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投稿者: ogata

  • インドな朝ごはんはいかが?

    インドな朝食
    トースト、バター、ジャム・・・なんていう朝食はノドに詰まりそうで苦手だ。寝起きのボヤ〜とした身体が受け付けてくれるのは、結局紅茶だけであとは手付かずであったりする。どうしてダメなのかといえば、おそらく食欲をそそる香りに乏しく、口に運んだときの歯ごたえに欠けており、食感も単調すぎてつまらないと感じるのは私だけだろうか。頭だけがなんとか目覚めても身体のほうはほとんど休眠状態にある朝こそ、パンチの効いた旨いものが欲しい。この食事こそがその日・・・とは言わずとも一日の前半の活力源となるのだから、朝食を抜くなんていうのはもってのほか!と痩せの大食いの私は思うのだ。
    でも休日でもなければいつも慌しい朝、手間ヒマかけずにササッと手早く済ますことができる食事でなくてはいけない。それでいてエネルギーはもちろん、各種ビタミン等栄養素のバランスが取れたものは?と思いを巡らせば、和食や中華などを中心にいろいろ思い当たるものはある。でもインドのチャナ豆やサブズィーとプーリーの朝食だって栄養バランスや食感も抜群、しかも腹持ちも良くて素晴らしい朝食アイテムだ。
    ここ十数年間の間に日本各地でインド人(およびその周辺国の)コックさんたちが調理するレストランが増殖したおかげで、都会のオフィス勤めの人たちの昼食の定番のひとつに数えられるほど定着したインド料理。そうしたお店は夕方もまずまず繁盛しているのだが、ふと思えば朝食を出しているお店となるとあまり耳にしたことがない。
    ニッポンの朝、自宅で食事を取る時間がない、作る時間がないといった人たちは、街角の喫茶店、ファストフード店、立ち食いそば屋などでそそくさとかき込んでいる。グルメが多いこの国ながらも、屋外の朝食風景にはかなり貧弱なものがある。そこにはインド料理が参入できる余地がとても大きいように思うのだ。駅構内、バスターミナル、オフィス街の一角などに立ち食い専門の『プーリー・スタンド』ができれば、コートの襟を立てた勤め人たちが「アチチ・・・」なんていいながらちぎったプーリーでチャナ豆をすくって口に運ぶ様子が『近ごろ流行りの朝ごはん』なんて具合に新聞やテレビで取り上げられたりしなしないだろうか。この『プーリー・スタンド』最初は物珍しがられていても、あれよという間に類似の店舗が雨後のタケノコのように各地に広がって・・・などと想像してしまう。
    でも汁や油でベトベト、ギトギトになった手をどうするのかという大きな問題に突き当たる。残念だがちょっと無理かもしれない。

  • いま何が起きているのか?

    プールヴァーンチャル・プラハリー
    プールヴァーンチャル・プラハリーपूर्वांचल प्रहरीというヒンディー語紙がある。アッサム州都グワーハーティーを本拠地とする会社が出している新聞で、他に英字新聞も出している。
    Times of Indiaのような英文全国紙やデーニク・ジャーグランのようなヒンディー語による広域紙と違い、かなり地元密着型の新聞であるため地元ニュース満載なのがうれしい。しかもごく狭い地域で販売されるようなタブロイド版で印刷の質も悪いローカル紙よりも紙面が多くて各々のニュース記事の精度も高い(?)と思われるのもありがたいし、地元アッサム語あるいは同様に広範囲で使われているベンガル語ではなく、ヒンディーで書かれているのもうれしい。インド北東部の進歩的ヒンディー紙を謳うだけあり、本拠地のアッサム州外でもメガラーヤ州、トリプラ州その他でも売られている。
    手が空いているときには何か読むものがないと落ち着かない。それに訪れた先で今何が起きているのか常々興味のあるところだ。そんなわけで、朝食のときに広げて読むことのできる新聞が見当たらない土地ではどうも消化不良気味になってしまう気がするし、逆にこのような地元紙があると食もどんどん進むのである。
    近郊の広場でのメーラーの開催が書かれていれば、『行ってみようか』ということにもなるなど観光にも役立つこともあるが、数日間紙面を眺め続ければその土地で今何が問題になっているのかについておおよその輪郭を掴むことができるのがいい。

