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投稿者: ogata

  • カーマスートラを学ぶ!

    karmasutra
     コルカタに「性の奥儀」を伝授する学校が設立されることなり、土地っ子をびっくりさせているようだ。
     学問の都としての探究心、そしてベンガルの人びとの進取の気性などの賜物かどうかはわからないが、少なくともこの大都会のある部分では「性」についてオープンに語られる下地ができているということだろう。もっともターゲットとなるのは「結婚したカップル」とのこと。いわゆる普通の生徒や学生が通う普通の学校で、こうしたススんだ教育(?)がなされるわけではない。
     「授業」はどういう風に進行していくのか? また、どんな「テキスト」が使用されるのだろうか? 受講者たちが思わず目を伏せて「ムフフ」と含み笑いしてしまうほど悩ましいものなのか。あるいは黒縁メガネの生真面目なおじさんが、難解な医学用語を振りかざして訥々と壇上で喋るといった眠気を誘うものなのだろうか。
     行政から正式に認可されるにはまだ少し時間がかかるようだが、無事開講の運びとなればウェブ上でもコースの案内が公開されると思われるから要チェックである。ムフフ…。
    Now, learn to make love in Kolkata school! (Hindustan Times)

  • インド・マンゴー輸入解禁は?

    ああ、マンゴー!
     ご存知カシューナッツにピスタチオといったナッツ類はウルシ科の食用植物だが、じつはマンゴーもその仲間である。地上最大のマンゴー生産地といえばインド。世界中のマンゴー年間生産高およそ1千万トンのうち、じつに52パーセントをインド産が占めているというからその圧倒的な規模がうかがえよう。しかも千種類にもおよぶ異なったタイプのマンゴーがあるとされ、このうち商業的に栽培されるのは20種類前後だという。
     しかし保管方法や輸送手段が未熟であることから、せっかく実ったおいしいマンゴーの約3割が腐敗し廃棄される運命にあるという。
     「そんなもったいない!」と誰もが思うことだろう。だがこれほど美味な果実が大量に出荷されているにもかかわらず、わが国の植物検疫の関係で、国内でインド産マンゴーは加工品を除いて、手に入れることができないというのも実に残念なことだ。
     現在、フィリピン、タイ、メキシコなどの国ぐにから日本にマンゴーが輸入されているが、インド産はまだこのカテゴリーに含まれていない。日印の政府間では、マンゴー輸入にかかる交渉が10年以上続いているものの、いまだ明確な結論は出ていない。
     日本の市場に価格の安いインド産が豊富に入ってくるようになれば、美味にしてバラエティ豊富、しかも安いと三拍子揃ったマンゴーは輸入青果売り場の主役となることだろう。
     そろそろ真打登場か? 世界に冠たるインド産マンゴーの来日を期待したい。

  • アップグレードされる「駅」

     この数年でインドの街の姿はどんどん変化していったが、駅というものはなかなか変わらない。蒸気機関車が姿を消したこと、禁煙になりタバコ売りがいなくなったことを除けば、駅構内には数十年来の風景がそのまま保存されているようにも見える。
     駅は立派な外観に比べ中身が貧弱だ。客車はいくつものクラス分けがなされているのに、下町の小さなダーバー並みの衛生度とメニューしかない食堂、陰気な待合室にはクラス別や女性専用室があっても、結局どの乗客にも同じ程度のアメニティしか準備されていない。
     社会全体が貧しかった頃と違い、今ではアメリカのそれに匹敵する規模の「中産階級」を抱える国である。そうした購買力豊かな人びともまたインド国鉄を利用して移動しているのだ。
     少々高くても清潔でおいしいレストラン、有料でも小ぎれいで快適な待合室ができたら流行るだろうと常々思っていたが、少なくとも前者については今後改善されていくようだ。
     バンガロール・シティ駅構内にはまさにそんなカフェテリアができている。全国チェーンのカフェみたいに小ざっぱりしており、インド料理や洋食の各種スナック等に加え、ちょっとした食事もできるようになっている。ラージダーニーやシャターブディーといった特別急行車内のケータリングサービス同様、民間委託による事業らしい。
     日々多くの人びとが乗り降りする主要駅では、今後そうしたビジネスチャンスが開拓され、インドの鉄道旅行のクオリティも着実に向上していくことになるのだろう。

