カイバル峠の向こうが見えてくる

 インド周辺地域も実に魅力あふれるところが多い。現在の「国」の枠を超えた人々の活動とともに栄えてきた地域だ。重層的に連なる歴史や文化を人々は国境線を越えて共有しているといってよいだろう。
 有史以来、思想や言語、宗教や建築を含めて文化的にもインドとの間に濃いつながりがあったアフガニスタン。南アジアと中東、中央アジアと中国といった異なる文化圏が交差するところでもあり、まさに「文明の十字路」として豊かな伝統を持つ国。決して今のように外界から孤立した地域ではなかった。20数年間もの不幸で長きに渡る混乱を経て、再び「観光地」として世間の注目を取り戻しつつあるかのように見える。
 まさにこの機を待ちかまえていたかのように、今年9月末ついに日本語によるアフガニスタンの旅行案内書が刊行された。同書表紙には「本邦初!(世界でも珍しい)のガイドブックが登場」とある。
 カーブル、バーミヤン、マザリシャリフ、クンドゥズ、ヘラート、カンダハール、ジャララーバードといった世界的によく知られた街やその周辺部などが紹介されている。アフガニスタンの旅行情報そのものが他国に比較して極端に少ないこと、また初版ということもあり厚みはないのだが「ロンリープラネット」や一昔以上前の「地球の歩きかた」のように、一人旅向けの実用的なガイドブックに仕上がっている。


 アフガニスタン訪問を勧めるわけではないが、こうしたガイドブックが出てくるあたり、やはり国情が次第に安定へと向かっていることの証とも言えるだろう。あくまでも自己責任(世間でのこのコトバの用法は気に入らない)ということになる。
 言うまでもなく、旅行事情などというものは移ろいやすいもの。しかもアフガニスタンのように国全体が「過渡期」にあるところではなおさらのことだ。書かれていることはあくまでも目安として、「取材当時こうであったらしい」という程度に認識しておき、現地で最新の情報を入手するよう心がけたいものだ。
 ともあれこういう本が出ると、各地の主要な街のおおよそのたたずまい、遺跡を含めた文化遺産や観光スポット等の所在、交通網のアウトライン、宿泊施設等の概況などがつかめて非常に重宝することは間違いない。これら基礎的な情報を訪問者が自力で調べていたら、体力や時間がいくらあっても足りないし、せっかく現地まで足を伸ばしても、知識の欠如から素晴らしい見所をみすみす逃してしまうことにもなりかねない。都市や農村の風物、ポップソングの紹介などもあり、読み物としてもなかなか面白い。
 交通はもちろん宿泊のインフラもずいぶん貧弱らしい。一泊数十ドルのホテルよりも下のクラスとなると、「雑魚寝(食事すると無料)などという街道の旅籠そのもののような宿も多く紹介されている。
だがこれらについては外国人から何がしかの宿泊料をせびるところも出てきているようで、やはり観光化の波は着実に押し寄せてきているのかもしれない。また大きな街の安宿はあまり外国人旅行者を泊めてくれなくなってきているとも書かれている。
 バックパッカーの溜まり場などにしばしば置いてあり、旅行者たちが自身の体験から得た知識が書き込まれた情報ノートのような趣もあるこの本だが、前田耕作氏(和光大学名誉教授)および財団法人平山郁夫シルクロード美術館による監修というお墨付きを得ているあたりは、いかにも生真面目で硬派な出版社、三一書房(このガイドブックの版元)らしいところだ。今もまだ危険が多いアフガニスタン旅行案内という内容とともに、他のお気楽なガイドブックとは一線を画している。
 旅行案内書としての骨格はよくできているが改善すべき点もある。地名や観光スポットなどについては日本語と英語の併記となっているのだが、その中でも重要な部分についてはペルシャ文字での表記も加えるといい。特に都市名や地図中の主要な目印となるポイント(大通りや公共施設等)については、そこを指差すだけでわかってもらえて便利だろう。
 また観光スポットについては、英語をベースにした名称と現地での固有名詞が混在しているのが気にかかる。英語が通じにくい国で、道行く庶民相手にmausoleum, citadel, tombなどと言ってもなかなかわかってもらえないので、可能な限り後者に統一して欲しいところだ。
 あと欲をいえば中級以下の宿泊施設の場合、街に住む人々の間で広く名前がよく知られているはずはないので、所在するエリア名を現地語でも併記しないと探し当てるのが難しいことも多々あるかと思う。
 私自身は、いつか国情がしっかり落ち着いてから各地をじっくり見物するのが夢だが、かねてよりインディアンエアラインス(週3便)やアリアナアフガンエアラインス(週2便)による直行フライトが利用できるデリーから空路、ムガル帝国初代皇帝バーブルが眠るカーブルをごく数日間訪問してみたいと考えていたので、こういう案内書が出てきたことはありがたい。
 アフガニスタン側にしてみても、さほど大きな投資は必要としない割に、大きな雇用と迅速な外貨収入を生む観光業の振興は、復興に向けてこの国の数少ない産業の大きな柱としたいところだろう。長く続いた内戦のため荒廃したとはいえ、観光資源は実に豊富で近隣諸国をしのぐほどであるため将来が期待される。
 もちろん旅行インフラの整備云々よりも先に、政情や治安の安定が大前提となるのはいうまでもない。文明の交差点に、かつてのように様々な国の人々が集う日が来ることを願ってやまない。
アフガニスタンガイドブック
出版社:三一書房
ISBN: 4-380-05207-9
afghanistan.jpg

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください