親子の絆 法律の壁

本来ならば、昨日書いた『オートリクシャー・スター・クラブ? デリーの路上の星たち』の続きを掲載するところなのだが、昨日のテレビニュースでインドに滞在中の日本人にまつわる気になるニュースがあったため、『オートリクシャー・スター・クラブ?』は後日アップロードすることにしたい。
ZEE NEWSで、インドにおいては珍しいことに、政界人でも財界人でもない日本のある一個人について長々と取り上げられていた。生後10日あまりのマンジちゃん(ある記事にManjと書かれていたが、漢字でどう書くのかは不明。Manjiという綴り自体に間違いがあるかもしれないが)という赤ちゃんのことである。
ヤマダさんという日本人男性を父親に持つ、この女の子の赤ちゃんの帰属が、法律の壁によって宙に浮いた形になっているとのことだ。ヤマダさんはインド在住者ではないが、妻のユキさんとともに昨年後半に来印、アーメダーバードで現地女性と代理母契約を取り交わした。
ヤマダ夫妻が代理母に託した受精卵は、代理母の胎内で順調に成長。彼女は7月25日に元気な赤ちゃんを無事出産した。しかし不幸なことに、そのひと月前の6月にヤマダ夫妻は離婚していた。赤ちゃんの誕生の報告を受けた両親のうち、母親のユキさんは彼女の引き取りを拒否し、父親のヤマダさんだけが、彼の母親とともにインドに渡航することになった。
7月26日アーメダーバードで連続爆破テロが起きたことを受けて、治安上の不安からヤマダさんは仕事の関係で日本とのつながりを持つ友人が住むジャイプルへマンジちゃんとともに移動。彼女は現在ジャイプル市内の病院で世話を受けている。
ヤマダさんは、親権者たる父親として赤ちゃんを日本に連れて帰ろうとしているわけだが、彼が日本大使館から意外なことを伝えられた。赤ちゃんにはインドパスポートと出国許可書類の取得が必要だと。


法律の壁はまさにここに立ちはだかっていた。インドの法律によれば、乳幼児のパスポートは母親のそれとリンクされることになるのだという。しかし彼女を出産したインド人女性は、ヤマダさんとの代理母契約において赤ちゃんを産んだだけである。代理母出産が盛んなインドだが、法的にはこれがきちんと定義されていない。
そのため、目下マンジちゃんはインド人の母から生まれた子供で、すなわち『インド国籍』ということになり、もちろんマンジちゃんに対するヤマダさんの親権は認められない。ふたりが親子となるには、まずヤマダさんが赤ちゃんとの間に養子縁組を取り交わさなくてはならないのだ。
しかし困ったことに、ヤマダさんが赤ちゃんを養子として受け入れるということには越えられない障害がある。インドの法律によれば、独身男性による女児との養子縁組は禁じられているのだ。夫婦のみがこれを行なうことができる。ヤマダさんにとっても、彼の赤ちゃんにとっても、この手続きにはユキさんの存在が不可欠であった。
日本大使館としては、ヤマダさんのDNAテストその他の手段により彼が赤ちゃんの実父であることを証明することによって事態の打開を図ろうと努力しているようだ。
ここ数年、代理母出産が盛んになっているインド。自国よりも費用が安いこと、この国では充分な技術レベルと実績があることから、外国からも引き合いが多いことについても国内外の各種メディアにて報じられているのをしばしば目にする。
ヤマダさんの場合も、離婚することがなければ「めでたし、めでたし」で終わったことだろうし、こんなトラブルがなければインドのマスコミで報じられることもなかった。そもそもこういうことは、当人たちが口外することでは滅多にないであろうから、インドで代理母出産というケースは、日本人の間でも実は相当数あるのかもしれない。
今後も代理母を求めて海外からも子供を望む多くの夫婦がインドへとやってくる事情は変わらないとすれば、今回のようなケースあるいは予想もつかなかったような新たなトラブルの事例が出てくることは想像できる。
代理母出産を希望する夫婦が、現地の医療事情のみならず、法律についても詳細にチェックしておく必要があることは言うまでもない。また受入国側においても新たに誕生した命の存在が宙に浮いてしまい『代理母孤児』となることがないよう、関連する法令等の整備が求められることだろう。
もちろんインドを責めるわけにはいかない。出産の是非を含むさまざまな側面については、日本でも盛んに議論されており、いまなお決着を見ていない。これについて近年のうちに国際的かつ包括的に通用するスタンダードや合意が形成されるようになるようなこともまずないだろう。それでもこうした事例の発生を受けて広く論議や検討がなされることは決して悪いことではない。
ただ気になるのは、やはりこのトラブルで憔悴しきっているはずのヤマダさんおよび関係者の方々、そして何よりもマンジと名付けられた赤ちゃん自身の立場がどうなるのかということである。今後もまだ紆余曲折はあるかもしれないが、最終的には人道的な解決がなされることを望みたい。生まれてきた子供には何の罪もない。
昨日このニュースがテレビで流れた後、今日のインド各紙のウェブ版記事にもこの赤ん坊のことが報じられていたので、以下リンク先を掲載しておく。
Conceived in Japan, abandoned in Jaipur (Times of India)

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