゴーの世界での総生産高のおよそ半分が収穫されるというマンゴー大国インド。日本の食卓に供給する余力充分(・・・たぶん)と思いたいところだが、時期が時期だけに、今の時期までに店頭になければ本格的に期待できるのは来年以降になってしまうのが寂しい。 -
Namaste Bollywood #13

早いものでもう2カ月かぁ・・・と思う。4月に12号が出てから、アッという間に時間が過ぎ去って行った。
今号の目玉は、『はやわかりボリウッド』とのことで、映画界に関する豆知識が散りばめられている。ムンバイーで製作される映画の国際性、映像技術の高さ、大人が楽しめる質の高い作品群等々に情報がぎっしりと並んでいる。こういう努力の積み重ねが、日本の映画ファンの間で根強いボリウッド映画ひいてはインド映画全体に対する誤解や先入観を解き、が様々なジャンルの異なるテーマの無数の作品群の中から好きなものをいくらでもチョイスできる無尽蔵の宝箱のようなボリウッドの世界の魅力に開眼する手助けとなることだろう。
また個人的にちょっと気になる記事があった。リライアンスグループを率いるアニル・アンバーニーが映画製作に意欲を示しているとのこと。飛ぶ鳥を落とすような勢いの新興財閥がエンターテインメントの世界で何を仕掛けてくるのか?という期待とともに、欧米嗜好のテイストが好みらしいことから、限りなくハリウッド的なボリウッド作品、あるいはボリウッド的なハリウッド作品を量産しようとしているのでは?という不安も感じないではない。
他にも5月にバングラーデーシュから来日したバウル・ロッカーへのインタビュー、ヌスラット・ファテ・アリー・ハーンの後継者であり甥でもあるラーハト・ファテ・アリー・ハーンに関する記事、書籍の項には往年のボリウッドのダンスシーン彩ったヘレンの伝記『HELEN』の紹介等々、いつものごとく何でもアリのリッチな誌面だ。
巻末のBollywood Filmy Pedigreeに登場するのは、サイーフ・アリー・カーンとその親族。『世が世なら』の正真正銘の王子様であることは広く知られているが、彼が持つ高貴な雰囲気と傲慢さはまさにその血筋ゆえのことだろうか。元妻のアムリター・スィンの叔父は有名な著述家クシュワント・スィンであることはちょっとビックリしたが、それ以上に興味を引かれたのは、パタウディーのナワーブであった父方のほうも、ボーパールのナワーブであった母方のほうも、印パ分離独立時に親族もインド側に残る者あれば、パーキスターンに移住した者ありといった具合であったとのこと。映画以上にドラマチックな出来事に満ちた王子様の家族史の糸口が行間に見え隠れしているようである。
今号もまた非常に力のこもった濃い内容のナマステ・ボリウッド誌だ。 -
ジャパン・バングラデシュ フレンドシップフェスティバル
近ごろ都内の野外イベント会場では、バングラーデーシュ関係が目立つ。4月に池袋西口広場で行なわれたカレーフェスティバル&バングラデシュボイシャキメラ、6月のバングラデシュフェスティバル2008、に続き、8月2日(土)と3日(日)には、渋谷の代々木公園イベント広場および野外ステージにて、『ジャパン・バングラデシュ フレンドシップフェスティバル2008』というイベントが企画されている。
もちろん今の日本で、とりたててバングラーデーシュがブームというわけではなく、6月のイベントにおけるテーマが地球温暖化を考えるという趣旨であったように、8月に予定されているも催しは、バングラーデーシュでの国際協力にかかわる事業を実施している団体が、同国の文化や歴史を紹介、そこで行なっている事業についての報告をするとともに、一人でも多くの人からの理解と協力を得ようという真面目なものである。
このプログラムの成功を祈るとともに、バングラーデーシュはもちろん南アジアの様々な国や地域へ、多くの人々の興味・関心がこれまで以上に寄せられるようになることを期待したい。 -
2012年 ドゥバイが楽しみ
