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投稿者: ogata

  • 第12回カレーフェスティバル&バングラデシュボイシャキメラ

    4月17日(日)午前10時から午後5時まで、東京都豊島区の池袋西口公園にて、第12回カレーフェスティバル&バングラデシュボイシャキメラが開催される。

    このところ日本国内、とりわけ東日本においては何かにつけて自粛ムード一色。こういう時期なので、普段行なわれている行事等の開催を手控えるという形で、被災地と気持ちを分け合うという考え方もわからなくはない。だが個人的にはそうした萎縮した思考こそ避けるべきだと考えている。

    とりわけ自らの価値観によるものではなく、『周囲がそうだから』『そういう空気だから』と思考停止した状態で、そうした流れに同調してしまうのはもっといけない。日本人の長所として『規律』と『団結』が挙げられることが多い。もちろん今回の震災での人々の対応についてもそういう書き方をしたメディア等は多かった。

    だが、そうした美点と表裏一体であるのが、主流派と異なる考え方、価値観を持つ人を受け入れがたい『強い排他性』と自己の意見を殺して周りの流れに任せてしまうという『主体性の無さ』という短所と表裏一体であることを忘れてはいけない。

    自身が被災したわけではないのに、テレビ映像で悲惨な映像等を繰り返し見ることにより、仮想体験として刷り込まれてしまうことと合わせて、被災地のために頑張らなくてはならないそれ以外の地域が、元気を失ってしまうわけにはいかない。

    実施できる状態にあるのに、予定されていることを取りやめたり、先送りしたりすることによって得られるものは何もない。それとは裏腹に個々の精神的にも群集心理的にも、後ろ向きになってしまうこと、加えてその周辺で動くはずのおカネやモノも停滞してしまうことによる社会全体の経済的な損失につながり、復興に寄与するどころかかえって悪い影響を及ぼしてしまう。

    このところ様々なイベントやプログラム等が中止あるいは無期限延期となる例が多い中、このイベントは先の地震被害に対するチャリティプログラムを看板に実施される。今の私たちにはそういう前向きな姿勢が必要だ。私たちひとりひとりが、それぞれ被災地に対してできることを行なうこと、そしてずっと立ち止まっていたり、必要以上に内省的になったりすることなく、自らの場所では普段どおりの仕事や生活の中で活発に動き続けることが、みんなの利益につながることを信じていきたい。

    自粛ムードの中で例年のイベントを実施してくれることに感謝したい。私たちもぜひ彼らに続こう!元気なニッポンを取り戻すために!!

  • 旅行向け三脚

    旅行向け三脚

     三脚といってもいろいろあるが、コンパクトカメラを使用している方ならば手軽に旅行先に持参しているものといえば、通常はいわゆるテーブル三脚、つまり小型の三脚なのではないかと思う。 

    こうした類もピンキリだ。見るからに華奢なものから、なかなかしっかり造ってあり、小型の一眼レフと単焦点の標準レンズ程度の重量ならば充分に使えそうなものまでいろいろある。 

    ただ置いて撮影するだけでなく、石突三か所を壁に当てて安定させてスローシャッターを切るという応用もできるし、あるとなかなか便利である。 

    だがあくまでもテーブル三脚である。高さがまったくないため、地面に置いて使うのは毛現実的ではないし、使いたいところで適当な台があって高さを稼ぐことができるとは限らない。 

    どうしてもシャッタースピードが遅くなってしまう場面、とりわけコンパクトデジカメの場合はセンサーが小さく、画面が荒れるので感度を上げたくない。かといってある程度の長さの三脚を持参するとなると、それなりの荷物になるため、わざわざ一眼レフを家に放っておいて、コンパクトデジカメ一台で、荷物に振り回されることなく身軽に出かけるというメリットが削がれてしまう。手軽なカメラを使うのにわざわざ三脚の出し入れやセッティング等をするのも面倒ではある。 

    そんなわけでテーブル三脚以外のものを旅行先に持ち歩くという考えはまったくなかったのだが、昨年12月に発売されたVelbonのCUBEという、コンパクトデジカメ専用の三脚はかなり気になっている。 

    重量は390g。やや大きめのコンパクトデジカメと同じくらいだが全高は940cm。しかも畳んだ状態は三本の脚と雲台がフラットに並ぶので小さなカバンの中でも邪魔にならない。さらには『世界最速』を謳う脚の出し入れのスピーディーさがスゴイ。 

    世界最速セッティング – ミニ三脚「CUBE」(Youtube) 

    これならば面倒などと思うことなく気軽に使う気になるだろう。3本の脚がフラットになっている状態で引き出すので杖のような形で持つこともできる。つまり一脚的な利用もできるだろう。常時カバンの中に潜ませておくと、野犬に囲まれたときの威嚇用にも使えそう(?)な気もする。 

    もちろんコンパクトかつ軽量というのがウリなので、堅牢さを期待してはいけない。あくまでもコンパクトデジカメ専用ということもあり、脚を最大限に伸ばすと頼りなくグラつく。荷重は400g以内ということになっている。 それでもリコーのGRDやシグマのDP1といった軽量カメラを使う分には申し分ないし、収納性とスピーディーさという点からも唯一無二の存在である。 

