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カテゴリー: column

  • コーラープト 2 北インドと南インドの境目?

    コーラープト 2 北インドと南インドの境目?

     町中では、マーケットその他の路上で野菜や生薬を売っている人々の中に部族の人々の姿がとても多い。周辺の村からバスや徒歩で町まで出てきてこうやって商売しているらしい。

     そうした人々の多くは自家製とおぼしき、通常よりも小ぶりな野菜類を扱っていることが多い。並べている量も総じて少ないことが多く、こんなので商売になるのだろうか?と気になってしまうような人も少なくなかった。自家消費から剰余が出た分を現金と交換するために行商しているというケースもあるのかもしれない。 

    むしろの上で石の細かい破片のような鉱物を 広げている年配女性もいた。このあたりの部族の人々はたいていそうだが、自身の言葉以外にオリヤー語しか理解しないので仕方ない。

    そうした中に男性も女性もいるのだが、特に女性のほうが目立つのは、特徴的な民族衣装を着ているからだろう。サーリーよりも丈の短い布を身体に纏っている。ペチコート類は下に着けておらず、太古の壁画に出てくる女性の姿のようでもある。

     この国では指定部族に対する留保制度があるため、おそらく政府関係の仕事に就く人は少なくないことと想像できる。また商業的に成功して、町で店を構えたり、家を建てている人もけっこうあるのかもしれない。もともとのスタート地点が低いことから、そうした形での社会進出は決して易しくはなかろう。それでも都市化して暮らしている人たちも少なからずあることだろう。 

     宿泊先のHotel Raj Residencyは、まだ新しいから快適というだけのことで、時間とともに『標準化』していくようなので特にコメントすべきものはないのだが、ここのグラウンド・フロアーのレストランはなかなか面白かった。

     何が楽しいかといえば、通常ドーサ類といえばヴェジタリアンだが、ここでは『ノンヴェジ・ドーサ』がいろいろあるのだ。

    エッグ・ドーサ、チキンキーマ・ドーサ、マトン・ドーサetc.といった具合で、要はマサラー・ドーサーを注文すると中にマサラーで味付けしたポテトが入ってくるが、ノンヴェジではこれが卵であったり肉類であったりするわけだ。いろいろ試してみたが、どれもビールによく合う感じだ。 

    他にも変り種で甘いドーサ類があり、コーヒー・ドーサにはネスカフェが入っているらしい。こちらは残念ながら試していないが、こうした『邪道』なB級グルメ的なアイテムがいくつもあり、食に対するこだわりも関心も特になく、日々クルマやバイクにガソリンを補給するような感覚で食事=作業をしている私でさえも、思わずニヤリとしてしまうような料理がいろいろあるのが良かった。 

    それはさておき、オリッサ州南部で、アーンドラ・プラデーシュに近いためだろう、町中の食堂で用意している食事にはかなり南インド的なアイテムが多く見られるうえに、北インド料理にも南のテイストが加わっている。たとえばチキン・モグライを注文すると、ココナツで仕上げてあったりするなどといった具合だ。 

    町中に貼られたポスター等の中で、アーンドラ・プラデーシュをはじめとする南インドを本拠地とする聖者たちの姿も数多く見受けられる。プッタパールティのサッティャ・サイババの関係施設もあった。

     

    このあたりは、ちょうど北インドと南インドの境あたりという気がする。 

    <続く>

  • ワルリ絵画展 2011

    本日3月1日(火)から3月6日(日)まで、東京渋谷にて、インドのマハーラーシュトラ州北西部のターネー周辺に住む先住民ワールリー族の絵画展が開催される。

    毎年この時期に開かれてきた催しである。ご興味ご関心のある方は、以下のウェブサイトをご参照願いたい。

    ワルリ絵画展2011【誕生】(warli.jp)

    ※コーラープト2は後日掲載します。

  • 美しすぎる大臣?

    美しすぎる大臣?

