「ムンナー・バーイー」にしばらくお別れ・・・か?

Sunjay Dutt
父親がスニール・ダット、母親が往年の名女優ナルギスという、ムンバイーの映画界きってのサラブレッドである。ナルギスの母ジャッダンバーイーはアラーハーバードで有名な踊り子とジャワーハルラール・ネルーの父であるモーティラールとの間に生まれたと言われる。非嫡子の子とはいえ、サンジャイの母親のナルギスは、元首相のインディラー・ガーンディーのいとこにあたることになり、その息子であるサンジャイはインディラーの息子で同じく元首相のラジーヴのはとこになる。こうした大御所政治ファミリーとの非公式な血縁関係もいかにもインド芸能界きっての名家らしいところだ。
しかし生来の育ちの良さをみじんも感じさせないガラの悪さはいったいどこからきたのだろうか?大胆不敵な面構え、高い背丈と筋肉隆々のマッチョな体つきながらも、アクションシーンや悪役だけではなく、コミカルな映画や優しい父親役まで幅広くこなせる懐の深さは、やはり偉大な映画人であった父母から引き継いだDNAの証だろう。オッカないけど面白い、粗野ながらも人情に厚く、武骨でもごくたま〜に知的であったりと、様々な表情を使い分けることができる器用な役者だ。もちろん彼の魅力の真髄は「頼りになる兄貴」「いかすオヤジ」であり、本来ならばヒーローを演じるには年齢的なピークを過ぎていても、彼ならではの役どころが次から次へと回ってくるのである。まさに余人を持って換えがたいボリウッド映画界の至宝のひとりだ。
品のなさだけではない。第一級のお騒がせ芸能人でもある。両親があまりに著名でありすぎたことによる重圧か、甘やかされて育った結果か、それとも生まれながらの本人の性格なのか、映画の役柄以上にとてもシリアスなトラブルが多い俳優だ。高校の頃から麻薬類を使用し、俳優デビュー後にアメリカでドラッグ中毒の治療を受けていたことがある。
90年代初頭、最も人気の女優のひとりであったマードゥリー・ディクシトと浮名を流していたころのこと、1993年に起きたムンバイー連続爆弾テロ事件に連座した容疑で罪に問われる。近年ポルトガルで身柄を拘束、インドに移送されて現在拘留中のアブー・サレームとその一味が密輸した武器弾薬類の置き場として自宅の一部を提供したとして武器不法所持のかどで逮捕される。その後彼は刑務所で1年半過ごすことになった。