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  • オススメの一冊 『インドカレー伝』(Curry a biography)

    インドカレー伝
    昨年末に出版された『インドカレー伝』という本がある。タイトルだけ眺めると料理のハウツーものか何かみたいに見えるが、手にとって読んでみるとこれが実に中身の濃いインドと欧州の食文化交流史なのであった。
    イギリスがインドの食習慣に残したものといえば、紅茶、朝食のオムレツとトーストの他にはあまりないものとばかり思っていたが、実はイギリス人向けの『インド料理』やアングロ・インディアンの家庭で作っていたものがインドの人々の食習慣の中に根付いたものが少なくないらしい。たとえば『チキンティッカ・マサラ』はその典型で、出てきたチキンティッカがパサついていると突き返したお客がいたことから、厨房の料理人がキャンベルのトマトスープ缶とクリームを混ぜてそれにかけて出してみたことがはじまりなのだと書かれている。
    もちろんヨーロッパ人たちがインドの食世界にもたらした影響は、チキンティッカ・マサラ単品のみではない。15世紀にイタリアのジェノヴァ出身のコロンブスがアメリカ大陸を『発見』したことにより、トウガラシがヨーロッパに持ち込まれることになったが、この植物をインドに持ち込んだのはポルトガル人であるとされる。ポルトガル王の資金援助を受けた1498年にヴァスコ・ダ・ガマ率いる三隻の船がマラバール海岸のカリカットにて同国のインド到来の第一歩を記すことになる。トウガラシがいつインドに導入されたか正確な時期はわかっていないようだが『ヴァスコ・ダ・ガマのインド上陸の30年後にはゴア周辺で少なくとも三種類のトウガラシ属の植物が栽培されていた』とある。この時期以降、このあたらしい香辛料はインド亜大陸全土に広がっていくことになるのだから、これだけでも欧州人たちがインドの食事に与えた影響は相当インパクトの大きなものである。
    トウガラシのみならず、ジャガイモ、キャベツ、カリフラワー、トマト、インゲン等々、ヨーロッパ人たちによりインドに初めて持ち込まれた野菜類は多いらしい。するとそれ以前は一体何を食べていたの?という疑問も沸いてくるが、これらの野菜がインドに根付いてこそ『菜食文化』がインドで本格的に花開くようになったという面もあると著者は分析している。

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  • まさに混沌

    朝7時すぎに鉄道駅前のパルターン・バザールの宿を出て、このエリアから南方向へ向かうG.S.ロードに出たところでちょうど私の目的地に向かうバスがつかまった。
    通りには沢山の民間バス会社がオフィスやチケット販売窓口を構えている。州内外の各方面に向かう無数のバスがそれらの前から発着しているのだ。 『今日は幸先良い』と得した気分になったが実は決してそんなことはなかった。まだ空席が目立つこのバスはG.R.ロードをチョロチョロと徐行しながら客集めにいそしんでいる。開け放った扉から車掌が身を乗り出して、あるいは道路に降りてノロノロ進む。その後とりわけ人通りの多い一角で路肩に寄せて停車。更に多くの客が乗り込んでくるのをひたすら待っている。
    またバス会社があちこちに散在しているというのもかなり不便だ。どこの会社がどの時間帯にバスを走らせているのか、それらがどこから発着しているのかについて俯瞰できないと、よほどこの街に通いなれていないと見当もつかないだろう。 複数のバス会社のチケットを取り扱うエージェントも軒を並べていたりするのだが、バスによって『××時ごろ前を通る』とか『××にあるオフィスに行け』などとまちまちなので利便性はすこぶる悪い。 この街に住んでいる人だって、街からあまり出ることがない人ならば長距離バスの 『システム』がどうなっているのかよくわからないのではないだろうか。
    こんな具合なのは何も私が乗ったバスだけではない。もとより長距離バスの往来が多いこの時間帯、目抜き通りの両側はバスの洪水になっており、空席を抱えるそれらの車両が客をひとりでも多く乗せようと躍起になっている。そのため本来の交通量はそうむやみに多いようには見えないのだが、これら沢山の大型車両が障害物となってひどい渋滞を引き起こし、結果としてクルマを捨てて歩いたほうがよほど早いくらいだ。
    駅前南側が広いエリアに渡り、『商店、ホテル、一般車両などの障害物で遮られ機能不全となった巨大バスターミナル』とでも形容できるだろうか。もちろんバス会社の関係者や利用客以外の人々からしてみれば、これらのバスこそが大変な障害物である。

