便利になった

空港に着いた。国内各地をひっきりなしに飛び交う多くのキャリアの社名やシンボルマークが目に飛び込んでくる。かつてのインドの各空港のゆったりと鷹揚な雰囲気はいまいずこ。21世紀のインドの空の旅は、新興航空会社の伸長にともなう発着便の大幅な増加により、既存の空港や管制システム等への負荷が大きくなりすぎている。空はともかく、空港や関連施設はどこもずいぶん手狭になっている。
極端な話、チャンディーガル・デリー間のような近距離の移動の場合、飛行機を選ぶと実質の移動時間はごく短いとはいえ、鉄道と違って出発予定時刻よりもかなり早くチェックインしなくてはならないこと、フライトの機材が搭乗する空港に到着するまでに相当な遅れを蓄積していたりすることなどにより、『あぁ、鉄道で行ったほうがよっぽど早かった』なんてこともしばしばあるだろう。
混雑と遅れの解消とスムースな運行を目指して空港の増改築、新規の空港建設などが進んでいるところだが、相応の落ち着きを見せるにはまだまだ時間がかかりそうだ。視点を変えれば、こうしたインフラ関連の産業は、どこでも引く手あまたで今後も着実な成長を見せる証拠ともいえるだろう。


ともあれ、新規キャリアが多数参入したことにより、以前に比べて空の旅にかかる費用が安くなったことが注目に値するのは当然だが、それ以前に人々の移動が盛んになってきたこと、商用目的での搭乗はもちろんのこと、所得が向上したことにより余暇にお金をかける余裕が出てきたことも大きい。既存航空会社から後発の新しいキャリアまで、ずいぶん選択肢が増えて便数も増えたにもかかわらず、暑季の避暑地へのフライトが大変込み合うこと、その他休暇シーズンにおける行楽地への便がかなり早いうから予約が込み合うことなどといった旺盛な需要からもそうした世相が読み取れる。
こうした中、都会の書店に並ぶ旅行案内書の類も、質・量ともにずいぶんと幅が広がってきている。都市圏を中心に成長目覚しく、街並みもどんどん変わっていく今のインドだが、観光くらいしか産業らしいものが見当たらない土地でも、風景は大きく変化する。数年の間隔を開けて同じ観光地を訪れてみると、ずいぶん背の高い建物が増えたとか、市街地が広がったなどと感じることは多い。10年も経つとすでに『別の場所』だったなんてこともよくある。
これまでは鉄道が主役であった民族大移動の手段に飛行機が加わったことは、広大な国土を思えば当然の成り行きである。おかげで私たち外国人にとっても、限られた時間の中で離れた地点を複数訪れようといった場合に大きな助けとなる。かつて飛行機国内線の就航先、便数ともに限られており、料金も高かった時代、また鉄道予約が全国でネットワーク化される以前には不可能だったことがいとも簡単に実現できるようになった。
インドの後発キャリアの代表格で、それまでこの国になかったビジネスモデルを提示し、国内線の価格破壊をリードしてきたのは新興会社中で最大のネットワークを誇ってきたエア・デカンだ。国内あらゆる地域にフライトを飛ばしており利用価値は高いのだが、空港内のオフィスでチケットを購入するか、現地旅行代理店を通じて予約する場合を除いて、外国人・・・というか外国発行のクレジットカードを利用している者にとっては大きな不満があった。こういう航空会社の利点のひとつは、思い立ったときに自宅にいながらにしてネット予約ができることだが、インド国外発行のカードを受け付けてくれないことだ。
だがそのエア・デカンに感じていた不便な状況も今では解決された。エア・デカンとキングフィッシャー・エアラインが経営統合したためである。今のところ両社のブランドは並存しており、ウェブ上でもふたつの社名で別々に予約を受け付けている。だが両ブランド間のフライトが、どちらのウェブサイトからもシームレスに予約可能であり、キングフィッシャー側のサイトで予約すると、『外国発行のカード』ということではじかれてしまうことはない。
若干注意すべきことは、たとえキングフィッシャーで予約しても、実際のフライト運行主体がデカンのほうである場合、チェックインカウンターはデカンで行なうことである。もちろんデカンのアウトレットを通じて予約したフライトを実際に運行するのがキングフィシャーである場合はキングフィッシャーでチェックイン行なうことになるのはもちろんのことである。
ちょっと確認したいことがあって、キングフィッシャーのコールセンターに電話してみると24時間すぐにつながるし、対応も『バカていねい』なくらいに丁重であったりする。利便性やサービスといった面で、インドの航空会社のスタンダードがずいぶん向上したことを感じる。普段、『民活』とか『競争原理』なるものに懐疑的な私だが、確固とした需要のもとでの旺盛な競争の結果として生じる消費者へのメリットについて、大きくうなずかずにはいられない。
もちろん航空会社間の競争のみならず、時間では勝負にならないものの圧倒的なネットワークの広さとキメ細かさを誇り、旅客輸送の最大のライバルである鉄道に与える影響も大きい。こうした新興航空会社の躍進なければ、今のようにごくごく手軽にこれまた自宅にいながらにして国鉄の予約が可能な環境が実現するのはまだずいぶん先のことになっていたのではないだろうか。
ひところまでは、どこかに出かけようと思っても、移動手段がバス以外であれば、チケットを取るのがずいぶん手間だったものだが、今ではずいぶん便利になった。人々を運ぶ器そのもののハード面での進化はさほどでもないので、決して飛躍的に快適になった気はしないのだが、むしろ通信や取引手段の急速な発展によるソフト面での進化により『ずいぶん手間がかからなくなった』と感じさせる効果がとても大きいように思う。さて、今度はどこに出かけてみようか?

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