    日常的に持ち歩くのはもちろんのこと、旅行先に持参するにも非常に具合の良い三脚である。価格は5,000円以下、概ね4,500円前後といったところのようである。

  • 東日本大震災 インドからの救援チームも被災地入り

     日本の東北地方太平洋沿岸を中心に大きな被害を出した東日本大震災の被災地にて、イスラエルの医療チームが現地入りして診療活動を開始している。 

    被災地域の方々の医療受診機会の不足が伝えられている中、日本における医師資格を持たない(外国の医師資格を持つ)医療従事者によるこうした活動は、我が国では初めてのことであるとのことで、今回の震災被害の深刻さがうかがわれる。 

    その他さまざまな方面での救援活動についても、世界の多くの国々から様々な形で支援の手が差し伸べられているが、インドからも救援隊が現地入りして活動を始めている。 

    India sending 45-member search and rescue team to Japan (hindustan times) 

    インド 救援隊を日本に派遣へ (NHKニュース) 

    インドの隣国パーキスターンからも食料や飲料水その他の救援物資が到着しているとともに、在日パーキスターン人の有志の方々が支援物資の配布や炊き出し等を現地で行なってくださっているとも伝えられている。 

    世界各地の国々、様々な地域の方々による暖かい支援と励ましに感謝いたしたい。

  • 原発は不可欠?

    電力供給の3割を原子力発電に依存している日本だが、同時にその輸出は国家戦略のひとつとしても位置付けられている。とりわけ今後は途上国において原子力発電の需要の伸びが大きく期待できるからである。

    このたびの福島第一原子力発電所の事故は、各国で原発建設推進についての見直しの動きを生むこととなり、同時に地震大国において高い技術水準を背景に『震災に強い原発』を運転しているというイメージが崩れてしまった。

    当面は現在進行中の事故に対する対応が最も大切なことであるが、今回の事故は同原発の1号機から5号機まで、営業運転開始日は異なるものの、どれも40年前後と旧い設計のプラントであったとはいえ、中・長期的にも日本の原発事業の海外への展開という面においても不利に作用するのは避けがたいようだ。

    ところでインドにおける電力供給源としては、原子力発電は火力、水力に次ぐ第3位にある。マハーラーシュトラ州のターラープル原発のように、1969年という早い時期に操業開始したものもあるが、総体で見ると原子力への依存度はわずか3%と日本のそれに比べてかなり低いのが現状だ。

    しかしながらインド政府としては、2050年までに総発電量の4分の1を原子力によるものとすることを目標にしており、今もいくつかの原発の建設が急ピッチで進むとともに、新たな発電所の計画も多い。

    そうした中で地震による津波により発生した福島第一原子力発電所の事故について、AERB (The Indian Atomic Energy Regulatory Board) は、当初これが明るみに出た直後には『我が国で同様の事故が発生することはありえない。どんな最悪の災害にも充分耐えることができるようになっている』といった声明を出した。これに対して各メディアからは多くの懐疑的な意見が出ていたが、当のAERBもすぐにインド国内すべての原発の安全性に関する調査に乗り出している。

    AERB to reassess safety measures at Indian N-plants (THE HINDU)

    今回、深刻な規模の原発事故を起こした日本だが、このたびの原発事故により東京電力管轄地域では恒常的な電力不足に見舞われることが明らかとなった。その解決には近い将来新たな原発を設置するしかないということになるのだろう。今は原発そのものに対する不安感と警戒の色を隠せない世界各国も、これまた遠くないうちに原子力発電へと回帰せざるを得ないだろう。またインドを含めた途上国のいくつかは、現時点において原発推進の姿勢に変化はないという強気な態度を明白にしている。

    事故を起こすことさえなければ、火力発電に比べて環境に負荷が少ないこと、また相場の変動が激しく供給に不安定感のある石油に比べて、ウランは安定的に取引されていること、水力発電のようにダム建設を含めた広大な用地取得の手間がなく、発電の効率が優れていることなどが主な理由となる。

    とりわけ重要なのは、経済発展に伴い逼迫している電力需要だろう。たとえ現状ではなんとか事足りていても、年々高率で成長を続けている新興国の場合、5年後、10年後には事情が大きく異なってくる。

    India Todayのウェブサイトでも、福島第一原子力発電所の事故に関するニュースは連日トップで扱われていることは、自国の原子力政策に対する不安の裏返しかもしれない。

    Radiation inside Japan’s Fukushima Daiichi nuclear plant rises sharply, workers evacuated (INDIA TODAY)

    だが結局のところ、脱原発という動きにはならないだろうし、すでに原子力発電を行なっている国々、今後導入しようとしている国々の大半もそうだろう。これまでの安全基準の見直しと、より周到な危機管理の実施云々といったところで、これまで敷かれた規定の路線をそのまま進んでいくことになるはずだ。

    今から半月ほど前に福島第一原子力発電所を襲ったのは『想定外の規模の津波』であったが、国によってはそれ以外のリスクもあることは忘れてはならない。もちろん人為的なミスにより原発事故が起きたケースもこれまであったが、テロあるいは外国からの攻撃という可能性を想像するだけで恐ろしい。

