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投稿者: ogata

  • 放射能検査

    バンコク出発から1時間ほど経つと、ヤンゴン到着の機内アナウンスが流れる。郊外を旋回しながら高度を下げていく中、地上には燦然と黄金色に輝くいくつかの仏塔が見えてくる。まもなく飛行機はヤンゴン国際空港に着陸する。2007年に完成した国際線ターミナルビルは、バンコクのそれとは比較にならないほど規模は小さいものの、きれいでモダンな造りである。

    イミグレーションの列に並ぶ。ヤンゴンに乗り入れている航空会社は近隣国のものばかりであり、機材も大きなものは使用されていない。発着便数も少ないため、そう長く待たされることもなく、実に気楽な空の玄関口だ。

    出迎え等の人々がたむろする待合室からは、大きなガラス張りになっている室内がすべて見渡せる。入国審査、機内預け荷物が出てくるターンテーブル、カスタムズ等を通過して出口にやってくる人々の姿がよく見える。すぐ横に隣り合う旧態依然の国内線ターミナルとはずいぶんな違いだ。

    私の順番が来て係官にパスポートを差し出すと「向こうに戻って放射能検査を受けてください」とのこと。今年3月11日に発生した東日本大震災により、福島第一原子力発電所で深刻な事故が起きたことを踏まえての措置である。

    白衣を着た係員が私の身体全体をなめまわすように測定器を当てる。もちろん何の反応も出ないのだが。もし放射能の高い数値が出たら入国できないのかと尋ねると、「どうなんでしょうねぇ。ちょっと私もわかりません」と屈託のない笑顔を見せてくれる。

    現場の人たちにしてみれば「わからないけど、上のほうからそういう指示が出たからやっています」というわけなのだろう。居住地ではなく国籍で検査の有無を決めているのがおかしい。たとえ米国在住で長らく自国に戻っていない日本人が「あなたは日本人だから」と検査させられたり、千葉県在住のカナダ人はチェックされなかったりという具合なのだ。

    ともあれこれほどの規模の原発事故を経験した国は他には旧ソビエトのみ。世界中で大きなパニックを呼んだチェルノブイリの事故と同じレベル7という最大級のカテゴリーに区分されていることもあり、不安に思われるのは仕方ないだろう。

    バンコクを出るときに買ってみた週刊の邦字新聞『バンコク週報』には、在タイの日本食レストランの客離れによる苦戦が伝えられている。また食品のみならず工業製品等も検査のため海港や空港等で長いこと留め置かれるという事例が多々あることが伝えられている。

    今や日本産、日本製という『ブランド』が安心と品質のシンボルではなく、『放射能にまみれている・・かも?』と、かなりの疑念を持って見られるようになっているのははなはだ残念である。

  • バーングラー詣で

    長らく世界の工場として様々な外国企業の生産活動の拠点としての立場を欲しいままにしていた中国だが、昨今では賃上げ圧力が高くなり、ストが相次いで操業に支障を来すなどといった例が頻発している。

    その結果、アパレル製造業等を中心としたバーングラーデーシュのブームが続いていることはご存知のとおり。特にユニクロを運営するファーストリテイリングが進出を決めてから更に拍車がかかったようだ。 そうした企業等を対象にした視察ツアーを組む会社もある。

    人件費は中国よりもかなり低めとはいえ、インフラ事情は中国と比較にならず、法体制の不備も指摘されているところだ。加えて高い政治意識と盛んな組合活動を背景に様々な理由でハルタールが頻発するお国柄。それでも外資は次々に同国にやってきては事業を展開していくはずだ。

    世界最大級の被援助国が世界の工場に変身する日は遠くないのかもしれない。その過程の中で明るいニュースもあれば、ネガティヴな側面も出てくるのだろう。東ベンガルの大地でも人の世の移ろうスピードが今後ずいぶん速くなっていくことだろう。

  • MAI (Myanmar Airways International) 成田空港に乗り入れる日はそう遠くない?

    MAI (Myanmar Airways International) 成田空港に乗り入れる日はそう遠くない?