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  • 宿泊難のグワーハーティー駅前

    鉄道駅前にASTCのバススタンドがあり、そこがこのシブサーガルから乗ってきたバスの終点であった。降りてみるとずいぶん街中が暗かった。かなり広い地域で停電しており、自家発電機を持つ商店等のごく限られた量の電球が光っているのみだ。
    一日中バスに揺られていたので、今日は少しいいホテルに泊まろうかと探すまでもなく、駅前の繁華街パルターン・バーザールにはたくさんのホテルがあった。
    しかしここで少々問題があった。外国人を宿泊させないところが多いのだ。いくつか『満室です』と断られたが、空きがあるホテルでも部屋を見せてもらい、いざ宿帳に住所を書くと『あれ?あんた外国人かい?』となどと宿の男が顔をしかめて断ってくる。他の北東州の人々の出入りが多いためか、モンゴロイド系外国人は目立たないらしい。
    『外国人を宿泊させる許可がない』とか『外国人を止めると問題がある』というのだがよくわからない。政治的な問題の多い地域なのでヨソから来た人々に対する管理は厳しかったりするのだろう。それにしてもインドとの間に何か問題が多く生じている国ならともかく、日本人を泊めることに何が問題なのだ?と思うが、とにかく宿の人がダメだというのだから仕方ない。界隈に宿はゴマンとあるので特に心配する必要はないのだが、次から次へと断られ続けると、疲れに拍車がかかってくる感じで足取りも重くなってくる。とても腹は減ったし早いところ荷物を置いて食事を済ませてベッドにもぐりこみたい。明日の朝早くここを発ちシーロンに向うのだから。
    確かに駅前から南下する通り沿いにNandanとかいういいホテルがあり、そこならば外国人も泊めるはずだよ・・・と言われてそちらの方向に進む途中、路地をひとつ入ったところにまずまずのホテルがあったのでトライしてみた。
    また外国人だからと断れるといやなので、入るなり『外国人だけど大丈夫だよね』と確認すると、最初『どうしようかな・・・』というムードで、フロントの男はボスとしばらく相談していたが結局宿泊することができた。ただ身分証明書のコピーを取る必要があると言われた。インドでたまにそういうところはあるが。
    近くのコピー屋が停電で駄目なので、しばらく預かって電気が復旧してからボーイにコピーさせてから返却するがいいか?と聞いてきたので、外で夕食を取るついでに自分でコピーしてくると告げ、とりあえずバックパックを部屋に放り込んで大通りのレストランへ出かける。
    界隈には沢山のバス会社がオフィスを構えている。ちょっと覗いてみると、さすがは北東インド地域の中心地だけあって州内はもちろん、周辺州各地域へと向う長距離バスの発着も多いようだ。人で溢れかえるこの雑踏にはインター・ステートな活気に満ちているようだ。

  • いいバスは嬉しい

    ASTC Rhino City Service
    以前、シリグリーから国道31号線でビハール州のキシャンガンジ経由で南下するバスに乗っていたとき、コルカタへつながる34号線と交わるあたりでアッサムのバス公社に陸送される市バスの一群を見たことがある。凹凸が少なくツルンときれいなフォルムの低床バスだ。ボディは赤と紺に塗り分けられてASTC RHINO CITY SERVICEと書かれており、前後の間隔をゆったり広く取った大きめのシートはクリーム色。ヨーロッパの街中で見かけそうなモダンさと快適そうな様子に、ひどくインド離れした印象を受けた。
    それと同じタイプの車両を、今回シブサーガルのバススタンドで見た。そのまま日本に輸出して東京都内を走っていてもおかしくないくらい良いバスだ。こんな田舎町で何故?と不思議に思ったが、近郊地域を結ぶ中距離バスとして使われているらしい。フロントガラスに向かって左側に置かれたプレートにはベンガル文字を用いるアッサミー語で「シブサーガル」「・・・・」と往復する地点が書かれている。前者はなんとか見当がついたものの、後者は読めなかった。やはり字くらいは覚えておくと便利かもしれない。