    この人が来日することがあれば『美しすぎる大臣』と日本のメディアに書かれるのだろうか。2月11日にパーキスターンの外務副大臣(に相当する役職)に就任したヒナー・ラッバーニー・カル氏である。

    パーキスターンのパンジャーブ州ムルターン生まれ、有力な政治家ファミリー出身の34歳。ラーホール経営大学卒業後、渡米してマサチューセッツ大学にて修士号取得。

    パーキスターン・ムスリム連盟のカーイデー・アーザム派(PML–Q)にて政治家としてのキャリアのスタートを切った。経済・統計副大臣(に相当する役職の経験もある彼女は、現在パーキスターン人民党(PPP)に所属。

    不安定なパーキスターン政局の中で、この人物をこうしたポストに起用するということは、ちょっとサプライズな人事であったため、彼女自身の美貌と合わせていろいろと取り上げられる機会が多いようだ。

    パーキスターン人民党所属の女性政治家で、早くから要職に就いていることから、暗殺されたベーナズィール・ブットー氏の再来を期待する声もごくごく一部にはあるようだが、パーキスターン国内ではともかく、隣国インドのメディアでの扱いはパッとしない。まだ若くて政治家としての経験も浅いことから、現在の同党執行部にとって扱いやすい人物であるという評価に尽きるようだ。

    だが彼女は外交のカギを握る要職にあるがゆえに、インドのメディアにもしばしば取り上げられる機会があるだろう。またパーキスターンの国政レベルの若手政治家の注目株のひとりであることも確かである。

    Youtubeに昨年11月頃のニュースのインタビューの映像がある。

    Talk about taxing agriculturists is nonsense and politically motivated: Hina Rabbani Khar (Youtube)

    キャリアはまだまだこれからなので、未知数の部分が多い人物だが、今後とりわけ西欧諸国に対するパーキスターンの顔として起用される機会も多くあるのではないかと思われる。

    ヒナー・ラッバーニー・カル氏関係ニュース一覧 (dailylife.com)

    ※コーラープト2は後日掲載します。

  • コーラープト 1 近郊のコートパドへ

    コーラープト 1 近郊のコートパドへ

     列車内で目が覚めた。窓の外は起伏のある緑豊かな大地。ところどころに川が流れる田園風景が美しい。 

    ダマンジョーリーという駅では沢山のタンク車両が線路上に停車している。どれもNALCOと書かれている。National Aluminium Company Ltd.という政府系企業の略称である。 

    地域で採れるボーキサイトを原料とするアルミの生産を行なう拠点となっており、ここは丸ごと『NALOの町』であるらしい。 

    朝9時半にコーラープット着。町は駅から少し離れており、乗り合いオートを利用する。このあたりは海抜870 m前後。高原というほどでもないが、お茶の栽培ができそうな丘陵地帯である。 

    ここでの宿泊はRaj Residencyという2009年開業のホテル。まだ新しいので部屋等はきれいだが、ちゃんと手入れされているわけではない。そのため順調に『標準化』が進んでいるため、今後ずっと快適であるという保証はない。 

    客室内の照明が明るいのは助かる。日記を書く習慣があるため、机があるとないとでは効率も疲労度もずいぶん違う。だがエコノミーな宿で、室内に机があるところは案外少ないものだ。何かしら書く習慣のある人以外にはほとんど無用のものであるからだろう。 

    昼からクルマでコーターパドという町に行く。ここの町外れにある職人たちが暮らしている一角では、多くの家庭で手作りの布地を作っている。糸をつむぐところから仕事が始まり、染色から機織まですべての工程が手作業である。 

    多くは綿地だが、タサルつまり野蚕を紡いだ糸で織ったショールもあった。タサルといえば、ビハールやジャールカンドで採れるものがよく知られているが、ここオリッサでも産出しており、アーディワースィーの人たちが収穫してくるとのことだ。 

    コーラープトからジャイプルを経由して行ったが、ところどころ道がかなり悪い部分がある。ジャイプルはローマ字では新聞等でしばしばJaipurと書かれることがあるものの、概ねJeyporeと植民地時代風の綴りで書かれる、 

    <続く>

  • ヒマラヤのドン・キホーテ

    ヒマラヤのドン・キホーテ

     ネパールに帰化し、自らNNDP (Nepal National Development Party)という政党を率いてネパール政界への挑戦を続けている宮原巍氏について書かれた本である。 

    氏がヒマラヤ観光開発株式会社の創業者であること、ネパールのシャンボチェにホテル・エベレスト・ビューを建設した人物であることは以前から知っていたが、どういう経緯でネパールに根付くことになったのかについては、ほとんど知識がなかったこともあり、この本を見かけた途端とても興味が引かれた。 

