ジャイサルメールの宿 1

午前8時過ぎに列車はポカランの駅で停車。軍の大きな駐屯地があるので、外の道路では軍関係車両の行き来が多い。近郊では1974年と1998年に核実験が行われたことでも広く知られている。平坦な荒野が広がる土地だが、線路はここからスイッチバックしてジャイサルメールへと向かう。

これまで最後尾であった車両に牽引する機関車が連結されることになるため、他の列車の通過待ちがあるわけではないのに停車時間は長い。おかげで貨物車を除けば、旅客列車は日に数えるほどしかない駅ながらも、ごく限られた時間ながらもこうした急行列車が停車する時間帯ではプラットフォームの売店では乗客たちが殺到し、店の人は大わらわである。

ポカランを発ってから2時間半ほどで、終着駅のジャイサルメールに到着。出口のところでは市内各地のホテルからの出迎えやその他客引きたちが大勢待ち構えている。ジャイサルメールで宿泊施設を運営するのは決して楽なことではないだろう。観光客の占める割合が非常に多いため季節性が高い。加えて閑散期でインド有数の高温地帯となる暑季には訪問する人は極端に減る。夏の西ラージャスターンはどこも非常に暑いが、近郊の砂漠を除けば他のメジャーなスポットから距離があるというロケーションにも、容易ならざるものがある。そのためシーズンに集中して稼いでおく必要がある。

その観光客にしてみたところで、多くは無数の一見の客たちである。他の産業に乏しいため観光への依存度が極端に高く、ライバルたちが多数乱立して競争の激しい中、四方に手を尽くして集客を図るしかない。そんなわけで鉄道駅やバススタンドに到着するお客たちを文字通り『一本釣り』せざるを得ない。ある意味狩猟採集生活に似ているかもしれない。事前に電話で予約してきたお客については鉄道駅ないしはバススタンドまで出向いてピックアップするのが当然のノルマになっている。その分、ジャイサルメールの多くのホテルでは、朝のチェックアウト時間はたいてい朝9時とずいぶん早い時間帯に設定されており、宿泊客にとって早朝に街を出発するのでない場合ちょっと辛いものがある。

幸いにして人気のあるガイドブックに掲載されていたり、大都市の旅行代理店との提携関係があったりするようなところならば、かなりまとまった利用客が見込むことができるため、あちこち徘徊することなく、デンと構えてお客の到着を待つ『農耕生活』的なスタイルに移行できるのだが。

それとてお客たちからのクレームが掲載ガイドブックの発行元や取扱い旅行代理店に相次ぐようになれば、掲載や斡旋が取り消されてしまうことにもなるので、宿泊客たちには良い印象を与え続けられるよう、接客はもちろんのこと客室や施設のメンテナンスやアップグレードにも心がけなくてはならない。ごく当たり前のことではあるのだが、これがなかなか難しいようだ。『新築のときには良かったけれども、数年したらボロボロ』『流行りだしたら横柄かつぞんざいになった』等々により、メジャープレーヤーの立場から転落していく例は数限りない。

全国でチェーン展開していてノウハウの蓄積もあり、マネジメントもしっかりしている中級以上のホテルグループならともかく、個人営業の宿泊施設の場合はオーナーや現場の人たちに自己管理力とスタッフに対する規律と動機付けがなければ、宿泊施設としての質の向上はもちろん、開業当時のコンディションの維持さえ決して容易なことではない。もちろんインドに限ったことではないが、往々にして『オープンしたてがベスト』ということになってしまう傾向があることは否定できない。

<続く>

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