    1996年から2000年まで関空からヤンゴンまで直行していた全日空のフライトが休止となって以来、日本からミャンマーへダイレクトの便は長らく存在しなかった。

    そんな中、この春先にカンボジアのスィアム・レアプ、そしと中国の広州へと新規乗り入れを果たしたMAI (Myanmar Airways International)が近い将来ヤンゴンから成田への乗り入れを計画しているそうだ。

    同社は長らく国営航空会社として知られていたが、同国を代表する民間銀行のひとつKANBAWZAが昨年2月に80%の株式を取得し、残りの大半を政府が保有という形になっている。

    昨年11月に実施された総選挙により『民政移管を果たした』として、先進国による経済制裁の解除を熱望するミャンマー政府だが、同国が加盟するASEAN自体も同国の国際社会復帰を期待している。そうした中で、ミャンマーは2014年にASEAN議長国となることを希望する意志を表明している。これによって政権の正統性を示すとともに積極的な外交への足掛かりとしたいのだろう。

    ミャンマーの『民政移管』については、軍人が制服を脱いだだけとの批判もあるものの、ともすればいくつもの『小さな国々』に分裂しかねなかった独立後の歴史の中で、同国の統一を維持するために国軍が果たしてきた役割は大きかったことは無視できないため、そのすべてを否定することはできないと私は考えている。どこの国にも独自の事情や歴史背景があるものだ。

    インドの北東諸州の延長上にある(ナガ族のようにインドとミャンマーにまたがって暮らす民族もいる)民族と文化のモザイクといえる地域だ。東南アジア、南アジアそして中国といった三つの異なる世界がせめぎ合う土地であるだけに、ASEANの他国とは比較にならない固有の不安定な要因を抱えている。

    それはともかく、国際社会への飛躍を画策しているのは政府だけではない。1946年にUnion of Burma Airwaysとして設立され、1972年にBurma Airwaysに改称、そして1993年にMyanmar Airways Internationalとなって現在に至るまで、ナショナル・フラッグ・キャリアとしての長い歴史を持つ航空会社も同様だ。

    同国を代表する航空会社でありながら、これまで国外の乗り入れ先といえばシンガポール、クアラルンプル、バンコクといったASEAN近隣国首都に加えて、週一便でインドのガヤー(こういうフライトがあるのは面白い)のみという寂しいものであった。

    それが先述の最近就航したスィアム・レアプ便、広州便に加えて、今後は東京、ソウル、デリー、ドゥバイ、ジャカルタ、デンパサールといった街への乗り入れという積極的な攻勢をかけようと画策しているというから只事ではない。『民政移管』をテコとしてなんとか飛躍を図りたいという政府とビジネス界双方の強い意志の表れのひとつだろう。今後ミャンマーはこれまで以上に大きく変わる予感がする。

    それが同国の国際舞台への復帰と多国間での盛んな経済交流を生むことになるのか、それとも先進国不在の間に積極的に進出してきている中国の草刈り場のままでいることになるのか、それは日本を含めた先進諸国の足並み次第ということになる。

  • Namaste Bollywood #28

    Namaste Bollywood #28

    同誌ウェブサイトに書かれているとおり、今号からしばらくの間はボリュームを従来の8ページから4ページに減らし、部数も5,000部から3,500部に抑えての発行。その分を東北復興の支援活動に充てるとのことである。

    すでに現地入りして活動をされている模様が伝えられている。行動力とフットワークに敬意を表したい。

    ふんばれ日本! ナマステ・ボリウッド東北支援報告

    ふんばれ日本!(2)

    本題に入る。今号の特集は『ボリウッドが教えてくれる児童映画』だ。児童映画といっても小さな子供たちが観るための映画というわけではなく、子供が主人公の作品群である。Bumm Bumm BoleNanhe JaisalmerTahaanが取り上げられている。

    商業的に大当たりするような作品ではないのだが、どれも主人公の子供たちの目線で世間を描いた良作だ。無邪気なチビッ子たちも大人になるにつれて次第に純真な気持ちを忘れていってしまうものだ。スリクーンに出てくる子供たちの想いに思いきり感情移入したい。

    他の記事では、2010年にインドとパーキスターン双方の大手メディアが手を携えて発足させたプロジェクト『AMAN KI ASHA (HOPE FOR PEACE)』や近年進んでいる国境を越えての映画をめぐる印パの交流についても言及されている。本来、血を分けた兄弟である両国の相互の和解と協力が進んでいくことを望む。