    もともと登山を通じて、このヒマラヤの国との縁が出来たそうだが、その後再びネパールに渡り、当初は工業の振興を志したが、この国の現状を踏まえたうえで観光業振興に力を注ぐことになったということらしい。 

    2008年の選挙の結果は残念なものであったが、70歳を越えても決して立ち止まることなく、長らく暮らして来たネパールの国政に打って出るというダイナミック行動力には脱帽である。 この本によると、ネパールで政党がマニフェストを作成するのは、彼のNNDPが初めてのことであるとのこと。同党のウェブサイト上で、2006年の結党時に示したマニフェストが公開されている。 

    マニフェスト Part 1

    マニフェスト Part 2 

    ところで、ヒマラヤ観光開発株式会社のウェブサイトからは氏のブログにリンクされている。同じくこのサイト上にある≪世界最高峰・エベレストの見えるホテルへ!≫というタイトルの下の山岳の画像をクリックすると、ホテル・エベレスト・ビューの紹介ページに飛ぶ。 

    海抜3,880mに位置する日系ホテル。掲載されている写真も魅力的だが、サンプルビデオを再生してみても、そこが絶景の地であることがうかがえる。高いところは苦手なのだが、いつか宿泊してみたいと思っている。 

    書名:ヒマラヤのドン・キホーテ

    著書:根深 誠

    出版社:中央公論新社

    ISBN-10: 4120041719

    ISBN-13: 978-4120041716

  • リビア インド人たちの脱出準備

     カダフィ大佐による長期政権が最大の危機を迎えているリビアでは、18,000人のインド人たちが住んでいることから、インド政府は自国民の脱出のための準備を進めているとのことだ。 

    India sends ship to Libya to evacuate 1,200 Indians (Sulekha.com)

    上記リンク先記事にあるとおり、エジプトでチャーターした1,200人乗りのフェリーを日曜日までに東部の街ベンガーズィーに到着させ、エジプト北部の港町アレクサンドリアへ脱出させる予定。同時に首都トリポリやその他の内陸部の地域への救援機の乗り入れも予定しているとのことだ。 

    チュニジアで発生した民衆蜂起デモによる政変は、エジプトのムバラク大統領退陣、そしてリビアでも同様の危機を迎えており、バーレーンでも大規模なデモに発展するとともに、その他の湾岸諸国でも不穏な動きが見られるようになっている。

    少し前まで政治的に盤石であると思われていた地域でこうしたドミノ現象が起きていることについて驚くばかりであるが、同時に大産油国が名を連ねる地域でもあることから、早くも原油価格の高騰が伝えられているのはご存知のとおり。 

    各地で今後も民衆蜂起の連鎖が続くかどうかという懸念とともに、長きに渡り独裁を続けてきた支配者が去った後の真空状態を埋めるにはいったいどういう体制なのか、安定は望めるのか等といったことも心配されている。この地域の人々にとって民主化を求める代償は決して安くはない。 

    同時に、その地域外に住んでいる私たちにとっても、世界のエネルギー供給の大半を占めるこの地域を誰が治めるか、どういう体制が敷かれるのかということは大変気になるところだ。 

    産油国であるリビア、バーレーンでの動きを考え合わせれば、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタールといった更に豊かな国々でさえも、この流れと無縁とは必ずしも言い切れない。 

    日本からの視点よりも、インドから眺めたほうが事はもっと深刻かもしれない。地理的な近さもさることながら、自国の膨大な労働力の吸収先である湾岸諸国に騒ぎの火の手が迫りつつあるからだ。原油価格高騰と合わせて、今後が非常に懸念されるところである。今後の推移を見守りたい。

  • プリー 4   ラグラージプルへ

    プリー 4   ラグラージプルへ

     プリーからブバネーシュワル方面に向かって15キロくらいのところにあるラグラージプルという村へ。元々手工芸が盛んであったところだが、Dedicated to PeopleというNGOが活動を始めてからはその度合いがさらに高くなっているらしい。 

    アジトという30代の男性の運営による村の女性たちの地位と経済力向上を目指す団体である。彼自身はこの村の出身でプリーで大学を出た後、しばらくデリーで会計士の仕事をしていたのだという。 彼にとって都会での生活も悪くなかったが、思うところあって里帰りして2004年から開始したのがこのNGOである。