  • ソニア、ソニア

     今年末に封切される『SONIA, SONIA』という映画を楽しみにしている。米国の雑誌フォーブスによれば、「世界で三番目にパワフルな女性」となった国民会議派総裁のソニア・ガーンディー氏。彼女の生き様が映画化されることになった。
    Sonia Gandhi
     1968年、ラジヴ・ガーンディーと結婚。外国からインドの家庭に嫁入りするだけで大変だと思うが、よりにもよって結婚相手はインド首相の息子である。夫の弟のサンジャイは飛行機事故で他界し、義母インディラも暗殺。やむなくインディアン・エアラインスのパイロットだった夫が政界入りするとき、それに強く反対したという。「いつかひょっとしたら…」と不吉な将来を予感していたのかもしれない。その懸念はやがて現実のものとなってしまった。
     流転の人生を宿命づけられている人なのだろうか。彼女の運命は常に表舞台で何かを演じるように定められているようでもある。インド政界の重鎮としてしばらく年月を過ごし、息子ラーフル、あるいは娘プリヤンカーに後を任せて引退…という安寧な未来は気の毒ながら想像できない。
     彼女のキャリアは、たとえ自身が望もうと望まざると、いつも第一線を歩むことになっている。それでいて彼女には安泰が訪れることはなく、運命に翻弄され続けている。
     メディアから伝えられる情報以外に彼女の人となりを知る由はないが、いったいどういう人物なのだろうか。いわゆる「女傑」タイプとは違い、いつもどこかに哀しさと、それを精一杯振り払おうとする健気さがあるように感じられる。

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  • いまもどこかで

     祖父の家にあった古い雑誌のページをめくっていると、こんな記事が目に付いた。
    <毎晩くり返されていることのひとつに、乗車拒否がある。そのころタクシーに乗ろうとすると、メーターの何倍もださなければ、行ってくれないというのである。お客は腹を立てる。新聞やテレビもそういう運転手なりタクシー会社を非難する。警察はときどきおもい出したように、一斉取締りとやらをやる。
     乗車拒否はたしかにほめられたことではない。しかし繁華街の夜11時前後あたりは、おびただしいバー、キャバレーや料理屋がいっせいに店をしめる時間である。べつにそういうところで飲んで悪いわけではないが、飲みたらずに別の盛り場まで行こうという客だったら、そう目くじらをたてないで、たまにはメーターの何倍分かをチップとしてはずんでやってもよさそうなものである>
     一体どこの国のことかと思えば1960年代の東京銀座の話であった。黄色く変色したページは、およそ40年もの歳月の経過を物語っている。
     いまもインドの街角で繰り返されている光景。日本では私たちの世代の記憶にないものだが、かといってそんな遠い昔話でもないようだ。

  • 男児か女児か?