    もちろんそれだけではない。日本の東北地方の復興ももちろんのこと、この世界に暮らしているすべての人々が、幸せに安心して暮らしていくことができるよう願いたい。

  • 自前の電気

    自前の電気

    3月11日に発生した東日本大震災の津波の影響により起きた福島第一原発の事故はまだ先行きが見えないが、これにより東京電力管内の地域では、長期間に渡る電力需要に対する供給の不足が明白となっている。

    とりわけ夏のピークの時期にどう対応するかということで、計画停電に加えて電力利用の総量規制あるいは使用制限といったところにまで踏み込んでの様々な議論等がなされているところだ。

    生活や医療への影響はさることながら、従来からの不況に加えて震災による総体的な落ち込みから回復を目指さなくてはならない産業界への影響も大きく懸念される。

    不幸にして、電力不足に対する様々な策が功を奏さなかった場合、当局がコントロールできない大規模停電が発生することになるわけだが、そうでなくとも電力使用の制限がかかることにより、地域的に時間帯をずらして電気の利用ができなくなることは避けられないのだろう。

    停電といえば、インドやその周辺国では珍しいことではない。計画停電であったり突然の停電であったりするが、電気がストップした人々の動きが一瞬止まるものの、そのまますぐに自前の発電機や灯をつける動きが始まり、さきほどまでと比べて格段に暗い照明の中で、何事もなかったかのように物事が進んでいく。

    経済制裁下でエネルギー事情がとりわけ逼迫しているミャンマーでは、最大都市のヤンゴンでさえも一般市民の居住する地域では、計画停電どころか限られた時間帯にしか電気は来ない。給電されているはずのタイミングでも停電が頻発する。地方都市ではなおさらのことだ。そのため『常時電気が使える』ことが中級クラスのホテルの売りとなるほどだ。そうしたところでは常時自前の発電機が唸りをたてて稼働している。国軍は優先されていることから、カントンメント地区周辺ではレギュラーに電気が来ているのだが。

    停電が日常茶飯事の国々において、給電が突然停止することが物理的な破壊につながってしまうような機器類を扱うところでは、自前のバックアップ電源が用意されており、安全に継続運転ないしは停止させることができるようになっている。『電気が来なくなる』という状況に慣れているため、日本で計画停電が実施されるときのようなパニックが起きることはない。

    ある国々ではごく何でもないことが、こちらでは『危機』になってしまうことについて、経済発展とともに私たちの足元が実は脆弱になっている面もあることに気が付かされたりもする。興味深いことに、停電への対応の経験により蓄積されるノウハウというものはかなりあるようだ。

    2003年に北米の広い地域で発生した大停電のことを記憶されている方は少なくないだろう。あのときに停電によって生じる社会の様々なシステム等のトラブルに対応するため、米国政府の要請により、インドから専門家たちが派遣されている。

    ・・・とずいぶん前置きが長くなったが、生活の中でも旅行先でも、一市民として停電で困ることはいろいろあるが、とりわけ個々の『通信インフラ』である携帯電話のバッテリー切れ、そして日没後には目の前が見えなくなることがまっさきに頭に浮かぶ。

    ところで、最近こんな機器が発売されている。

    アウトドアライフを彩るポータブルバッテリーPES-6600 (ナビポタ.com)

    消費電力の多いスマートフォンを複数回充電できる大容量の充電池は他にもいろいろあるが、フル充電で最大240時間点灯可能というLEDライトが付いているのが頼もしい。対応する電圧は100-240Vのユニバーサル仕様なので、電源につなぐコネクタープラグを用意すればどこでも使用することができる。

    日常生活でも旅行先でも、この一台をカバンの中に放り込んでおくといろいろ役立つ機会が多いことと思われる。

  • シュリー・サッティヤ・サーイー・バーバー他界される

    本日4月24日、インド時間午前7時40分にアーンドラ・プラデーシュのプッタパルティーにて、シュリー・サッティヤ・サーイー・バーバーが亡くなられた。

    3月28日に呼吸器疾患でシュリー・サッティヤ・サーイー・セントラル・トラスト(SSSCT)が運営する大病院にて治療が続けられていた。84歳という高齢のためなかなか効果が出ないということがインドのメディアにていろいろと出ていたが、ここ数日の間に容体が更に悪化し、もはや人工呼吸器を付けてかろうじて生命を保っていること、肝臓をはじめ複数の臓器がもはや機能していない状態であることなどが報じられていた。