下記リンク先の記事を見ていただきたい。ボリウッドの映画監督ヤシュ・チョープラーがにこやかに握手を交わす相手のアラビア人女性は、中東の金融センター、UAEのドバイを拠点とするドゥバイ・インフィニティ・ホールディングスのCEOであるサミーラー・アブドゥルラザク。
Yash Raj Films (YRF) signs a Joint Venture with Dubai Infinity Holdings (Yash Raj Films)
両者の間で、ヤシュ・チョープラー監督率いるヤシュ・ラージ・フィルムズによる『YRF Entertainment District』なるものがドゥバイに造られることが決定した。詳細はまだ明らかになっていないが、テーマパーク、ムービーパレス(?)およびホテルといった施設が含まれるそうだ。もちろんどれもボリウッドがテーマとのことで、UAEに暮らすビジネスマン、技術者、建設労働者など、様々な業種の150万人ものインド人居住者たちの関心を大いに引くことだろうが、同時にインドの富裕層に人気のレジャー先でもあることから、『いつか訪れてみよう』と思っている人も少なくないだろう。
完成予定は2012年。まだまだ先だが、かなり興味を引かれつつもなかなか足が向かないドゥバイに、そこを訪れるためのひとつの大きな動機ができるわけで私としてはちょっとうれしい。またひとつ目玉が出来るわけでちょっとうれしい。果たしてどんな施設が出来上がることになるのか、続報を待つことにしよう。
ヤシュ・ラージ・フィルムズの提携相手のドゥバイ・インフィニティ・ホールディングスは、昨年12月に発足したばかりの会社だが、金融と観光とファッションの街ドゥバイをまさに地で行くような活動を展開しているようだ。主にエンターテインメントやレジャー関係で多額の投資を行なっているらしい。
テーマパークはさておき、個人的にかなり気になるのはサミーラーCEO。巨万の富(・・・たぶん)を自在に操る、若くて見目麗しき辣腕経営者。それこそ映画に出てきそうな人物だ。あまりにカッコ良すぎるが、この財の源泉と地位の背景には何があるのか?この人はいったい何者なのだろう?謎多き美女である。単なるマスコット的なお飾りなのか、それとも真の実力者なのか。同社ウェブサイト中の『Ask the CEO』に何か意見を書き込むと、本人が直接返事をくれるとある。今のところ何かメッセージを送って贈ってみるつもりはないが、ちょっと興味をそそられる。なかなか上手い演出だな、とも思う。 -
便利になった
空港に着いた。国内各地をひっきりなしに飛び交う多くのキャリアの社名やシンボルマークが目に飛び込んでくる。かつてのインドの各空港のゆったりと鷹揚な雰囲気はいまいずこ。21世紀のインドの空の旅は、新興航空会社の伸長にともなう発着便の大幅な増加により、既存の空港や管制システム等への負荷が大きくなりすぎている。空はともかく、空港や関連施設はどこもずいぶん手狭になっている。
極端な話、チャンディーガル・デリー間のような近距離の移動の場合、飛行機を選ぶと実質の移動時間はごく短いとはいえ、鉄道と違って出発予定時刻よりもかなり早くチェックインしなくてはならないこと、フライトの機材が搭乗する空港に到着するまでに相当な遅れを蓄積していたりすることなどにより、『あぁ、鉄道で行ったほうがよっぽど早かった』なんてこともしばしばあるだろう。
混雑と遅れの解消とスムースな運行を目指して空港の増改築、新規の空港建設などが進んでいるところだが、相応の落ち着きを見せるにはまだまだ時間がかかりそうだ。視点を変えれば、こうしたインフラ関連の産業は、どこでも引く手あまたで今後も着実な成長を見せる証拠ともいえるだろう。 -
カレーなる梅雨の中休み

バングラデシュフェスティバル2008に行ってきた。6月中旬の屋外イベントともなると、まずは天気がどうなのか?と気になるところだが、東京の雨季は小休止でカンカン照りの本日。第一回目の開催とのことで、かなり空いているのだろうか、でもこの天気ならば多少込み合っているかも?と思いつつ、会場に入ってみると、拍子抜けするほどの広い空間が広がっている。