    三歳の女児の父親が『娘を殺す』と脅迫
    目にしたとたん嫌な気分になるニュースであるが、いろいろと考えさせられた。
     ラージャスターン在住の夫婦の間に女の子がふたり。夫は妻に避妊手術を受けさせたが、それでもふたたび身ごもってしまった。生まれてきたのはまた女の子。夫は施術した病院に補償を求め、それがかなわないならば経済的に支えることができないため末娘の命を絶つと州首相を「脅迫」した。
     この事件はあまりに極端な例ではあるが、インドでは就学率・識字率の男女格差、(非合法とされるが)出生前の性別診断による妊娠中絶等から生じる男女出生率のアンバランスなど、根強い男子偏重の傾向が見て取れる。
     結婚持参金問題を含めた慣習のみに原因であるわけではなく、相続について定めた法律、地域の社会と経済の構造、およそ人びとの生活を取り巻く要素が複雑に作用しているため「差別だ」と単純に切り捨てることはできない。
     こうした風潮は保守的な田舎に残っている……というわけではない。パンジャーブやハリヤナ州のような先進地域にあっても、人口の男女比には不自然な差があるのだから。
     跡取り息子の役目は、家督を引き継いだり、親の火葬の場で薪に点火したりすることだけではない。就労機会や賃金の上でも、一部の例外を除けば一般的に男子のほうが有利であることは間違いない。
     都市部では核家族化が進み、かつてインドの大家族のありかたの典型のように言われてきた「ジョイントファミリー」なんてもう昔話だが、家族が小さい単位になれば少子化という現象が出てくる。
     子どもが少ないほど、ひとりひとりにかける期待が大きくなるものだ。田舎に残る幼児婚の習慣はまさに別世界の話で、親によらず自らの意思で配偶者を選ぶような都会の若夫婦たちでさえも「できることならば男の子を」と願うのは自然なことかもしれない。
     また社会保障制度がしっかりしていない現状では、もっとも有効な老後の保障という面もあるだろう。外に嫁に出してしまう娘よりも、跡継ぎで新婚家庭の主である息子の方が親の面倒を見てくれそうだし、こちらの言い分も通り易い…と思うのは無理もない。

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  • 我想う、ゆえに本あり

    従来の狭くて暗い書店から、明るく広い新しいタイプの書店へ!?
     インド全国、主要都市に8店舗の支店を展開している大型書店「CROSSWORD」。入り口をはいったところで、警備員にカバンを預けて番号札をもらうところまではほかのお店と同じだが、そこから先がずいぶん違う。
     薄暗い店内に書籍が雑然と積まれていたり、書棚から一冊抜くと後ろにも本が並んでいたり、あれこれ物色しているうちに自分の手も服も本と同じく埃にまみれてしまうようなこともない。
     明るいフロアーに、きれいにディスプレイされた豊富な蔵書。気に入ったものを手にとり、店内のイスやソファに腰掛けて、ゆっくりページをめくりながら選ぶことができるのだ。通路スペースも広くとってあるのも開放感があっていい。清掃が行き届いておりトイレもピカピカだ。
     一般書店なので専門書の類はあまり見当たらないが、とにかく快適。従来のものとは一線を画す新しいタイプの書店である。
     インドは出版活動が盛んである。この国に関する様ざまな分野の本が英語で出版されているため、現地の言葉を学ばなくても、容易に知の大海に漕ぎだせる。欧米の小説など読み物はインドでもすぐに出版されて価格も安いので、本の虫にとってはありがたい国だ。
     ひとつ残念なのは、そうした「資源」が豊富なわりにアウトレットはかなり貧弱であること。都会の富裕な地域ではこうした「快適な書店」が少しずつ登場してきているものの、本屋の数自体は人口の割にずいぶん少ない。大きな街を離れるとキオスク程度のものしかないという、かなりお寒い状況である。

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  • インドのデジカメ考

    Better Photography Magazine
     インドで「Better Photography」という雑誌が売っている。これは日本で言えば「日本カメラ」「CAPA」に相当する写真専門誌。ちょっとページをめくってみると、インド各地の美しい写真が目に飛び込む。この国はまさに被写体の宝庫である。
     だが簡単なスナップ写真はともかく、撮影テクニックを駆使した「趣味の写真」がまだ一般的ではないこともあり、内容は日本の専門誌と比べるとかなり初歩的だ。撮影技術に関する記事は少なく、新製品のレビューに終始しているといった印象で、しかもメーカーのカタログの記載内容をそのままなぞっているといった印象を受ける。
     そんな中、興味を引かれるのは、そうした紹介記事の大半がデジタルカメラに割かれていること。いままで、インドで見かけるカメラといえば、安手のコンパクトカメラくらいのものであったが、ちかごろ都市部ではデジカメを手にする人たちが確実に増えてきている。 
     日本の場合と同じく、価格が下がってくればデジカメの即時性、ランニングコストの低さは大きな魅力となり、さらに普及が進むはずである。
     雑誌の広告には、サムソンコダック(日本ではDCS Pro SLR/nという60万円前後の高級デジタル一眼レフを販売している)など、日本ではデジカメのメーカーとしては馴染みのない企業の名前も目につく。
     デジカメ業界では、銀塩カメラ以上に、技術的に先行するキヤノンやニコンといった日本企業による寡占状態が著しくなってきているが、海外市場ではこうした会社もエコノミーな価格帯ではけっこうがんばっているのだ。