    果たして私たちは、そうしたリスクも背負い込んだうえで『原発は不可欠である』とする覚悟は出来ているのだろうか?覚悟せずとも、原発なしには喫緊ないしは近未来の電力不足に対応できず、結局それを受け入れざるを得ないという現実があるのが悩ましい。

  • サートパダー 2

    サートパダー 2

    ホテルから湖をボートで回るOTDCのツアーに参加する。周囲に他のホテルはないため、ここの宿泊客だけを対象するものだと思っていたのだが、ちょっと勝手が違った。もちろん同じOTDCによるものだが、プリーからやってくる日帰りツアーグループに合流することになる。

    ツアーグループは、朝9時半にホテルに到着。まず最初に埠頭近くにあるビジター・センターでチリカー湖の成り立ちや生態系等についての基本的な説明を聞いたり、展示物を見たりする。

    埠頭からはふたつのボートに分乗して出発。この湖にはイラワディ・ドルフィンという種類のイルカが棲んでいる。もちろん船からは彼らの頭やフィンがときどき見られる程度だが。船頭たちはイルカがどのあたりに多くいるのか知っているので、彼らが多数出没する水域に向かう。

    イラワディ・ドルフィンの背中

    規則では50メートル以上接近してはいけないことになっているようだが、そんなことはお構いなしのようで、往々にして10メートル、しばしば数メートル先でイルカたちが回遊している様子を見ることができた。

    通りがかりの他の船。お客を満載で窮屈そうだ。

    次に向かうのは、ラージャンサーという60キロほどもある長い砂州である。これがベンガル湾とチリカー湖を仕切っている。もともと湖から海への出口はもっと北のほうにあったとのことだが、これが自然に堆積して閉鎖されてしまった。その結果、水質の劣化が著しくなり、今の出口になっている部分はその対策として近年になってから人工的に開けたものであるという。

    広大な砂州。左手はチリカー湖で右手奥はベンガル湾

    砂州といってもかなり幅が広く、優に一キロほどはある。小高い砂地の丘に登ると、ベンガル湾とチリカー湖が左右に見える。

    このエリアに定住している人はないが、観光客相手の「海の家」がいくつもある。それらではチャーイや簡単な食事を出している。特にチリカー湖特産の魚介類とりわけエビ、カニの料理が人気だ。

    旨そうなカニ料理
    こちらもまた食欲をそそるエビ料理

    それらを注文すると、裏手で薪を燃やして鍋をかけて炒めた料理を作ってくれる。いかにも『オヤジの手料理』といった感じだが、食欲をそそるいい匂いが漂ってくる。私は、数年前から甲殻類でアレルギーが出ることが多く、試してみることがためらわれるのが残念である。

    大きなたらいに入ったハマグリのような貝の殻を割り、中から真珠を取り出してみせている男たちがいる。真珠は白いものが大半だが、ときたま黒いものもある。面白いことに、たいていの貝にそうしたものが入っていた。何か仕掛けがあるのか、アコヤ貝ではないのだが、貝の幼少期に真珠が出来るように細工をしてあるのかもしれない。

    真珠?
    こうしたハマグリのような貝の中に『真珠』

    昼間に湖を行き来する船はかなり多い。漁師たちが仕事をする時間帯ではないため、通りかかる船はほぼすべて観光客用のものばかりである。多くはプリーに宿泊して日帰りでここを訪れている。チリカー湖のクルーズは楽しいが、サートパダーについては特に宿泊するメリットはなかったように思う。とても静かではあるものの、船に乗らなければ周囲に見るべきものはないし、とにかく蚊が多い場所である。

    <完>

  • パキスタン・バザールと桜チャリティバザールともに中止

     3月26日(土)と27日(日)に東京都渋谷区の代々木公園での開催が予定されていたパキスタン・バザールと4月上旬に同千代田区にある在日インド大使館敷地中にて予定されていた桜チャリティバザールが、ともに中止となった。 

    桜の開花も間近で、少しずつ春らしくなってきているこの時期、今年の屋外イベントのシーズンに入ろうかというあたりではあるものの、先の震災の関係のため他にもこうした決断をした催しものはいろいろあったようだし、今後もこうしたイベントの中止や延期等が続くことと思われる。 

    中止された催し物それぞれに独自の理由があるのだろうが、仮にこういう時期なので開催を手控えるという風潮だからという、『今の空気』による後ろ向きの姿勢によるものであるとすれば、ちょっと危ういものを感じる。 

    開催が危ぶまれていた春のセンバツ高校野球についても、その実施が最終決定された際には、残念なことに「何もこんな時期にしなくたって」という街の声も少なからずあったようだ。 

    殻の中に閉じこもっていても何も始まらない。こういう時期に世間を覆う重苦しい空気を追い払うべく、人々が元気に動くことは良いことだ。イベントでもスポーツでも何でもいい。そうした機会を利用して被災地支援の輪を広げるという積極的な取り組みがあってもいいだろう。人々が前向きな姿勢でいてこそ、ニッポンは再び元気を取り戻すことができることと思う。