    この団体が運営するワークショップで地元の女性たちに手工芸製作技術を教えるとともに、彼女たちが生産したものを買い取っているという。運営資金の大半は、女性たちから購入した手工芸品を大口の契約先へ納入することによって得ているという。 

    同時にエコツーリズム振興のための構想も練っており、文化遺産等とはまた違った村の人々の生活を理解するためのスタディーツアーのようなもの、また環境と両立するツーリズムの創出を構想しているところだと語っていた。 

    しかしながらそうしてみると、結局普通のビジネスとしての手工芸生産と観光業といったものと何が違うのかよくわからないのだが。このラグラージプルでは似たような形で手工芸品を生産して各地に卸している業者はいくつもあるようで、実際のところ同じようなことをしているようだ。 

    ともあれ村にとっても、そこで生きる女性たちにしてみても、就労機会と現金収入の手段が増えるのは喜ばしいことであることは間違いないだろう。 

    ただしこうした「手工芸生産」基地はこの地域にとても多い。もともとそんなに良い収入になるものではなかろうし、それらの生産が増えたところで需要がそれに比例して増えていくとも思えないため、これでもって村おこしというのならば、今後かなり軌道修正が求められるのではないかと思う。

    <完>

  • キングコブラの生態

    キングコブラの生態

    先日、インドで放送されているナショナル・ジオグラフィック・チャンネルにて、キングコブラを取り上げた番組を見た。

    体長最大5.5mにもなる大型種であるとともに、象をも倒すといわれる最強の毒蛇であり、30年も生きる長寿のヘビでもある。南アジア、東南アジアそして中国南部あたりにまで広く棲息しているが、最も棲息数が集中していると言われるのがインド南西部の西ガーツ山脈。風光明媚で降雨や多様な植生に恵まれた土地だが、同時にヘビの仲間たちにとっても好ましい環境であるらしい。

    番組の前半部で、そうした地域のある民家にキングコブラが侵入し、一家が大慌てで逃げ出すところからストーリーが展開していく。家の人はキングコブラの保護と生態の研究をしているARRS (アグンベー・レインフォレスト・リサーチ・ステーション)に電話で連絡して、これを捕獲しに来てもらう。

    この組織については、この団体のウェブサイトがあるのでご参照願いたい。

    ARRS (Agumbe Rainforest Reserch Station)
    上記のウェブサイト上で、ARRS NEWSKing Cobra ArticlesKing Cobra diariesといった項目にて、彼らの活動やその日常等を世間に広く発信している。またQuestion & Answersでは、キングコブラ飼育者(主に動物園か?)その他からの質問に対して回答している。

    この番組では、ARRSが世界で初めてキングコブラに電波発信器を取り付けて追跡することに成功したことを取り上げている。捕獲したオスとメスにそれぞれ麻酔をかけて電波を発信する装置を埋め込む手術を施した後にこれを再び野山に放す。これらの動きを追うことにより、これまであまりよくわかっていなかったキングコブラの生態を調査しようという試みである。

    加えて人里近いところに棲み着いていたコブラを人間の生活圏から離れた場所に放した場合、果たして新しい環境に居つくのか、それとも元々居た場所に戻ってしまうかについて知るという目的もあるとのことだ。つまり捕獲してから、住民に害を及ぼさない場所に移すというリロケーション行為自体が意味のないこととなる可能性もあるらしい。

    そう懸念されるにはもっともな理由があるようだ。人口の増加に伴って人々の生活圏が広がるに従い、水田等の耕作地も増える。するとその地域では人々が生産する穀物を求めて集まり繁殖するネズミが増える。ネズミを主な獲物とするラットスネークという無毒のヘビもそのエリアで数を増やすことにつながる。だが体長が最大2.5mにもなるラットスネークの天敵はキングコブラであるとのこと。前者は後者の好物であるのだ。

    キングコブラの体内に埋め込んだ発信器は2年間に渡って、その個体がいる場所を発信するとともに体温の情報も伝える機能を持っているが、電波は自体微小なものであるようだ。そのためアンテナを持ったボランティアたちがジャングル内を徒歩で分け入り、ヘビから発信されるシグナルを拾い続ける様子も取り上げられている。ひとたびシグナルが途切れて追跡を継続できなくなってしまうと、その時点でプロジェクトが失敗となってしまうのだ。