なんだかけっこう店が出ている割には人出が少ない。もし雨でも降っていたならば、ガラガラに空いていたのではないだろうか。そもそもこういうイベントが行なわれていることも世間であまり知られていないようだ。新規立ち上げのイベントを宣伝するということは、なかなかむずかしいことと思うが、『果たして来年はあるのだろうか?』と気になるほどだ。それでも昼下がりからさらに夕方近くなるころには、おそらくこのあたりを散歩していてたまたまこのイベントが開かれていることに気づいたらしい人々が次第に集まってきたようではある。
しかしこれとは反対に、イベントがあまり盛況すぎるのも、そこに集う人々にとってはちょっと考えものではある。たとえその会場で『昼ごろ会おう』なんて待ち合わせしていても、携帯電話を家置き忘れたり、たまたまバッテリーが切れてしまったりするとうまく会えなかったりということもあるだろうし、出店で食事を買うにも長い行列、座るところもなく立ちっぱなしで話していて疲れてしまったりと、人ごみのワサワサした雰囲気と合わせて、あまりリラックスできる感じではないからだ。
主催者側が用意したいくばくかの座席がすっかり埋まってしまうことはなく、待つことなく席を占めることができるし、音楽の演奏などがなされているステージ前も好きなところに座れるし、とかくスペースがふんだんにあるのは快適だった。もちろん『これくらいがちょうどいい』なんて言い切ってしまうと、主催あるいは出店している方々からは『冗談じゃない』と怒られてしまうだろうが。
食べ物の露店は、他のこうしたイベントでもおなじみのレストランからやってきているものが多いようだ。オーナーがベンガル人だったり、ベンガル料理の店ということになっているところだったりするのだが、やはりテントの露店でできる品目には限りがあること、日本で南アジアの料理として期待されるもの、好まれている品に特化しており、ベンガル料理らしいアイテムはほとんど見当たらないようだ。お客の間でのベンガル料理への認知度と売り上げとの狭間で、当事者たちはいろいろ思うところはあるのではないだろうか。
会場の隅のほうでは、このイベントの正式な出店者とは思えない民芸品その他の業者たちの姿あり、普段公園内で飲み物を扱っている業者がイベントスペースにはみ出して(?)営業していたりと、かなりユルい感じの会場。主催者の姿がよく見えず、特に押し付けがましいところもなく、統制もほとんどないようで、あたかも『たまたまこういう露店が集まりました』といった感じの伸び伸びとした空気が心地よかった。
明日15日はこのイベント二日目にして最終日。もし新宿・渋谷界隈に足を伸ばす予定があれば、ちょっと立ち寄ってみてはいかがだろう。 -
2010年 ムンバイーに新名所登場

やはり今世紀は『インドの時代』ということなのだろうか。おそらく私たちの多くがこれまで見たこともないような超モダンかつハイテクなビルが市内に建築されるとのことで、2010年末までに完成予定とか。
James Law Cybertecture Internationalがデザインを手がける32,000平方メートルの床面積を持つこの卵型の建築物、Cybertecture Eggは、卵型で容積にくらべて外面積が少ないことから、強い陽光や外気の影響を受けにくく、建物外装に装備される緑地が建物を冷却する機能を持つ。加えてこの建物には太陽および風力による発電機能を備えているそうだ。さらにはここで働く人々の健康状態までモニターしてくれるのだとか。
新旧織り交ぜて様々な顔を持つインドの『先進的な』部分を象徴するようなこの建物、入居するのはどういう企業?あるいは施設?だかよくわからないが、非常に注目度の高い超ハイテクビルということもあり、セキュリティーに対する配慮はそうとう厳しいものになるのではないだろうか。真新しい建物内を自由に散策しつつ、カメラでパチリパチリと撮影を楽しむような具合にはいかないような気がする。でもムンバイーまでわざわざ見物に行かずとも、竣工後には映画のロケでもしばしば使用され、スクリーンで目にする機会も多いのではないだろうかとも予想している。