1981年に「ROCKY」でデビューした後、「NAAM」「SADAK」「SAAJAN」「KHAL NAYAK」「SAHIBAAN」など人気作は多かったが、まだ若く長髪でハンサムだったこの時期までの彼は、「よく映画で見る主演級の人気俳優のひとり」という印象でしかなかった。
この事件にかかわる一連の出来事や服役生活は、役者としてのサンジャイ・ダットのキャリアを潰してしまうものではなく、それとは逆に彼はこれらを芸の肥やしとしたのだろう。かつては青春ヒーローとして「怒っては泣く」「燃えては泣く」役柄ばかり多く目に付いたサンジャイ・ダットだが、もともと得意としていたアクションシーンのみならず、その身に秘めた多彩な才能から「型にはまらない」演技派俳優として大きく脱皮した。
もちろんこのとき娑婆に出てくるにあたり、往年の銀幕スターにして現職国会議員でもあった父親の奔走、加えて映画界からの支援があったことは言うまでもない。社会復帰してからも、ことあるごとにマフィアとのつながりが取り沙汰されるなど、常にどこかダーティーな影がちらつくサンジャイ・ダット、自身が相当のワルであるだけに、年輪を重ねた彼がヤクザ役を演じれば本物以上にコワイ。
刑務所から映画界に凱旋してからのサンジャイ・ダットの活躍ぶりはめざましい。ケーブルテレビの浸透により、インド映画の作品造り、映像造りに大きな異変が起き始めていた時期でもある。経済的にも勢いのある成長路線に乗ったこともあり、都会と田舎、同一地域にあってもその社会層により、映画の嗜好の幅が広がり始めた時期にあたる。
それ以前に比較して、より多様な映画がより緻密な脚本や演出とともに高度な映像技術で作られるようになった。その結果、ボリウッド映画で取り上げられるテーマが大きく広がり、個性的な作品が輩出するようになった。(それ以前も優れた作品は多かったが)
アンダーグラウンドな世界、緊張感溢れる戦争の最前線、テロリストとの対峙などがこれまでになくリアルに描かれるようになった。手に汗握る作品が続くかと思えば、いきなりコミカルな映画にも出演する。体格といい表情といい、実にヴィジュアルで絵になる男でもある。まさに時代がサンジャイ・ダットを必要としていたといっても過言ではないかもしれない。
瑣末なことながら、この時期を境に多くの映画に出演するヒーロー、ヒロインたちの服装も大きく変わった。これよりも前の時代、艶やかなサーリーに身を包んだシュリー・デーヴィーは、この世のものとは思えないほど魅力的だったが、そのすぐ後のシーンで洋服を着ると地方のうらぶれた町角のバーのママさん(?)みたいに見えたし、サルマーン・カーンも田舎のチンピラみたいな変な格好ばかりしていた。
映画はまさに世相を反映するものだ。経済改革・開放が進むとともに、海外から様々な情報やファッションが流入、エンターテインメントの分野でも海外で制作されたものがインド地元発のものと競合してくるようになった。すると映画界もインドらしさを色濃く残しながらも、バラエティと質を高めていくことになる。
それまで「ハリウッド映画と違って家族みんなで安心して映画館に出かけることができる」と言われていたインド映画に、きわどい(ときに露骨な)性描写やリアルなバイオレンスのシーンなどが頻出するようになった。年配者たちの「昔の映画のほうが良かった。今のはねえ・・・」との嘆きをしばしば耳にするようになったのもこの時期以降だろう。
2000年代に入ってからのサンジャイ・ダットは、それまでの「ワルでマッチョな兄貴」とはまったく違う側面を「PITAAH」で貧しく辛抱強い農民の父親役で演じ、さらに一歩踏み込んで(年を取って?)「ワイルドにしてクールなオヤジ」として「MUSAFIR」、そして「VAH! LIFE HO TO AISI!」では黄泉の国からの出迎えヤムラージながらも人情家肌の側面を見せ、ムンナー・バーイーのシリーズ2作「MUNNA BHAI MBBS」「LAGE RAHO MUNNA BHAI」では人々を心から笑い転げさせてくれた。
しかしテロ事件から14年経過した今、サンジャイ・ダットは若き日に起こした自身の過ちと向き合うことになる。先述の1993年の一件における武器不法所持の関係で、7月31日にTADA (TERRORIST AND DISRUPTIVE ACTIVITIES (PREVENTION) ACT) に基づく特別法廷にて6年の実刑判決を受けた。その2日前、7月29日の誕生日で48歳となった彼にとって、とんだバースデイ・プレゼントとなってしまった。サンジャイ・ダット自身にとっては、今後最高裁への上告にわずかな望みをつなぐしかない。
2005年に国会議員でもあり、当時中央政府の閣僚を務めていたスニール・ダットが亡くなった後、サンジャイの妹プリヤーが補欠選挙に勝利しその地盤を引き継ぎ議員職にある。所属政党がコングレスであることもあり、政治的背景には強いものがあるサンジャイ・ダットだが、最終的に彼の行き着くところはやはり長期の服役なのか。
彼が本当に6年間も刑務所暮らしをすることになったら、はたしてボリウッド映画産業にとってどれほど大きな金額的損失となるのか想像もできない。個人的にもサンジャイ・ダットが出演する新作を見ることなしに長い年月我慢しなくてはならないなんて、ちょっと現実感を持って受け止めることができない。これも彼が出演している映画のひとコマなんじゃないか・・・という気がしてしまうくらいだ。ちょうど脂の乗り切った時期、多くの優れた作品にも恵まれて「今度はどんな映画かな?」と楽しみにすることも多かった。サンジャイ・ダットの一ファンとしても残念なことではある。次に銀幕で見かけるときにはカッコいいお兄さん、クールなオヤジといった役どころではなく、石頭の頑固ジイサンを演じているかもしれない。このところの急激な額の後退ぶりも危ないし、刑務所内にはジムもないだろうから鋼のような筋肉もげっそり落ちてしまい、お腹だけがポコンと飛び出たフツーのオヤジになってしまう可能性も大きい。6年も後になって、スクリーンに出てきた人があのサンジャイ・ダットだとすぐにわかるだろうか。
サンジャイ・ダットに対する6年の実刑判決を報じるニュースでは彼に同情的な映画人たちの声もあったが、ラーキー・サーワントはずいぶんまともなことをしゃべっていた。「本当に彼の罪がそうなら、これは当然の結果よね。有名人であるとか、人気俳優だから特別扱いされるようなことがあっちゃいけない。自身の行ないについて法の前に人々は公平あるべきじゃない?」
ステージでの派手さとメディアで報じられる彼女の奔放な姿とは違い、何かシリアスな出来事が起きたときにはちゃんとした受け答えをしているのをしばしば目にする。ステージやスクリーンでのイメージと彼女本来の素顔はずいぶん違ったものであるのに違いない。
同様に映画の中で目にするサンジャイ・ダットのイメージと現実の本人の人格との間には大きな乖離があるのかもしれないが。
とにもかくにも個性、アクの強さといった部分において、作品中についても私生活について他をまったく寄せつけないものがある人だ。本当に長期間服役することになったとしても、多くの人々はムンナー・バーイーが私たちの社会に、そして銀幕に戻ってくる日を静かに待っていることだろう。ファンにとって6年間という時間はちょっと長すぎる。それまでどんな映画を見て過ごそうか・・・。
Sanjay Dutt’s bail hopes rest on SC (Times of India)

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