  • 地震・津波そして原発 2

    地震・津波そして原発 2

     現在、東日本の多くの地域が輪番による計画停電の対象となっている。買い占め等により、生活物資やガソリン等の供給に支障が生じている。沖縄県の友人によると、彼が住んでいる石垣島でもスーパーマーケットの棚からインスタントラーメンが姿を消したとのことだ。 

    被災地に立地していた工場からの供給や交通の途絶という部分もあるが、多くは一時的に需要が極端に膨張したことに対して供給が追いつかないことによるものであることから、時間とともに解消していくはずだ。 

    電力不足のため、鉄道も便数を減らして運行している。商店も夕方早く店じまいするところが多くなっており、企業その他も普段よりもかなり早い時間に職員を帰宅させるようになっている。 

    このたびの震災により、身内の安否を心配したり、家にいる時間が長くなったりしたことにより、家族との絆、自分にとって一番大切なものは何であるかに気付かされたという人は少なくないことと思われる。 

    今回の災害に関する一連の報道において『未曾有』『想定外』という表現が頻出しているが、そもそも気象その他に観測史というものは決して長くないし、数十年という短いスパンの生涯を送る人間と違い、地球のそれは比較にならないほど長い。そのため自然界で起きる事象について、私たち人間が知らないことはあまりにも多い。ゆえに『想像を絶する』現象は今後もしばしば起きるはずだ。 

    普段は『あって当たり前』であった電力の供給が不足することにより、被災地でなくとも交通や物流等で大きな混乱を生じることとなっている。被災地の外であっても、東日本地域で暮らしていれば、ここしばらくは今回の地震による影響を忘れることは片時もないだろう。 

    今回の地震にから教訓を得て、新たな天変地異に備える心構えは大切だし、災害により強い街づくりも必要だが、これを機に私たちの暮らしのありかたを見直す必要もあるのではないかと思っている。生活や仕事のインフラがいかに脆弱なものであるかということが明らかになるとともに、これまで『地震に強い』『絶対に安全である』とされてきたものへの信頼感は完全に崩壊してしまった。 

    同時に日本という国への信用という点でも大きく傷ついたことは否定できない。良好な治安状況は変わらないにしても、地震という固有のカントリーリスクが今後さらに重く意識されることになる。 

    ただでさえ危機的状況にある国の財政事情だが、これからは甚大な被害を出した地域への復興支援という重圧がのしかかる。これを機に衰退してしまうということはないにしても、将来へ明るい展望を抱くことができるようになるには、当分時間がかかりそうだ。 

    だがここが私たちの国である。不幸にも被災された方々に手を差し伸べることができなくとも、何か自分のできることを行ないたいし、同様に日本人である自分たちが日々取り組んでいる仕事が、間接的ではあるものの何がしかの形でこの国の復興に貢献していると信じて一日、一日を大切に過ごしていきたいものだ。 

    <完>

    ※サートパダー2は後日掲載します。

  • 地震・津波そして原発 1

    地震・津波そして原発 1

    このたびの地震による災害により亡くなられた方々にお悔やみ申し上げるとともに、被害に遭われた方々の一日も早い回復と被災地の復興を切に願いたい。 

    未曾有の災害を引き起こした巨大地震、震源地は東北地方の沖合であったことから、言うまでもなく地震そのものによる建物の倒壊等の被害はさほどでもなかったようだが、その後この地域の太平洋沿岸を襲った大津波が主たる原因である。もちろんそれを引き起こしたのが、複数の震源地が連動する形で起きた巨大地震だ。 

    地震発生当初は、電話等の通信手段の途絶、交通の遮断等により、被災地の様子がよくわからなかったものの、やがて現地から刻々と伝えられる情報から、地震大国日本であってもこれまで経験したことのない規模の災害であることがわかってくるまで時間はかからなかった。 

    被災前の福島第一原子力発電所

    そのあたりまでは被災地の状況、被害者の現況等々に集中的にスポットが当たっていたのだが、まもなく福島県の原子力発電所が危機的状況であることが明らかになるにつれ、こちらに軸足を移した報道が多くなってきた。 

    やや押さえたトーンで伝えていた日本国内のメディアと違い、とりわけ日本国外のメディアの中でとりわけ影響力の大きなものが率直な意見を述べると、原発事故関係の報道は一気に加熱した。 

    日本語による報道でも『東日本大震災』であったり『東北・関東大震災」であったりと一定していないが、海外への伝わり方は報道や単なる伝聞を含めてさらに混乱している模様。メディアといっても、その質や信頼性は様々であるため、流言蜚語の類も少なからず見られた。インターネットの掲示板等による伝聞ともなるとなおさらのことだ。とりわけ地震発生直後、そして原発の異常が伝えられた直後には、ずいぶん飛躍した噂の類が広く流布したケースもあったようだ。 

    そんなわけで、ある国々では日本の東北地方太平洋沿岸で起きた地震と津波の災害について『東京に大津波来襲、市街地大半壊滅状態』とか、原子力発電所の建屋の中で水素爆発が起きたことについて、日本国外では『自衛隊基地に格納されていた水素爆弾の破裂により大惨事』といった、事実と異なる認識をした人も少なくないことに気がついた。その後、様々なソースから現状が伝えられることにより、そうした明らかに誤りである伝聞を信じている人はほとんどいなくなっているはずだが。 