    映像で眺めても、キングコブラの存在感には圧倒的なものがある。サイズはもとより、鎌首を持ち上げたときのおどろおどろしい姿、他のヘビも捕獲して食べてしまう獰猛さ、加えて水場での泳ぎの巧みさにも驚かされる。水上をしなやかに滑るようにして高速で進んでいく。

    この猛毒ヘビの移動範囲は非常に広く、それはまさに懸念されたとおりであったそうだ。とりわけオスのほうは7か月で75キロも移動していたというから驚きだ。つまり捕獲したキングコブラのリロケーションにはあまり意味がなかったということになる。

    繁殖期のキングコブラの求愛行為、交尾等も取り上げられている。そしてオスが他のオスに縄張りを奪われて追放されるという出来事が続くのだが、すでに体内に卵を宿しており、新たにやってきたオスにとって思い通りにならないメスがこれに噛まれて死ぬという凄惨な映像もあった。

    一般的にコブラは他のヘビや同種のコブラの毒に対する耐性があると考えられているようだが、オスは相手を執拗に噛んで大量の毒を注入(キングコブラは相手に与える毒の量を自身で調節できる)させていた。死んだメスはARRSで解剖され、17個の卵を持っていたことが確認されたという。

    他のキングコブラのメスによる巣作りの様子も取り上げられていた。表面がクシャッとした感じの卵が孵化して出てくる小さなヘビたちの姿が映し出される。赤ちゃんということもあってか、生まれたての顔はなかなか可愛かったりする。だがすでにこの時点で非常に強い毒を持っているのだという。

    それでも身体が小さいうちは、肉食の鳥類や他のヘビ類の餌食となってしまうか餌をうまく捕食できずに死んでしまうため、無事に成長して大人になることができる個体はごく一部だそうだ。

    とても興味深い番組であったのでindo.toで取り上げてみたいと思ったが、その番組をフルに見られる動画がネット上に存在しないと話にならない。そこでYoutubeで探してみると、まさにその動画がアップロードされていた。

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 1

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 2

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 3

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 4

    この番組はすでにインドの他のチャンネルでも放送されているようで、News 9 TVによる同じ映像もあった。こちらは英語版である。

    THE KING OF KARNATAKA 1

    THE KING OF KARNATAKA 2

    THE KING OF KARNATAKA 3

    上記のリンク先に限ったことではないが、ウェブ上に出回るこうしたテレビ番組からの動画は往々にして著作権上の問題をはらんでいるものだが、同時にそれを目にする機会を逃してしまった人たちや放送される地域外の人々に貴重な『知る機会』を与えるものである。エンターテインメントを除いたこうした『堅い』内容のプログラムについては、二次利用できるようにより社会に還元される部分も大きいのではないかと思う。

    蛇足ながらコブラ関係でこんな動画もあった。

    Leopard Cub Vs King Cobra

    やんちゃな幼い豹がキングコブラをからかう様子だが、このヘビの怖さを知らないので無邪気なものだが、画面で見ているこちらはハラハラさせられてしまう。

    ※プリー 4は後日掲載します。

  • プリー 3 悲しい浜辺

    プリー 3 悲しい浜辺

     浜辺を散策する。海の広々とした眺めが気持ちいい。だが水平線ばかり眺めて歩くわけにもいかない。すぐ裏手が漁村になっており、このあたりの住民たちのトイレも兼ねているからである。 

    そんな海岸だが、ある思いもかけない生き物の姿を見つけたときには嬉しくて飛び上がりそうになった。 

    「おぉ、海亀じゃないか!」

    ドキドキしながら近寄って眺めていると、通りがかりの観光客とおぼしきインド人グループも立ち止まってそれを見ている。

    3、4人が立ち止まっていると、さらに4、5人、さらに数人・・・と人が増えてくる。

     