    これを書いている今、メディアでは遺体が病院からプッタパルティーにあるサーイー・バーバーのアーシュラム、プラシャンティ・ニラヤムに運ばれるところであると伝えている。

    アーシュラム内のサーイー・クルワント・ホールに2日間安置され、人々に最後のダルシャンの機会を与えた後、荼毘に付されるとのことである。

    Puttaparthi sathya Sai Baba Passed away (IBN Live)

  • 生業 2

    話はバーンチラーに戻る。マディヤ・プラデーシュ州で指定カーストのカテゴリーに入っているこのコミュニティでは、伝統的に農耕と売春を生業とする人が多いという。家庭を経済的に支えるために、最初に生まれた娘が娼婦となるのが長らく続いてきた習慣であるとのこと。

    奇妙なことに、バーンチラーの人々の中には、自らをラージプートだと自称する例も少なくないとのことだ。この地を諸侯が群雄割拠していた時代、自らが仕える王家のために身内の女性を娼婦に仕立て上げ、敵方の要人のもとにスパイあるいは刺客として送り込むことをためらわない忠誠心を持つ武人階級であったという言い分だ。

    彼らが今のマディヤ・プラデーシュの北西部に多く住むことになったきっかけは、当時イギリスがその地に駐屯させていた兵士たちの慰安目的で娼婦たちを必要としたことによるものであるという説があったり、ムガル帝国が領土拡大のために各地に遠征を繰り返していた時代、バーンチラーの女性たちを多数同行させていたとする伝承があったりするなど、性を生業としてきた歴史はかなり長い。

    近年、そのコミュニティの中では自らの身内の女性が娼婦となる以外に、外部の女性とりわけ幼い子供たちを売買するブローカーとしての役回りをする者が出てきており、同州周辺地域はもちろんのこと、遠くは中東方面にまで手を広げているケースもある。

    インディア・トゥデイの3月30日号にもその関連の記事が出ていたのだが、当のバーンチラーのコミュニティの中から、先祖伝来の悪しき習慣を改めようと努力する人たちの動きについても取り上げられていたのは幸いである。

    だがマディヤ・プラデーシュ州内では、バーンチラーの他にもベーリヤー、カンジャル、サーンスィーといった、やはり売春が盛んなコミュニティがある。長らく続いてきた因習の連鎖を断ち切るべく行政は働きかけているそうだが、あまり効果は上がっていないという。

    <完>

  • 良き仲間たち

    良き仲間たち

    4月17日(日)に東京豊島区の池袋西口公園にて『第12回カレーフェスティバル&バングラデシュボイシャキメラ』が行なわれた。

    3月に発生した東日本大震災の影響で、様々なイベントや催し等の中止や延期が相次いでいる中、地震による被災者支援チャリティを全面に打ち出しての開催である。

    在日のバーングラーデーシュ人と日本人との交流の機会であるとともに、前者にとっては毎年開かれているこの集まりで『同郷の友人・知人がやってくるから』とわざわざ東京から離れた地方からも長距離バスや新幹線等で駆けつける人も多い。

    そんなことから自粛という選択肢ではなく、地震による被災支援という姿勢で臨んだということもあるかと思うが、何も生み出すことのない後ろ向きの『自粛』ではなく、能動的な形で取り組んでくれたことは高く評価できるだろう。

    ともあれ地震、津波はもとより、福島第一原発の事故による放射能に対する懸念から、3月中旬以降、東日本在住の外国人たちは大挙して国外に出て行った。

    たまたま仕事その他の都合で一時的にこの地域に居住している人たちにとって、帰国あるいは第三国にも収入の途あるいは就業機会が容易に得られる見込みのある状態にあれば、わざわざこの地に残らなくてはならない理由というのはあまり見当たらないはずだ。日本からの出国は至極当然の行動なのではないかと思う。

    そんなわけで、今年のボイシャキメーラーではバーングラーデーシュの人たちの姿はかなり少ないのではないかと想像していた。昼ごろまでは人出もまばらであった池袋西口公園だが、午後になると急速にベンガル系の風貌の人たちが増えてきて相当な混雑となり、昨年以前とその様子は変わらないようである。眺めた感じ、 会場内の群衆の三分の一くらいはバーングラーデーシュの人々であったと思う。