    確かに地震の規模や津波被害、そして大地震が連鎖するかのように長野県、静岡県で異なる震源による大きな揺れを記録するなど不穏な状況にあるが、それよりもかなり高いレベルの放射能漏出と、立て続けにあまりにも多くの不安材料が表出したことが重く受け止められているようだ。これに対する各国の対応、在日外国人たちの反応も素早かった。

    在京のドイツ大使館が機能の大半を大阪・神戸の領事館に一時的に移転させたように、西日本の都市に大使館業務を『疎開』させた国はすでにいくつもある。また在日の自国民に退去勧告を出したり、帰国のためのチャーター便を用意したりした国も多い。アラブ首長国連邦、サウジアラビア、タイ等から政府派遣留学生として日本に来ている学生たちにも早々に帰国指示が出て、多くはすでに自国に戻っている。 

    外資系企業では、社員を国外や西日本方面に退避させたり、自宅勤務させたりしているところもかなり出てきている。また日本に出稼ぎに来ている外国人たちについても、相当数が急いで出国したり、今後速やかに帰国することを予定したりしているようだ。そうした人々の多くは、チケット代金に糸目を付けず、席が確保できるならば何でもと買い求めるケースも少なくないと伝えられることから、彼らの緊張感がうかがわれる。 

    もちろん放射能漏れに対する認識や考え方による相違はある。だが一昨年の新型インフルエンザ流行初期における日本国内の激しい動揺ぶりを思い起こせば、もし同様の事故が他国で起きたとすれば、日本政府はその土地に在留する邦人たちに対する『速やかな国外退去』へと動くことは間違いない。ただ今回はその事故が日本国内で起きた。それがゆえに逃げようにも行く先がないため、抑制した反応をするしかないというのが正直なところだろう。 

    これまで『安全である』とされてきた日本。国土や周辺地域に多数の活断層を抱える地震の巣のような面があるため、ときおり大きな地震が発生して局地的に相当規模の被害を出すことは珍しくなかった。それでも今回のように外国人住民たちが大挙して国外へ脱出するような『危険な状態』と認識されるようなことが起きるなどとは、想像しがたいものであった。

    現在、様々な国々で日本から輸出される食品について、放射能汚染の検査が実施されるようになっている。

    Radiation checks stepped up on Japanese food imports (asahi.com) 

    同様に日本から到着する旅客についても同様にチェックがなされるようになっているところが多い。そうした中でやはり検出される放射線レベルが高い乗客が見つかっている。 

    Radiation trace found on Japan air passengers to S.Korea (REUTERS) 

    Tokyo passengers trigger off radiation detectors at Chicago airport (YAHOO ! NEWS)

    今のところ公衆衛生に支障を来たすような数値が検出された乗客の存在は認められていないものの、そうしたケースが生じた場合にどういう対応がなされるのかはよくわからない。 

    インドでもすでにデリーならびにチェンナイの国際空港にて、日本からの乗客や荷物に対する放射線のモニターが開始されている。 

    Radiation counter opens at airport but yet to hear a bleep (THE TIMES OF INDIA) 

    そうした中、ムンバイーの国際空港はこれに関する対応が遅れていることを憂慮する記事もあった。

    Is city exposed to radiation? (MID DAY) 

    被爆した人物と接触することにより、どれほどの影響があるのかはよくわからないが、人の行き来はさておき、今後は世界各地で日本製品・産品に対する買い控え等の影響が出ることは想像に難くない。 また日本から帰国したインド人の談話を掲載したメディアもある。

    Nightmare in Tokyo: Indians tell tales of horror (Hindustan Times) 

    またフェイスブック等でも、このたびの一連の騒動の中で帰国あるいは第三国へに出た人たちによるコメント等が書き込まれているのを目にすることができる。

    今回の一連の騒動を受けて、各国で原子力発電事業そのものを見直そうという動きさえ出ている。インドでも同様の懸念の声が一部から上がっている。 

    Japan nuclear meltdown raises concerns in India (ZEE NEWS)

    原子力発電所における地震や津波による被災と同様に懸念されるのは、テロあるいは他国による攻撃といった人為的なファクターだろう。たとえそれにより最悪の事態を引き起こすことがなくても、その国のイメージを著しく損ない、大きな社会不安を引き起こす。 

    2001年にアメリカで起きた同時多発テロでの標的がツインタワーやペンタゴンではなく、原子力発電所であったとすれば、また違った次元の恐怖を引き起こすことになったはずだ。

    <続く>

    ※サートパダー2は後日掲載します。

  • サートパダー 1

    サートパダー 1

    大きなチリカー湖のどこを訪れてみようかとあれこれ考えたが、岸辺に立つとただの湖でしかないことは容易に想像がつく。やはり海と砂州で仕切られた地形を目にしてみたい。

    そんなわけで目指すのはサートパダー。今回最初にプリーを訪問した際に向かえば良かったのだが、まあ仕方ない。

    プリーのバススタンドでサートパダー行きのバスを待つ。外から見るとバスが丸く膨れ上がっているのではないかと思われるほどの超満員である。それでもこれを逃すと次はいつになるかわからないので、なんとか身体を捻じ込んで乗り込む。