    「動かないね・・・」

    その中のひとりが恐る恐る近づいて、つま先で軽く突いてみるが反応なし。

    「死んでるのかな?」と他の者が近づいて覗き込む。寿命の尽きたカメが波に打ち上げられたのであろうか。特に大きな外傷なども見当たらない。

    だが浜辺を北に向かって進んでいくと、さらに幾つかの海亀たちの遺骸を見つけた。ひとつ、ふたつ、みっつ・・・全部で10匹は見かけただろうか。それらを仔細に調べてみるまでもなく、なぜ彼らが死んでいるかがわかった。多くは漁師の網が絡みついていたからだ。ちょうど産卵期に当たることもあり、海亀たちは沿岸を回遊している。そのためこうして仕掛けにかかってしまうのだ。

    私にとっては水族館以外で初めて目にする野生の海亀であったのだが、こういう形で対面することになったのは残念だ。もちろんこのあたりでも保護動物に指定されている生き物であるとはいえ、海で生計を立てる人々が生業のために活動するエリアと重なるがゆえの悲劇である。

    死んでしまった亀たちはどうなるのかといえば、どこかの国なら食肉として売りに出されそうなものだが、ここでは砂地に埋められてしまう。浜辺を歩いていると、そうした亀の身体の一部が砂地から露出している様子もいくつか目にした。

    波打ち際にそのまま放置される個体もある。それらはどこからともなく集まってくるカラスその他についばまれることになる。

    オリッサ沿岸ではオリーヴ・リドレー(日本語ではヒメウミガメと呼ばれる)という種類の海亀が多く棲息していることで知られているが、同時にこうした漁業関係による事故、港湾建設や内陸の都市化からくる環境の変化や汚染等により、今後が懸念されているということだ。

    Endangered Olive Ridley Turtles (The Wild Foundation) 

    ちょっと歩いてみただけでずいぶん多くの海亀たちの死を目にしてかなり気になったが、その反面この地域の自然がまだまだ豊かであることの裏返しかもしれない。

    また、こうした状況は放置されているわけでもないようだ。NGO等の努力により、オリッサ州総体としては亀たちの死亡数はかなり減っているともいう。 

    Huge drop in sea turtle mortality at Orissa rookery (express india)

    もちろん行政としても、海亀をはじめとする野生動物の保護活動に取り組んでいることはよく知られている。

     Sea Turtle Conservation (Forest & Environment Department, Govt. of Orissa)

    環境保護といえば何でもそうだが、人々の活動と環境をいかにうまく両立させるか、私たち人間が環境に与えるネガティヴな影響をいかにミニマイズするかという試みである。

    プリーの海岸に限ってみても、これは漁師たちだけの問題ではなく、彼らの獲った魚を食べている私たちはもちろんのこと、地域全体で漁民たちの生活や魚という食材の供給と海亀の棲息をいかに両立させることができるかという観点も大切だ。

    漁村近くのあちこちに海亀の遺骸が散在しているほど、この海に棲む大型爬虫類の棲息数に恵まれている今のうちに、私たちが取り組まなくてはならないことであろう。

    <続く>

  • プリー 2  ジャガンナート寺院

    プリー 2  ジャガンナート寺院

     プリー市内を散策する。プリーのジャガンナート寺院はヒンドゥー以外の者が入場することができないのは残念であるものの仕方ない。   

    少し前のニュースでこういうのがあった。

    American student detained in Jagannath temple (NDTV) 

    Jagannath Temple Purified After American Woman Enters Shrine (allovoices.com) 

    アメリカ人の女子大学生がクラスメイトでインドからの留学生でもある男友達と一緒にこの寺に入ってしまったというもの。女子学生はインド系でもヒンドゥーでもないのだが、サルワール・カミーズを着ていたため、咎められることなく入場したものの、寺の内部で周囲の人たちに気付かれて捕まったというもの。   

    ヒンドゥー以外は入ることができないことを知らなかったということで、しばらく尋問された後に放免となったそうだが、お寺側としては進行中の儀式は中止しなくてはならないし、浄めも実施しなくてはならないなど、大変だったらしい。   

    非ヒンドゥーが入ることができない寺というのはしばしばあるが、そういうのはあくまでも慣習だと思っていたのだが、警察沙汰になるところを見ると、条例その他の法的な裏付けもあるのかもしれないがよくわからない。   

    それにしても『知らなかった』というのは本当だろうか?確か入口にヒンドゥー以外は入場できないといった旨が記されていたと思うし、彼女自身も『Lonely Planet』のガイドブックくらい持っているだろう。 