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  • デンジャラスな『構造』

    タクシーでアッサム州のシブサーガルの遺跡めぐりをしていると、ふたつの事故現場を目にした。どちらもトラックの右車輪が上を向いて路肩に止まっている。横転する直前でなんとか持ちこたえたという感じである。前輪左右をつなぐシャフトが折れていた。昔からこういう事故はよく目にするが、過積載が原因であるにしてもどうしてこんなところが折れるのだろう。もともと構造上問題があり強化すべき箇所なのかもしれないが、相変わらずこういう現象は多く目にする。
    自動車、特にトラックの欠陥については日本でも近年、自動車メーカーによるリコール隠しが話題となっていたが、インドでも同様に構造不良による事故はかなり多いのかもしれない。でもよくよく考えてみるとインドでは本来設計時に織り込まれていない使いかたがなされることが多い。ギネスに挑戦しているかのようにびっくりするほど大人数を詰め込んで走る乗り合いのSUMO、荷台よりもはるかに巨大な積荷を載せて走るトラック、メーカー想定外の改造がなされた車両などが多いことを思えば、本来の仕様を越えた使い方にまで製造者が責任持つ必要もないはずだ。でもそれを承知で無理をする市場があることを知りつつ各メーカーは販売しているはずなので、ちょっと考えさせられるものがないではない。
    ご存知のとおり、インドの好景気に乗り遅れまいと国内外さまざまなメーカーにより、以前は想像できなかったほど豊かなバリエーションの乗り物が市場に送り出されるとともに、海外から新規参入や既存メーカーの生産ラインの大幅な拡大が続いていることが報じられている。いっそのこと最初から同じサイズで『過積載仕様』に設計した『4人乗りバイク』『14人乗りSUMO』『20トン積みトラック』『屋上座席付きバス』といった超ヘビー・デューティーなクルマをリーズナブルな価格で投入してみては?なんて無理なことを夢想してしまう。

  • シブサーガル観光

    Tai Ahom Museum
    アッサムの朝は早いインドの極東部に位置しているので、日の出も日没もデリーあたりに比べて1時間以上早いようだ。 同じ宿に滞在中でディブルーガルから自家用車で来ているムスリムの中年男性が話しかけてきた。日本のことに興味を持っているらしいが、一方的に日本の製品が素晴らしいだのトヨタのカイゼンだのとよくしゃべることしゃべること。身なりからしても自家用車を持っていることからしてもこのあたりの中産階級に属するらしい。田舎だが工場かビジネスか何かしているのだろうか。
    ホテルの近くに大きくて赤い建物がある。最初それがこのツーリストロッジかと勘違いしたのだが、実はタイ・アホム博物館であった。地元の歴史や文化に関する展示がなされているので是非見学したかったのだが、残念なことに改装工事のために閉鎖中であった。
    同じ並びでそこから少しこのホテル寄りのところにテニスクラブがある。早朝からコーチから特訓を受けている初心者男性がいた。壁には1902年だか 1912年だかに始まったクラブだと書かれている。植民地時代にイギリス人や当局側のインド人のために造られたものなのだろうか。
    Tennis Club,  Sibsagar

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  • シブサーガル到着

    シブサーガル池
    シブサーガルではガイドブックに記載されていたアッサム州政府観光公社経営のツーリスト・ロッジに宿泊。前日に電話で空きを確認しておこうかと思ったのだが、ガイドブックに記された番号にかけても『この番号は存在しません』という音声が流れるだけだった。同じ観光公社経営のグワーハーティーのツーリスト・ロッジに電話をかけて尋ねてみると、告げられた番号は違うものだった。かけ直してみたがこの番号でも通じない。同じ組織の中でも横の連絡がうまくいっていないようで何とも頼りない。
    とりあえずシブサーガルに着きバスを降りてからリクシャーでこの宿に向うと、果たしてこのツーリスト・ロッジはちゃんと存在していた。ガラガラに空いていたのであえて前もって予約する必要はなかった。
    ツーリスト・ロッジ