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  • 巨木にお別れ

     バスに乗ってカルナータカ州の国道を走っていると、突然前方が詰まって渋滞してしまった。ピクリとも動かない。反対側の車線は、車がパッタリ途絶えている。交通事故だろうか?
     他の乗客たちとともにバスを降り、前の様子を見にいってみると、そうではないことがわかった。道路わきの大木が倒れ、道路を遮断しているのだ。
    巨木にお別れ こんな作業があちこちで行われていた / photo by Akihiko Ogata
     「走っている車の上に落ちてこなくて良かった!」とほっと胸をなでおろしたが、よくよく見れば、倒木は事故や偶然ではなく人為的なものだった。現在、バンガロールからマイソールを経由して西へと進む幹線道路の整備が急ピッチで進んでいるが、この「作業」もその一環なのだ。
     倒木の上で木こり(?)たちが、斧やノコギリで大きな幹や枝を細かくばらしては、道路の外に放っている。枝はちょっとした木の幹みたいに太く、すべてを取り除くのは大変な作業である。ようやくバスが再びエンジンをかけて走り始めたのは小一時間も経ってからだっただろうか。
     工事によっては片側二車線に拡張される道路もある。州の大動脈らしく立派な道路となって、人びとの往来や物資の輸送の便を格段に向上させることだろう。それにしてもこうやって平気でクルマの交通を長い時間遮断する作業がまかり通ってしまうのはいかにもインドらしい。
     しばらく進むと、また同じように道路がブロックされていた。幸いこちらでは迂回路があり、それほど待たされることなく先へと進むことができた。
     この翌日も翌々日も、クルマで走っていると幾度か同じような「渋滞」に遭遇した。相当な勢いで工事が進行していることがわかる。

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  • 「インド子連れ旅」に思うこと

    おもちゃのオートリクシャー
     もうじき三歳になる息子と妻と三人でインドを訪れた。出発前にはいろいろ不安もあったが、交通機関、宿泊、食事などそれなりに気を配れば大きな問題はないことがわかった。もちろん、幼児を連れて旅をすると、大人だけ旅とは異なり、いろいろ注意すべきことがあるのにも気がついた。
     見るからに危険な外の往来はさておき、幼児にとっては、中級クラスのホテル内にも思わぬ危険が潜んでいる。
     まず日本とは建築の基準が違う。階段の手すりの欄干の間隔が、子供がすり抜けられるくらい広い。階と階の間に転落防護ネットのような気の利いたものはない。ベランダの柵もやけに低いことがあるから気を抜けない。
     また、小さな子どもはたいがい寝相が悪いもの。室内の床がコンクリートや大理石板であれば、就寝中に転落して頭を打つことがないよう気をつけなくてはならない。
     食事については、特に辛いものでなければ大丈夫だった。ただ、最初はおとなしくしていたものの数日経って雰囲気に慣れてくると、料理に飽きてきたのか駄々をこねるようになって閉口した。こんな時は、高級ホテルでなくとも利用できるルームサービスに助けられた。
     毎日の昼寝も欠かせない。日本であれば、外出時に幼児用バギーに座らせておけば済むが、インドでは都市といえども、路肩は未舗装だったり、歩道があっても段差が大きく、凸凹だったりするためまず使えない。そのため外出先で寝てしまうと目が覚めるまでずっと抱っこするはめになる。
     だがインドでは徒歩やバスではなく、オートやタクシーで移動できるので、ほとんど歩かなくて済むという点は救いだった。