    家族連れも多く、ステージで順次繰り広げられる詩の朗読、音楽の演奏、舞踊といったプログラムの中で、バーングラーデーシュ人と日本人を両親に持つと思われる少年が日本語訛り(・・・と思われる)ながらもベンガル語で立派にスピーチをこなし、ステージ周辺ではベンガル人の両親に連れられてやってきた小学生が複数の日本人同級生とおぼしき子供たちと一緒に遊んでいる姿も見られる。

    日本人と結婚した人が多い(主に夫側がバーングラーデーシュ人)ということもあるが、在日のバーングラデーシュ人たちは日本での定住・永住志向が強い人が多い。そんなわけでこうした子供たちが通う学校は普通の公立学校であったりする。同様の傾向が最初は同国から留学生としてやってきた人たちにもいえる。例え結婚相手は故郷の両親が決めた自国の女性であっても、就職後は日本に定住するというライフプランを描いている人が多く、前者と同様に日本国籍を取得している例も少なくなく、日本社会への同化の度合いはかなり高い。

    主にバブル期に来日して日本に定住した後に日本で家庭を持ったバーングラーデーシュ人の子供たちの中で年長の部類の中からそろそろ実社会に出る者が出てくるころである。

    新規来日組では、留学・就労その他の目的での男性の単身者の来日が多いコミュニティではあるが、経済的にはあまり楽ではないと思われるそうした若い人たちの中でも、募金箱に千円札をソッと入れてくれている人がけっこういることに気が付いた。

    震災後、世界各国から寄せられた様々な支援についての報道を目にするが、日本社会に根付いて暮らすバーングラーデーシュ出身の良き仲間たちからの温かい善意も決して忘れてはならないと思う。

    ※『生業2』は後日掲載します。

  • 生業 1

    このところインドのメディアの人身売買にまつわるニュースにて、バーンチラーというコミュニティのことが取り上げられているのをしばしば目にしている。マディヤ・プラデーシュ北西部からラージャスターン南東部あたりに分布しているコミュティである。

    インドにあまたあるコミュニティには、それぞれ特有の習慣を守り、固有の生業で生計を立ててきた人たちが多い。もちろんそうした古い社会の枠組みは現代においてもそのまま存続しているというわけではないし、あるコミュニティの特徴的な部分にて、それを構成する人々すべてを一般化してしまうのも誤りだ。

    ただし特定のコミュニティがある業種において特殊な技術、知識、既得権を握っていたり、部外者が新規参入するのが困難であったりということがないとは言えないし、何かとそうした縁がものを言う分野もあることだろう。

    それとは逆にいわゆる賤業とみなされる分野においては、その職域を外部から敢えて侵すことにより、新規参入者にとって何か経済的に大きな利益が上がるということでもなければ、社会から賤しまれて収入も少ない生業が世代を越えて連綿と受け継がれていくということもあり得る。

    現代インドでは、そうした出自によるハンディキャップによる格差を是正するために指定カースト、指定部族に対する留保制度が用意されている。­そうした措置のおかげで特に出自の低い人たちの生活や教育の水準が上昇し、次第により公平な社会が実現されるのが理想だろう。

    留保制度によって一流大学に入学できたり、さらにはその後IAS(インド高等文官)その他ステイタスの高い職業に就くことができたりといった具合に、底辺で苦学してきた人たちがインドという大きな国を動かす側に回る例は決して珍しいことではない。能力とやる気がありながらも生活苦で野に埋もれようとしている人々を数多く救済している。

    しかしながら、留保制度という逆差別は、憲法に謳われている万民の平等と矛盾する部分もある。留保の対象となる指定カースト(SC)、指定部族(ST)、加えてその他後進諸階級(OBCs)以外の人々の機会を奪うことにもなる。

    所属するコミュニティによって秩序だった教育、所得、生活水準があるわけではなく、『留保対象以外の人々』が必ずしも『留保対象の人々』よりも恵まれた境遇にあるとは限らないことに留意が必要だ。

    留保制度は長らく政争の具ともなっており、年月の経過とともに新たに留保対象として指定されるコミュニティが増えるとともに、留保の割合もことあるごとにいじくられてきた。

    果たして留保制度が現行のままで良いのかどうかについて、誰もがいろいろ意見のあるところではないだろうか。それでもインドにおいて、政策のツケは広く民意を問う選挙という公平な手段により、国民自身が審判を下す民主的なシステムが徹底している国であるだけに、難しい匙加減のもとでそれなりにバランスが取れていると見ることはできる。