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  • 旅行は楽しい

    NHKの『ドキュメント72時間』というプログラムで『バックパッカーたちの東京』と題した番組をご覧になった方々もあると思う。昨年10月10日にオンエアされたものだが、2月27日に再放送されていた。
    日雇い労働者が多く滞在することで知られる東京の山谷界隈(台東区と荒川区にまたがる地域だが、現在『山谷』という地名があるわけではない)を訪れる外国人バックパッカーが増えているとのことだ。この地区を見物したりするわけではないし、日本の失業問題等に関心を寄せているわけでもなく理由は安価な簡易宿泊施設の存在だ。どこの国でも西欧人旅行者たちがよく手にしている『ロンリー・プラネット』のガイドブックに紹介されているため日本を旅行する彼らが滞在していることが、NHK取材班の目に止まったようだ。
    『寄せ場』『ドヤ街』になぜガイジンさんたちが?というスタンスから始まり、滞在先が山谷であることに深い意味を持たせようという試みに終始した挙句、結局は『自分探しの旅』『夢を探す旅』と結論付けて番組は終了してしまった。
    おそらくこの番組をプロデュースしたのは相当年配の方ないかと思うが、カルカッタのサダルストリートやデリーのパハルガンジあたりの旅行者ゾーンで昔から繰り広げられている光景と特に変わることはなく、ただその場所が日本であるというだけのことだ。
    アルバイト等で稼いだなけなしのお金を握り締めた庶民の若者たちが『資金はあまりないけど、行きたいところが沢山ある』から旅に出ているのだ。可能な限り滞在費を安く上げるというのは当然のことである。彼らがもし若くしてリッチなセレブだったりすれば、わざわざこんなところに泊まるはずもない。山谷に来るのは、物価の高い日本の首都東京にありながらもそこには安い宿があるからで、その地域にどうして低料金で利用できる簡易宿泊施設があるのかということは彼らの旅行や目的とは関係ない。

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  • HIT & RUN

    写真は文中の事故車両と関係ありません
    アッサム州のジョールハートの空港に着いた。運が良いことにちょうどそこからシブサーガル行きのバスがあるとのことで乗り込む。空港からしばらく走るとジョールハートの市街地に出る。ジョールハートは、アッパー・アッサムへの玄関口であるとともに、ここから南東へ続く道はナガランド州へ、北西への道路はアルナーチャル・プラデーシュ州につながる交通の要衝でもある。郊外に出たバスはシブサーガル方面には国道37号線に乗り入れる。
    片側二車線で舗装の状態も良好な快適な道が続いている。運転手はギアを一段下げてアクセルを大きく踏み込みバスをガガーッと加速させていく。まさにそのときだ。進行方向向かって左側に何かが衝突し、バス左側面にそれが嫌な音を立てながら引きずる音がしたのは。
    車内の十数人ほどの乗客たちが総立ちになって左後方へ顔を向けている。そこには自転車とともに路面上に横転した男の姿があった。背後から陽が差しているため外傷があるのか、流血しているのかはわからないのだが、男はなんとか立ち上がって自転車を運ぼうとしているように見えた。
    後続車がなかったのは幸いであったにしても、加速中のバスに衝突して無事であるはずはないだろう。街にどの程度の救急医療施設があるのかわからないが、急いで病院へ搬送されるべきである。

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  • 今年のサクラ・バザーは週末2日開催

    春先に東京のインド大使館で開催されている恒例の『サクラ・バザー』だが、今年から週末2日間の開催となるらしい。今のところ3月最後の週末(26日と27日)に予定されている。しかし桜開花の時期のためかあるいは準備の都合なのか、開催期日が変更となることはこれまでよくあったようなので、出かけてみようという方は時期が近くなったら確認したほうがいいだろう。なおこのサクラ・バザーに関する情報は詳細が決まったら在日インド大使館のウェブサイトにアップロードされるとのことだ。今年の関東地方は冬らしい寒さを迎えないままに2月下旬を迎えた。サクラ・バザーとともに訪れる(?)東京九段の春近し。