    プリーから終点のサートパダーまでの沿道に暮らす住民たちにとって、数少ない公共交通手段であるため、それこそ5分か10分ごと、あるいは一キロごとに停車して人が乗り降りするような具合なので、窮屈なのを我慢して貴重品に気を配りつつ耐えていると、やがて脇の席が空いたので、乗り込んだときと同じく、混雑の中で身体を捻じ込んで着席する。

    あまりに頻繁に停止するので、平地でわずか50キロ程度の距離であるにもかかわらず、目的地まで4時間近くかかってしまう。サートパダーの少し手前の比較的大きい集落グプタープルでほとんどの客が降りてしまい、そこから先はガラガラである。

    そろそろ終点か?と思われたあたりで、車掌が『ここで降りるんでしょ?』と声をかけてきた。サートパダーで唯一の宿、OTDC(オリッサ州政府観光公社)のホテルの正面であった。

    すっかり日が落ちて暗くなってしまったが、部屋に荷物を置いてタバコや水を買うついでに散歩してみると、ホテルの少し先が行き止まりになっており、さきほどのバスも停車していた。明日早朝にプリーへ折り返すようだ。

    <続く>

  • SCSTRTI (Scheduled Casts and Scheduled Tribes Research and Training Institute)のトライバル博物館

    SCSTRTI (Scheduled Casts and Scheduled Tribes Research and Training Institute)のトライバル博物館

     先日、コーラープトでジャガンナート寺院関係の団体が運営しているトライバル博物館について触れてみたが、オリッサ州の部族に関する博物館といえば、ブバネーシュワルにあるものが秀逸である。 

    ここはSCSTRTI (Scheduled Casts and Scheduled Tribes Research and Training Institute)という、指定カーストと指定部族の人々に関する民族学的な見地による研究ならびに各コミュニティの社会的・経済的な発展等を図るといった活動をする機関によって運営されている。 

    敷地内は研究施設、博物館、実物大の各部族の家屋の屋外展示などからなる。指定カースト・指定部族に関わるワークショップや会議なども活発に開催しているようだ。ブバネーシュワル郊外のCRPスクエアというエリアにある。 

    入場料は無料、展示物は見応えがあり、しかも各コーナーで専属のスタッフたちが詳細な説明をしてくれるうえに、こちらから投げかける様々な質問にも丁寧に答えてくれる。だが休日であってもガラガラだ。訪問者は必ず入口で記帳することになっているが、一日に訪れる人数は一桁だったりする。テーマがテーマだけに、多くのインド人たちの興味の対象外であろうことは想像に難くない。 

    館内には四つの大展示室があり、中庭には各部族の信仰の祭壇がしつらえてある。戦術にとおり、建物の裏手には主要なマイノリティの家屋が再現されている。館内は撮影禁止であるのが惜しい。 

    詳細に説明してくれるスタッフたちは、この機関で調査・研究をしている若手のリサーチャーたちである。この中には自身が指定部族の出身という人も少なくないようだ。 

    部族の人たちの地位向上とともに言語や文化の保存に力を入れているこの機関としては、彼らの経済水準の向上も目指しているものの、彼らが「オリッサ人化」「インド人化」されることなく、自身が誇りを持って民族の伝統や価値観を維持することを目指しているとのことである。 

    そのために特に女性の地位向上のために伝統的な手工芸品を振興させているという。各民族の文様の意味等をまさにその人々に理解させ、同時にそれを商品化することにより、市街地でのマーケットにそれらの品物が並ぶようにして、現金収入を得る、ともに民族の伝統や価値に目覚めてもらうというようなプロジェクトも展開しているのだとか。 

    留保制度により、政府職員となる人もあれば、大学等に進学したりする部族の人々も多くなってきているそうだ。さらには地域の政治に進出する人もかなり出ているようで、まだまだ厳しい環境にある人が大半であるものの、確実に変わりつつあるとのこと。

    『私なんかもその一例ですよ。こういう機関で部族の人々についてリサーチする専門家になっているのですから』と、コーヤー族出身のスタッフの一人はにこやかに語る。 

    オリッサ西部は丘陵地が多いが、地形は決して急峻なものではない。それらの地域の高度だってさほどではないのに、他の地域と較べて格段に多くのマイリノティコミュニティ、しかも独特な文化を持つ人たちが存在してきた。 

    ひとつの理由はやはり人口密度が比較的希薄であったこと、そして経済的に後進地であったこともあり、地域に道路が引かれたのはだいぶ時代が下ってからのことらしい。それ以前は部族地域においては外部との行き来があまりなかったため、そうした民族や文化が維持されてきたとのことだ。 

    2001年のセンサスに基づけば、総人口の22%、人数にして81,45 lakhsもの人々が部族。実に62ものトライバルが住んでおり、そのうち13の部族はPTGs (Primitive Tribal Groups)というカテゴリーのものである。 

    だが部族の人々の大半は、ヒンドゥー文化と無縁の存在であったわけではなく、その外縁部に位置づけされる。しかしクリスチャンの宣教活動も盛んで改宗者も多いことから、そうした部分で衝突がしばしばあるとのがこの地域である。 