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  • 素焼きのチャーイカップ

     一昔前のインド旅行記を読むと「鉄道では素焼きのカップにチャーイが注がれ…」なんていうくだりが、でてきたりする。こうした器は使用後、そのまま放り投げて、文字通り土に還る。なかなか哲学的だったが、今では軽くて扱いやすいプラスチックの使い捨てカップの普及もあって、ほとんど見かけなくなってきた。
     だが、ラールー・プラサード・ヤーダブ鉄道大臣の肝いりで、素焼きチャーイカップ「クルハル」が再び日の目を見ようとしている。
     鉄道車内のベッドシーツ、毛布、カーテン等も、それまで納入させていたリライアンス社をやめて、カーディー(伝統的な荒い手織り綿布)の採用を検討中。今後ずいぶん趣のあるアメニティが利用されることになりそうだ。
     ラールー大臣は、今年五月に初めて中央政府内閣入りしてからは、所管の鉄道省に定時に出勤してこない役人を締め出し、「今後、遅刻常習犯に対して厳罰で臨む」とハッパをかけて、意外な(?)辣腕ぶりを見せる話題の人だ。
     ビハール州出身。元同州首相にして現職のラーブリー女史の夫。後進階級のヒーローとして一部では人気だが、汚職や出所不明の財産といったスキャンダルも絶えず、公私ともにメディアに取り沙汰されることが多い政治家でもある。
     もちろん利権が絡んでくることなので、公に喧伝されている環境問題や農村部の活性化などといった建前の背後には政治的要素と打算がチラついている。策士ラールー氏自身ならではの目論見があるのだろう。「果たして全国規模でちゃんと供給できるのか?」という疑問も出ているようだ。実現したとしても、ひとたび鉄道大臣が交代すれば元の木阿弥という「朝令暮改」的なものなるのかも?
     どうやら素焼きのチャーイカップの復活劇は、風情やロマンをあまり感じさせるものではないようである。
    ▼ラールー鉄道相とチャーイのカップ
    http://timesofindia.indiatimes.com/articleshow/823496.cms

  • 日の丸サポーター インドへ

    カルカッタ ソルトレイク・スタジアム
     成田からコルカタへ直行便で行く一泊三日(機内一泊)の旅。これはちょっと尋常ではない。長いこと飛行機の中に閉じ込められて、インドの大地にタッチしてあっという間にトンボ返り。インド好きにとっては首を傾げたくなるスケジュールだが、こんな大急ぎの旅にはワケがある。コルカタで9月8日に開かれるワールドカップのアジア地区一次予選のインド対日本の試合を観戦するための「日本サッカー協会オフィシャルツアー」なのだ。
     宿泊するホテルによるが、料金は9万9800円から11万9000円。現地に夕刻到着して一泊。翌日は試合を観戦してからそのまま空港へ行き、帰国便に乗るという相当ハードなものである。
     主催は大手旅行代理店H.I.S。飛行機はバンコク乗り換えではなく、このツアーのためにコルカタへの直行便が運行するということだ。キャリアは国営エア・インディアだが、この日は日本からの試合観戦者たちのために頑張ってくれる。
     インドの滞在は正味33時間。到着後ホテルで8時間ほど眠るとすると、ちゃんと意識があるのは25時間、おまけに歯磨きにひげそり、風呂や食事の時間も取らなくてはいけない。女性の場合、化粧という作業が加わるのだからさらに大変だ。自由になる時間は滞在時間の半分もない…という人だって出てくるかもしれない。
     このようなごく限られた時間内で、サッカー観戦をするのだ。ツアー参加の日本人サポーターたちにとって最大の敵は、日本代表を地元で一泡吹かせてやろうと試合に臨むインドのチームではなく、自分たちにふりかかる時間不足と疲労かもしれない。
     試合当日は会場ソルトレイク・スタジアムへ行く時間までは自由行動。希望者には市内半日観光もオプションで用意されている。
     半日観光の中身は、ジャイナ教寺院(入場)、カーリー寺院(下車)、ヴィクトリア記念堂(下車)、インド博物館(入場)、ガンジス河(下車)など。”下車”とは、車から降りて外観をボンヤリ眺めるということらしい。ちなみに参加料金は60ドルもかかるそうだ。

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