    おそらくインド人の学生の男友達に「ドゥパッターで顔を覆えばバレないから入っちゃえ」などとそそのかされたのではないかと思うのだが。 

    ジャガンナート寺院の入口の界隈では、カージャーという菓子を売る店が沢山軒を連ねており、いい匂いが漂っている。幾層にも織り上げた生地をカラリと揚げて糖蜜に漬けたものだが、なかなか香ばしくて美味しい。他でも似たようなものは見かけるが、これだけ多くの店が同じものを膨大に作っているからには、競争も激しいはずだ。どこの店も見た目は同じものを作っているのだが、店頭の人だかりの具合が違う。 

    流行っているところの店先では、文字通り『飛ぶように』売れていく。眺めていると、小腹が空いてきたので少し買ってみる。歯ごたえ、風味、舌触り等も最高であった。ちょっと『かりんとう』を思い出させる食感である。

    <続く>

  • プリー 1 今や昔

    プリー 1 今や昔

     久しぶりにプリーを訪れてみた。 

    『広々とした浜にはいくつか海の家みたいな簡単な食堂があって、背後にはまた簡素な宿がいくつか。その裏手の道路向こうにはいくつか池があったっけ?』 

    『そんな宿の少し向こうから漁村になっていて、道沿いには小さく質素な店がいくつかあったなぁ。夕方、陽が暮れるとすっかり真っ暗になって、夜空に輝く満天の星がきれいだった・・・』 

    以前滞在したときの浜辺の閑散とした、しかしのんびりした様子を思い出していた。ブバネーシュワルの空港からプリーに向かうタクシーの車内でのことである。

    「プリーではどこに泊まるんですか?」と運転手。

    「海沿いの道で宿がいくつもあるところ。何て言ったっけ?」と私。

    「CTロードでしょう?どのホテルですか?」

    どこに泊まるか決めていないが、とりあえず浜辺の通りの真ん中あたりにある宿の名前を挙げておいた。すでに日が沈んですっかり暗くなっているので、どこを走っているのかわからないが、とりあえずプリーの街中に入っているようだ。  

    どこかでクルマは左折してしばらく直進。レストラン、両替屋、多くのホテル等が並ぶ賑やかな繁華街に出た。

     「CTロードに着きましたが、何というホテルでしたか?」と運転手がこちらを振り向く。

    「えっ?ここなの?」と驚く私。

    何かの間違いじゃないかと言いたいところだが、確かにそうなのだろう。

     「ずいぶん変わったんだね」と言葉が出かかるがやめておく。そもそも私が前回プリーに来たのはもう20年近く前のことだ。20歳そこそこと思われる運転手は、その頃生まれたばかりで母親の足元をヨチヨチ歩いていたはず。

     宿の部屋に荷物を置いてから外に出る。もうすっかり夜になっているが、人通りは多いし街灯や店などからの灯で明るい。かつて外国人バックパッカー以外が宿泊することがあまりなかったこの界隈だが、大小沢山のホテルが出来ていて行き交う観光客の大半はインドの人たち。家族連れや仲間連れといった人々が多い。 

    外国人客に人気だというベーカリーに行ってみる。店で焼いたパンや洋菓子類が売りで、その他洋食を中心とした食事なども出来るようだ。 通りから大きなガラス窓越しに見える店内の席は一杯のようだったが、裏手の元々庭だったらしいスペースにも席がしつらえてある。コンクリートの土間に座るようになっている。 

    テーブルひとつ向こうの席に座っているちょっと崩れた感じの西洋人カップルが紙巻きタバコをモゾモゾといじっている。ライターをカチッと鳴らす音からしばらく遅れて漂ってきたのは、やっぱりカナビスのにおい。 

    そういえば通りにはバーング・ショップと書かれた店も見かけた。ずいぶん賑やかになったが、こういうところは昔と変わらない。

    <続く>

  • オリンパスXZ-1

    オリンパスXZ-1

     

    2月18日にオリンパスから発売されるXZ-1が気になっている。このところ『いい感じ』のコンパクトデジタルカメラの上級機種をいくつも見かけるようになっているが、その中で『唯一無二』のモデルかもしれないからである。 