    比較的近い時代まで、部族の人々の間で生贄に習慣があったとのこと。他の村から誘拐してきた人にその晩豪勢な料理を振舞い、酒を飲ませて女性も抱かせて一晩過ごさせ、翌朝所定の生贄を捧げる場所に連れて行き、斬首あるいは刃物で突き刺すなどにより殺害して神に捧げたという。 

    今の私たちにとっては野蛮な習慣でしかないが、英領期に当時の政府がラージャスターン等でサティーの習慣を廃止させたりしたのと同様に、この地域でもこうした風習を廃止させるように動いたとのこと。それでもかなり時代が下るまで行われていたらしい。 

    ほとんどの部族社会では飲酒が盛んで、男女一緒に酒飲む習慣のある部族もあるそうだ。米や穀類から造られることが多いが、中には花から作るものもあるとのことだ。醸造酒以外に蒸留酒も造っているとのこと。 

    沢山のコミュニティがある中で、サンタル族は居住地域が最も多岐に渡り、人口規模が大きいだけではなく、豊かで開明的なコミュニティという印象を受ける。 展示品についてもかなり精緻に造られたものが多く目に付く。

    漁労に関する展示もあった。日本のハヤ採りビンに相当する仕掛けの竹細工製品、酒や水を入れるひょうたん、畑仕事で頭に被る笠といった、日本のそれとそっくりなモノがいくつかあり、とても親しみを感じた。場所はまったく違うし、互いの接触もないのだが、人々は同じものを考案して使ってきたのだ。 

    人々が金属の装身具を付けるのは、それにより身体の動きがスムースになると信じている場合、また銅や銀といったメタル類が体によい作用をもたらすと考えられている場合などがあるそうだ。彼らの装身具のデザインには、他のインドの人々の中にも相通じる柄なども多々あり、彼らが古い時代のインド文化に与えた影響、また反対にインド文化に影響されたことも少なくないことが感じられる。 

    女性の装身具、髪をまとめる長い棒状のクシのようなもの等には、ずいぶん長くて尖っているものもある。ちょっと危険ではないかと思い質問してみると、それらは山の中での護身具も兼ねているそうだ。確かに山の中では自分の身は自分で守らなくてはならない。 

    この博物館については当初あまり期待していなかったのだが、展示物の質の高さと学芸員の人たちの懇切丁寧な説明のおかげでとても興味深く見学することができた。半日くらいとってじっくり見学してもいいくらいだ。 

    オリッサ州内の部族地域を見学するならば、事前にここに立ち寄っていろいろ予備知識を仕入れておくと良いだろう。とにかく情報が豊富である。この団体は部族に関する出版活動も行なっている。館内で販売されている書籍等については、こちらを参照願いたい。

  • 東日本大震災

    3月11日に発生した東日本大震災は、複数の大きな地震が同時多発するという想定外のものであるとのこと。地震直後に東北の太平洋側沿岸等を大津波が襲った。甚大な被害により、ほぼ消失してしまった町や集落も少なくなく、電気や通信その他にライフラインが寸断されていること、被災により現地の行政機構が機能を失っているところも多々あるようで、被害の全容が明らかになるまで、まだしばらくかかるはずだ。 

    地震発生当日の朝、それまで宮城県周辺で続いていた群発地震は終息の方向にあるとの気象庁による観測がウェブ上で伝えられていただけに信じられない思いがした。地震は現代の技術をもってしても予測し難いものなのだろう。 

    地震発生直後から、内外の様々な友人から心遣いの電話、メール等をいただいて大変ありがたく思っている。同時に日本在住のインド人の方々、とりわけ日本語がよくわからない人たち、あるいは日本語の会話は相当できても、日本語の読み書きのできない人たちは少なくない。すると震災に関する迅速な文字情報の欠如により、日本に住んでいながらも海外から伝えられるニュースに頼る部分が少なくないことに気がついた。もちろんこれは在日のインド人に限ったことではなく、その他すべての国の人たちに共通するものであるのだが。 

    2005年12月のスマトラ沖を震源とする巨大地震により、インドネシアや周辺各国に押し寄せた津波被害を彷彿させる、恐ろしい映像がテレビ等で流れているのを見て「これは大変なことになっている」と背筋が凍る思いをしていると、今度は福島県の原子力発電所の爆発事故のニュースが飛び込んできたのは昨日のこと。地震・津波被害に加えて、スリーマイル島、チェルノブイリに続く重篤な原発事故発生か?と日本国内外のメディアが注視しているところだ。まるで近未来の大災害を描いたSF映画のシーンかと思うような映像や出来事が次々と伝えられている。 

    私たちのライフスタイルがいかに進化しようとも、突如降りかかってくる天災の前では無力である。ほぼ定期的に繰り返される大地震のメカニズム、それに伴い発生する津波等から自らを守る手段はない。ひとたびそうした災害が発生すれば、普段はごく当たり前に享受している幸福、安心、平和が一瞬のうちに吹き飛んでしまう。 

