最後のムガル皇帝、ここに眠る 2

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高さ約100mの巨大な黄金色の仏塔がそびえるシュエダゴン・パゴダから東南方向、バハードゥル・シャー・ザファルのダルガーへと向かう。地元ではよく知られた場所らしく、途中幾人かに道を尋ねたが皆ここのことを知っていた。
広い道路、中央分離帯、そして道の両側に軍施設があるエリア、要人らしき人たちの邸宅が並ぶ高級住宅地になっている。界隈の屋敷の造りといい、道路の縁石や緑地のしつらえかたといい、どこかインドを思わせるものがあるのは、やはり英領時代の名残なのだろう。
こういう場所なので歩く人はほとんどなかった。辻ごとに警戒するポリスや軍人のほかに目に入るものといえば、広くスムースな道路をスピードを上げて駆け抜けていくクルマくらいだろうか。
緑多く閑静な市街地の一角にそのダルガーはあった。ここNo. 6, Theatre Roadは生前、彼が幽閉されていた場所のすぐ近くである。建物もごく新しいものであるが、規模は想像していたよりもかなり小さかった。先述のとおり、界隈はごちゃごちゃしたムスリム地区などではなく、まさにその対極にあるようなエリアだ。ここを訪れた人はダルガーの立地としてはミスマッチな印象を受けることだろう。
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敷地に足を踏み入れてみる。階段を少し上ったところにある礼拝所があり、その反対側の小部屋に三つの墓が並んでいる。入って手前からバハードゥル・シャー・ザファル、妻のズィーナト・メヘル、孫娘のラウナク・ザマーニー・ベーガムの墓石である。だがこれらはオリジナルではなく、あくまでもそれら3人を追悼する意図のもとに再建されたものだ。室内にはこれらの人物の写真や絵も飾られている。


1862年11月7日にバハードゥル・シャー・ザファルが亡くなった際、この場所に秘密裏に埋葬された。イギリス当局は流刑先にあっても元皇帝の死後における影響力を危惧し、その後30年間ほどこの場所を立ち入り禁止した。そして亡骸が埋葬されている地点を正確に示すことはなかった。そのため『このあたりに埋められたらしい』といった程度の情報しか人々は知ることができなかったようだ。時の流れとともに事実を知るわずかな人々もこの世を去っていった。
やがて1935年にようやくバハードゥル・シャー・ザファルの子孫にあたる人物が運営するムスリム団体による管理が認められ、この地所が政府から引き渡されることになった。
その後長らくムガル最後の皇帝の正確な埋葬地点は不明だったが、ようやく1991年にレンガ積みからなるオリジナルの墓石が地下から発見されることとなった。その年にインドの援助により礼拝所が建設されることとなり、現在の姿となっている。
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建物自体はよくインドの下町でよくみかけるようなごく簡素なものだ。それでも『ムガル最後の皇帝ここに眠る』という史実は重い。
地下のオリジナルの墓石にかけられた鮮やかな柄の布の下を覗いてみると、いかにも年季が入っていそうなレンガ積みである。この中にバハードゥル・シャー・ザファルが眠っているのかと思うと、非常に感慨深いものがある。詩人としても名高かった彼の作品がいくつか周囲の壁に書かれている。
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『ロンリープラネット』や『地球の歩きかた』といった私たちがよく手にするガイドブックに紹介すらされていないスポットだが、ヤンゴンを訪れるインド人たちの間ではちょっと知られた名所らしい。かつてスバーシュ・チャンドラー・ボースもここを訪ねたというし、初代首相ネルー以降、インドからの外交団が訪緬する際のお決まりのコースに含まれているのだそうだ。オリジナルの墓石がある地下階には、アブドゥル・カラム大統領、パーキスターンのパルヴェーズ・ムシャッラフ大統領らがここを訪れた際撮影された写真が飾られている。
コルカタから週一往復しているインディアン(旧インディアン・エアラインス)のフライトを利用したヤンゴン行きのツアーが出ているようだが、これを利用して訪れるお客の中でここを訪れる人は少なくないのではないだろうか。
パーキスターンといえば、オリジナルの墓石が見つかって以降、この墓所をめぐってインドとのさや当てが繰り返されているらしい。たとえば亡骸をパーキスターンに移送しての再埋葬あるいは墓所全体の引っ越し、ヤンゴンの現地敷地内にイスラーム関係の図書館の建築等の提案をミャンマー当局に提示してきたようだ。最近では、ムシャッラフ大統領がここを訪れた際、ダルガー内に新棟建設のため5万ドルを寄付している。
背後にどのような動機や思惑があるにせよ、故郷から遠く離れたヤンゴンの地にあっても、それなりの関心を集めることができるのは、廃位させられたうえに流刑の憂き目にあったとはいえ、さすがはムガル朝の末代皇帝・・・といったところだろうか。
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