    今後、カメラ専門誌やウェブサイト等で多くのレビュー記事が出てくるであろうから、実機に触れてもいない私があれこれとコメントするつもりはない。 

    それでもXZ-1が『あっ、これ欲しいなあ!』と思わせるのは、コンパクトデジカメとしてはダントツに明るい(F値の明るさを売りにするモデルはすでにいくつかあるが)レンズである。広角側(28mm相当)でF1.8であり、望遠側(112mm相当)でもF2.5である。こんなレンズを搭載するコンパクトデジカメはこれまで存在しなかった。 

    従来の汎用機の場合はF3.5というのが多かった。近ごろは2コンマいくつといった比較的明るいレンズを搭載している機種も出てきている中で、パナソニックのLUMIX DMC-LX5のように28mm相当の広角側でF2.0で、望遠側(90mm相当)でF3.3という機種の存在が格別目立っていたが、XZ-1が登場すると一気に影が薄くなってしまう。 

    モデルの多様化と廉価モデルの普及等による、それこそ『猫も杓子も・・・』といった様相だった一眼デジカメブームの最中には、コンパクトデジカメのハイエンド機種が一部を除いて市場からすっかり駆逐されてしまうほどであった。 

    その一眼ブームも収まり、その『一眼』タイプのカメラからもコンパクト機に近いタイプ(オリンパスとパナソニックのマイクロフォーサーズ、ソニーのNEXシリーズ等)がいろいろ出てきたりしており、小さくても使えるカメラのバリエーションが幅広くなってきたのは喜ばしい。 

    撮影する機能に限っていえば、即写性、拡張性、画質その他どれを取っても『一眼』が勝るのは当然だが、コンパクトデジカメの存在理由にはそれらとは異なるものがあることは言うまでもない。 

    もちろんそれは携帯性という点に尽きるのだが、その中で表現を工夫する余地がどれだけ用意されているかという点と、撮影状況に対応できる幅の広さである。 

    それは倍率の高いズームが付いているということではない。普段、28mm単焦点のGR DIGITAL Ⅲを愛用しているが、そういう意味で不便を感じることはない。ジャングルに猛獣を見に行くとか、山岳の写真を撮るなどという場合はともかく、普段の生活の中での利用ならば、必要があれば自分が被写体に近づけばよいだけのことである。逆に広角側が35mmから始まる機種となると、後ろに引けない場所で扱いに困るのだ。 

    GR DIGITALの場合、状況に応じて感度、ホワイトバランス、測光方式、画像設定等々をワンアクションで切り替えることができるようになっている。その他撮影設定の領域が広く、その中でユーザー自身がよく使う設定もいくつか登録できるなど、実にうまく出来ているのである。画角は28mm単焦点だが、撮影の自由度がデジタル一眼レフ並みに高い。 

    そんな便利なカメラではあるのだが、初代のGR DIGITALを使っていたときに『もう少しレンズが明るいと便利なのだが・・・』と思うことがしばしばあった。 

    それはレンズのF値が2.4であることだ。暗めの室内、夕暮れ以降の街中等、手持ちで撮影するにはちょっと足りない。かといって感度を大幅に上げてしまうと画像がひどく荒れてしまう。 

    そんなわけでGR DIGITAL Ⅲになったあたりで、日頃使っていた初代のモデルがヘタッてきていたこともあったが、迷わず購入する気になったのはレンズがちょい明るいF1.9であるがゆえのことであった。 

    初代機と比べて高感度にも少し強くなっている(ISO400まで問題なく使える)こともあり、室内や夕暮れ以降もじゃんじゃん使うことができるようになった。 

    ただしGR DIGITAL Ⅲにも『もうちょっと×××だったらなあ』という思いがないでもない。ついさきほど『被写体に近づけばいいのだ』などと書いたことと矛盾するのだが、レンズの明るさが犠牲にならないならば、また使い勝手が同様に優れているのであれば、常日頃携帯するカメラにズームが付いていたほうが便利である。 

    カメラを常時2台持ち歩く気はないので、XZ-1の実機に触れてみて『これでGR-DIGITALは要らないや』と思えるようであれば、購入してしまいそうな予感。 

    もっともこのカメラで気になっているのはレンズの明るさだけなので、発売されてからしばらくは様子見ということにしておこう。 

    ともあれその『明るさ』がゆえに『インドでどうだろう?この一台!』と、本日ここに取り上げてみることにした次第である。