一夜明けて 1

宿の建物の手前は家庭菜園

宿泊先の宿では、お客が庭先に出てきて本でも読み始めたり、おしゃべりを始めたりすると、ジャールカンド州から出稼ぎにきている使用人たちが、すぐにチャーイとビスケットを出してくれる。宿の清掃は行き届いているし、サービスも良く、非常に好感度の高い宿泊施設だ。

昨夜、外で夕食を摂って戻ってきた際にしばらく話をしたアメリカ人、ラダックで活動するNGO関係者のスイス人と彼が今回率いているスタディーツアーの参加者として来ている数人の欧州人たちと朝食を共にする。他愛のない会話をいろいろな国々からやってきた人たちとすることができるのは旅行の楽しみのひとつでもある。

その後、歩いてメインバザール近くのカフェでチャーイを飲みながら、WIFIでネット接続してメールのチェックをする。最近、こういう環境はインドでも着実に増えていて、ラダック地方では少なくともレーにいる限りは、ウェブ接続にはあまり困らない。

レーの町は電気の24時間供給体制という「歴史的な変化」でどう変わるのか?

昨年からのことのようだが、給電が午後7時から午後11時までというあまりに貧弱な状況からは脱却しており、レーとその周囲では、電気は基本的に24時間供給されるようになっている。もちろん停電は頻繁にあるのだが、「自家発電のある施設以外では1日に4時間しか電気が来ない」のと、「停電は多いが、市内全域で1日中電気を使うことができる」というのでは、事情が180度転換したと言ってもいいだろう。これは「歴史的な変化」として、地元の人々の間で共有される記憶となるのではないかと思う。

そんな具合なので、これまではなかなか難しかった商売が可能になったり、販売できなかった品物が売れるようになったりするということもあるだろう。人々のライフスタイルにも少なからず影響を与えることだろう。

そんなことを考えていると、やはり停電になった。店内にかかっていた音楽は止まり、ネットにも繋がらなくなる。するとそれまで黙って手元のタブレットやPCに向かっていた人たちが、手近にいる人たちとの会話を始める。電気が来ない、というのはそんなヒューマンな側面もある。でもはるか彼方の人たちと通信したり、ここからは目に見えないほど離れている国で起きていることなどの情報を入手したりすることよりも、本来ならば声をかければ振り向くことのできる距離にいる人たちと大いに語り合うことのほうが自然なことであるに違いない。

店内にいた若い北東アジア系男性は日本人であったが、アメリカの大学にて勉強中で、途中で休学してデリーの大学で環境建築を学んでいるとのこと。グジャラートの農村やラダックの農村などをはじめとする、環境と調和した伝統的な建築を調べているのだそうだ。この人は日本語がよくできないのかどうか知らないが、なぜかこの人との会話はすべて英語となった。

「日本人とふたりきりで英語で話す」というちょっとレアな体験。日本人以外の人を交えて話をする場合、「みんなで会話するために」当然英語で喋ることになるが、自国の人とふたりきりという場面で、英語で話すというのはあまり記憶がない。外国育ちで、国籍は日本であっても日本語は不得手というケースもあるので、「日本語は出来ますか?」というのも失礼かと思い遠慮しておいたが、陽気でおしゃべりな好青年であった。

トレッキングや登山のツアー参加者を募る旅行代理店の店頭の掲示

シーズンのレーの町では、インドの様々な地域の人々の姿があり、また様々な国々の人々が行き交っている。この時期の主要な産業といえば、当然のごとく観光業ということになるため、商業地区に無数に散らばる旅行代理店の店頭には、シェアジープ、トレッキング、バイクのツーリングその他の参加者を募るポスティングがなされている。

ツーリング仕様のエンフィールドのレンタルバイクをよく見かける。

このところ人気が急伸しているように見受けられるのは、ストク・カングリー(6,153m)登頂のツアーだ。高度からして本格的な登山ということになるので、素人が気軽に参加して大丈夫なのか?とちょっと気になったりもするが、あちこちに参加者を募る貼り紙を見かける。

本日、私が探しているのは、ある方面に向かうシェアジープなのだが、特定の場所についてはいくらでもそうした貼り紙が見られるのだが、今回の私の目的地の場合はその限りではない。旅の道連れがいれば、二人で割り勘にするだけでかなり違うのだが、そうでないのはソロで旅行する自由度との引き換えでのコスト高と思って観念するしかない。

いくつものモスクがある旧市街地と隣接する商業地界隈

商業地域がムスリム居住地区に隣接しているためか、あるいはこの業種自体がそのコミュニティの得意分野であるということなのかはよく判らないが、旅行代理店関係者はムスリムがとても多い。

今回、クルマのアレンジを依頼することにしたのは、そうしたムスリム業者ではなく、ラダック人仏教徒のワンチュクさんの店。30年以上に渡って営んでいるというから、この業界では老舗ということになるだろう。家長である彼の指揮下で、彼自身の息子と娘が取り仕切っているため、誰かが不在でもオフィス内での連絡がちゃんと行き届いている印象を受ける。

古からの交易路にあたるラダック地域では往々にしてあることだが、家族内でも顔立ちがずいぶん違う。典型的なチベット系の風貌のワンチュク氏に対して、息子はちょっと浅黒くて顔だちは父親とはやや違った感じ。色白で美人の娘さんはアーリア系の特徴が容姿やスタイルに出ているようで、家族3人と会っただけで、彼の一族には様々な民族の血が混淆していることが窺えるようだ。

レーのメインバザール。ラダックの「丸の内」といったロケーションながらも、商う人々はとても感じがいい。

〈続く〉

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