POSTE RESTANTE 局留郵便(1)

 「インターネット」という言葉を初めて耳にしたのはいつのことだったか?そんな昔のことではないはずだ。が、いまや外国の街角のいたるところでサイバーカフェの看板が目に付く。ちょっと気の利いた宿ではロビーにコンピュータが置いてあったりする。国や地域のよって回線速度に差異はあるが、よほど田舎に行かない限りメールのやりとりに苦労することはない。便利になったものだ。
 インドやスリランカでは、郵便局や裁判所前の路上で、生真面目な面持ちの代書屋たちが、重厚なタイプライターをカタカタ叩く19世紀さながらの光景を目にすることができる。しかし、そのすぐ裏の通りでは、ネットサーフィンを楽しむ若者たちがいる。


 ネット普及以前、旅人の手紙受け取りといえば郵便局留めと決まっていた。大都市の中央郵便局では、家族や友人、あるいは他の場所に滞在している旅人から絵葉書や封書を受け取る人たちが列をなしていたものだ。
 手紙はファミリーネームの頭文字ごとに束ねて分類されている。局員が間違えないよう、宛名の姓はすべて大文字で書いたり、下線を引いたりした。届くはずの手紙が受け取れない時、ファーストネームのイニシャルで探すと見つかったり、氏名の前の「Mr.」や「Miss」のせいでMに分類されていたというウソみたいなホントの話もあった。
 すさまじい量の手紙の山から、長い時間探して自分宛ての手紙に巡り会えた時は感激もひとしおだ。きっと家族や親しい友人からの手紙が見つかったのだろう。さっきまで仏頂面で手紙の束をめくっていた長髪ヒゲの大男は頬が緩んでいるし、仲間とキャアキャア騒ぎながら探していた女の子は遠くを見つめるような神妙な面持ちになっている。
 かくして郵便局の外の階段には、便りを受け取る幸運に恵まれた人たちが、じっと座り込んで一心に手紙を読んでいたものだ。
 80年代末のこと、フォルクスワーゲンのヴァンでドイツからやって来た青年に、ラホールからデリーまで乗せてもらった。デリーに着き、私たちは一緒に手紙を受け取りに郵便局行った。封を切り、しばらく無言で読んでいた彼が顔を上げて言った。
 「姉に男の子が生まれたんだ!」
 彼は甥の名を何度も呟いて頷いていた。満面の笑顔がとても印象的だった。
 肉筆はいい。字面から相手の表情が想像できるし、じっと見つめていると、文字がいつの間にか書いた人の声になって自分に語りかけてくる。映画かドラマに出てくるシーンみたいだ。
 ほとんどの場合、局留郵便の保管期間は到着後3ヶ月。期間中に受取人が現れないと、送り主に送り返される。家族や友人に手紙を頼んでおきながら、何かの事情で結局訪れなかったりすると、非常に申し訳なく思った。逆に、行くのをやめた場所でもそこに手紙を書いてくれるよう頼んだがゆえに、足を運ぶこともあった。また、郵便事情が良くない国では、手紙が届く前に自分が到着してしまい、とうとう滞在中には届かなかったということもある。局留めの宛先は、首都や大都市にしておいたほうが良いようだ。
 中央郵便局留めの最大の利点は、所在地を正確に知らなくても良いことだ。たとえばムンバイの中央郵便局留めで送る場合は、宛先氏名の下にこう書き添えればOK。
Poste Restante
General Post Office, Mumbai, India
「○×市の中央郵便局宛てで書いてね」と伝えるだけ。お互いとても簡単だ。
<つづく>

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