    かつてと違い、今のインドのとりわけ中央政界においては、大政党が過半数を得られることなく、大小含めた主義主張の異なる様々な政党の寄合所帯となっている。それがゆえに右派勢力が政権を取ろうとも、中道左派の国民会議派が支配しようとも、連立政党や閣外協力政党にも配慮した運営が求められる。結果として極端な方向に舵を切ることなく、穏健でバランス感覚に富んだ政治が続いているように見受けられる。

    <続く>

  • デリー発ブータンツアーの価格

    デリー発のブータン行きのツアー(パロー・プナカー・ティンプー)が手頃であることに気が付いた。7泊8日で33,333Rsである。同時期の同じく7泊8日のタイ行きのツアー(バンコク・プーケット・パタヤー)が39,999Rsであることと比較すると、ずいぶん値ごろ感がある。

    Amazing Bhutan (makemytrip.com)

    Fun-tastic Thailand (makemytrip.com)

    上記の金額はインド国籍の人向けのものであり、私たちが利用できるわけではない。ブータンは独自の鎖国政策の関係で、外国人の入国を大幅に制限している。観光目的で訪問する場合も通常はツアーのみとなる。

    そして3人以上のツアーの場合、各々の滞在費用が1日当たり200米ドルとなる。モンスーンの閑散期には165米ドルに下がるようだが、それでもまだずいぶん高い。これらはツアー・オペレーターを問わない公定価格となっているようだ。加えて物価上昇と米ドルの価値が漸減していることにより、2012年1月から250米ドルへと値上げが予定されている。もちろんのことながら、これらの金額にはブータン出入国にかかる国際線チケット代は含まれていない。

    外交上、ブータンと特別な関係にあるインドの国籍を持つ人たちについてはこうした『外国人料金』は適用されないことから、こうした価格でのパッケージツアーが実現している。

    ただしブータンという国について、私たち外国人が憧れるのと同じようなイメージをインド人観光客たちが抱いているかということについてはちょっと疑問がある。すぐ隣の国であることに加えて、自国の広大なヒマラヤ地域とひと続きの位置にあるということもある。

    またインドといっても広いので地域にもよるが、北インド都市部とりわけ東側地域に滞在・在住しているブータン人たちはけっこういる。西ベンガル北部では、商用・観光・買い物その他の目的でやってきたブータンの人たち、そしてブータンのナンバーを付けたクルマもよく見かける。

    同様にブータンに仕事のために在住しているインド人も少なくない。下は土木作業の労働者から上は様々な分野の専門家まで、広い分野に関わるインド人たちがいる。

    ブータンのテレビ放送のネットワークはインドの技術援助によって実現したものであるし、通信網も同様だ。現在、ブータンで国語であるゾンカ語関係を除き、たいていの科目は英語を介して教えられている。政府の意志で教育の英語化が推進されたためであり、1970年代以降に教育を受けた人々ならば、流暢な英語を話すようになっているようだ。だがその『英語環境』をブータンの教育現場にもたらした人々とはインド人教師に他ならない。

    先述のブータンとインドの間の特別な外交関係と繋がりでもあるが、ブータンが独自に在外公館を持たない国にあっては、現地のインド大使館がその部分の役目を担う。

    そんなわけで、在インドのブータン王国大使館は、在日本の業務も兼轄しており、担当官が毎年一定の時期に来日して東京の在日本インド大使館にて執務することになっている。

    それらはともかく地理的に近いこと、人の往来も盛んなことなどから、インドの人々とりわけブータンからあまり遠く離れていない地域に住んでいる人たちにとっては、日本人が抱くような『秘境』といった印象、『鎖国政策』を続けている閉ざされた国という印象はあまりないかもしれない。

    それよりむしろチベット系仏教徒たちの見慣れたイメージ、自国にもある景色や眺めの延長線上にあるように、地味に捉えている部分のほうが大きいのではないかとも思う。

    インドの人々にとってのブータンは、ヴィザや高額な滞在費といったハードルがなく、経済的にも時間的にもちょっとゆとりのある人ならば、いつでも訪れることのできる国である。ブータン通貨ニュルタムはインドのルピーに対して等価で固定されており、ブータン国内でインドルピーはそのまま通用するという環境でもある。

    そんなわけで、気安く外国旅行に出かけることができる層の人たちの間では、ブータンという国に対して文化的な興味関心でもなければ、南アジアとは明らかに違う世界であるタイ、美しく開放的なムードのビーチのほうがエキゾチックで興味をそそるものであることと思われる。

    私たち外国人にしてみれば、同じ時期で同じ期間のもので『ありきたりのタイのツアーよりもブータン訪問のプランのほうが安いなんて!』とビックリすることになるのだが。

  • マンフロットの卓上三脚 MP1-C & MP3-D

    マンフロットの卓上三脚 MP1-C & MP3-D

    3年ほど前に『カメラと一緒にいつでもどこでも』と題し、カメラの三脚メーカーとして知られるマンフロット社製のMODOPOCKET 797を取り上げたことがあったが、最近この路線の新型モデルのMP1-CMP3-Dという小型テーブル三脚が登場した。

    MP1-C  コンパクトデジカメ用
    MP3-D   一眼レフにも利用可能

    前者は自重30gで、MODOPOCKET 797と同じく最大耐荷重は500gでコパクトデジカメ用だが、後者については自重70g、最大耐荷重は1,500gまでとなっており、このタイプのものとしては珍しい一眼レフ用となっている。両モデルとも色は黒とグレーが用意されている。

    どちらも折り畳んだ状態では平べったく軽量であるため、カメラに付けっ放しにしておけるのがいい。通常、こうした小型テーブル三脚は脚部が貧弱であることはもちろんのこと、雲台が華奢であること、重心が高くなってしまうこともあってごくごく小さなカメラにしか使えないのだが、そのあたりはうまく考えて作ってあることに感心させられる。

    画像左側に見えるヒモ付きの金具のようなものは、カメラの三脚取り付け用の穴に取り付けるネジを回すための工具。MODOPOCKET 797の場合はポケットからコインを取り出して回していたが、こういうささやかな心遣いはちょっとうれしい。加えてMP3-Dはカメラネジ用の溝が3本あるのが目を引くが、これはカメラにより三脚用の穴の位置が違ったり、カメラそのものの形状もいろいろであることに対応したものだということで、実に汎用性が高い。

    MODOPOCKET 797の発展形であるどちらも魅力的だが、とりわけ後者、一眼レフに使えるMP3-Dについては、他に同じようなものがほとんど見当たらないため、ひとつ購入してポケットの中にでも忍ばせておけば、何かと役に立つことがありそうだ。MP1-Cの日本での販売価格は2,300円前後、MP3-Dは3,300円前後といったところだ。

  • 実は押収されていた!? クリケットW杯トロフィー

    クリケットのワールドカップにて、準々決勝で強敵オーストラリアを倒し、準決勝ではライバルのパーキスターンに勝って波に乗るインド代表チームは、4月2日にムンバイーで開催された決勝戦では見事スリランカを下して優勝を飾って国民を歓喜させたが、彼らが手にした優勝トロフィーの背後には、ちょっとビックリの珍事があったようだ。
     
    インドの税関、クリケットW杯トロフィーを押収 (AFP BB News)

    なんと当のトロフィーがムンバイーの税関に押収されており、決勝戦のスタジアムでインド代表が抱え上げたものはオリジナルではなかったとのことだ。
     
    サッカーのW杯でもそうだが、盗難や紛失などといった不測の事態に備えて、本物と寸分違わないレプリカが用意されているという話は耳にしたことがある。今回は税関という想定外の敵が現れたものの、あらかじめ用意しておいた非常手段により、優秀チームに手渡すトロフィーがないという最悪の事態を逃れることができた。
     
    記事はインド税関職員たちの腐敗行為に触れているが、もちろん主催者側の落ち度がなかったわけではないだろう。時価13万ドルという非常に高額な品物の通関の際の法規上の手続きや規定等に関する調査や準備を怠っていたことの証であるため、脇の甘さを指摘されるべき部分もあろう。
     
    ともあれインド代表チームの活躍を称えたい。そして大会を支えてきた主催者側の方々についても、インド・バーングラーデーシュ・スリランカの3か国での調整等もさぞ大変であったことと思う。『お疲れ様でした!』とその労苦をねぎらいたい気持ちである。