加齢と闘うスターたち

 今年41歳になるサルマーン・カーン。特にインドではかなり大きな息子や娘がいても全然おかしくない年齢だが、80年代後半のデビュー当時と変わらないような役柄を演じ続けている。1965年生まれのアーミル・カーンだってまだ学生の役を演じることができるし、シャー・ルク・カーンもそんな歳にはまだまだ見えない。それでも3人とも1965年生まれだ。ジューヒー・チャーウラー、マードゥリー・ディクシト、アクシャイ・クマールらは彼らよりもふたつ下で今年39歳。
 でもこうした年齢は、日本はもとよりインドにおいてはなおさらのこと名実ともに立派なオッサンでありオバサンである。
 そういえば今では老人役ばかりの旧世代スターたち、今年64歳になるアミターブ・バッチャンは、50歳を目前にした15年前の『HUM』あたりまでは若者役が多かったし、リシ・カプールも10年少々まではまだまだ青年の役柄で映画に出演していた。90年代に差しかかったあたりは彼らにとってキャリアの大きな節目であった。
 観客側にしてみれば、野心溢れる青年たちがギラギラした中年期を経ることなく、いきなり年配者としてスクリーンに出るようになったのだから、どうも解せない気がするのは私だけではないだろう。


 悪役やコミカルな役柄を演じる脇役俳優ならば、どの年代にあってもそれなりの役まわりはあるのかもしれないが、娯楽映画の主役級のスターたちは往々にして若者役を演じられなくなると出演できる作品がガタッと減ることになる。
 かつて押しも押されもせぬ『ヒーロー』として一時代を築き、シュリー・・デーヴィーやマードゥリー・ディクシトらとともにボリウッド人気を支えた時期もあったアニル・カプールなどいい例かもしれない。親しみやすいルックスと豊かな演技力に恵まれた名優であることは今も変わらないが、残念なことに彼がこの年齢にあって魅力を発揮できるような作品にはあまり恵まれているとはいえず不憫に思われる。 
 だから可能な限りそうした年代に見えるよう最大限の努力を払うのだろう。そうした中にあってカッコいい不良中年オヤジとして主演を張れる47歳のサンジャイ・ダットの存在は幸運な例外のひとつといえる。
 ひと月ほど前になるがOUTLOOK(9月11日号)に、加齢と闘うボリウッドのスターたちの努力ぶりを描いた記事が掲載されていた。
 今月52歳になるレーカーは最近ロンドンに出かけてフェイス・リフトの手術を受けたのだそうだ。これにより表情筋の筋膜(SMAS筋膜)を適度に引き上げて皮膚を引き締めることにより、シワや弛みをなくしてピシッと溌剌な表情を蘇らせることができる。
 またボトックスという薬を使うスターたちも多いそうだ。これはボボツリヌスA毒素から成り、神経線維間のアセチルコリンの放出をブロックして筋肉を麻痺させることにより、表情筋の動きを抑制してしわを出しにくくすることができる。今では塗り薬もあるが、通常、気になる部分の皮膚下に注入する。その効果は4ヶ月から半年ほど持続するのである。数年前に鼻の整形手術を受けたシルパー・シェッティーは、近ごろこのボトックスを使いデビュー当時と変わらぬ初々しさを保っているのだという。
 その他レスティレーンというものもある。一般的に「フィラー」と呼ばれる注入トリートメントの1つだ。口の横の笑いジワや、年齢と共に薄くなった唇、肉が薄く、こけてきた頬等に注入する。皮膚をふっくらさせてシワを目立たなくし、皮膚の歪みや衰えを矯正する効果がある。こうした施術はインドでもショー・ビジネスの世界ではごく当たり前に行なわれているようだ。
 往々にして男性の俳優たちの場合は、マッチョな筋肉を保つためのフィットネスにかける手間ヒマも加わってくる。でも男たち特有の個人差が非常に大きな問題として抜け毛と額の後退がある。
 90年代半ばには『ボリウッドで最もセクシーな男』のひとりに数えられていたアクシャイ・カンナーだが、その後急速に髪の毛を失うとともに映画での出番も目に見えて少なくなっていった。それがここにきて急に頭髪が『復活』するや彼自身もスターとしてカムバックしつつあるように見えるのは偶然ではないだろう。
 豊かな髪という課題については、危険水域に入り込んで久しいサルマーン・カーンはもちろんのこと、シャー・ルク・カーン、サイフ・アリー・カーン、イムラーン・ハーシミー、アクシャイ・クマールといった今のところトラブルの傾向が見当たらない面々も頭皮・頭髪の手入れには余念がないらしい。 
 さすがはショー・ビジネスの世界だけあって、男女を問わず若々しさを保つための『維持費』を相当払っているようだ。俳優・女優たちも年齢を重ねるとともに、体格がひとまわり以上大きくなってしまう人たちも少なくはないが、それでも実社会に較べればよく自制が効いているように思われる。こうした努力の結果を私たちがスクリーンの上で目にしているわけだ。
 伝統的に若者役主導のボリウッド娯楽映画界だが、そこが同時に弱点かもしれない。青年役を卒業した俳優・女優たちが魅力を存分に生かした中年ヒーロー、中年ヒロインの活躍の場を今よりも広げることができれば、映画産業がさらに成熟した深みのあるものになるのではないかと思のだが、どうだろうか。
 もちろんそういう映画がないわけではない。加えて近年は映画のテーマや題材が幅広くになるにつれて、大衆映画の分野でも中高年層が主役として生きる場は確実に増えているのは間違いない。
 ボリウッド映画を5年、10年、20年といったスパンで眺めてみると、作品を造る側と観る側双方のスタンスどちらも時代とともに大きな変化を遂げており、その間の社会の変遷を色濃く投影している。このことについてはまた別の機会に触れてみたいが、今をときめくスターたちが10年後、20年後にどんな映画に出演してどういう役を担っているのか、やや気になるところである。

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