    観測史上初とされる未曾有の大災害で亡くなられた方々のご冥福をお祈りする。被災地では今も避難されている方々、救助を待っておられる方々も多い。これらの土地ではまだ気温が低く、雪が舞っていたりもする。被災された方々の心痛、また救援活動に従事される方々の苦労は測り知れないが、どうか一日でも早い復興をと願わずにはいられない。

  • 部族の人々の木曜市 2

    部族の人々の木曜市 2

    帰り道では、さきほどの日本人グループのクルマが道路脇に停めてある。乗客である年配の人たちが木立の中に集まっているのを見かけた。私も興味を覚えて運転手に停車してもらいそこに行ってみると、ちょうど彼らはクルマに戻るところであった。

    横に太いストライプが入った民族衣装の女性たちがいる。彼らはガダバーという部族である。女性は20人くらいで、男性が5名。彼らはタブラーに近い形をした楽器を地面に置いている。

    彼らの中の親分格らしき風采の男性に声をかけてみると、毎週木曜日にオンカデリーで市場のある日、村人たちがこうして集まって、通りかかる観光客たち相手に音楽を演奏して踊りを披露しているのだという。もちろん現金収入が目的で、一回100ルピーなのだとか。 『ネパールでもそうでしょう?各地でいろんな衣装や踊りあるでしょう。ここでは私たちガダバー族のものをみなさんに披露しているんですよ』と言うからには、彼は私をネパール人だと思っているらしい。

    この人物は、彼らの中の取りまとめ役のような具合なのだろう。ある程度の教育があり、それがゆえに目先も利くため、村人たちを木曜日に集めてこういう風にして収入を得ることを画策したものと思われる。

    ただし、彼らがこうしていることを知っているガイドは帰りにここに立ち寄り、観光客たちを喜ばせて、村人たちに現金収入をもたらすのだろうが、そうと知らなければ道路から少し先の木立でそんなことをしているとは気がつかないだろう。そのあたりはこれからやり方を学んでいくのだろう。

    男性の話によれば、みんな普段は田畑で農作業をしているとのことだ。彼はけっこう正直な人で、尋ねてもいないのにこんなことを言って笑う。

    『こうした格好をしているのは、観光に来たお客さんたち相手に稼ぐためです。普段はこういう服を着ていませんがね』

    観光化されつつあるとはいえ、まだまだ素朴である。

    ここに集まっていたガダバーの女性たちは端正な風貌の人が多く、その中にとんでもない美人も幾人か見かけた。撮影を断られたため写真はないのが残念である。コーラープトの町中で野菜売りたちの中にもガダバーの人の姿があるが、この部族には見目麗しい人が多い気がする。都会の人のそれとは違う、豹のようにしなやかで凛とした野性的な美しさと力強い輝きがある・・・としては言い過ぎだろうか。

    いつごろからこうした部族民見学ツアーが静かに広がってきたのかは知らない。だが向こう5年、10年くらいでオリッサ観光のひとつの目玉となることは確実だろう。一部を除いて比較的観光資源が少ないと認識されがちなこの州だが、これだけ個性的な少数民族がかなり固まって住んでいること、定期的に開かれる市があるということは、なかなか魅力的なことである。オンカデリーの他にもチャティコーナー、クンドゥリーなどが知られている。

    おそらく今後、ロンリープラネットを初めとする旅行ガイドブックでオリッサの部族が取り上げられることが増えてくるのではないかと思う。同様に隣接州チャッティースガル州東部も同様に部族が多い地域である。

    ただしネックとなるのは、交通機関だろう。バス等の交通機関でアクセスできないため、クルマをチャーターするしかない。ある程度の人数がいればいいのだが、単独で行くとなるとかなり割高になる。開催日が異なる複数の定期市等を回るつもりならば、なおさらのことである。こうしたツアーを組む地元のオペレーターも少なくないが、メジャーな観光地を訪れるパッケージと違ってかなり高額なものとなる。

    部族の村々を訪れたり、トライバル地域でキャンプしたりといった行程も組まれていることから、なかなか面白そうではあるが、かなり経済的に余裕のある層の人たちが対象といった感じだ。

    もしかすると同時にインドの他の地方の部族たちのことについてもスポットライトが当たるようになるかもしれないが、このあたりのアーディワースィーたちは周囲の「インド社会」の影響が比較的少ないようで、その独自性また魅力なのかもしれない。

    ただしオリッサとチャッティースガル両州の部族地域は、同時にマオイストの活動が盛んでもあることには留意が必要だろう。”Koraput” “Maoist”とふたつのキーワードでGoogle検索してみるだけで、マオイストによるずいぶん沢山の事件のニュースが引っかかってくる。

    このあたりの村では稲藁を木で組んだ簡素な梁と柱の上に屋根のごとく積み上げる。そんな「東屋」の下で昼寝でもしたら気持ちよさそうだ。ゆるやかな山あいの土地で緑と豊か水にも恵まれた大地。そうした環境であるがゆえに、様々な部族の人々が自給自足の環境下で独自の暮らしを営んでくることができたのだろう。

    インドの中では後進地とされるオリッサ州の中でもとくに発展から取り残された地域とされる内陸部だが、そこで独自の生活様式を築いてきた部族たちの存在は、これとは裏腹にこの国の奥行きの深さと文化的な豊かさを感じさせるものがある。

    <完>