いつも明るい話でもちきりとはいえないムンバイーだが、同じ時間軸のうえで交わることのない様々な事象が展開していく重層性には、この都市のひいてはこの国の懐の深さを感じずにはいられない。

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インド洋海域から眺めた世界
陸路はもちろん海原を通じてもインドと外界とのコンタクトは続いてきた。かつて徒歩や騎馬などにより遠路はるばるやってきた勢力が、インドにいくつもの王朝を建ててきた。もちろん同じルートをたどって経済活動を行なうことを目的にやってきた人々の流れもあった。同様に、海からも船舶に乗っていくつかの外来勢力がインドを目指してやってきて、支配を確立していった。そして最後にやってきたのがイギリスということになる。もちろん侵略や征服目的といった意図を持たず、商取引やより良い生活条件を求めて渡航してきた人々も多数あった。
インドで先祖の出自をそうした外国からの移住者と認識するコミュニティが多数存在するのと同様に、インドから様々な国々に出て行き定住した人々もまた多い。陸路でたどり着ける地域はもちろんのこと、アラビアやアフリカでもインド系移民たちがコミュニティを形成してしいたり、生活や経済活動等のさまざまな痕跡や影響を残していたりする。
かつて日の沈まない世界帝国として君臨したイギリスの支配下ないしは強い影響下にあった地域が多いことも、こうした活動の拡散に追い風となったようだ。航海技術の発達に加えて、地域間交通がよりマクロ的な視点から発達し整備されるようになったこと、更には経済活動や商取引等にまつわるルール等、ある一定の共通のモノサシが普及していったことなどは、大英帝国とその支配の構図が、一種のインフラとして機能し、人やモノの行き来を促進することになっていったといえるだろう。
インド亜大陸のアラビア海に面した西岸部と海原を通じてつながる中東・アフリカ各地の岸辺をひとつのつながりとして俯瞰したこの図書から、『アラビア海域』というひとつの世界が見えてくるようだ。中東・アフリカ地域のインド系住民たちをDiaspora、つまり経済的理由等で本国から離散した人々と見るか、それとも今なお本国と有機的なつながりを持つインド世界の飛び地と見るのかで見えてくる世界が違ってくる。
さまざまな人々が行き来する海上からその沿岸地域を見渡す視点を与えてくれるこの一冊を手にしてみた。インドをアフガン・イラン方面ないしは、日本・東南アジア方面からという二方向から地続きで眺めてしまいがちな私たちに、海域を通じた第三の視座を与えてくれる一冊である。海原は決して無の空間の広がりではなく、異なる文化圏をつなぎ合わせる広大なネットワークであることを改めて思い起こさせてくれる。
この『インド洋海域世界』は、東は東南アジアから西はアフリカ東海岸までの、人々やモノの移動、文化の伝播や商業ネットワークの構築といった多様な切り口から、地域間で繰り返されてきた重層的なコンタクトの豊富な事例を交えて、異なる地域間からなる『ひとつの世界』が存在してきたことを私たちの目の前に提示してくれる。
インドに軸足を置いてアフリカを眺めてみるのもよし、インドネシアからはるか西のメッカを望んでみるのもよし、ザンジバルの港からオマーンの方角へと目を凝らしてみるのもまたいいだろう。海域世界というマクロな観点から複眼的な視野で眺めた雄大な風景に胸がすくような思いがする。

書名:自然と文化そしてことば インド洋海域世界
著者:小西正捷他
出版社:言叢社
ISBN-10: 4862090222
ISBN-13: 978-4862090225 -
人集まるところ街が生まれる
