旅行は楽しい

NHKの『ドキュメント72時間』というプログラムで『バックパッカーたちの東京』と題した番組をご覧になった方々もあると思う。昨年10月10日にオンエアされたものだが、2月27日に再放送されていた。
日雇い労働者が多く滞在することで知られる東京の山谷界隈(台東区と荒川区にまたがる地域だが、現在『山谷』という地名があるわけではない)を訪れる外国人バックパッカーが増えているとのことだ。この地区を見物したりするわけではないし、日本の失業問題等に関心を寄せているわけでもなく理由は安価な簡易宿泊施設の存在だ。どこの国でも西欧人旅行者たちがよく手にしている『ロンリー・プラネット』のガイドブックに紹介されているため日本を旅行する彼らが滞在していることが、NHK取材班の目に止まったようだ。
『寄せ場』『ドヤ街』になぜガイジンさんたちが?というスタンスから始まり、滞在先が山谷であることに深い意味を持たせようという試みに終始した挙句、結局は『自分探しの旅』『夢を探す旅』と結論付けて番組は終了してしまった。
おそらくこの番組をプロデュースしたのは相当年配の方ないかと思うが、カルカッタのサダルストリートやデリーのパハルガンジあたりの旅行者ゾーンで昔から繰り広げられている光景と特に変わることはなく、ただその場所が日本であるというだけのことだ。
アルバイト等で稼いだなけなしのお金を握り締めた庶民の若者たちが『資金はあまりないけど、行きたいところが沢山ある』から旅に出ているのだ。可能な限り滞在費を安く上げるというのは当然のことである。彼らがもし若くしてリッチなセレブだったりすれば、わざわざこんなところに泊まるはずもない。山谷に来るのは、物価の高い日本の首都東京にありながらもそこには安い宿があるからで、その地域にどうして低料金で利用できる簡易宿泊施設があるのかということは彼らの旅行や目的とは関係ない。


番組の中では繰り返し日本を訪れている写真家志望のフランス人、デザイン関係を志しながらも東京で生活するために英語を教えながら3年間が過ぎたというイギリス人などにスポットを当てていた。アジア各地のツーリスト・ゾーンでは旅行そのもの以外に様々な目的を持って出入りしている人たちも少なくない。彼らが特に変わった人たちであるとは決して思えないのだが、番組プロデュースの背後にある何か見えない力(?)により、山谷というロケーションに惹かれる必然があったかのように描かれてしまうのである。ドヤ街に泊まり、カップ麺の夕食をすする『ストイックな求道者』であるかのように。
こういう形で旅する彼らは日本でだけこういう滞在をしているわけではなく、香港に行けば重慶大厦、ジャカルタではジャラン・ジャクサ、バンコクを訪れればカオサンなどに宿を見つけているわけである。理由は先述のとおりエコノミーな宿が多いことであり、そこにたどりつく手段は『ガイドブックに書いてあるから』であるのだから、旅行者たちが次から次へとそれらの地域にやってきては宿泊することについて、何か特別な理由があるわけではない。
旅行とは見分不相応な高いホテルに宿泊したり、日常生活で出入りしたこともないような高級レストランで気張って食事してみたりというものであるとすれば、失礼な物言いかとは思うが、快適な施設があまり見当たらないインドの田舎などわざわざ訪れるのは伊達か酔狂かということになってしまう。
整った観光施設が目的なのではなく、その土地自体に魅力があるから旅行したくなるのである。行きたいところがあるから出かけてみる、見たいものがあるから訪れてみるのだけのことだ。
もちろん西欧人たちのみならず、日本からも大勢の人々がごく自然体であちこち旅行しているこの時代に、日本を代表する大メディアが『低コストな旅行=自分自身と夢を探す旅』と描いてしまっていることに大いに失望してしまった。
大上段に構えて『旅行文化』を語るつもりはないのだが、かつてバブルのころには『ゆとり』について声高に叫ばれるとともに、円高を背景に海外で休暇を過ごす人々が急増したりもしたものの、従来よりも長い休みを楽しもうという風潮には至らなかったのには、このあたりにも原因があったのではないかと思う。
大枚はたかなくても旅行は充分楽しむことができるのに・・・。
でもそのためには時間がどうしても必要だ。

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