お寺が遠くなる

本日6月2日の朝日新聞朝刊第3面に『寺離れ 地方も都会も』という記事が出ていた。地方は過疎や高齢化のため、都会では地域の共同体の希薄化で、お寺離れが進んでいるのだそうだ。また総体として核家族化の関係もあり、各世帯が経済的負担を敬遠することもひとつの要因だという。
日本の『お寺』には、三つのタイプがあるのだそうな。まずはお布施の収入中心の檀家寺、そして拝観料で稼ぐ観光寺、交通安全などの祈祷料が大半の祈祷寺だという。日本にある8万6千ほどの寺の9割以上が檀家寺であると書かれている。そうしたお寺が、檀家獲得のためにいろいろな対策を打ち出していることも触れられていた。法要の際の送迎サービスを提供したり、地方の寺が都会のマンションの一室を借りて『分院』を設置したりといった具合に。


確かによくよく考えてみると、地域性もあるかとは思うが、自分の祖父母よりも下の世代つまり親の世代が長とする核家族世帯で、仏壇なるものを見たことはあまりないし、自分と同世代で親元から離れて自ら所帯を構えた人の家では皆無だ。私自身も将来そういうものを家に置くことはありそうにない。田舎に暮らしていた祖父母は、地域のお寺の檀家だったが、東京に出てきた親自身はとうの昔に寺との縁は切れている。
さすがにまだ『価格競争』へと進むところまではきていないようだが、これまで収入の基盤だった檀家が減ることによる先細りには当分歯止めがかかりそうにないようで、寺院運営は明らかに『斜陽産業』となっているらしい。お寺をビジネスと称してしまうのはどうかという向きもあるかもしれないが、お寺の経営コンサルタント会社というものもあるようで、記事には『日本テンプルヴァン』という企業の社長によるコメントも取り上げられていた。
お寺の経営といっても、よほど興味がなければその実態に触れる機会はほとんどないことと思う。だが洋の東西や宗教の違いはあっても、相当以上の規模の施設ともなれば、看板となる高名や僧侶や聖職者たちの背後には組織の運営を支える裏方たちの存在があり、内側から眺めてみれば、なんだか普通の事業所・・・という印象を受けることもあるのではないかと思う。たとえば大きな神社などでもそういう部分はけっこうあるらしい。取引関係にある銀行から出向者が事務方として出向するなどといった、『異業種人事交流』の例は珍しいことではないようだ。
聖と俗の境目はともかく、特に何か神仏を信仰しているわけではない私が言うのも何だが、『宗教離れ』についてはちょっと考えさせられるものがある。地域社会の希薄化の背後には、特に都会の住宅地のようにもともと土地に縁もゆかりもない人たちが通勤や予算的な兼ね合いといった主に経済的要因で移り住んできたため横のつながりがないこともあるが、特にそこで何か商売でもしているのではなく、電車で職場まで通勤しているような人たちの場合、スポーツか趣味の集まりにでも参加していたり、小さな子供でもいてPTAだのなんだのという形で他の子供たちの親と知り合ったりすることでもなければ、居住エリアでの人付き合いというものはほとんど無いに等しい。すると往々にして職場中心の人間関係に終始する『会社主義』に取り込まれてしまうのだろう。
お寺にせよ神社にせよ、それ自体がひとつの俗世の延長であるがゆえに、地域とそこに住む人々をつなぐ有機的な機能があった。祭りその他の年中行事はまさにこれらを拠り所として受け継がれ、地域の豊かな人間関係を育んできた。それがどうして今のように冠婚葬祭のお飾り程度に萎縮してしまったのかといえば、特に誰に責任があるわけではなく、要は時代が変わったからということになるのだろう。結果として、私たちは神サマたちとずいぶん疎遠になってきたことは間違いない。
唐突ながら、インドでもことに都会の暮らしは大きな変化を続けており、ライフスタイルの変容とともに、宗教に対するスタンスにも影響を与えているようだ。スマートな人気指導者のもとで主に都市部の中間層の支持を得て経済的に成功する教団、ヨーガのDVDや健康食品産業などでも稼ぐ実業家グルーの存在などは、一見人々の信仰心の厚さを証明しているように見えても、実はその背後に日本における伝統宗教離れと根っこの部分に共通するものは少なくないのではないかとも思う。これらについても今後関心を持って見ていきたい。

This entry was posted in column, life, society. Bookmark the permalink.

2 Responses to お寺が遠くなる

  1. CJ says:

    嘆かわしい・・・
    仏陀はお寺での金儲けを禁止しているのですが。
    基本中の基本が守れないなら、『仏教』語らないで頂きたいですね。
    『ブータン仏教から見た日本仏教』、ぜひこの本を読んでください

  2. ogata says:

    維持管理や宗教活動などで相応の費用がかかるので、信者たちの浄財による収入を上げることはもちろん必要です。
    でもお布施の収入の落ち込みから、檀家獲得を目指して奔走しなくてはならなかったり、将来存続が危ぶまれる寺が数多く出てくることが予想されているこの時代、お寺もなかなか大変なようですね。

Comments are closed.