近ごろインド企業誘致に乗り出す自治体のことをよく耳にする。インド企業を呼び込もうとの掛け声とともに、セミナーの開催、視察団の派遣や受け入れなど、いろいろな事例があるようだが、これらの中で他に一歩も二歩も先んじているのはどうやら横浜市のようだ。
進出してきたインド企業に5年間の減税、助成金の支給に加えて、子弟の教育のためにインド人学校を開校させるなど、立地条件をより魅力のあるものとなるよう試みている。そういう環境下、タタ コンサルタンシーサービシズ ジャパンは同市内に日本法人を構え、同じくタタ・グループの自動車部品メーカー、タタ オートコンプシステムズの進出が伝えられたのは昨年9月のことだった。
このほど中部経済連合会が、中部国際空港にインドの航空会社、ジェット・エアウェイズとキングフィッシャー航空の乗り入れを誘致しようと画策していると報じられていた。名古屋からそのままバンガロールに飛ぶことができる日が来るのはさておき、東京・大阪以外の都市発のインド便が就航する日はそう遠くないのかもしれない。
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インドへエアポートセールス=中部空港への乗り入れ誘致へ−中経連 (時事通信社)
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大資本が日本市場に参入してくることになれば、それに続いて関連する中小の産業も日本進出を検討するだろう。日本で活動するインド人たちが増えれば、その生活を支える業種もやってくることになるのだろう。ちょうど新宿や池袋界隈で、東アジアの各国からやってきた人々が、同胞相手の美容室、不動産屋、食材屋、生活雑貨屋が店を広げているように。
これらの産業と縁がない人にも『顔がよく見える』業種もやってくるかもしれない。インドから各種サービス産業、例えばレストラングループやホテルチェーンなどといったものが上陸してくることがあれば面白い。市場としての日本に魅力と可能性があれば、インテリアや服飾関係業者も様子を探っているのではないだろうか。
日本にあっては、とかく中国と比較されることの多いインドだ。日印関係は、地理的にも文化的にも歴史的にも濃密な日中関係と肩を並べるほどのものには成り得ないとは思う。それでも少なくとも90年代よりも前には、ごく一部の地域ないしは極めて狭い特定の分野を除き、日本におけるインドのプレゼンスがほとんどゼロに等しかったことが大きなポイントだ。スタート地点があまりに低かったため、相対的に大きな伸び率を示すことは間違いない。
日本側が誘致を画策している分野も、インド自身が外国での活動で得意とする分野ともに都市型の産業であることから、彼らの存在が日本国内のいくつかの極に集中するのではないかと思う。東京の西葛西にはインド人たちの姿が目立つとはいえ、まだほとんど生活臭を感じさせないのは、ごく普通の日本の生活環境の中に、多くが一時滞在的なスタンスで点在しているに過ぎないからだろう。在日インド人たちの総体としての人口の伸び以上に、インドの人々のプレゼンスが濃厚な特定のエリアが出てきて、やがてそこを人々が『インド人街』と称する日がやってくるのだろうか? -
お寺が遠くなる
本日6月2日の朝日新聞朝刊第3面に『寺離れ 地方も都会も』という記事が出ていた。地方は過疎や高齢化のため、都会では地域の共同体の希薄化で、お寺離れが進んでいるのだそうだ。また総体として核家族化の関係もあり、各世帯が経済的負担を敬遠することもひとつの要因だという。
日本の『お寺』には、三つのタイプがあるのだそうな。まずはお布施の収入中心の檀家寺、そして拝観料で稼ぐ観光寺、交通安全などの祈祷料が大半の祈祷寺だという。日本にある8万6千ほどの寺の9割以上が檀家寺であると書かれている。そうしたお寺が、檀家獲得のためにいろいろな対策を打ち出していることも触れられていた。法要の際の送迎サービスを提供したり、地方の寺が都会のマンションの一室を借りて『分院』を設置したりといった具合に。
